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Amebaブログの方に、映画「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」の感想を書いていたら、女性性と男性性について詳しく解説できたように思うので、こちらのブログにも載せることにした。

この記事は「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス(以降「MoM」と呼ぶ)」の物語を引用しながら女性性と男性性について解説していく。なので鑑賞しておくことをお勧めします。

なお、過去のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品も観ておかないと「MoM」に登場するキャラクターの理解はできない。となると、かなり量があるのでハードルが上がってしまうけれど興味のある方は是非。MCUは面白いよ。

MCUを見る順番を詳しく書いてくれているサイトがありましたので、参考にリンクしておきます。ディズニープラスへの入会は必須になりますが。

記事の中ではいくつかのMCU作品に触れているので、様々なネタバレがあります。全てのMCU作品を観ていない人、これからMCU作品を楽しみたい人はご注意ください。MCU作品は見ないけれど、女性性と男性性の要点についてなんとなく知りたい人は、次の章『男性性と女性性についての基本情報』を読んでから、こちらの章以降をお読みください。

男性性と女性性についての基本情報

これまで、UOZAブログの中で『男性性・女性性』については何度か触れてきた。ちなみに、投稿記事一覧ページ右上に検索ワードを入力する箇所があって(虫眼鏡マークをクリック)「男性性 女性性」と検索してみると、このように記事一覧が出てきます。ご活用ください。

男性性・女性性についての基本情報をおさらいしてみる。過去記事から再掲。

人間には「男」と「女」という性別が存在しているが、実際には心(精神)にも性別が存在している。私たちが頭の中で思考し判断を下すときに、「男性性」という心の性質と「女性性」という心の性質がそれぞれ考え最終的にひとつの答えを出すようになっている。
つまり心の中には2つの性質が存在していて、それぞれの性質のバランスによって、判断も変わってくる。基本的には性別が男性であれば、心の中は「女性性」が主体となり決定権を握っている。性別が女性であれば、心の中の「男性性」が主体となり決定権を握っている。

そして、男性性・女性性それぞれの特徴を一言で表すとこちら。シンプルなこと。

男性性:強いこころ
女性性:受け入れるこころ

ということで、なんとなく頭に入れてから以降の記事を読んでほしいと思う。

現実世界と精神世界が混ざり合うカオスな現代

以前エターナルズの感想を書いたときMCUフェーズ4のイメージについてこんなことを書いた。

フェーズ4から「精神世界突入後、その中に精神世界と現実世界を創り、それぞれ分かれていく」はなしなイメージ。

これは、精神世界と現実世界が分かれてどちらも認識できるようになるということであり、そうなってしまうと、もうどちらが現実か分からなくて混乱してしまう。最終回を迎えた「ムーンナイト」もまさにそんな世界観だった。

現代では、陰謀論とか集団ストーカーとか、アニメや漫画の内容に本気で怒ってしまう人とか、精神世界のお話を現実だと思ってしまう人々が増えていることと同じである。それはまったく非難することでもなく、仕方がないこと。人間が進化するための通過点なのだ。

「ロキ(シーズン1)」の最終回では、在り続ける者が『境界線を超えた』と言っていたシーンがあったけれど、現代はまさに現実と精神を隔てていた境界が曖昧になり混じり合う時代。

「ワンダヴィジョン」で、ワンダは自身が創り出した精神世界(ヘックス)にどっぷりと浸かってしまったから現実に戻ってこれなくなった。そして、スカーレットウィッチである自分を選んだ。「MoM」ではワンダ(現実)とスカーレットウィッチ(精神)との対比で境界を超え行き来する混乱が表現されていた。

もちろんストレンジも違う世界線の自分に出会うのだけどワンダほど惑わされてはいない。主人公というものは、変わらない自分自身を肯定する強さを持っている。世界線の違う自分に出会ったとしても、現実の自分が絶対である。

そしてこのワンダとストレンジの現実世界/精神世界の捉え方の違いが、女性性と男性性の大きな違いを表現している。

「MoM」スカーレットウィッチから学ぶ女性性

スカーレットウィッチとワンダという女の二面性

スカーレットウィッチとは、グレートマザーの悪の側面であると言える。一方でワンダは善の側面になる。グレートマザーとは、心理学者であるユングが見出した夢の中に登場するイメージのうちの1つ。それらイメージは元型(アーキタイプ)と呼ばれており、人間の心の奥底に古代から存在し、人類はそれを共有している。

グレートマザーとはこのようなものである。引用させていただく。

あらゆる物を育てる偉大な母のイメージで、女性の成長の究極的な目標だとされています。ただ、母という要素には二面性があり、一つには子どもを慈しんではぐぐむ力、もう一つは子供を束縛し、のみこんで破滅させてしまう恐ろしい力です。

夢に現われるグレートマザーは、年長の女性、女神、老婆、魔女などの姿を取り、否定的イメージが強い時には鬼婆、化け猫、メスの猛獣、渦巻きなどの姿になるそうです。

ユングの夢分析と5つのアーキタイプ

グレートマザーは全てを生み出す母であるからこその悪を表現する。大きすぎる愛故の悪。魔女であり老婆であるスカーレットウィッチは予言されていた存在であった。予言されていた存在もなにも、世界とは女から生まれている。ワンダゴア山のスカーレットウィッチの銅像は、世界が『始まった』頃から存在しているのだろう。

世界を産む存在としての苦しみ

産みの苦しみとはよく言ったものだけれど、その「苦しみ」は女しかわからないものなのかもしれない。世界を産んでしまう者の苦しみ。それは『現実も精神も結局全ては幻想である』という真実を理解している苦しみであったりする。

確か、ストレンジがワンダに対して『子供たちはただの幻想だ』って諭している場面があったと思うのだけど、それに対するワンダの返答にものすごいドキッとした。しかしそのセリフを忘れてしまった!『女は全部幻想だと知っている』みたいな返答だったと思うけど、もう一回見ないといけないな。

ワンダの恋人ヴィジョンも、生身の人間ではないし幻想のようなものだったのかもしれない。現実でさえも全ては儚く虚しいということを理解しているワンダ。幸せを手にしたとしても、それはどうせいつか消えてしまう幻なのだ。

だから、ワンダはヘックス内で創造した自分の息子たちを愛し留めようとする。世界が幻想であることを忘れるために。息子たちへの愛が強い執着へと変わる時、強大な悪に変貌する。これがグレートマザーの悪の側面である。

全ては幻想であることについての悲しみ

「ブラック・ウィドウ」はナターシャの過去のお話だったけれど、レッドルームで殺し屋として育てられたこと、『作られた家族』とのエピソードなどが明かされた。レッドルームの女性たち、作られた家庭、どちらも幻想である世界を表現している。

エヴァでも綾波やアスカは自分がクローンであることを知っていて、世界を見る目がどこか冷めていた。やはり女は世界が幻想であるということを知っている。

女は世界が幻想だということに納得した上で、それを乗り越えていくことが使命なのである。ナターシャは作られた家族であっても、そこに本物の愛があったことを最後には認識できたから救われた。乗り越えたからこそブラック・ウィドウは強い。

女の執着は恐ろしい悪となる

一方スカーレットウィッチの強さは、儚いものをなんとか留めておこうとする執着心から。どうせ幻想なのだから、自分の思い通りにしてしまおうと思っている。そしてワンダの時よりさらに強くなっているのは、自分自身が太古から存在する魔女であること(グレートマザーであること)を知ったからである。

闇に落ちて初めて自分の原点(女であること)を知り、性質を理解することができる。そして自分の本当の能力をも理解する。ワンダゴア山で自分の銅像を見た時、そこが自分の玉座であると納得した描写がその瞬間である。だからこそイルミナティなんて瞬殺なのだ。

また、自分の銅像を初めて見たとき、そこが自分の墓であるとも直感的に理解していた。未来の自分自身の死を予見しているし、死を司る存在であることが表現されている。

ヨハネの黙示録に登場する『太陽を着て足の下に月を踏んでる女』はまさにグレートマザー(スカーレットウィッチ)のこと。産みの苦しみのために、破壊をもたらすのである。

「MoM」ドクターストレンジから学ぶ男性性

境界線を超えない男ストレンジ

ワンダとは対照的なストレンジは現実世界と精神世界の境界線を曖昧にしない。それは現実世界が幻想であると思っていないということであるし、現実の自分が絶対だという自信でもある。

『他人に絶対にメスを渡さない』ストレンジの傲慢さとも取れる性質は、自分自身が現実を支配しているという強い意識である。現実は精神世界であるということを認めない。けれど心のどこかでは精神世界であってほしいとも願っているのかもしれない。

犠牲(死)のある世界への葛藤

ストレンジは今回自分の世界線を守るために戦ったのであるが、他の世界線に移動し、他の自分の可能性を知ることになる。オープニングでは夢の中で魔物と戦う自分を見た。アメリカチャベスを犠牲にして世界を救おうとしていたが死んでしまった世界線。

ストレンジが世界を救おうとすると必ず犠牲が出てしまう。「アベンジャーズ/エンドゲーム」でのトニースタークの死もある意味犠牲である。ストレンジがタイムストーンで可能性を探った中、世界が救われる世界線はトニースタークが死ぬ世界だけだった。

ストレンジは、おそらく、世界を救う為には犠牲が必要だと感じていた。しかし「ホワット・イフ」ではクリスティーンが犠牲になる世界線から逃れるために、何度も時を戻しクリスティーンが死なない世界を探していた。犠牲は必要であるけれど、犠牲は伴いたくない。このような矛盾した気持ちと葛藤しているのがストレンジである。

男の始まりは死

「ホワット・イフ」の中でエンシェントワンは、クリスティーンの死は絶対点であり変えることができない、その点こそが魔術師ストレンジの出発点であると語った。

映画版ドクターストレンジの世界線においては、自動車事故で両手が使えなくなることが魔術師ストレンジ誕生のきっかけである。外科医の仕事ができなくなるということは『現実の死』を意味する。男の本当の人生は『死(女)』から始まるものなのだ。

男は『女の産みの苦しみ』から産まれる者。女の苦しみは『産みの苦しみ』であったが、男を苦しめるものは『女の死』である。「MoM」はストレンジが「死」の苦しみを乗り越える物語である。「死」から始まる試練は再び「死」を体験し乗り越えるしかない。

精神世界で体験すること

現実世界が絶対で、そこは幻想ではないと思っているストレンジ。しかし、今回はアメリカチャベスの力によって違う世界線(精神世界/アース838)へと足を踏み入れることになる。アース838はイルミナティというヒーロー軍団が守っている世界。

そこではストレンジもイルミナティの一員であったが、既に死んでいた。アース838にもサノスから世界を守る戦いが存在していたのであるが、その際ストレンジは闇の魔術書ダークホールドを用い、別の宇宙を消滅させてしまっていた。イルミナティはそんな行動をするストレンジを危険視し、排除したのである。

現実世界を絶対とし自信過剰すぎるストレンジであるが、別世界線では死んでいる。オープニングの夢もまた別世界線であったが、そこでもストレンジは死んでいた。

ストレンジにとって別世界線(精神世界)は自分自身の「死」を教えてくれる場所である。「死」を別世界線(精神世界)で擬似体験しているようなもの。精神世界とはそういう役割を持っている場所である。

ストレンジの意識は、現実世界=生、精神世界=死、と境界線をきっちりと引いているのであろう。

世界を救う為に犠牲になるのは誰なのか?

ストレンジは心のどこかで、世界を救うには犠牲が必要だと思っている。そんな深層心理が目にみえるものになったのがストレンジの別世界線(精神世界)である。別世界線では、犠牲者が自分自身になっている。誰かが犠牲になることは自分の「死」を意味する。そうストレンジは感じているのだ。

オープニング、夢の世界線ではアメリカチャベスを犠牲にするという選択をし、アース838ではドリームウォークしたことで、インカージョンが起きてひとつの世界線を犠牲にする選択をしたストレンジ。

別世界線では自分の選択によって世界に「死」がもたらされている。それを知ったとしたら普通の人間はすごく落ち込むであろう。そして自分の選択に自信を失い、選択することを止めてしまうだろう。

しかしストレンジには至高の魔術師になる素質があるから普通じゃない。その素質とは現実世界と精神世界にきっちりと線引きをすること。現実に存在する自分が確かであることを信じているストレンジであるから、別世界線(精神世界)に起きる「死」という結果を見ても諦めないのである。

つまり、本当の自分が存在するアース616では結果を変えたいという強い意志がある。それは「ホワット・イフ」という世界線でクリスティーンを亡くしている悲しみに由来する。女とは「死」の象徴である。その意志とは、「死」をもたらしたくないという強い願いなのである。

自分の選択を信じる者

ストレンジは自分の考えを曲げない。自分の選択が正しいと信じている。アース838ではストレンジの選択は非難され、ストレンジ自身もひとつの世界線を破壊した罪悪感を持っていたようだが、それは精神世界のお話。

現実世界(アース616)のストレンジの強さは、そんな精神世界(アース838)の自分を知ったとしても、現実世界でやはりダークホールドを手にしてスカーレットウィッチと対決したところなのである。ダークホールドを使って戦うことを恐れていない。

精神世界において自分自身の選択で「死」が起きているということを学んだ上で、現実世界の自分自身の選択に強い意志を持つこと。これが至高の魔術師の姿である。

スカーレットウィッチ(死)との対決

精神世界の死(予習)から現実世界の死(本番)へ

ストレンジは現実世界(アース616)に存在する強大な悪スカーレットウィッチと対峙することになる。精神世界では「あったかもしれない自分の死(男)」と対決、現実世界では「現実に死をもたらす者(女)」と対決するという対比である。

ストレンジは、ワンダと同じく闇の魔術書ダークホールドを手に入れドリームウォークで他の世界線の自分に乗り移る。

死んでしまった者たち

現実世界(アース616)のストレンジは別世界線(シニスター・ストレンジがいたとこ)に飛ばされ、その世界線にあるダークホールドを用いドリームウォークして現実世界(アース616)に置いてある自分の死体(夢の世界線のもの)を操った。

ストレンジは自分の死体に群がる悪霊に苦戦していた。悪霊たちとは精神世界(別世界線)の生き物であり、悪霊とは死んでしまった者たちである。「死」とは選択の間違いによって引き起こされるものであるから、悪霊たちには大きな後悔がある。だから生きているものに対する執着があり、足を引っ張る。(ストレンジの肉体は死んでいるのであるが…)

死を利用する

ストレンジは悪霊に乗っ取られそうになったが、クリスティーンが助け舟を出してくれた。悪霊を利用することを教えてくれたのだ。女とは死を司るものであるから悪霊のことを一番理解しているのも実は女である。

「死」から感じる強い苦しみ、「死」とは自分自身の選択でもたらされているということ。「死」の擬似体験によって学ぶことができるのはこの2点である。ストレンジは「死」について精神世界で充分に学んでいる。

ストレンジは既に「死」を学び、クリスティーン(女)の助けもある。悪霊たちの苦しみや後悔を理解するための駒が揃っているのである。悪霊のことが理解できてしまえば、簡単に利用できてしまう。このように死(闇)の力を手にいれたストレンジはスカーレットウィッチと対等に戦えるようになった。

弱さを認めても負けないこと

今までのストレンジにあったものは、現実世界は自分だけが舵を握っていると思っている傲慢さ、世界は自分の力だけで救うことができるという過信。そして、他人の力を信用することができない心の弱さがあった。『他者を受け入れることが自分の弱さ』であると思っていたストレンジなのである。

弱さを認めることは『負け』だとも感じていたのだろう。勝ちや成功にこだわるのがストレンジである。しかし、弱さが自分自身の中に存在することは当たり前であるし、弱さは自分自身の防御にもなる。弱さを否定してきたから、精神世界の自分が「死」んでいたのだ。

今回はアメリカチャベスを犠牲にすることなく彼女の力を信じることができた。自分の考えを曲げないストレンジであるが、その強みを保ったまま他者を受け入れることは『負け』ではないことを理解したのだ。これがストレンジの大きな成長であった。

抱えていた矛盾の克服

ストレンジには、世界を救うための犠牲(死)が必要であるということを理解しつつも、犠牲(死)をもたらしたくないという葛藤があった。しかし自分の中に弱さ(死)があることを認めながらも強さを持ち続けることで、その矛盾を克服することができた。それは心の中(精神世界)で負け(死)を認めることで達成できるものであった。

「MoM」から学ぶ闇(ダークホールド)と光(ヴィシャンティの書)

苦しみを表現する悪霊やゾンビ

闇に打ち勝つには光が必要であると思われがちだが、実際には闇の力でしか対抗できない。世界は悪霊で表される悲しみや苦しみで満ちている。悪霊やゾンビは、苦しみから抜け出したいから生きている者を脅かしてくる。

スカーレットウィッチもまた苦しむ者である。アメリカチャベスの力によって悪のスカーレットウィッチと善のワンダが出会うことができたのも、ストレンジが苦しむ者の気持ちを理解したからであろう。闇に落ち世界を破壊する悪に対処できるのは、同じく闇に落ち苦しむ者の気持ちを知っている者だけである。

全ての悪に打ち勝つ善は存在するのか?

闇の力でスカーレットウィッチに打ち勝つことができたストレンジであるが『ダークホールド(闇)』の対極にある『ヴィシャンティの書(光)』が戦いに使用されることはなかった。それは何故なのか。

光の力というものは『目には見えないもの』。だからヴィシャンティの書は精神世界にしか存在しない。つまり現実にはそんな都合の良いものは存在しないのである。

冒頭でクリスティーンの結婚式に参列するシーンがあった。同僚がサノスの事件について、あの選択は正しかったのか?と問う。ストレンジは躊躇なく「その選択は正しかった」と答えるが「けれどクリスティーンを妻にできなかった」と痛いところを突かれる。

現実世界のストレンジはクリスティーンを妻にすることはできなかった。けれどスカーレットウィッチとの対決において、違う世界線のクリスティーンがそばにいて協力してくれた。クリスティーンもワンダと同じく、女の善の側面として登場しているのである。

アース838(精神世界)のクリスティーンは『目に見えない善』としての存在であり、ストレンジが自身の精神の中に『目に見えない光』が存在していることを見つけるのが今回の物語の終着点である。

そしてスカーレットウィッチとして覚醒したワンダが、自分自身の中に存在する光(母であるワンダ)を認識することも、ワンダの物語の終着点となっている。

目に見えないもの(光)を見つける旅

光(善)というものは、現実世界には目に見えるように存在していない。精神の中に宿っていて、手でつかむことができない幻想のようなものである。ストレンジもワンダも『死』という経験を通し、自分自身の中に光(善)が存在するということを確実に認識できたということである。

現実世界のストレンジがクリスティーン(善)を妻にすることはないが、精神世界に存在する目に見えない善(全ての世界線のクリスティーン)を愛している。あのセリフがそれを物語っている。

「MoM」から学ぶ女性性まとめ

現実世界と精神世界がどちらも幻想だと知っている。そんな虚しさ故に、現実世界を自分の思い通りにしようとする。幻想の世界(現実と精神)に光(善)があることを認めるまで破壊を続ける存在。本質的には世界(子ども)を愛している。破壊(悪)と再生(善)を同時に行う二面性を持っているのが女性性である。

あらゆる物を育てる偉大な母のイメージで、女性の成長の究極的な目標だとされています。

ユングの夢分析と5つのアーキタイプ

女性の成長目標は、自分自身が善と悪の二面性を持っていること(グレートマザーであること)を理解することである。

「MoM」から学ぶ男性性まとめ

現実世界は現実、精神世界は幻想としっかり境界線を引いている。精神世界(幻想)を信用していない節がある。精神世界において、死が自分自身の選択の結果であることを理解し、光(善)の存在を見つけるまで破壊を続ける存在。生と死を分けて考え、現実世界でも精神世界でも変わらない自分自身を貫く強い意志を持っているのが男性性である。

女性だけでなく、グレートマザーのイメージは男性にも重要な意味を持ちます。すなわち、母の影響力から逃れること、自立、精神的乳離れの際に、このグレートマザーと対決しなければならないと。

ユングの夢分析と5つのアーキタイプ

男性の成長目標は、母(死)からの自立。死との対決の中で、母(死)の持つ善を受け取り、自己を確立することである。

物語から学ぶ自己(わたし)

1と2と3

ワンダは二面性を持つ女性性、ストレンジは不動の男性性。男性性は『1』という数字で表すことができるし、女性性は『2』という数字で表すことができる。

そして『3』という数字は、心の中に女性性も男性性も存在する、と理解できた「自己(わたし)」のことを表す。このような「自己(わたし)」の真の理解は、グレートマザーとの戦いに勝利したあとに訪れる。

全ての物語は、人間の精神の成長方法を指南している。物語は時代を反映するものであるけれど、その時代の人間の精神状態に合わせられているとも言える。現代は「自己(わたし)」の真実を知るべき時代であり、そのような内容の作品が目立つことになるのかと思う。

関連記事:自我と自己について

自己(わたし)を真に理解すること

「真の自己」の理解について重要なことは以下の2点である。

  1. 男性性(1/目に見えるもの)の中に女性性(2/目に見えないもの)が存在すること
  2. 自己とは3人であること

一つ目の『 男性性(1/目に見えるもの)の中に女性性(2/目に見えないもの)が存在すること』は、今回の記事で説明できたことであるし、以前シン・エヴァンゲリオンの考察で説明したことでもある。

人間は誰もが男性性として生きている。けれど、心という目に見えないものは女性性である。人間というものは、肉体は男性性、魂は女性性で成り立っている。

関連記事:自己は男性性、他者は女性性

二つ目の『自己とは3人であること』については、とても単純な計算。人間は男性性(肉体)として生きているけれど、性別としては(遺伝子的には)男性性か女性性どちらかをとるので1人分。けれど心という女性性には男性性と女性性が含まれているから2人分。肉体(1人)+魂(2人)=自己(3人)なのである。

今回「MoM」には現実世界のストレンジ、ディフェンダーストレンジ、シニスターストレンジと3人のストレンジが登場した。「スパイーダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」でも3人のスパイダーマンが世界線を超えて集結している。

どちらの作品も3人が象徴的であった。自己の理解とは、自分は3人居るということを理解することであり、それには3人分の経験が必要であるということ。人間は一度の人生の中で、自分の生まれ持った性別(男性か女性か)・心の中に存在する男性性と女性性、計3人分の経験をすることができるはずなのだ。

関連記事:映画「TENET」の中で象徴的な3人

自己(3人)を理解するための戦いについて

前述した、女性・男性それぞれの成長目標。女性はグレードマザーであることを受け入れること、男性はグレートマザーから自立すること。その目標が達成された暁には「自己」が理解できるようになるはずだ。

男女共に、グレートマザーとの戦いに勝利したあと「真の自己」の理解が訪れるということである。そして、話が飛ぶように思えるが、その戦いに勝利するためには全ての罪を被る覚悟がいる。

「MoM」の中で、罪とは『闇の魔術書ダークホールド』として表現されていた。ダークホールドを手にしたのはワンダとストレンジだけである。彼と彼女は大きな代償(罪を被ること)と引き換えに「真の自己」を理解する資格を手に入れた。

ワンダは「MoM」の物語の中で悪役としての役割を持っていたし、ストレンジは「MoM」という物語の中で主人公として活躍しながらも、物語の中に存在する精神世界(別の世界戦)では悪役になっていた。

余談ではあるが、「真の自己」を理解する為に物語を読み解くには、このような入れ子状態(物語の中にある物語)を把握する必要がある。把握には境界線を意識すること(強い分別判断)が必要で、男性性の仕事である。

話を戻すと、「真の自己」を理解するには悪役になる必要があるということ。「真の自己」に到達していない人の目には「悪いことをする人」は単なる悪として映るが、「真の自己」に到達すると悪の全てが明らかになるだろう。

『悪い奴は許さない』という単純な思考だけを持っているのだとしたら、「真の自己」からは程遠い。けれど『悪い奴は許さない』という思考を持ち続けることも「真の自己」なのである。この矛盾に納得し、悪役になる覚悟を持てた人だけが「真の自己」を理解することになる。

自己を理解したあと訪れる新世界

ストレンジには、ダークホールドの代償として、3つめの目が額に現れていた。これは人間が進化した末、神のような存在になるということを表現している。人間が3人分の経験を終えるとき、神のような存在に変わる。というか、そもそも神であったことを真に理解するのである。

神に変化すれば、目に見えるものも新しい世界へと変化する。今までは世界線を移動するのにも必死であったけど、神の領域では宇宙そのものを変化させるような力を手にいれていることだろう。

新世界と新人類

「MoM」はサム・ライミ監督らしいホラー要素が満載だったんだけど、個人的に一番怖かったのはアメリカチャベスのセリフだった。『夢を見ない』『他の世界線に自分がいない』など、新人類のメタファーすぎてゾッとした。

新人類は生まれた時から他の世界線というものを認識し、移動することもできる。なのにそれをコントロールできない。そういった新人類を導いてあげることができるのは、ストレンジのような人だけなのだと思う。新世界に適応する新人類は既に生まれているのであるが、旧社会からの以降中には結構苦労するはずだ。

グレートマザーという恐怖

人間の終着点

ユングの提唱した元型(アーキタイプ)にはいろいろあるけれど、全てはグレートマザーに集約することができるのではないか、と今回「MoM」を見て感じた。

精神が成長する過程の最終段階では、誰もがグレートマザー(原点)に出会う。グレートマザーに向き合うと決めた時、真の人間の姿を目撃することになるだろう。恐ろしいものを見る覚悟はできているだろうか?

両性具有の女

「MoM」の中で貞子のような姿をしたスカーレットウィッチがテレビから這い出てきたシーンがあった。日本で大ヒットした「リング」に登場する貞子の性別は「半陰陽」と呼ばれるものである。貞子は、遺伝子的には男性であるのに外見などが女性の形をとるアンドロゲン不応症という病気なのだ。貞子もまた、スカーレットウィッチと同じく二面性を持つグレートマザーと言える。

山村貞子が生きる世界は、実は現実世界の様々なシミュレーションを行うために、巨大なコンピュータ内に現実と同じ条件をプログラムして作られた、「ループ」と呼ばれる仮想の地球であり、貞子、浅川や高山ら登場する人物はコンピュータ上に生きる人間のプログラムとして登場する。この設定は『リング』『らせん』では明らかにされておらず、原作最終巻『ループ』にて初めて読者に明かされた。

山村貞子(wikipedia)

引用のように貞子はビデオテープの中に存在する呪いであり、仮想現実に生きていた。そして、ワンダ(スカーレットウィッチ)はヘックスという仮想現実を創造する魔女であった。

ヘックスという仮想現実

「ワンダヴィジョン」においてワンダが創り上げた「ヘックス」。ヘックス内で起きているワンダとヴィジョンの日常は、シットコムとして外側にいる人々に向けてテレビ放送されていた。ところで「ヘックス(hex)」をwikipediaで調べると、このような一覧が出てくる。

ヘックスには六角形とか16進数とか魔女とかいう意味がある。ドイツ語で魔女は「Hexe」、英語では「呪い」という意味もあるみたいだ。ここで注目したいのは16進数という意味。

16進数がどういったところに使われるのかというと、コンピューターの世界である。コンピューターは0と1(2進法)で全てが処理される。しかし0と1の表現は読み取りずらいもの。そこで、人間にわかりやすいものにする為に16進数が利用されている。

ただし人間にとっては、2進数は扱いにくいものです。大きな数を表記しようとすると桁数が多くなります。例えば10進数の9を2進数で表すと、1001と4桁が必要になります。そこで登場するのが16進数です。

なぜ10進数を飛び越して16進数なのかというと、2進数⇔16進数の変換が簡単だからです。

日経クロステック

ワンダは魔力で超リアルな現実を創り上げて人々を操っていたが、その仮想現実がヘックスと名付けられていた意味とは。

本当の現実世界とは

UOZAブログではわたし達の生きているこの世界が仮想現実であることについてなんとなく言及している。この現実世界は、人間に理解しやすいよう、そして真実が明るみにならないよう、精巧に創られている。人間の目には16進数(ヘックス)として見えているだけである。

けれどこの世界の原型は0と1という2進数である。白黒の平坦で無機質なデータが、様々な色や形で表現される世界へと変換されている。そしてグレートマザーという二重性(0と1)を持つ女が、この目に見える世界を産み出している。

人間の肉体は男性性で、心(魂)は女性性である、ということは既に話した。つまり、この世界の原型は二面性(二重性)を持った「心」であるということ。「心」が目に見えている現実世界を創造しているのであるが、「心」は『0か1を選択する単純な働き』をするものである。

コンピューターにはマザーボードという部品があるけれど、全ての部品の中心となりそれらを繋ぐものである。部品単体でコンピューターが成り立つことはない。同じようにグレートマザーが存在しなければ、この世界も存在することはない。

一度知ったら後には戻れない

グレートマザー(心/魂)の真実を知ること。それはこの世界の全ての仕組みを知ること。けれど、知らない方が幸せなこともある。真実など知らないまま、与えられた仕事をこなし日常を送ること。それが「人間の幸せ」であると信じる方がずっと生きやすい。

この世界の真実に向き合う覚悟がないのならば、今すぐこのブログを読むのをやめた方がいい。もちろん、このブログをただのエンタメとして楽しむのもいいけれど、言葉が一度でも頭に入ったらそれを消去するのは難しい。