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久しぶりにTENETを見たので、再び考察を書きたいと思う。映画が公開されたのが2020年ですぐに考察を書いたのだけど、2023年の今、その頃とは世界の見え方がだいぶ変わっているので、TENETの見え方も変わった。

当時気がつけなかったことが多くあったので、その1その2とはなるべく切り離して書きたいと思う。タイトルにもありますが、UOZAブログ的オカルト考察です。心してお読み下さい。

アルゴリズムを作ったのはプリヤだった

まずは今回見直して気がついた大きなこと。アルゴリズムを作ったのが「プリヤ」だったとわかった。正確には「女たち」ですが。何故そう思ったのかは、名もなき男がプリヤと「アルゴリズム」の話をしたシーンを見て。そのシーンのセリフを書き起こしてみた。字幕版のものです。

プリヤ:あれは世界に一つだけ 作った科学者は自殺、二度と作れない
名もなき男:未来の人か
プリヤ:何世代も後の
名もなき男:なぜ自殺した?
プリヤ :マンハッタン計画を?世界初の原爆実験でオッペンハイマー博士は 連鎖反応が世界を飲み込むことを恐れた
名もなき男:幸いそうならなかった
プリヤ :自殺した科学者は確信していた アルゴリズムで我々を消滅すれば、自分たちも消滅すると

プリヤがアルゴリズムを作ったと気がついた箇所は太字のセリフ。わたしが見直したのは吹替版の方だったのだけれど、それがこちら。

プリヤ:自殺した未来の科学者は危惧ではなく確信した 彼女が開発したアルゴリズムで我々を消せば自分たちも消滅してしまうと(吹替版)

「彼女が開発したアルゴリズム」と明言しているプリヤ。“彼女”だけではプリヤとは言い切れないし、アルゴリズムが作られたのは何世代も後ということだから、プリヤの年齢だと辻褄が合わない。ひとまず、アルゴリズムを作ったのが「女」であることは確定できる。

前回見たときはこのセリフに気がつかなかったので、わたしはセイターがアルゴリズムを作ったと書いてしまった。ここでお詫びして、訂正しておきます。当時のわたしはまだまだ理解できていなかったが、セイターは思ったよりもっと重要な役割であった。

今回は「アルゴリズムの制作者」について紐解くことを目的として、その過程でさまざまな考察をしていきたいと思う。

名もなき男の心の内(心情)がTENET

心が現実を作る?

TENETのあらすじを追うと、TENETは「名もなき男」の『心の内の世界』であることがわかる。「現実(映画内)」で起こる様々な出来事は『彼一人の心の内』に起きていること。わたしたちは「現実」のことを「自分一人の心の内」だとは思っていないはずだ。

人間は、様々な出来事を心で「受け取り」反応(行動)する。その反応(行動)は積み重なり「過去」となっていく。確実に人類の行動が「現在」や「未来」を作っていると言える。それなのに、出来事に反応した結果である「現実」に『自分の力は及んでない』と感じている。

受動的現実

多くの人が目に見えている世界を「受動的」に感じている。世界全体に自分という個人の力が及ぶことなく、自分は『単なる世界の一部』として存在している、と思ってはいないだろうか。

自分自身の行動が「未来」を作っている、と強く感じているのは環境活動家かもしれない。地球環境の破壊を防ぐために、アクションを起こしている。けれど『世界が自分の思い通りになっていない』と感じているから、そのような活動をしている。だから彼らは「受動的現実」を生きている。

「環境破壊のない世界」を心の内で望んでいたとしても、それが「現実」には表れていない。もちろん、すぐには環境は変わらないから、いつかそんな世界がやってくることを願って行動しているのだろう。

受動的現実とは、現実を受け止め、その現実について心が表現すること。今の世界を見てどのように感じるだろうか?「素晴らしい世界だ」とか「生き辛い世の中だ」とか様々に感じることは、目に見える現実を心で表現しているに過ぎない。

受動的現実:現実(前) → 心(後)

能動的現実

「現実」に『自分の力が及んでいる』と思うこと。自分の行動が「現実」に影響していると感じたことはあるだろうか?行動とは心の反応の結果である。心→行動→現実という流れなのであれば、心が現実を作っているとも言える。

もしも、心が「現実」を作っているのならば、様々な出来事に心が反応した結果の「現実」が、その反応と同じものとなる。「心の内」で感じたことがそのまま「現実」として表れていると思うのならば『現実に自分の力が及んでいる』ことになる。

この話を聞いて「引き寄せの法則」というものを思い出した人がいるかもしれない。強く願えば思い通りの現実になる、というものである。『今すぐお金が欲しい』と強く願ったら、すぐに臨時収入があったなど。ちなみに最新の解釈では『既にお金を持っている』と思う方が良いらしい。

けれど「引き寄せの法則」のようなものがあるならば、既に世界は平和になっているはず。「世界平和」を願う人は多くいるが、現実に現れていない。あるところでは平和であるが、あるところでは戦争が起きている。もしかしたら「世界平和」を本気で願う人が存在しないだけかもしれない…。

「心の内」がそのまま表れているのが「現実」ならば、先に心の現象(願いなど)があって、その結果としての「現実」になる。とはいえ「現実」に起きる様々な出来事に心は反応するのであるから、心の現象の前に「現実」というものが必ず必要になる。

『今すぐお金が欲しい』と思う為には、その前に『お金がない』と感じる「現実」が必要となってしまう。「心の現象」が起きる前に「現実」があるのは当たり前のことなのだから、「現実」の前に「心の現象」がある「能動的現実」は有り得ない。

能動的現実:心(前) → 現実(後)

TENETでは能動的現実が有り得る

TENETという物語には時間の流れに「順行(過去から未来)」と「逆行(未来から過去)」があった。未来からの情報を頼りに、人類滅亡を防ぐ物語である。

『過去(未来)からの情報』を受け取り心が反応して「現在」の行動を決め、その『行動(心の反応)』がまた「未来(過去)」になっていく。ループする世界である。

つまり、「現実」の前に「心の現象」があることが有り得る世界を描いたのがTENET。「逆行する時間」が存在するならば『心の内がそのまま現実に表れている』世界も存在する。

世界がループしているのならば「現在」は必ず『自分の心が反応した世界』になる。『自分の心の反応』が「過去」へ戻りまた「現実」になっていくのだから『世界に自分の力が及んでいること』が確実になってくる。

2つの時間を繋ぐ中間者

TENETでは2つの時間の流れを可視化している。私たちが普段感じている「現実」は「順行する時間」であるが、私たちが普段感じることのない「逆行する時間」を『現実のように』表現している。

現実の出来事に「心」が反応した時『現実に自分の力は及んでない』と思うのならば、その「現実」は自分の心より先に存在していることになる。現実が先で心が後になる。これは「順行する時間」と言える。

私たちは心で「喜怒哀楽」を感じたりするけれど、その心が「現実」を作っていると思うのならば、時間の流れが逆になる。心が先で現実が後になる。これが「逆行する時間」と言える。

TENETでは、その2つの時間を繋ぐものが中間地点にあった。TENETという回文は「N」が真ん中にあるが、これが2つの時間を繋ぐ「名もなき男」である。

名もなき男とは『現実に自分の力が及んでいない』と思いながらも、『自分の心が現実を作っている』とも思っている、ちょうど「中間の心情」を持っている存在なのである。

一方、セイターは初めから未来の情報を活用し、現実を支配していた。『現実に自分の力が及んでいる』ことを確信している存在である。けれど、知りすぎることは破滅をもたらす。世界を救う名もなき男は忘れっぽい。

目覚めて心の内に入る

心は自分のものであるのに、心のことを知らない名もなき男。オペラハウスで眠りに落ち、船の上で目を覚ました時、名もなき男は『自分の心の内』に入ったのである。名もなき男は訳もわからないまま、世界を救うミッションを託されるが、それは『自分の心の内』を知るミッション。

物語の中(心の内)で様々なことを経験すれば、最後には、全て自分が仕組んでいたことを知る。能動的現実(逆行する時間)を体験し、自分の力が現実に及んでいることを実感する。心(現実)は自分が作り出すものだと理解するのである。

TENETの世界と私たちの世界

私たちの生きる世界にも「未来から過去に流れる時間」が存在しているのだとしたら。私たちの心の内が、今見ている現実世界だということになる。

ところで、オカルト好きなら「オーパーツ」という言葉を聞いたことがあるかと思う。

オーパーツは、それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などを指す。英語の「out-of-place artifacts」を略して「OOPARTS」とした語で、つまり「場違いな工芸品」という意味である。

オーパーツ(Wikipedia)

その時代に作られたとは思えないものが発掘されたとき「未来」のものなのではないか?と考えられることがある。TENETに登場する「アルゴリズム」も、それぞれのパーツが過去に隠されていた。

『未来のものが過去にあること』を、私たちはなんとなく感じている。予言のたぐいもそうである。これから起きることを、先に察知してしまうことは『未来のものが過去にあること』と同じ。

わたしは様々なオカルト情報を吟味しながら生きてきたが、2020年にTENETを見て「時間が逆行」していることを「信じた」。だからこそ、このUOZAブログでは『未来のものが過去にあること』を訴えている。「逆行する時間」は本当に存在していて、未来からの情報が私たちの「現在」を作り出していることは確実である。

私たちの物語でも世界は滅亡する

TENETの主人公に名前が付いていないのは、誰にでも当てはまる物語であるから。時間が逆行していることを体験し、未来の自分自身に出会い、世界を破滅から救う物語。私たち誰もがその『心の内の世界(現実)』の「主人公」になる可能性を孕んでいる。

『未来のものが過去にあること』を感じている私たちは、世界が滅亡することも知っている。これから訪れる滅亡を防ぎたいのなら、いちど『現実に自分の力が及んでいる』ことを強く自覚する必要がある。

スピリチュアルやオカルト界隈には『現実に自分の力が及んでいる』ことを感じている人は多いかもしれない。『意識が世界を作っている』と語る人を見かけるから。けれど『現実に自分の力が及んでいない』ことも強く感じる必要がある。自分の本当の願いと目に見える世界が一致していないことを自覚することも大切なのだ。

3人の男・3つの世界

回る男たち

前の考察にも書いたが、TENETで重要なのは「3人の男」。画面の中に「3人の男」が向きあうシーンがふたつあった。

ひとつめのシーンはロータス社の中心に入り込む為『名もなき男・ニール・マヒア』が、飛行機をぶつける作戦を練っている時。

もうひとつのシーンは、アルゴリズムを奪還し『名もなき男・ニール・アイヴス』がアルゴリズムを分割している時。

このふたつのシーンには意味がある。ひとつめのシーンでは、向き合う3人の背後を左から右に回りながら撮影していた。TENETで「回る」と言えば、順行と逆行が交差する「回転ドア」である。3人が向き合う時と、回転ドアに入ることは「同じ」ことを意味すると思われる。

曖昧で不確かな場所

回転ドアは4つあった。オスロ空港のフリーポートとタリンのフリーポート、スタルスク12、TENET作戦の船。回転ドアがある場所の共通点とは何か?それら場所は『曖昧で不確かなもの』を象徴している。

フリーポートとは租税回避地のこと。税金がかからないから富裕層がアート作品を保管しておくような場所。大切な物を有利に隠しておける場所である。税関を通ることのない場所であり、そこは国境が曖昧な場所と言える。

タックス・ヘイヴンは、一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や地域のことであり、租税回避地(そぜいかいひち)とも低課税地域(ていかぜいちいき)とも呼ばれる。

タックス・ヘイブン(wikipedia)

スタルスク12は地図に無い場所であるから、公式には存在しない。そして海上の船も目に見えない場所を表している。このブログでは海を「目に見えないものの象徴」と定義していたりする。

回転ドアがある場所は順行と逆行、2つの時間の流れが入れ替わる場所でもある。境界線が曖昧なフリーポート、公式に存在しないスタルスク12、目に見えない海、全て『曖昧で、不確かな場所』であると言える。同じように、男が3人向き合うシーンは「曖昧で不確かなものの象徴」だと言えるのだろうか?

3人が表すもの

善・善悪・悪の名もなき男

3人が意味するところについては、その2の考察で既に書いていたので、それを引用する。

人間には必ず『悪の側面・善の側面』が「自分」の中に存在している。そして自分が生まれ持った性の「反対の性」も重要なものである。私たちは人生の中でこの『3つの側面』と向き合いながら生きていくことになっている。意識しようと無意識であろうと、これは絶対なのだ。

人間という生き物の心を暴くと、善の心・悪の心・そして善の心と悪の心が表裏一体になっている心、3つの心が存在していることがわかる。心の話はこのブログで書き続けていることなので、他の記事も参考にどうぞ。

その人間の3つの側面(3つの心)について『悪の側面が「セイター」、善の側面が「ニール」、そして「名もなき男」の対の性として「キャット(女)」が存在している』と解説した。

TENETは名もなき男一人の心の内の物語である。心の内に存在する「悪の心を持つ名もなき男」がセイター、「善の心を持つ名もなき男」がニールだと言える。だから、名もなき男は「善悪の心を持つ主人公」になる。

過去・現在・未来の名もなき男

TENETで3人の男が向き合う形で撮影されているふたつのシーンは、この3つの心を表現している…と言いたいところだけど、こちらはまた違う解釈になる。

『名もなき男・ニール・マヒア』と『名もなき男・ニール・アイヴス』で表現されている3人は『過去・現在・未来の名もなき男』を表している。主人公である名もなき男は「現在」を表す。それはセリフからもわかること。

エンディングでの『名もなき男・ニール・アイヴス』3人の場面。名もなき男とニールとの会話で、時間の挟み撃ち作戦を計画したのは誰なのか?と問うシーン。

名もなき男:誰の作戦だ?
ニール:君だ 君はその中間点にいる 出発点で会おう

『君はその中間地点にいる』というセリフから名もなき男が「現在」を表していることがわかる。過去に隠されたアルゴリズムのパーツ、未来で作られたアルゴリズム、の中間でTENET作戦を計画し実行するのが主人公である「名もなき男」。

ニールは逆行し「未来」から来て作戦に加わっているから、ニールが「未来」を表すことは確実である。残りの、アイヴスとマヒアは「過去」であるということになる。

つまり3人の男が向き合うシーンは『過去・現在・未来の名もなき男』が集っている。そのシーンは過去なのか現在なのか未来なのか分からない『曖昧で不確かな時間』であると言えるかもしれない。回転ドア(曖昧で不確かな場所)と同じく。

思考と心

曖昧で不確かの意味

回転ドアがある場所では、時間の逆行を目にするのだから、常識では考えられないことが起きている。その曖昧で不確かな状況に遭遇したら「頭の中(思考)」で理解しようと試みるはずだ。曖昧で不確かな状況は「思考の中でのみ」体験することができる。そこは「現実」からは切り離された場所と言える。

TENETの世界は名もなき男の心の内であり、思考の中でもある。人間は思考で情報を判断し、それを受けて、心が感情を決める。「曖昧で不確か」という状況は『思考でまだ感情(心)を決めていないこと』を表している。

現実から切り離された精神世界

私たちが「順行する時間」しか知らないのは、「逆行する時間」は目に見えないから。人間の「思考」も目に見えないもの。つまり、「逆行する時間」は「人間の思考の中」であり、私たちはそれを「精神」とも呼んでいる。そこは現実から切り離された『思考と心で推測する』場所である。

目に見えている「順行する時間」を現実世界と呼び、目に見えない「逆行する時間」を精神世界と呼ぶのが私たち人間である。精神世界は逆行しているのである。

関連記事:現実世界と精神世界を行ったり来たりすること

現実と精神の狭間

3つの世界と3つの時間

多くの人が気がついていないだろうが、TENETには「現実世界(順行する時間)」と「精神世界(逆行する時間)」の他にもう一つの世界がある。時間が存在しない「中間世界」である。つまりTENETの世界には「3つの時間」があることになるので、まとめてみる。

現実世界…順行する時間(心が現れる)
中間世界…時間なし(思考と心が不確定)
精神世界…逆行する時間(思考と心で推測する)

このようにまとめてみたけれど、順行する時間と逆行する時間に挟まれた世界には時間がない。TENET作戦でいう、ゼロ地点(N)も中間である。主人公である名もなき男、回転ドアのある場所、時間の挟み撃ち作戦10分間の真ん中、この3つはどれも「時間が無い」ことを表現している。人間(名もなき男)・場所(回転ドア、スタルスク12)・時間(0)中間世界にも3つの側面がある。

3つの精神構造

さらには3つの精神構造がある。「精神構造」とは『思考と心の働き』のことで、それも3つに分けることができる。心が現れること・思考と心が不確定なこと・思考と心で推測すること、これらはそれぞれ別の働きである。

ところで、中間世界について『思考と心が不確定』としているが、その意味は、少し前に「回転ドア」がある場所を『曖昧で不確かな場所』と定義したから。けれど『思考と心は確定する』こともできる。

男3人が向き合うシーンで表現されていたことは『曖昧で不確かな時間』であるかもしれない、と先ほど述べていたが、そのシーンは『思考と心で確定すること』を表現している。本来、中間世界は『思考と心を確定する時間』なのだけれど、中間世界があることを知らない人にとっては『思考と心が不確定な場所』となる。名もなき男は、最初『思考と心が不確定な存在』であるはずだ。

中間世界で『思考と心を確定する』のは刹那とも言える一瞬であるから、場所というよりかは時間で表現する方がいい。人間とは2つの時間に挟まれながら常に「確定」している生き物である。その「確定」する瞬間は一瞬過ぎる為に、人間が感じられるような時間が「無い」。

思考と心の違いについて

中間世界と精神世界だけに「思考」があることに注目してほしい。思考は自由であり、過去のことを思い出したり、未来のことを推測したり、有りもしないことを想像することもできる。「精神世界(逆行)」では、思考で推測し、様々な心を体験することができる。

そして、中間世界では『思考と心で推測したこと』を「確定」することができる。「確定」したことは「現実世界」に現れる。

前の章では、名もなき男の「心の内」が現実世界であると述べたけれど、中間世界で確定したことが「心(現実世界)」として現れるということ。現実世界に思考は無く「心」だけが存在しているのである。

関連記事:2つの時間の重なりが因果を生む

3つの時間の流れ

逆行する時間は自由

いくつかTENETの考察を読んだけれど、逆行するのに順行するのと同じ日数がかかると思っている人がいた。それは当たり前で、順行と逆行が同時に起きているように感じるから。

けれど逆行する時間は「思考と心の中」である。通常の時間の流れを無視することもできる。「逆行の世界」に限っては、時間の制約なく移動が可能だ。けれどそれができるのはおそらく「ニール」だけ。その理由については後述したい。

中間にある情報

今度は3つの世界における「3つの時間の流れ」について詳しくまとめてみる。

現実世界…過去から未来へ時間が流れる(時間を移動できない)
中間世界…情報が存在する(時間なし)
精神世界…未来から過去へ時間が流れる(時間を移動できる)

私たちも体験している順行する時間では、時間を移動できないのは当たり前のこと。けれど、逆行する時間では、時間を移動することができる。そして、中間世界には時間という概念がないから時間は流れない。けれど「情報」だけが存在している。

ループする世界の中心にあるもの

『過去(未来)からの情報』を受け取り心が反応して「現在」の行動を決め、その『行動(心の反応)』がまた「未来(過去)」になっていく。ループする世界である。

初めの章でこう述べたように、TENETの世界はループしている。中間世界が順行と逆行という2つの時間を繋げているので、「情報」もループしている。「情報」とは、人間が残すありとあらゆる「記録」である。「情報」だけが時間のない中間にあり、「時間」を感じ「情報」を処理することができる人間がそこにいる。

その「情報量」には上限がある。決まった「情報量」であるからこそループしている。この「情報量」のことをオカルト界隈では「アカシックレコード」と言ったりしている。「情報」の話に深入りするとTENETの考察がまとまらなくなってしまうので、今回はサラッと流しておきたい。

一瞬が連続する「現在」

中間世界で『思考と心を確定する』のは刹那とも言える一瞬である、と言ったけれど一瞬で「情報」を判断し、その判断が連続するのを「現在」と感じているのが人間。つまり「中間世界」は「現在」とも言い換えられる。

劇中「情報」を掴むことが戦いに有利になることが語られていた。「現在(中間世界)」で情報を受け取り、注意深く読み解くことで戦いは有利になる。

中間で情報を認識する2人

未来が読めるセイター・過去と話し合う名もなき男

人間は2つの流れる時間の間で「情報」を処理している。この仕組みについて初めから理解していたのがセイターである。だから彼は中間世界を象徴する回転ドアを所有していた。「逆行する時間」と「順行する時間」の中間に立ち「未来」からの情報を受け取っていた。

回転ドアのある場所は「曖昧で不確かな場所」であると言ったが、男3人のシーンは『思考と心で確定する時間』を表現している。そのシーンは「名もなき男」が過去(マヒア・アイヴス)と未来(ニール)と話し合う時間である。過去と未来からの情報を確かに受け取り、計画を実行している。

3つの世界・3つの時間・3つの精神構造

『回転ドアがある場所』と『3人の男のシーン』はどちらも「中間世界」であるけれど、『不確定な思考と心』であるか『確定された思考と心』であるか、という大きな違いがある。ここまで考察してきた「3つの世界」について以下にまとめておく。

現実世界…順行する時間(心が現れる)
中間世界…情報あり時間なし(思考と心が不確定or思考と心を確定)
精神世界…逆行する時間(思考と心で推測する)

信条(TENET)とは

とある「信条」を持っていれば『思考と心を確定』することができる。「信条」を持っていなければ『思考と心が不確定』なのである。名もなき男はセイターとは違って「とある信条」を持って行動していた。その「信条」とは『起きたことは仕方がない』というものである。名もなき男がセイターに勝利したのは、この「信条」を持ち「過去」を認めていたから。

男3人のシーンには未来(ニール)からだけではなく、過去(マヒア・アイヴス)からの情報も含まれていた。だからこそ未来からだけの情報より「確実」であった。セイターは過去を憂い過去への憎しみを持っている存在であるから「情報」に見落としがあった。

「逆行する時間」と「順行する時間」の中間に立ち「過去と未来」から受け取った情報を、「信条」を持って受け止め、また「過去と未来」に送る。それを行ったのが「名もなき男」である。

TENETというパラレルワールド

わたしはTENETという物語が「パラレルワールド」をも表現していると考えている。その1の考察では、『名もなき男は「創造主(神)」であり、その他の登場人物は彼の側面である』ということを書いた。

名もなき男と彼の多数の側面が存在する世界のことを「パラレルワールド」という。名もなき男と彼の多数の可能性が存在する世界と言った方が「パラレルワールド」感があるかもしれない。

「パラレルワールド」についてのわたしの見解は別の記事にしており、ぜひそちらも読んで欲しいのだけれど、ひとまずこの考察ではTENETの世界を「パラレルワールド」と仮定しておきたい。つまり「名もなき男」がTENETという世界の主役であり、その他全ての人間は彼の可能性であるということ。

名もなき男の可能性たち

ニールは未来、アイヴスとマヒアは過去であると言ったけれど、彼らは「名もなき男」の未来と過去を表す存在。姿形は違うけれど。「名もなき男」が姿形を変えて、未来や過去に存在していて、彼らが同じ時代に集合しているのが「TENETと言うパラレルワールド」。

TENETは「名もなき男」の『心の内の世界』であると言ったけれど、心の内にパラレルワールドが存在しているのである。

女たちの役割

4人の女たち

今回の記事の目的『プリヤがアルゴリズムを作った』という話をするためにも、女の役割について考えていきたい名もなき男の心の内に存在する「女」には重要な役割がある。

TENETには「4人の女」が登場している。キャット(セイターの妻)・プリヤ(TENET作戦の黒幕だと思われていた)・バーバラ(アルゴリズムを研究している科学者)・ホイーラー(TENET作戦青チーム隊長)。

正確にはキャット息子の乳母役であるっぽいアナも入れると5人なのだけれど、彼女は一瞬映り名前が出るだけなので外しておきたい。

名もなき男は、物語の中で「キャット」の命を守るためにも動いていた。敵であるセイターの妻であるのにも関わらず、かなり入れ込んでいたと思う。彼女の身の上話を聞いたから同情しただけかもしれないが。

男にとって女とは何か

TENETの世界は名もなき男の心の内の世界なのだから、心の性質の話をしておきたい。人間に男と女という肉体的な性別があるように、心には「男性性」と「女性性」という2種類の心が存在している。他の記事から引用しておく。

人間の心の中には2つの性質が存在していて、それら性質のバランスによって判断も変わってくる。基本的には性別が男性であれば、心の中は「女性性」が主体となり決定権を握っている。性別が女性であれば、心の中の「男性性」が主体となり決定権を握っている。

つまり名もなき男の心の主体は「女」。TENETに登場する女たちは彼の心の主体として存在していて、決定権を握っている。だからこそ名もなき男はキャットを気にして、プリヤから指示を受けるのである。

女は精神世界の生き物

名もなき男の心の内には、順行する時間と逆行する時間があるが、それらも「男性性」と「女性性」に対応する。順行する時間を「男性性」、逆行する時間を「女性性」とすることができる。まとめると以下のようになる。

現実世界…順行する男性性(赤)
中間世界…時間のない中性(黄/黒)
精神世界…逆行する女性性(青)

女とは「精神世界」を表している。思考と心で推測すること・未来から過去への時間、これらと女には深い関係がある。

関連記事:順行する男造、逆行する女造(出雲大社の謎を解き明かす)

逆行に詳しい女たち

「バーバラ」は名もなき男に、逆行について最初に説明をした科学者である。「ホイーラー」は逆行世界へ出ようとする名もなき男に酸素マスクを与え、逆行世界での行動方法について教えていた。彼女は逆行チームの隊長でもあった。彼女らは「逆行」について人に説明できるほどに理解している。

キャットとトマスアレポ

名前があるのに登場しない

「キャット」は映画内でも重要人物であり、名もなき男の心の主体として中心にいると考えてもいい。名もなき男がキャットに初めて接触する鍵となっていたのが「トマス・アレポ」である。彼はゴヤの贋作師であり、キャットとも親しい仲であった。

アレポは名前だけの登場であったけれど、かなり重要な役割を持っている。ところで「TENET」というタイトルは、初期キリスト教に関係する、SATORスクエアと呼ばれる回文からとられている。詳しくはWikipediaを見ていただきたいが、この回文は5つの単語でできた文章であり、その中にAREPOという単語がある。

SATOR AREPO TENET OPERA ROTASは、ラテン語による回文である。SATOR式とも呼ばれ、これを5文字×5文字のワード・スクエアにしたものはSATORスクエア(Sator Square)と呼ばれる。初期のキリスト教や魔術との関連がある。

SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(Wikipedia)

AREPOの意味をWikipediaから拝借すると『意味不明。おそらく固有名詞であり、創作されたものか、エジプト起源のものと見られる。』とのこと。さらに、AREPOについての箇所を引用。

AREPOという言葉は孤語であり、ラテン文学の他のどこにも現れてない。SATORスクエアの研究者のほとんどは、これが固有名詞であり、ラテン語以外の単語を改作したものか、この文のために特別に考案された名前である可能性が高いことに同意している。ジェローム・カルコピーノは、それがケルト語、特にガリア語で「鋤」を意味する言葉から来ていると考えた。ダーヴィト・ドーブは、それが初期のキリスト教徒によるギリシャ語のἌλφα ω(アルファとオメガ、黙示録1:8など)のヘブライ語またはアラム語での表現を表していると主張した。

SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(Wikipedia)

AREPOという単語は孤語であり、固有名詞であり、この回文の為に特別に考案された名前なのではないか、ということ。孤語という言葉の意味を考えるに、アレポはTENETという一つの物語のなかに一度だけ登場する特別な名前なのである

アレポは、自分が何者なのか分からない「名もなき男」を思わせる。正確にはTENET作戦に加わる前の彼であると考えられる。オペラハウスで眠りにつく前、彼は「偽物の人生(贋作師としての人生)」を生きていたはずだ。

何者にもなれないものが主人公へ

キャットと名もなき男がアレポについて話しているシーンを思い出してみると、キャットは『彼はどこにも行けない、電話で話すことも出来ない』と言っていた。

世界を救う物語』の主人公になるとは思っていなかった頃の「名もなき男」は、目的もなく何処にも行けない、本当の願いを口にすることもできない存在と同じ。

SATORスクエアの回文である『SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS』の翻訳は『農民のアレポが努力して車輪を保持する』だという。平凡な男(農民)がループする世界(車輪)を仕組んでいたことに気が付くまでの物語がTENETである。

名もなき男がプリヤに初めて会ったシーンでプリヤのこんなセリフがあった。「セイターに近づくには“主役”が必要」。この時、名もなき男はまだ“主人公”では無かったのだ。

女は心を気づかせるもの

アレポは弱い心

キャット(苦しむ女)は、アレポに救い(自由)を求めたが、アレポが何も出来ない状況にあること。やっと「主人公」を目指し始めた平凡な「名もなき男」は、どうすることもできない状況を伝えてくる、絶望の中にいる女を認識した。

それは、名もなき男が心の内にある「苦しむ女」に気がつくことであり、何者にもなれない自分自身(アレポ)の苦しみに気が付くことでもある。

トマス・アレポとは『名もなき男の弱い心の部分』を表している。キャットはその心(アレポ)に気づかせる為の存在である。キャットとアレポが親密な関係にあるのは、女性性の性質に「弱い心」という側面があるから。

劇中ではアレポの贋作を盗み出そうとして回転ドアを見つけ、そこで初めて逆行を目にした。名もなき男はキャットの状況を認識したことをきっかけに、精神世界(逆行する時間)を知ることになる。つまりは「心の弱さ」があるからこそ、精神世界に気が付くことができるのである。

心の弱さが支配させる

精神世界では未来から過去へと時間が流れる。そんな世界はすぐには理解できるものではないはずだが、セイターは理解していた。セイターは既に精神世界(女)を支配していたのである。だからこそキャットは窮屈さを感じ、自由を求めていた。

精神世界とは『思考と心で推測する』場所。思考は自由であり、そこに制限はない。その思考によって心が作られる。けれど、「思考と心」には恐ろしさがある。キャットのように物事を悲観したり、セイターのように怒りに苛まれる原因は「思考と心」でもある。

セイターは「思考と心」の本当の恐ろしさを知っている。不安や恐怖が発生する原因が「思考と心(女)」なのだから、支配することで対抗していた。

セイターが脈拍を図るのは、心の落ち着きを可視化して不安を和らげるため。自分の「思考と心(キャット)」をコントロールできない苛立ちが表れていた。セイターは「思考と心」を誰よりも恐れている。

キャットの役割

支配ではなく制御するもの

「思考と心(精神世界)」は理解すべきものであり、制御すべきものである。セイターのように支配するのではなく。キャットは『コントロールが難しい思考と心』としての象徴であると言える。

セイターは母としてのキャットを認めているにもかかわらず、反抗心を持つキャットに苛立ちを感じていた。女の善の側面を知りながらも、悪の側面である『コントロールできない思考と心』に手を焼いていたのである。

矛盾する感情

キャットにとって、息子もセイターも簡単に考えると「男」である。男を愛する女、男に絶望を感じる女、男に対して愛と憎しみ2つの矛盾した感情を持っている。

「精神世界(女)」には矛盾した側面がある。母としての愛情を持ちながらも、思考と心で人間を惑わす。キャットは『矛盾に苦しむ心』でもある。

アルゴリズムという物理的形態をもつ手順

ここまでのまとめ

一旦、ここまでの考察でわかったことを以下にまとめてみたい。 

  • TENETとは名もなき男の心の内の世界
  • 心の内の世界はパラレルワールド(名もなき男の過去・現在・未来が姿形を変えて集合している)
  • 名もなき男の心の主体は女(女性性)
  • 心の内の世界は3つの世界に分かれる

3つの世界について
現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

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アルゴリズムは女が作った

そろそろ「プリヤ」という存在について考察をしていきたいが、その前に「アルゴリズム」について答えを出しておきたい。最初の方で言及した「彼女が開発したアルゴリズムが…」というプリヤのセリフ。とりあえず、アルゴリズムを作ったのは「女」だと確定している。

TENETに登場する「女」とは、名もなき男の心の主体となる「女性性」である、ということは既に述べた。何度でも言うがTENETの世界は名もなき男の心の内の世界。アルゴリズムを作ったのは名もなき男の「思考と心」なのである。

思考と心がつくる手順

アルゴリズムについては『物理的形態を持つある手順であり、複製も通信も不可能、その仕組みは不明』とニールが言っている。その「ある手順」は人間の思考と心が作り出すもの。

オッペンハイマーは原子爆弾を作ることに成功したけれど、「思考と心(女)」はアルゴリズムを作ることに成功した。アルゴリズムは原子爆弾と全く同じ性質を持つ。連鎖で世界を破滅に導く可能性があるもの。それが「とある手順」なのである。

アルゴリズムが9分割される意味

原子爆弾はどのように完成したか

アルゴリズムは9つの原子力、9つの兵器であるという。世界に一つしかなく、同じものは作ることができない。『オッペンハイマーとは違いアルゴリズムを9分割した』というセリフに、どんな意味があるのだろうか。劇中では分割された理由についてそれが危険であるから、と語られているが。

原子爆弾が開発されたきっかけはアメリカのマンハッタン計画によるものである。しかし原子爆弾が発明される前、ドイツで核分裂という現象が発見されたことが元になっている。

1938年(昭和13年)にドイツで発見された核分裂は、原爆に応用できることが示唆された。1942年(昭和17年)、アメリカはマンハッタン計画を発足させ、当時の日本の国家予算をしのぐ巨費を投じて原爆を開発した。原爆はドイツを対象に開発されたが、後に目標を日本に変更、京都など18か所が候補に上がったが、結局、1945年(昭和20年)8月6日広島、同9日長崎に投下された。

原爆の開発(ながさきの平和)

原子爆弾は突然完成するものではない。人間には様々な戦いの歴史があり、それと同時に科学技術をも発展させてきた。戦争の歴史と科学には強い結びつきがあり、その産物が原子爆弾である。

今日使われている主要なエネルギー技術は、軍事研究と関係が深い。ならば、軍事予算の少ない日本は、技術開発において遅れをとる運命にあるのだろうか?

 火力発電で使用されるガスタービンは軍用の技術の転用に始まった。太陽電池も初めは宇宙開発用に研究されたが、この宇宙開発も軍事だった。原子力発電は、もちろん原爆の平和利用に始まる。

 ICTも軍事起源が多い。インターネットの起源が核攻撃対策というのは俗説のようだが、インターネットの開発段階で軍の資金が活用されたのは事実である。電子計算機は弾道計算用だったし、情報理論自体が英独の戦争を受けて発達した。自動運転車はレーダー装置を備えており、GPSで位置を確認しているが、これはいずれも軍事目的で発達した。近年の自動運転車のブームは、米国防総省が開催したコンテストで火が付いた。

【人類世の地球環境】技術進歩のために戦争は必要か?

時間の流れと共に完成すること

戦争と科学の歴史(時間の流れ)があって原子爆弾が完成したように、アルゴリズムにも歴史(時間の流れ)がある。アルゴリズムも少しづつ完成していくもの。アルゴリズムが分割され過去に隠されていることは、時間の流れと共に完成することを表現しているのである。

そして、来るべき時に完成し、ある時代において重要な役割を果たす。だからこそ原子爆弾も役割を果たしたと言える。日本人にとっては辛い歴史かもしれないが、起こってしまったことは仕方がないこと。

時間は流れるがコントロールすることもできる

私たちは時間の流れを感じてはいるが、流れの真っ只中にいる時、それをはっきりと区切り認識することはできない。私たちは過去の歴史を教育の中で学ぶものであるが、年表にして区切りをつけ覚えていたりする。それは過去だからできることであって、現実では無理なこと。

オッペンハイマーが原子爆弾を9分割しなかったのは、その時歴史の真っ只中にいたから。世界を変えるような出来事の当事者は運命の流れの中で、突然大きな役割を任されることがある。運命とは誰にもコントロールできないもの。

原子爆弾は時間の流れの中で完成した。同じくアルゴリズムも時間の流れの中で完成するものだけれど、9つに分かれているのならば、年表のように完成までの過程を詳しく紐解くことができる。現実世界は時間が規則通りにしか流れないけれど、精神世界では思考が自由であることの利点がここにある。

カバラから紐解くアルゴリズムの歴史

カバラと生命の樹

何故9つという数で分割されるのか。この解説はオカルト強めになってしまうことを先に宣言しておく。既にこのブログでは9という数字が意味するところを『出雲大社の天井に描かれる雲の数』で説明していたりする。けれど、TENETという物語は「キリスト教」の要素が強いので、西洋の知恵である「カバラ」を引き合いに出して解説していきたいと思う。

カバラーとは、ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想。ユダヤのラビたちによる、キリスト教でいうところの(『旧約聖書』の伝統的、神秘的解釈による)神智学であり、中世後期、ルネサンスのキリスト教神学者に強い影響をおよぼした。独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教の神秘思想である密教との類似性を指摘されることがある。

カバラ(Wikipedia)

カバラについて詳しくはwikiなどを読んでいただくとして、「生命の樹」というものから、アルゴリズムが9つであることの意味について考えていく。

神から流出した世界

カバラでは世界の創造を神「アイン・ソフ(エイン・ソフ、エン・ソフとも)」からの聖性の10段階にわたる流出の過程と考え、その聖性の最終的な形がこの物質世界であると解釈をする。この過程は10個の「球」(セフィラ)と22本の「小径」(パス)から構成される生命の樹(セフィロト)と呼ばれる象徴図で示され、その部分部分に神の属性が反映されている。

カバラ(Wikipedia)

生命の樹は『神から流出したものが世界を作った』ということを図にしたもの。それは「10個の球(セフィラ)」とそれらを繋ぐ「22の道(小径)」で描かれている。10個の球(セフィラ)は1〜10と番号が振られているが、流出は1から始まり10という地点で物質世界が完成する。私たちが生きる「現実世界」は10という数字で表すことができるということ。

ここからは、こちらの生命の樹(セフィロト)の図を見ながら考察を読んでいって欲しい。

sephirothic-tree

TENETという世界を流出させる神

生命の樹の図は、神から流出した世界の図であるが、TENETの世界では「名もなき男」が神になる。TENETの世界とは名もなき男の心の内がそのまま現実として表れたもの。

映画が始まってから終わるまでの流れがセフィラ1〜10に対応する。そして『アルゴリズム9つのパーツ』はセフィラ1〜9に対応している。

つまり、名もなき男の心が「現実世界」を完成させるまでの道筋が1〜10であるから、アルゴリズムが9つ集まった後に「現実世界」が完成しているということになる。

TENETの世界は初め『名もなき男の精神世界』であるけれど、時間の経過と共に『名もなき男の現実世界』になっていくお話なのである。

大きなひとつの心はバラバラになっている

10個のセフィラそれぞれが何を表しているのかというと、心の内にあるもの。説明が難しいが、人間の心を構成している『細かな感情や思考』のことである。

人間の心はひとつなのに、心の中ではバラバラになっている。それらバラバラのパーツを9つ集めることでひとつの心を知ることができる。生命の樹では1〜9のセフィラがバラバラになった心である。そして、それをひとつにまとめたものが、10というセフィラで表現されている。

TENET作戦は10分間であったが、アルゴリズムを奪還したちょうど10分が、セフィラ10(マルクト)の地点になる。その瞬間、目に見えている「現実世界」が完成する。名もなき男がアルゴリズムの起爆を防ぎ、世界を救った瞬間に、その世界が誕生しているのだ。

既に存在している世界であるのに、またその世界が誕生することは矛盾しているように思えるが、名もなき男を中心として時間が順行と逆行していれば、その矛盾は解消される。世界とはループするもの。10で完成すると同時に1という最初に戻るから、名もなき男はまたTENET作戦を開始することになる。

1〜10という順番も重要で、それら人間の心を順序良く理解するからこそ世界は完成していく。映画内では、アルゴリズムは既に8個が集まっていて、最後の一つを奪い合うシーンから始まる。実際には8のセフィラの地点から始まっていて、1〜7の段階は「過去の話」として映画内で語られるだけである。

生命の樹2つの流れ

生命の樹には2つの流れがある。1〜10までの上から下への流れと、10〜1までの下から上への流れである。これが順行と逆行に対応している。生命の樹で言えば、順行は『神から流出する』ことで、逆行は『現実世界から神へ還っていく』こと。

逆行とは『未来から過去への時間』であるけれど、それは現実世界(10)から神(1)という存在を認識することも意味する。名もなき男は回転ドアで未来の自分自身と出会ったが、未来の自分の行動を確認してから現実の行動を決めていた。

『未来の自分が起こしたことが、現実の自分の行動を決める』ということに気が付くのは、『神が自分自身であったのを知ること』と同じ。下から上への流れ(逆行)を学ぶことによって自分という「神を知る」ことができる。

「神を知る」とは『自分自身が時間の中心に存在する』ことを知ること。「TENET」という物語も、カバラの「生命の樹」も、自分という神を知る方法を伝えているのである。

思考と心を精査し自分と世界を知る

詳しくはwikiを見てほしいのであるが、1〜10のセフィラにはそれぞれ意味が当てられている。例えばセフィラ5は「峻厳」であり、セフィラ6は「美」である。これら意味については、カバリストや哲学者にでもならなければ考えないようなことかもしれない。

自分自身が日常で何を思い、何を感じるのか。あることが起こったら、心がどう動いて、その結果どういった行動をしたのか。それらをひとつひとつ詳しく紐解いていくことで、誰でも各セフィラの意味合いを理解できるようになる。

例えばセフィラ4は「慈悲」を意味するのであるが、誰しもの心の中に「慈悲」がある。人生の中で「慈悲」を感じた瞬間のことを思い出し、心の内で精査することでさらに深く理解する。他者の行動からも「慈悲」は見出せるものであるが、名もなき男はキャットが見せる「息子への愛情」から、心の内にある「慈悲」を学んでいる。

各セフィラを理解することとは、世界を理解すること。世界とは自分の心そのもの。人間に備わる思考と感情(心)は精妙であるが、紐解くことができたならば、セフィラ(世界)の理解とともに「アルゴリズム」という手順までもが頭に浮かぶようになってくる。不思議なことに。

アルゴリズムとは心の内の仕組み

結局「アルゴリズム」とは何なのか。ずばり『心の内の仕組み』のこと。TENETは名もなき男の心の内であるけれど、心の内を学ぶことによって『心の内の仕組み』をも理解できる。さらにはその「仕組み」が目に見える世界を作っていることも知ることになる。

順行する時間と逆行する時間があって、その中間で情報を受け取ることが『物理的形態を持つ手順』。「物理的形態」とは「人間」のことである。つまり、人間の思考と心が作り出す「アルゴリズム(手順)」が、世界と人間(現実世界)というものを存在させている。

アルゴリズムという『心の内の仕組み』は劇中で詳しく説明されている。それが先ほどまとめたものなので、以下に再掲しておく。私たちは普段「現実世界」しか意識していないが、本当は中間世界に存在している。自覚的に中間世界に存在しているならば『心の内の仕組み(アルゴリズム)』を知っている。

現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

アルゴリズムを集め終わった時、『世界は自分自身の心が作り出している』ということを理解することができる。アルゴリズムの意味をネットで調べてみると『問題を解決するための計算手順』と出る。アルゴリズムという『心の内の仕組み』を知れば、すべては自分が起こしているものだと理解するから、世界で起きる諸問題も解決してしまう。

8つの感情→理解→世界の完成

心と思考を通して、世界(各セフィラ)を学んでいく過程の末に、現実世界(順行する時間)が存在している。8つの『細かな感情や思考』を学んで、9つでやっと理解が完璧になる。そして、10という現実世界が現れる。これが神から流出した世界が完成する過程であり、心の内の仕組み(アルゴリズム)というものである。

「思考と心」がアルゴリズムを作り出した、と言ったけれど「アルゴリズム」が思考と心を作り出したとも言える。順行する時間と逆行する時間の中間に自分が存在することを認識できれば、未来が先でもあるし後でもある、という認識にもなる。

未来が自分より後ろにあったり、過去が自分より先にあったりすることは、人間には理解し難いものであるから「アルゴリズム(生命の樹)」という仕組みを理解することは難しい。

複製も通信もできない意味

アルゴリズムについてニールが『複製も通信も不可能』と言っていた理由について。アルゴリズムは自分の「心の内」にあるものなのだから、他者とは通信できないし、誰も複製はできない。複製ができるとすれば、その人の「思考と心」を全て理解する必要がある。けれど他者の心の内を全て理解することは無理なこと。

過去を全肯定する(世界の見方を変える)

ところで、セフィラ9の意味は「基礎」である。基礎(9)の次には現実世界(10)がある。9つのアルゴリズムとは「現実世界の基礎」となるもの。9つのパーツが揃うには、1〜8の順行する流れがある。その流れは人間にとっての歴史であるし、自分自身の過去でもある。

先ほども述べた通り、TENETは8のセフィラの地点から始まっている。アルゴリズムは既に8つ集まっているから現実世界は完成間近であるが、そこから逆行で時間を遡り8〜1を知る必要がある。現実世界という順行する時間だけでは、アルゴリズムが作られた意図は分からないのである。

9つのアルゴリズムが集まる直前に、自分自身の「弱い心(女/キャット)」に気がつき、現実世界(順行世界)の見方を変える決意したのが名もなき男。彼は『過去について考え直すこと』で見方を変えようとした。だからこそ、逆行する時間を知ることができた。変えることのできない歴史があるから「アルゴリズム」が完成する、という逆の流れを知ったのである。

アルゴリズムが9つ揃う時代には、下から上への流れ(逆行)を知る準備が整った時代であり、その時代には、世界を滅亡から救う「名もなき男」が現れる。過去は変えることができないけれど、過去を全肯定することで世界の見方は変わる。

過去を全肯定できたとき、アルゴリズムという「心の内の仕組み」を知る。生命の樹を下から上に(10〜1)遡ることで、アルゴリズムの始まり(1のセフィラ)である『自分の思考と心』を知る。全てを計画していたのは自分自身(神)であったことを知るのである。

セイターは裏の主人公

原子爆弾とアルゴリズムは表と裏

現実世界と精神世界

人間の進化と共にオッペンハイマーが原子爆弾を完成させたのは「現実世界」のお話であるが、TENETは心の内である「精神世界」のお話。精神世界の中で「アルゴリズム」は9つ揃い完成を迎える。その結果として原子爆弾が存在する「現実世界」が生まれるのである。

TENETの世界(精神世界)と私たちの生きる世界(現実世界)は繋がっている。私たちは目に見える順行世界を生きているけれど、逆行する精神世界は目に見えないからこそ「物語(TENET)」で表すのが人間である。

生と死

精神世界があるから現実世界が存在している。『思考と心(精神世界)が現実世界を生む』という物語の主人公が名もなき男である。彼は「アルゴリズム」によってもたらされる「生(現実世界)」を表現した人物。

私たちは現実世界を「生きている」けれど、物語の中の登場人物は現実世界を『生きていない(現実世界から見たら死んでいる)』。現実世界が「生」であり、精神世界を「死」、と捉えるとTENETの物語をさらに深掘りすることができる。

精神世界の中心に存在するセイター

名もなき男に名前が無い本当の理由

TENETという精神世界の中では「名もなき男」だけが「現実世界(生)」の存在になる。だから彼には「名前」が与えられていない。物語の中で名前が与えられてしまうと、精神世界で生きることになってしまう。

TENETという精神世界で名前を持つ登場人物は皆、現実世界を「生きていない」。そんな「死(精神)の世界」で生きる中心人物は「セイター」である。

誰も近寄らない場所に隠されるアルゴリズム

アルゴリズムを作った未来の科学者は、それが危険なものだと理解し自殺した。そんな恐ろしいアルゴリズム9つのパーツは『歴史上最も厳重な警備で最適な場所』に隠されていた。その場所とは何を表すのか。

セイターが『核兵器が最も危険に晒された時期』にそれを見つけるのだから、アルゴリズムを安全に隠せる場所とは『誰も近寄らない場所』である。

『誰も自ら死刑は望まない だがある者が死ぬということは別のある者が生き残ることに繋がる』これはセイターのセリフであるが、スタルスク12でプルトニウムを探す仕事を請け負ったこと。誰もやりたがらない仕事を請け負ったのは彼だけだった。

「死」を請け負う覚悟を持ったものはアルゴリズムを見つける資格がある。アルゴリズムとは「死」の近くに存在する。

セイターは「死」を請け負う者

セイターとは名もなき男が「生き残る」為に「死」という側面を請け負った存在。名もなき男よりも辛い仕事を請け負っているのだから、金塊を手にすることもできる。それは苦しみを負う者に、神が与えたせめてもの褒美なのである。

『覚えておけ 虎は手懐けられない 崇めるしかないのだ そして思い知る その獰猛な本性をな!』という、キャットに向かってセイターが放ったセリフ。死という犠牲を請け負った者の怒りである。キャットはセイターが背負ったもの(死)を知らない。セイターにキレられるのは当たり前なのである。

6・7・8を知って9へ

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生命の樹において、セイターは「美」を意味する6のセフィラに当たる。6のセフィラは生命の樹の中心にあり、10のセフィラ(マルクト)以外全てと直接繋がる唯一のもの。セフィラの中で一番重要だと言える。

セイターは「死」を請け負う存在であるのに「美」を意味することは矛盾していると思うかもしれないが「美」には多くの側面がある。TENETではその中の一側面だけが強調されていて、それを表現するのがセイターである。

生命の樹には、各セフィラを繋げる22の道がある。詳しくは22本の小径(パス)を参照あれ。セフィラ6から繋がる3つの道「死神(6〜7の道)」「悪魔(6〜8の道)」「節制(6〜9の道)」がセイターを表すのに分かり易い。これら道では、死による変革・死への恐怖・死が世界全体を繋げていることなどを学ぶことができる。

6のセフィラの意味合いとしては「美」の他にも、太陽・黄金・犠牲などがある。セイターはTENETという世界の中で「必要な犠牲」として存在している。生まれてから死ぬまで苦しみの中に存在し、名もなき男に「死」を学ばせる存在。

現実世界が完成する直前『6・7・8・9の道』は辛いもの。私たち人間は「死」を学ぶことが一番苦手であるが、現実世界で目にする「悪」からそれを学ぶ。だからこそセイターのような存在が必要なのだ。

世界の中心である「悪」

世界を構成するセフィラの中で他のセフィラとの繋がりが一番多いのが6のセフィラ。TENETのという精神世界でも中心にあり、他を繋げる役割がセイターなのである。だからこそ彼がアルゴリズムを集め完成させる。

セイターは悪役であるが「悪」の中から学ぶことは多い。世界は「悪」無しには語れない。名もなき男はセイターが背負った「死(悪)」を理解しようとするから、彼を殺そうとはしない。

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ロータス社にあった扉

名もなき男とニールがフリーポートにあるロータス社に侵入したシーンを思い出してほしい。中央の部屋を目指し、大きく息を吸い・息を止め、扉を突破していくシーンである。そのシーンの扉の番号に注目したい。

2人が最初に突破する扉は10である。その後、5の扉→4の扉と進むが、3の扉に入るのに失敗する。けれども回転ドアを見つける。10→5→4→3という流れには「9→8→7→6」が抜けていて、「3」には入ることができなかった。

この時、名もなき男はまだセイターという「悪」に出会っていない。だから「3」の扉には入ることが出来ない。『6・7・8・9という死の道』を越えることだけが「3」のドアを開く鍵なのである。「3」とは何を意味するのだろうか。

中心にいる3人が世界を完成させる

アルゴリズムが爆発しなかった理由

アルゴリズムはセイターの「死」と共に起爆された。けれどそれは爆発することなく、引き上げられた。あの瞬間は「生」という側面だけが描かれているから爆発しなかったと言える。

けれど、アルゴリズムによって「死」が起きた証拠が過去にあった。バーバラの研究室に保管されていた膨大な数の逆行した物質がそれを教えてくれた。TENETでその場面が直接的に描かれることはなかったけれど、『アルゴリズムが爆発した現実』も確かに存在したのである。

物事に含まれる2つの側面

TENETという物語はアルゴリズムが爆発してしまった「死」の過去がある世界からスタートしている。けれど、名もなき男の登場で、その過去は「生」へと塗り替えられた。「世界を救う」という行動によって、名もなき男に「生」を認識させるためのアルゴリズムとなった。

セイターはアルゴリズムを起動し、世界を逆行したいと思っていた。それは現実(順行する世界)を無いものにして、今までの過去を消し去ることを意味する。過去を憎むセイターは、自分自身の生き方を憂いている。そんな「自分を救う」為にアルゴリズムによって世界を滅亡させようとしていた。

アルゴリズムによって「世界を救う」名もなき男と、アルゴリズムによって「世界を滅亡させる」セイター。アルゴリズムには「善(生)」と「悪(死)」2つの側面がある。

ありとあらゆるものには2つの側面がある。それらを両方映像にするのならば、順行と逆行を同時に描くしかない。けれど、主人公である名もなき男は2つの側面のうち、必ず「ひとつ」を選択せねばならない。

確定するかしないか

現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

ここでもう一度『心の内の仕組み(アルゴリズム)』を見てほしい。中間世界は「思考と心を確定」させる場所である。名もなき男はTENET作戦の中で「生(善)」を選択し、確定している。アルゴリズムが起爆されたにもかかわらず爆発しなかったことは、そんな名もなき男の選択を強調している。

中間世界では「思考と心が不確定」な場合もある。現実に起きることに対して、思考と心を空っぽにして、何も決めない(判断しない)こともできる。これは仏教的な方法であるかもしれない。けれど、それではただ機械的に生きることになり、世界が存在する意味を理解することが出来ない。

裏と表・過去と未来

3人の男の章でこんなことを書いた。前回の考察のまとめである。

TENETは名もなき男一人の心の内の物語である。名もなき男が「善悪の心を持つ主人公」、セイターが「悪の心を持つ名もなき男」、ニールが「善の心を持つ名もなき男」だと言える。

名もなき男は「善と悪」両方の心を持つ者。物語の中でセイター(悪)とニール(善)を理解する過程が描かれている。その過程で名もなき男は、物事には「善と悪」2つの側面があること、「生」の裏には必ず「死」があることも理解した。

つまり、アルゴリズムは必ず爆発し『人類を滅亡させている過去』が存在しなければならないし、アルゴリズムで『世界を救う未来』も存在しなければいけない。これら過去と未来は裏と表であるから、どちらかひとつであることは不可能なのだ。

悪役を演じること

「生」の裏には必ず「死」があること。名もなき男とセイターは、善と悪という対比になる。けれどニールと名もなき男も、善と悪という対比になる。

セイター:誰も自ら死刑は望まない だがある者が死ぬということは別のある者が生き残ることに繋がる

名もなき男が「世界を救う」為にはニールという「善」が犠牲になるが、それでもTENET作戦を続けることを選んだ名もなき男。ニールが「死ぬこと」で、名もなき男が「生き残る」。「善」である存在さえも犠牲にしなければ、この壮大な作戦は成功しない。

セイターから悪を学び、ニールから善を学ぶ。そして、どちらも「犠牲」にする決断をすることが「生きること」なのである。辛い決断ではあるが、それがこの世界の掟。セイターから「死」を学ぶのは、自分自身が「悪」になる必要があるから。

名もなき男とニールが、ロータス社の「3」の扉を開けなかった理由は、まだ「犠牲」の本当の意味を理解していなかったから。善と悪を犠牲にしてでも、自分だけを生かすことが「3」という数字で表現されるのである。

隠された知識

4のセフィラ (ケセド)と3のセフィラ(ビナー)の間には、隠されたセフィラ「ダアト」がある。番号は振られておらず、至高の三角と呼ばれる『1・2・3という3つのセフィラ』と他のセフィラを隔てているのがダアトである。

1のセフィラ(ケテル)・2のセフィラ(コクマー)・3のセフィラ(ビナー)、この3つのセフィラに到達するには「犠牲」の本当の意味を理解する必要がある。以下の引用はダアトの意味である。

隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。惑星は冥王星を象徴する。他のセフィラとは異なる次元の存在であり、至高の三角とその下位存在を隔てている深淵(アビス)にあるものとされる。他のセフィラの完全体・共有体という説もある。隠された意味は悟り、気づき、神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。

生命の樹(Wikipedia)

生命の樹、下から上への流れ(逆行)を体験し、アビスを乗り越えることができれば、1のセフィラである「ケテル」に到達する。大元である神(名もなき男)の「思考と心(TENET作戦)」を知るには、大きな犠牲が必要なのである。

世界を終わらせるものであり世界を始めるもの

アルゴリズムと原子爆弾、どちらも生と死2つの側面を持っている。アルゴリズムは目に見えない「ひとりの人間の思考と心」であり、原子爆弾は目に見える「人間全体の思考と心の産物」である。どちらも、使い方や解釈の仕方を間違えると、世界を終わらせてしまうものとなる。

アルゴリズムが人間の精神の中で爆発したら、自殺したり他殺をすることになる。原子爆弾は現実で爆発したら多くの人の命を奪う。アルゴリズムと原子爆弾に「生」の側面を見出すことは難しいことなのかもしれない。

過去は無かったことにはできないけれど、見方を変えるだけで世界は変わる。アルゴリズムが9つ揃えば必ず起動されるが、その瞬間をどう見るのか。世界が滅亡する瞬間(死)と見るのか、新しい世界が生まれる瞬間(生)と見るのか。その解釈は世界を感じる自分自身に委ねられる。どちらの解釈を選択したとしても、生の裏側には死があるし、死の裏側には生があることを理解することが肝心である。

プリヤの正体について

男性の中の女性性

お待たせしました。ついに、今回の目的である「アルゴリズムの制作者」について紐解いていくことにする。始めに述べた通り、わたしはプリヤがアルゴリズムを作ったと考えている。しつこいようであるが、ここまでの考察をもう一度確認。

  • TENETとは名もなき男の心の内の世界
  • 心の内の世界はパラレルワールド(名もなき男の過去・現在・未来が姿形を変えて集合している)
  • 名もなき男の心の主体は女(女性性)
  • 心の内の世界は3つの世界に分かれる

TENETの世界は『名もなき男の思考と心の中』で作られている。男性の心の主体は「女性性」であり決定権を握っている。だから名もなき男はキャットを守り、プリヤから指示を受ける。

来るべき時と来るべき出来事

名もなき男:何個見つけた?
プリヤ:241ですべて揃う
名もなき男:最悪だ 作戦を変更すべきだ
プリヤ:変えたら彼女は無事?
名もなき男:アルゴリズムも
プリヤ:その世界に私たちは存在しない

これは、名もなき男とプリヤの会話である。アルゴリズムは9つが揃って起動すれば「全ての時間の流れが逆行」して人類が滅亡してしまうが、9つをセイターに集めさせる作戦を変えてしまったら『私たちは存在しないことになる』とプリヤは言う。

アルゴリズムには生(善)と死(悪)の側面があるから、生命が生まれいずれ死にゆく世界を作る。アルゴリズムが揃い、起爆されるからこそ世界がある。つまり起爆するアルゴリズムがあるから私たちも存在している。

アルゴリズムについての章で、このようなことを書いた。

戦争の歴史(時間の流れ)があって原子爆弾が完成したように、アルゴリズムにも歴史(流れ)がある。そして、来るべき時に完成し、ある時代において重要な役割を果たす。

繰り返しになるが、3つの世界における「中間世界」には「情報」だけがある。しかもその「情報」は順行と逆行という時間に挟まれていて、始まりと終わりが繋がりループしている。つまり、起こること全ては決まっていて、来たるべき時に、来たるべき事が起きる。

プリヤはTENET作戦に深く関わっている存在である。アルゴリズム最後の1つを名もなき男に盗ませて、セイターに渡すことまでをも見越している。プリヤは確実に「3つの世界」を知る存在であり、「来たるべき時」を知っている。

その瞬間は早すぎても遅すぎてもいけない。プリヤは名もなき男が生きている時代に9つが集まり起爆されることを知っているのである。

プリヤは名もなき男に殺されてしまったが、その理由を紐解いていくことで、プリヤの役割を明かしていきたい。名もなき男の心の中に存在する「女性性」としてのプリヤの役割である。

繰り返す世界と時間のズレ

入れ子状態の世界

ここで少しややこしい話をさせてほしい。ここまで考察してきた「3つの世界」は入れ子状態になっている。『アルゴリズムという手順の中(現実世界の中)』にある3つの世界の中の「精神世界」がアルゴリズムを作っているのである。

アルゴリズム(精神世界)で作られた現実世界の中にある「3つの世界」
現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)、心が現れる
中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)、思考と心が不確定or思考と心を確定
精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)、思考と心で推測する

現実世界(順行)と精神世界(逆行)とそれを中間で繋ぐ世界(人間)があるのならば『現実が先で精神が後』とも言えるし『精神が先で現実が後』とも言える。けれど『思考と心がアルゴリズムを作る』とわたしが何度も言うのは『精神が先で現実が後』の方が「正しい」ということを意味している。

「正しい」と言い切るのは語弊があるかもしれない。現実世界より精神世界の方が「優位(先)」である、という言い方もできる。

時間のズレが優位をつくる

2つの時間は同時に流れているようで、少しだけ時間にズレがある。逆行する時間(精神世界)の方が先なのは、ズレの為である。ズレていなければ「未来」を先読み出来ない。

中間で2つの時間を感じる「人間(名もなき男・セイター)」はそのズレをも感じている。未来に起こることを確認してから行動を起こすのは、逆行する時間(精神世界)の方を先に感じ取る為。このズレがあることによって、アルゴリズムは「精神世界」で作られると言える。

そして、精神世界が「女性性」を表していることは何度も伝えていること。女性性(精神世界)は、思考と心の構造を理解したら、また世界(精神世界の中にある3つの世界)を作り出してしまう。

アルゴリズムがまたアルゴリズムを作り出すという繰り返しが「TENET」という世界。TENETに登場する女たちはアルゴリズムを作り出す「思考と心」として見ることができる。けれど実際に目に見える現実世界を作り出すのは、中間世界で2つの時間を感じている「人間(名もなき男)」である。実にややこしい。

精神世界(思考と心で推測)→ 中間世界(思考と心を確定)→ 現実世界(心が現れる)

プリヤとキャットという対比

今回の考察の通り、キャットはセイターの束縛に苦しむ女であり、自由を求める女であり、『コントロールが難しい思考と心』の象徴であった。セイターという「悪」をコントロールできないから「悪(死)」の真実を知らない。まだ何も知らない女である。

一方、プリヤは「悪(死)」を理解している女としての象徴である。武器商人の妻を演じていたが、裏で仕切るのはプリヤであった。悪を裏で操っていたことからもそれが分かる。

プリヤは悪を理解し、アルゴリズムをも理解している。アルゴリズムが起爆することで、生(現実世界)と死(精神世界)が存在する「3つの世界」が生まれることを知っている。

プリヤがキャットを殺そうとした理由は『キャットはアルゴリズムを知る危険な存在であるから』というのが定説である。けれど、プリヤがキャットを殺そうとした本当の理由は、世界を再び産み出さない為。本当は「繰り返す世界」を破壊したかったのである。

何も知らない女と知りすぎた女

TENETの世界はパラレルワールドであり、登場人物は過去の自分や未来の自分を表している。TENETに登場する女たちは名もなき男の心の内にある「女性性(心)」の過去や未来を意味するということになる。

キャットは最初アルゴリズムを知らない女。けれど名もなき男と出会い、アルゴリズムという兵器の存在を知ったのだから、いつかは理解してしまう。未来でアルゴリズムを完璧に理解した存在がプリヤとなる。キャットとはプリヤの過去なのである。

女はアルゴリズムがアルゴリズムを作り出すことを知っている。けれど、そのような「繰り返す世界」が苦しみ(悪)の世界であることも理解している。

過去(キャット)を無いことにすれば未来(プリヤ)も無い。だから過去の自分(女)を殺そうとする。繰り返す世界を破壊する行為は、セイターと同じ動機である。人間は、自分の苦しみを解消するために「世界と人類の消滅」を願うことがある。

人類滅亡への思い

世界が無ければ苦しみも無い

セイターは自分を守る為に「世界と人類の消滅」を願う。世界が無ければ苦しみもない。生まれてから死ぬまで「悪」を背負わされた人間の動機として至極真っ当なこと。「悪」の役割を理解していれば、その気持ちを否定することはできない。

一方、プリヤが「世界の消滅」を願う理由とは何か。それは、キャットの息子であるニールが死んでしまうことに苦しみを感じているから。キャットの息子=ニール説は確定であると思う。キャットはプリヤの過去なのだから、ニールはプリヤの息子でもある。けれども実際の息子という意味では無い。

人類の母

プリヤは「人類の母」としての存在なのである。太母と言った方がしっくりくる。自分(女性性)が作り出したアルゴリズムというシステムが、あまりにも悲しい「人間の死」を引き起こすことを深く理解しているのである。

「人間の息子代表」であるニールが、必ず死ななければいけないことは母にとって大きな苦しみである。アルゴリズムは生と死という二面性がある世界を作る。それは、善(ニール)という存在であっても死ななければいけない世界である。

さらに、プリヤには『自分が死ぬことへの恐怖』も存在している。アルゴリズムのことを深く理解しているのだから、未来で自分が死ぬことも知っている。

男はひとつ、女はふたつ

セイターが人類滅亡を願うこと、プリヤが人類滅亡を願うこと、は同じようで少しだけ違う。それは男性性と女性性の違いでもある。

「男性性」はひとつの意思を持っている。苦しむ自分の為だけに「世界を滅亡」させる。「女性性」にはひとつの意思に2つの意味が重なる性質がある。苦しむ自分の為、苦しむ他者の為に「世界を滅亡」させる。

関連記事:「MoM」から学ぶ男性性と女性性

名もなき男の内にある2つの女性性

名もなき男の心の内には、キャットという『まだ何も知らない、命を生み育む若い女』・プリヤという『完璧にアルゴリズム理解している、死を持たらす老婆』が同居している。ここにも「生と死」の対比が現れている。

やはり名もなき男は「生と死」どちらかひとつを選ぶ必要がある。彼は「人類滅亡」を防いだのだから、『死を持たらす老婆(プリヤ)』をも殺す必要がある。

再び世界を始め、名もなき男(ニール)が生まれるためには、キャットを守る必要がある。それは、心の中にある「死への恐怖(プリヤ)」を消滅させるミッションでもあるのだ。

名もなき男がプリヤを殺すシーンでは、車のミラー越しに2人が会話していた。鏡の中に映るプリヤは名もなき男の『心の中の女性性』であることを表現している。名もなき男は2つの「女性性」のうち、「生」の側面であるキャットを選んだ。

死への恐怖を克服する

名もなき男はこのシーンで、ついに自分の内にある『死への恐怖』を消し去ったのである。プリヤは「後始末をして」という言葉とともに、自分の姿をミラーから消した。プリヤは自分が死すべき存在であることをすぐさま悟っている。アルゴリズムを作った科学者(プリヤ)は、名もなき男の心の内で自殺した。

太母であるプリヤを殺し、その瞬間に名もなき男はTENETという物語の真の主役になった。そして、新しい世界を創造した。物語には描かれていなかったが、ここで彼はやっと「名前」を与えられたのである。彼は「アルゴリズム」の仕組みを見破った。

TENETという物語には、アルゴリズムという人間の思考と心が作り出す「3つの世界」を理解する目的と、自分の心の内に存在する「死への恐怖」を克服する目的が存在する。この2つの目的を成し遂げたのならば「名前」が与えられ、自分(人間)という存在を初めて認めることになる。『自分という存在を理解すること』が3つ目の目的である。

死を怖れ自殺をする2人

精神世界で作られたアルゴリズムによって『苦しみのある世界が繰り返される』ということを理解していたのがプリヤとセイターである。

苦しみを知る者は自殺しようとする。アルゴリズムの真実を知ることは恐ろしい。

世界を生み出す太母プリヤ

「女性性」には二面性があるが、それが世界をややこしくしている。名もなき男の内にある「女性性」の二面性は、キャットとプリヤで表現されている。キャットは息子の優しい母でもあり、感情を抑えられない悪女。プリヤは善と悪が見え隠れする、謎の女。善でもあるし悪でもある。プリヤが味方なのか敵なのかよくわからないのは、二面性の為である。

プリヤがアルゴリズムを作ったと言えるのは、女たちの中で一番年老いているから。「女性性」は時間を経て終わりを自覚する時、新しいものを産み出そうとする。

アルゴリズム(3つの世界)は終わりを迎える時、また新たなアルゴリズム(新しい3つの世界)を作り出す。そして、アルゴリズムの制作者は最後に死すべき定めがある。プリヤは「女性性」としての定めを全うし、名もなき男(男性性)を生かしたのである。

TENETは生と死の物語

生の裏には必ず死がある。そんな当たり前の世界の話が「TENET」という物語。なんとなく世界を生きていたひとりの人間(名もなき男)が真剣に世界に向き合い始めるのなら、壮大な作戦に参加することになる。その作戦とは『生と死の秘密が明かされる物語』の主人公になることである。

その他考察

ニールは暗闇の中の光

善の心と悪の心

もう少しだけ考察を続けたいと思う。ニールだけが「時間の制約なく移動が可能」である理由についてまだ答えを出していなかった。

「逆行の世界」に限っては、時間の制約なく移動が可能だ。けれどそれができるのはおそらく「ニール」だけ。その理由については後述したい。

ニールは名もなき男の心の内に存在する「善の心」。人間には生まれながらに「善の心」と「悪の心」がある。社会では善い行いを教えられて生きるものなので、私たちにとって「善の心」は当たり前のものとなる。法律が整った社会は「悪」を抑える構造になっている為、私たちは「悪の心」を忘れてしまう。

「悪」が心の外に出て悪さをすることを抑えるのが「善」の役割であるが、「悪の心」を知らない人間は「悪」に慣れておらずコントロールも下手である。だから、未来から来たニール(善)が先回りして(逆行して)サポートしてくれる。

人間が「悪の心」に気がついた時、目に見える世界にも「悪(セイター)」が表れる。けれど「善の心」を当たり前にあるものとして生きていると、目に見える世界にある「善」を見失いやすい。当たり前にあるものは気がつきにくいもの。

名もなき男がニール(善)に疑いの目を向けたことがあったように、「善」が目に見える世界に表れたように思えないことがある。目の前に存在する「善(ニール)」を信じるか信じないかで、善の作用は変わる。

ニールは光を超える

ニールは何故「時間の制約なく移動が可能」なのか。善(ニール)とは名もなき男の心の内にある唯一の「光」なのである。光である善を心の内に感じ、信じたとき、時間という制限をも超えることができる。

現実では、光を超える速さを持つものとして「タキオン粒子」という物質が予想されているけれど、ニールはタキオンのようなもの。だからニールだけは時間の中を自由に動くことができる。

タキオンは現実にも存在するはず。光(ニール)が犠牲になるとき、タキオンに変化するのではないだろうか。単なるわたしの妄想であるけれど。

黄昏に生きる 宵に友なし

段々暗くなっていく時間帯

TENETで印象的なのは「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉。この言葉の意味についても考察しておきたい。

「黄昏に生きる(We live in a twilight world.)」という言葉の中の「黄昏」は英語では「twilight」である。また「宵に友なし(And there are no friends at dusk.)」という言葉の中の「宵」は英語で「dusk」である。

この2つの微妙な時間の違いに注目したい。こちらのサイトにイラスト付きでわかりやすい解説があったので見て欲しい。twilightは「薄明かり」を指す単語で、duskは「twilightがより暗くなった状態」だという。

TENETでは「2つの時間の流れ」の中で物語が進む。だからこそ「黄昏」と「宵」という2つの時間の違いについても考えてみたい。

心の中の時間の流れ

黄昏も宵も夜の前の時間である。時間の流れとしては、twilight(黄昏)→dusk(宵)→night(夜)という感じ。黄昏に生き、宵には友がいないことも心の中の状況を表している。

黄昏と宵はまだ光が少しだけ残る時間帯。その後訪れるのは光の無い暗闇である。闇夜には何か怖ろしいことが起こりそうな雰囲気がある。そして、人間の心の中にも暗闇の時が訪れることがある。

問題に突き当たった時や、何かを恨む時、誰かに裏切られた時など、人間は心に大きな闇を抱えることがある。私たちはいつそんな状況に陥ることになるかわからない。暗闇は人生の中で突然やってくるものであり、だからこそわたしたちは「黄昏」に生きていると言える。

一度でも心に不穏な感覚が生じたことがあるのならば「黄昏に生きて」いる。一度その感覚を知ってしまえば、もう「日中」だけに生きることはできない。ふと「黄昏」の感覚に陥った時、なんとも言えない不安が込み上げてくることになる。

宵に友はいない、暗闇の直前

そして「宵に友なし」という言葉が表すこと。「宵」のすぐ先には「暗闇」がある。光の無い暗闇に落ちる直前、私たちの心は独りぼっちになる。その感覚は「宵」にある人、「暗闇」に落ちそうになった人しか知ることがない感覚である。

TENETの中でセイターは「悪」を背負わされる役割であったが、彼が常に感じていたのが暗闇の直前である「宵」の感覚である。

暗闇とは「死」を表している。セイターが常に脈拍を気にしていたのは「暗闇(死)」までのカウントダウンを意識していたから。だからこそ、彼もこの合言葉を使用していたのである。

「宵」から「暗闇」に落ち「死」を体験すること。話がまた生命の樹に戻るけれど、アビスという深淵を超えるには、完全な「暗闇」に落ちる必要がある。生きたまま「死」を体験し復活することで神の真意を知ることができるのであるが、それは恐ろしい試練である。

「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉は「暗闇」に落ちる前の合図なのだから、安易に使っていはいけない怖い言葉である。

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3分割されたアルゴリズム

終わり、また始まる物語

アルゴリズムを奪還した後のシーンで、名もなき男・ニール・アイヴスが集いアルゴリズムを3分割していたシーンについての考察を最後にする。

今回の考察の通り、9つのアルゴリズムとは現実世界の基礎となるものであった。『思考と心が現実世界を作る』という真実が、自分自身の思考と心を精査することで明らかになる物語が「TENET」。

アルゴリズムを分け合うシーンは、名もなき男がアルゴリズムの謎を解き明かした末に、また時間の始まりへと戻るシーンである。生命の樹で言うと、1〜10という過程を終了し、また1という始まりに戻ろうとしているところ。まだ何も知らなかった頃の自分に戻るのである。

初めは「3つ」しか知らない

生命の樹の始まりは1のセフィラ「ケテル」から。そこから2のセフィラ「コクマー(至高の父)」、3のセフィラ「ビナー(至高の母)」と続く。世界の始まりには生みの親が必要である。人間は生まれてすぐに世界を認識するけれど、初めに親である父と母を認識する。

アルゴリズムはアイヴスによって「3つ」に分けられたが、それは「自分(1)」と「父(2)」と「母(3)」という「3つ」を表している。そこから成長し、経験を積むことで複雑な世界(4〜9)を理解していく。

けれど、成長し時間が経過するごとに「自分」や「父」や「母」のことを忘れてしまう。最初の「3つ」は歳を取れば取るほど理解が遠ざかるものであり、人間は世界の初めを思い出せなくなる。

未来は自分の手の内にある

アイヴスは9つのパーツを3分割したが、その後ニールの分は名もなき男に渡された。最終的に6つのパーツを受け取ったのが「名もなき男(自分)」である。

3つに分割されたパーツは、過去(アイヴス)・現在(名もなき男)・未来(ニール)をも表している。未来の分のパーツは自分の手の内にあるが、過去のパーツはまた何処かへと隠されてしまう、ということになる。

人生とは「自分」という存在を思い出す為の経験である。過去が『自分を苦しめるもの』だと感じ始めたのならば、人生の意味や「本当の自分」を思い出そうとしている。アイヴスによって過去に隠される残り3つのパーツを探すには、黄昏に生きながら、孤独な宵を経験する必要がある。

現在と未来は既に手の中にあるのだから、過去を遡り、過去と現在と未来、3つの時間が一本の赤い線で結ばれ円環を描いたのならば全てが明らかになるだろう。

名もなき男はオッペンハイマーになった

ということで、今回の「TENET」考察はこれにて終了である。今回の考察では「3」という数字が多く出てきたと思うけれど「名もなき男」にも三重に意味が重なっている。

名前が無いのは『物語の主人公では無い状態』を表しているから。自分が何者なのか分からないのならば「名前」が無いのと同じこと。

名前が無いのは『TENETが誰にでも当てはまる物語』であり、誰もがこの物語の主人公になる可能性があるから。逆行する時間に深く潜り込んだのならば、未来の自分に出会う可能性がある。

そして、名前が無いのは『人間は現実世界の生き物である』ことを表しているから。TENETは精神世界のお話であったけれども、主人公だけが現実世界を「生きていた」。

現実で原子爆弾を作るのは生きている人間である。クリストファー・ノーラン、次の作品は原子爆弾の父を描いた「オッペンハイマー」であるが、その名前は「名もなき男」が「TENET」終了後に神から与えられた名前である。

何が言いたいのかというと、自分自身が「オッペンハイマー」という物語の主人公になったつもりで心して観るべし。「暗闇(死)」が体験できるかもしれない。日本公開がいつになるのかまだ不明ですが…。