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  • よーさんの「妄想かいてくよー」の解説をする その4

    よーさんの「妄想かいてくよー」の解説をする その4

    このブログへ辿り着く人のほとんどは「よーさん 予言」 で検索をかけている人らしい 。そろそろ「よーさん」以外のコンテンツでもこのブログを認知してもらいたいものだが、みなさん「よーさん予言」の情報を欲しているということなので、第4弾を書くことにしました。

    ところで、よーさん予言に関する記事を書き始めてだいぶ時がたった。改めて「その1」から読み直してみると面白い(自画自賛)。「その1」〜「その3」まで、私自身の理解度に合わせて記事の内容にも変化がある。

    「その1」では男性性と女性性の理解度が低すぎて、混乱があった。現在は完全に理解しました!

    「その2」はとある方のコメントを取り上げてバトルしてみた。

    そして、「その3」は答えを出すつもりで書いたけど、やはりわかりにくかったかもしれない。

    ということで、今回も「よーさん予言」の理解度を上げてもらうための記事を書いてゆきます。記事中ピンクのボックスは「よーさんの言葉」。読み終わればその言葉の意味がわかるようになるかもしれない。

    1と2と3は生命(宇宙)の基礎

    2→1→2→3の流れ

    よーさん記事にはコメントを色々いただいている。ありがとうございます。その中でも本質を突いたコメントをさっそく引用させていただく。

    2→1→2→3の流れが、生命の誕生に至るまでの流れそのものですね!

    このコメントを読んで、まさしく!と思った。『2→1→2→3』という流れがどこから出てきたのかというと、よーさんのこちらのコメントから。

    二つはある人たちにより混ぜられ一つになっているが、それが元の二つに戻ろうとしてる/でもそろそろ三つにしても良いなって世界が思ってる

    生命の誕生に至るまでの流れとは、精子と卵子(2→)が出会って受精卵(1→)になって、そこから細胞分裂していくという(2→3)こと。

    結局のところ1と2と3とは、生命とか地球とかの基礎になるもののこと。例えば、「男(1)」と「女(2)」が出会って「新しい命(3)」が生まれる。1と2は種類の違うもので、それらが合わさったものが3ということ。

    『2→1→2→3』という流れはこうも解釈できる。「自分(3)」が「父(1)」と「母(2)」から生まれた存在であると自覚しているならば『2(男と女)→1(自分)』という所までの流れを意識できている状態。

    そこから進んだ状態が『2→1→2』。現代の私たちは1(男)と2(女)の違いをすごく意識し始めた。昨今、ジェンダー問題の議論が盛んになっているようであるけれど、それはわたし達が性別の違いを強く意識し始めたから起きている。

    ここまでの流れは『2(男と女→1(自分)→2(自分の中にある分別の意識)』ということ。「分別の意識」とは違いを強く感じること。

    そしてさらに進んだ状態が『2→1→2→3』となる。最後の3は分別の意識があることを認め、自分自身が父と母(1と2)や男と女(1と2)など、どちらの要素も含んでいることを認めた自分のこと。最後にやっと「本当の自分」に気が付くという流れである。

    この3を「本当の自分」と言うのは大袈裟かもしれないが、この3までたどり着くことが困難なのだ。流れの全てをまとめると『(男と女→1(自分)→2(自分の中にある分別の意識)→3(自我)』。

    「本当の自分」を「自我」と表現したけれど、それは3に辿り着いたときに意味がわかると思う。自我については他の記事にも詳しく書いているので、そちらもどうぞ。

    全ての存在は既に3

    この世界に存在する目に見える物の基本になるものは原子である。「原子核(1)」と「電子(2)」で構成されているのが「原子(3)」。さらにミクロの世界を覗くと、「原子核(3)」は「陽子(1)」と「中性子(2)」で構成されている。

    陽子や中性子を、さらにミクロな世界で観察すると「クオーク」という素粒子で構成されていることがわかる。「クオーク」は、アップ(1)・チャーム(2)・トップ(3)というグループと、ダウン(1)・ストレンジ(2)・ボトム(3)というグループになっている。

    アップクオーク2個とダウンクオーク1個で陽子(3)に、アップクオーク1個とダウンクオーク2個で中性子(3)になる。やはり、1と2で3である。ともかく、1と2と3は基礎だということがわかる。

    原子をさらに観察すると、原子核の構成が見えてくる。原子核をさらに観察すると、陽子と中性子の構成が見えてくる。このようなマクロからミクロへの世界へは、マトリョーシカのような入れ子状態であると言える。そしてそれは永遠に続いている。

    この世界は入れ子状態であるのだから、3は1と2を内包している。つまりは、全ての存在が3であると言える。

    『2→1→2→3』という流れの「3」に辿り着いた時、この世界は『3→3→3→3→…』だったと気が付くことになるだろう。

    三つが分かっても何があるわけじゃなく、隠されてる様な事でもない常識的な事だ

    今までの記事と今回の記事の違い

    これまでの記事を1と2と3それぞれの世界で表現してきたのは、わかりにくかった部分もあるかもしれない。今回の記事では、1と2と3を生命の基礎として表現しているけれど、この基礎がそれぞれの世界を作っている。

    「その1」や「その2」の記事で表してきた「3つの世界」は、『悪を憎む世界(悪)』、『平和だけの世界(善)』、『悪も憎まず平和も求めない世界/悪を憎み平和を求める世界(善と悪)』というもの。

    「悪の世界」と「善の世界」も性質が違うもの。この世界は種類や性質が違うものだらけなので、1と2はわりと何ででも表すことができる。けれど3だけは、性質が違うものが合わさったものだということが重要。

    今までの解説はマクロな視点。今回の解説はミクロな視点として考えてもらうとわかりやすいかもしれない。今までの解説は目に見えるものとしての1と2と3、今回の解説は目に見えないものとしての1と2と3ということである。

    目に見えないものとは、原子や素粒子で表されるミクロの世界とか、意識の中(精神)のこと。

    情報を機械的に分別する人間

    1と2(性質の違うもの)は矛盾している?

    「その2」の記事の中で、とある方のコメントを取り上げた。

    1と2は矛盾してる、これが基本。それを両方自分にしちゃってるのは、貴方がまだ我慢してるから。

    このコメントには『人間らしさ』がわかり易く表現されているから、再び取り上げさせてもらう。このブログを書いているわたしは善と悪の性質を両方自分のものとしている様だけれどそれは我慢しているよ(無理しているよ)、というわたしへの指摘コメントであった。

    現代人は基礎を忘れている

    指摘のように、確かに『相反する性質が両方自分である』と理解することは難しいのである。なぜ難しいのかと言うと、現代は生命の基礎を忘れている人が多いから。

    先ほど述べた流れで言うと、現代は『2(男と女)→1(自分)→2(自分の中にある分別の意識)』というところまでやっと来た。『自分の中にある分別の意識』にやっと気がつき始めた時代である。つまりは、生命の基礎を思い出そうとしている時代。

    分別(判断)を繰り返している人間

    わたし達人間はみんな相反する性質を抱えている。人間を含めた全ての存在が、相反する性質を抱えているものなのに、それを認められない。認められないのは何故なのだろうか?

    人間は分別(判断)をする生き物で、どちらかに決めるのが普通になっている。例えば自分自身を、善か悪かどちらかの存在として決めておきたい、という意識が染み付いていたりする。

    人間は地球に生まれてから今まで、分別(判断)を何度も繰り返して結果を出してきた。結果とは現在である。分別(判断)という作業に慣れきった現代人は、物事が『どちらかの状態であること(結果)』に安心するのだ。

    『分別(判断)と結果』の例をあげればキリがないけれど、例えば人間からは、男か女が生まれる。生物学的に中性な人間は生まれないのが当たり前。人間が子供を作るたびに男か女かの分別がされ、結果として「生まれる」。

    分別病

    世代交代を繰り返しながら地球に永く生きている人間は『分別(判断)からの→結果(どちらかの状態)』という経験をずっとしている。その経験は遺伝子に染みついているから「相反する性質」両方を自分の中に抱えることに違和感を感じることになる。これはもう現代病みたいなもの。

    結果を出すことによって『性質がどちらかに決まる』というのが当たり前になっているから、『性質が決まらない状態』を「居心地が悪い」と感じる。だからこそ、自分の中に『相反する性質両方が存在していること』を認められない。

    人間には「脳」という思考をもたらすものがあり、自我もある。自我によって情報を書き記し残す生き物。過去生きていた人が情報を残し、それを後世の人間が学ぶ。わたし達は自分自身の経験だけでなく、残された情報から繰り返し学習も行なっている。

    例えば、第二次世界大戦で日本はアメリカに原爆を落とされて降伏した。この情報からわたし達は「アメリカは勝利」「日本は敗北」という判断をしているから、それが結果となっている。日本人には「日本は負けた」という意識が強く染み付いていると思う。

    そして『原爆が落とされたこと』について、日本人であるわたしたちの意識は「悪」であると判断している。原爆投下が「善」という判断になることはほとんど無いはずだ。このように人間は過去の情報についてもはっきりと分別をしていることが分かる。

    残された情報からも『分別(判断)からの→結果(どちらかの状態)』を学んでいるのだから、しつこいくらいの経験と学習である。それがこの現代病を作り出している。

    情報と進化

    もしも、過去の情報が全く残っていなかったら、一からの学習になるので人間は生命の基礎を忘れないであろう。けれど人間は過去の情報から進化する存在なので、そういったことにはならないし、情報を残さないのは「人間」では無い。

    進化の代償として生命の基礎を忘れる人間。取り入れる情報が増えれば増えるほど、生命の本質から離れていくことは少し悲しい。

    情報に苦しめられる人間

    こちらの記事で「アンドロゲン不応症」という病気について少し触れた。「リング」という物語に登場する「貞子」は「アンドロゲン不応症」という設定なのである。原作小説の設定であるが。

    この病気は遺伝子的には男性なのに、実際の身体は女性という珍しいものである。生物学的に中性な人間は生まれない、と言ったけれどある意味「アンドロゲン不応症」は中性であるのかもしれない。

    けれど、わたしたちは意識で当たり前に男と女を分別しているので「アンドロゲン不応症」という名前をつけて「普通」とは違うものとして捉えてしまう。

    『遺伝子的には男性で身体の造りは女性』という事実に直面したとしても、違和感を持たず、何も感じない状態でいることができるだろうか?

    一瞬でも『普通とは違う』と感じたのならば、『男と女を分別する意識』を持っているということになる。けれどそれが当たり前の人間。

    「リング」では呪いのビデオテープが広まることで「貞子の呪い」が広がる。物語の中にはテレビやビデオテープや電話が象徴的に登場する。それらはどれも情報が伝わるもの。

    わたしたちはありとあらゆる情報を、機械的に分別(判断)して決定をする(結果を出す)生き物。けれど、自らが導き出した単純な結果から苦しめられている。それが情報による「呪い」なのである。例えば映画「マトリックス」に登場する黒電話も『情報を伝えるもの』。

    ネオは、始めプラグに繋がれ夢を見ている状態であったが、プラグを外され現実世界の真実を知った。そこからまたプラグを繋ぎ「マトリックス」内へ。「マトリックス」は「意識の中(目に見えないもの)」を表している。

    黒電話はマトリックス(意識)と現実世界を繋げるもの。意識の世界と現実世界は情報が行き来している。わたし達の生きる現実世界とは、情報を伝えるもの(黒電話)から情報を受け取って目に見えるものとして表現する場所である。

    関連記事:精神世界(意識)と現実世界の行き来について

    人間は情報に直面すると、意識の中(マトリックスの中)で分別を始める。分別し「悪(エージェント)」と決定したものとさらに意識の中(マトリックスの中)で闘う。

    わたし達は、情報の中から意識で「悪」と分別(決定)したものを、現実にそのまま持ち込み「悪」と見立てて戦うことがある。それが戦争などである。意識の世界と現実世界は密接に繋がっているから、戦争は起きる。

    ネオはマトリックスの中(意識の中)で無数のエージェント(悪)と戦闘するけれど、マトリックス内で攻撃を受けると、現実の肉体も傷つくことになる。

    恐ろしいことに、情報を意識で「悪」と分別してしまうと現実にも「死」をもたらす。同じく「貞子」のビデオテープの「呪い」は見るものに「死」をもたらすが、それもやはり発端は情報(ビデオテープ)なのだ。

    情報とそれを分別する意識はわたし達人間にとって「死」を強く感じさせるものとなってしまう。しかし「死」とは一つの結果である。

    人間(生命)は本来相反する性質を両方持ち合わせているから「死」と「生」両方の性質を持っているのに、「死」という片方の結果にひどく怯えている。分別して一つの結果ばかりを導き出してしまうからからこその「呪い」である。

    「貞子の呪い」はビデオテープから広がるのであるけれど、ビデオテープをダビングすると「貞子の呪い」から(「死」から)逃れることができる。「死」から逃れようとするから「呪い」は広がってしまうのである。

    「呪い」の発生原因は人間が『分別して結果を出す』から、「呪い」が伝染していく原因は人間が『死を恐れる』から。

    本当の自分を知ることは怖いこと

    「マトリックス」の冒頭、現実に存在しているプログラマーとして働いているネオは、分別している自分自身に気がついていない状態。本当の自分を知らない状態である。

    けれど赤い薬を飲んで『分別する自分(本当の自分)』を知ると言う選択をした。だからこそ意識の中でエージェント(悪)と戦うことになる。『分別する自分自身』が現実に起きる「悪」の原因であることを理解する過程が始まるのである。

    「普通」であること

    「貞子」は両性具有ともいえる「アンドロゲン不応症」であり、自分自身が『普通ではない』ことを自覚している。「貞子」には超能力があり、そのことについても周りの人間が『普通ではない』と決定していた。

    『普通であること(分別をし、どちらかに決定すること)』も「呪い」の原因となるが、『普通ではないこと(相反する性質を持っていること)』も「呪い」の原因になる。

    「貞子」は「普通でありたい」から「呪い」を広げる。言い換えれば「貞子」は『自分自身が普通ではない』ことを『普通であること』に変えたいということ。だから、人間の意識(常識)を変える為に「呪い」を生んだ。

    「普通」ではないこと

    貞子から「呪い」が生まれたのは「憎しみ」が原因だと考えるかもしれないが、人間は本来『相反するものが違和感なく混ざり合っている存在』であることを多くの人に知って欲しいという強い意識から生まれている。それが「女」の根源的な願いである。

    けれどそれは「彼女」以外の人間には大きな「呪い」となってしまう。人間が「本当の自分」を知る過程を経験するのはとても辛く苦しいこと。

    男性は「単独(1)」という性質を持っている。対して女性は「二重(2)」の性質を持っている。「二重性」とは『相反する性質』両方持っていること。女性は世界に「二重性」を保つために存在しているから、必然的に「呪い」を広げる存在となってしまう。

    「単独」である男性は「二重(女性)」という性質を知らないから、「呪い」という「二重性(本当の自分)」を知らしめるものに苦しめられる。自分に無いものを理解することは難しい。

    男性に限らず『相反する性質が両方自分である』と感じられない現代人にとっても、その「呪い」はとても厄介なものとなる。

    けれど男性女性関係なく、誰だって自分自身が『二重性(相反するものが違和感なく混ざり合っている存在)』であることに気が付くことができる。人間はそもそも『普通ではない』存在であることを忘れてはいけない。

    よーさん予言が理解できる人とできない人

    現代的「人間らしさ」

    「その2」でコメントを取り上げさせてもらった方は、かなりの現代人である。だからこそ、違う性質を両方「自分」とするのはおかしい、とわたしに伝えてきたのであろう。

    相反するものをどちらも自分のもの、とすることは現代人にとっては、我慢や無理をしているような感覚になってしまうもの。相反するものは矛盾しているから共存できない、という考え方を持っているのが「普通」である。これが現代人の考えている「人間らしさ」である。

    考え方が違うと仲良くできないから、距離を取るのが当たり前。思想が違う人とは絶対に分かり合えない。このような考え方を持っているのならば、現代人的な「人間らしさ」を持っていると言えよう。

    原始的「人間らしさ」

    わたしがこのブログを始めたのは『相反する両方の性質が自分の中に矛盾なく(無理なく)存在している』ということに気がついたことがきっかけ。『2→1→2→3』という流れ最後の「3」に辿り着いてしまった。

    脳細胞が変化するくらいな衝撃と共に『相反する性質の両方が自分の中に矛盾なく存在している』ということに気がついてしまった経験が過去にあった。その時からわたしの中の「人間らしさ」の基準は変わってしまったのだ。

    変わったというか、原始に戻ったのである。生命の基礎という当たり前のもの、つまり1と2という種類の違うものが合わさって3が存在している、ということを改めて意識し理解することは、原始の意識に戻ること。

    『分別(判断)→結果(どちらかの状態)』を繰り返し学んでいるのにもかかわらず、『相反する両方の性質が自分の中に矛盾なく存在している』ことに違和感を感じなくなる。

    どちらかの状態(結果)が現れている現実を生きているのに、相反するどちらの状態も含んでいるのが人間であることを理解するから、違和感がなくなってしまうのである。

    ちなみに量子力学では「重ね合わせ」という状態があるけれど、相反するものが同時に存在している状態である。「重ね合わせ」こそ生命の基礎である。

    人間(生命)とは、そもそも相反する状態を抱えているのが当たり前だと考えること。これを『現代的人間らしさ』の対極にあるものとして、『原始的人間らしさ』と名付けたい。

    「よーさん予言」が理解できる人とできない人の違い

    「人間らしさ」をどう解釈するか

    このように、現代人の多くが理解している「人間らしさ」と、わたしが今現在理解している「人間らしさ」は全くの別物なのである。「よーさん」は脳細胞が変化するくらいなレベルで「人間らしさ」の解釈が変わってしまった人。「よーさん」は原始の人である。

    原始の人であれば「よーさん予言」の内容が無理なく理解できるはずだ。つまり、「人間らしさ」の解釈によって、「よーさん予言」が理解できる人と、「よーさん予言」が理解できない人にはっきりと分かれてしまう。これが「よーさん予言」のからくり。

    「よーさん予言」が理解できない人

    「よーさん予言」が理解できない人は、人間が分別する(判断する)生き物であることに罪悪感を持っており、相反するものが自分の中に共存することを納得できない。

    「よーさん予言」が理解できる人

    「よーさん予言」が理解できる人は、人間とは分別する(判断する)生き物であることを腹の底から理解しており、相反するものが自分の中に存在しているのを実感している。

    人間らしさは大事だけど、人間らしさに縛られてはダメ、動けなくなってしまう

    脳細胞が変化するレベルの理解とは解脱のこと

    理解している人について

    よーさん予言の記事にコメントをくれた方々は、『現代的人間らしさ』を持っている人がほとんどであった。しかし『原始的人間らしさ』を持っている人もいるみたい。とあるコメントを引用させてもらう。

    初めまして。よーさんの妄想と関係あるかはわからないのですが、「三つが本当に脳細胞が変化するぐらいのレベルで理解」を経験してから「虚無」を感じなくなったんですが、pancyanさんも同じような経験をされた方ですか?

    自分の中では3つについては世界がどうとか全然関係なくて、もっとシンプルで分かり易いものなんですけど。

    この方は、1と2と3がシンプルで分かり易いものだと気がついている。ということは、1と2と3が当たり前のものだと理解している。そしてやはりこの方も脳細胞が変化するぐらいのレベルで理解が起きているようだ。わたしも同じく「虚無」を感じなくなったから、同じ体験をしているのだろう。

    虚無感が何故発生するのか?

    人間に「虚無感」が発生する理由は、生命の基礎について理解できていないため。虚無を感じるのは『何故生きているのか?』という問いが発生してしまうから。そしてその答えがはっきりと出せないから虚無を感じる。

    しかし、生命の基礎を理解していると『何故生きているのか?』という疑問はなくなる。『生きていること』が当たり前になるので。

    人間は高度な知能を持った生命体であるからこそ、理解できないことがあるともどかしくなる。「虚無感」とは思考してしまう生き物しか感じないもの。

    当たり前のことに気がつくことを「解脱」と言う

    誰でも知っている当たり前のことをもう一度強く意識してみることが、「よーさん予言」を紐解くコツである。当たり前のことにはっきりと気がつくことをわたしは「解脱」と言っている。一周回って、世界が当たり前すぎてびっくりするのが「解脱」という体験。

    世界が「愛」でできている!世界は「無」である!という気づきは結構よくある。世間では「アセンション」とか「悟り」とかいう言葉で表現されているのかもしれない。精神世界やスピリチュアルに興味が強い人は、そのような体験をしているかも。

    しかし、世界は「1と2と3」でできている!という気づきが「解脱」である。このブログでは「悟り」ではなくて「解脱」をメインに解説している。だからちょっと異質であると思う。1と2と3という生命の基礎は当たり前すぎて、逆に説明が難しいもの。

    当たり前のことだから別にわざわざ「解脱」とかいう名前をつけて話す内容でもないのである。「解脱」と言うと凄そうなものに思えるけどそうでもない。

    三つが本当に脳細胞が変化するぐらいのレベルで理解したら、自然と辿り着けるようにできてる

    視点はひとつだけ

    最後にこちらのコメントを引用させていただきたい。

    もっと広い意味だと、3つとは視点。

    円錐を見せられて、ある人は横から見て三角だ!ある人は上から見て丸だ!と。本当は円錐なのに。

    丸だ!三角だ!ケンカする始末。戦○に発展しなけりゃいいね。偏りきってる人は怖いね。どこにでも正義マンはいるもんだね。

    このコメントをくれた方は、1と2と3をそれぞれの視点として見ている。1と2と3はそれぞれ違う存在なので間違いではないのだけれど、視点(見え方)だけで考えるのは「本質(生命の基礎)」から離れていってしまうので注意が必要です。

    この世界には3という視点しか存在していない。1と2の視点は想像(空想)でしかない。3とは自分(あなた)です。3という存在だけが世界の見え方を決定している。

    この世界には自分しか存在していないのだから、視点だって自分だけしかない。意味がわからないかもしれないけれど、原始に還ってみれば理解できるはず。原始とは子供の心のようなもの。子供は経験が少ないから分別をはっきりとできない。

    三つ目が難しいのは、自分でいろいろやらないといけないから/子供の頃の方が楽しい、そんな感じ

    ということで、「よーさん予言」の解説その4でした。今までで一番分かり易く書けたのではないかと思うけど、どうだろうか。読んだ感想などはぜひぜひコメント欄にどうぞ。お待ちしております。

    陽子に関するおもしろニュース

    これまで物理の教科書には「陽子は2個のアップクォークと、1個のダウンクォークが結合したものである」と書かれていましたが、これからは、さらにチャームクォークと反チャームクォークのペアを加えて記入する必要があるかもしれません。

    陽子に新たな素粒子が含まれている可能性が浮上!教科書に書き直し必須か?

    タイムリーに陽子に関する新しいニュースを見つけました。なんと、陽子は3つのクオークだけで成り立っているのでは無いのかもしれない!とのニュース。

    チャームクオークという新たなクオークも含まれているかも?との結果が出てきたとのこと。結果は人間の意識で変えることができるものだけれど、まだ決定していない状況であるとき、含まれているものはあらかじめ大体決まっている。

    科学の世界で人間の予想が当たるのは、いくつかの選択肢はあらかじめ決まっているから。大まかなあらすじは決まっているのだから簡単な選択を楽しむべきだとわたしは思う。

  • よーさんの「妄想かいてくよー」の解説をする その3

    よーさんの「妄想かいてくよー」の解説をする その3

    2chに現れた「よーさんの予言」を解説する記事その3です。よーさんの妄想・よーさんの予言という検索ワードでこのブログを訪れる人がここ何ヶ月かで増えている。なんだか盛り上がってきた。

    その1その2と解説してきたけれど、その1は訂正を入れてしまい読みにくく、その2は親切な解説ではなかったかも、、、という感じがしたので、改めてまとめてみたい。

    今回の記事では『よーさんは結局何を伝えたかったのか?』というところを、明らかにしていきたい。

    もうひとつ、よーさんの予言から解ることは『今後、現実世界で何が起こるのか?』ということ。それについては、この記事やこのブログを更新しながら少しずつ詳細を書いていこうかな、と思っている。

    結局、よーさんが言いたいこと とは

    自分と他者は違うということ

    ということで、結局よーさんが何を言いたかったのか、なるべく簡潔にまとめてみたい。サクッと知りたい人はこの章だけ読めばいいかも。

    ずばり、よーさんが言いたいことはこれです。『自分と他者には違いがある。』ということ。すごく当たり前のこと。

    よーさんの妄想の主題となっている「世界が三つに分かれていく話」は、この「違い」に気がついてしまった人間たちが起こすこと。

    私達は、昔、そんなに違いを意識していなかった。男と女の違い、日本人と外国人の違い。ありとあらゆる違い。

    違いがあることを意識していなかったし、違いは当たり前のことだったのに、なぜかすごく気になるようになってしまった。それが現代。

    現代人の悩みいろいろ

    「違い」を意識しはじめてしまった私たちは、個人的なところで言えば、例えばこんな感覚を持つ人が増えているのかもしれない。

    他の人と自分はなんだか違う、周りと馴染めない、違う考えを持つ人に違和感を感じる、など。もしくは、他の人とは違う自分を表現したい、今までとは違う自分を探したい、など。

    自分と他者との「違い」を強く感じるからこそ、疎外感や孤独感を感じる。自分と他者との「違い」を強く感じるから、自分の個性を主張したくなる。

    もっと深く、個人的なことから世界について考える人は、こんな問いを持つのかもしれない。男と女の役割の違いとは?貧しい人と富んだ人が何故存在して、何故そのような格差が生まれるのか?とか。

    そんな問いから生まれた社会問題の議論が盛んである昨今。「違い」を感じ始めたからこそ生まれる悩みであり、悩みから行動を起こす人間。

    「違い」に気がつくことで、私たちの思考や行動が変わっている。「違い」が一度気になってしまったら、もう後には戻れない。

    差をつけること・差をつけないこと

    自分と他者を「比較している」から違いを感じる。自分と社会を「比較している」から社会の中に生きる自分の存在について考えてしまう。

    比較し始めると、高い・低いから始まり、優れている・劣っている、美しい・醜い、右寄り・左寄りなど、最終的には差をつけるのが人間である。比較をして差をつけることは「判断し(分別し)決める」こと。

    差をつけることに嫌悪感を持つ人もいるのかもしれない。差をつけない人間など存在しないけれど、差をつけないことは「判断せず(分別せず)決めない」ということになる。

    差をつけたあと、自分をどちらかに当てはめて苦しくなってしまったり、差のことや平等のことを考え過ぎるあまり、疲れて無気力になったり。判断すること、分別することに苦しんでいる人が増えているはずだ。

    逆に、差をなくそうと使命感を持ったり、違い(個性)を表現することを推し進めたりする人も増えているかも。

    わたしはひとり

    自分と他者(社会)の違いを意識し始め、自分と他者(社会)の差を感じた後、ふと、あることに気がつくことになるかもしれない。

    世界の中に「自分」は一人しか居ないという事実。自分と同じ人間は一人も存在していないという、当たり前のこと。

    親子関係、友達関係など、他者との繋がりはあるけれど、自分は独り。自分とは考え方も見た目もなにもかも違う他者。他者を意識し始めると、自分という存在を強く感じるようになる。

    自分の存在について深く考え始めると、完全に分かり合うことができる他者は存在しない、ということに気がついてしまう。だからこそ「孤独感」を感じるのである。そして、人間は誰しもが「孤独」に恐怖している。

    似たような考えを持つ人と繋がりを求めることや、自己表現することで他者とは違う自分に自信を持とうとすること。そうやって「孤独であることの恐怖」から目を逸らそうとするのが人間である。

    進化と孤独

    人類は進化してきたのであるが、その進化が一段落して、次の大きな進化に差し掛かろうとする時代には、各自「孤独」について深く考えることが定められている。

    「孤独」について深く考えることが、この後説明していく「三つの世界」が生まれる根本原因なのである。

    世界が分かれていく原因

    恐怖からの行動

    「孤独」に気がついてしまった人間は、恐怖から行動を起こす。これらは「孤独」に向き合った結果の行動であり、無意識的な行動であるかもしれない。

    その行動は大まかに分けて2つある。その行動とは。

    1つめの行動:自分と他者に違いがあることを主張して、違いをはっきりとさせる。そして、差のある世界を求める。その後とある決断をする。

    2つめの行動:自分と他者の違いを無くそうとしたり、全てを平等にしようとする。そして、差のない世界を求める。その後とある決断をしない

    人間はこのどちらかの行動を取る。そして、その後「とある決断」をするか・しないか、選択をすることになる。

    選択によって世界は分かれていく。この2つの選択がよーさんの言う「三つ巴の世界・三すくみの世界」のうちの2つの世界を創っていくのである。

    関連記事:内にある恐怖が世界を滅亡させる

    1の世界と2の世界

    2つの行動から、最終的にとある決断をするか・しないか、も決まる。そのとある決断が世界を決定的に分けていく。

    とある決断とは何なのか?そして、それぞれの世界に何が起きるのだろうか?

    1の世界:差のある世界を求める

    1つめの選択は、違いをはっきりとさせ、差のある世界を求めること。

    ほとんどの人がこちらの選択になるかと思う。差をつけるということは、区別したり分別したりすること。

    差のある世界を求める人の現実世界に何が起きるのかというと「人間の超進化」である。肉体を永遠に保つような技術開発に同意し、自らもその恩恵を受ける。永遠の命を持ちながら、人間を続けるという決断である。

    2の世界:差のない世界を求める

    2つめの選択は、違いを作らず差のない世界を求めること。

    差をつけないということは、区別したり分別しないということ。区別や分別するのが人間(動物)であるから、人間(動物)をやめるということである。

    差のない世界を求めない人の現実世界に何が起こるのかというと、「超進化」を選ばず死を選ぶことになるということ。進化という決断をしないから、自然な死を選び、人間を続けることを選ばない選択と言える。

    人間は必ず進化する

    地球に生まれた人間の未来というのは「超進化する未来」しかない。これまでも人間は進化を続けてきたのだから。

    予め決められた未来があり、そこに向かって生きているのが私たちである。単純にその未来に生きることを「選ぶか・選ばないか」という選択。

    私たちは未来を知っているけど、知らない。だから、未来に喜びを感じたり、恐怖を感じたりしている。

    関連記事:2つの時間の重なりが因果を生む

    決断が未来を変える

    進化するのか・進化しないのか、人間を続けるのか・続けないのか、生き続けるのか・死を選ぶのか。

    同じ世界の中にいるけど、決断が自分の未来を変える。だから世界を分けることができる。

    永遠に生き続ける未来を選べば、人間で在る自分(意識)を保ったままその先へ進める。そんな未来には興味が無く、普通に死ぬことを選ぶのならば、肉体は土へと還り地球を構成する要素に戻り、自分という意識は消える。

    「現実的な永遠の命」として滅びない肉体(魂)を手に入れるのか、「精神的な永遠の命」として自然のサイクル(魂)の中に還るのか。

    どちらの選択でも「永遠」を手に入れることができるのであるが「永遠」の定義も人それぞれ。永遠」についての考え方でも世界は分かれていく。

    差のある世界=超進化

    なぜ「決断する」ことが超進化の道になるのかというと、差のある世界でなければ進化することはないから。

    超進化の道についての詳しい話は、別の記事で書いていければと思う。

    3の世界とは

    決断するし・決断しない

    さて、三つ巴の世界のうち、もう一つの世界はどんなものなのか。ここまで解説してきた2種類の世界は、進化を決断する世界と、進化を決断しない世界。

    もう一つの世界は、進化を決断しながらも、進化を決断しない。矛盾する2つの選択を両方選ぶ。意味がわからないかもしれないけれど、それをできる人が「3の世界」へ行くはずだ。

    進化する未来を選ぶか、進化しない未来を選ぶか、どちらか選べないから流れに任せて決めるということではない。人間である限り、進化するか・しないかは、必ず選ばなくてはいけない。

    「3の世界」に行く人は、現実世界において、進化するか・しないか、強い意志を持って、どちらかを選び取ることになるだろう。

    恐怖に対する理解

    決断する世界(1の世界)、決断しない世界(2の世界)、これらの世界は「恐怖」のことを理解していない世界である。「3の世界」に行く予定の人々は「恐怖」のことを理解している。

    人間が「恐怖」に支配されている生き物であることを知っていて、「恐怖」を克服する方法を知っている。だからこそ「3の世界」がはっきりと見えてくる。

    青い鳥はいい話

    「3の世界」に行くのは難しい。何故なら「3の世界」は存在するし・存在しないから。

    よーさんは『青い鳥はいい話』と言っている。青い鳥も存在するし・存在しない。つまりそういうことなのである。

    これを腹の底から理解できると、よーさんの言っていることも全て解るようになってくると思う。

    選択とは自由なもの

    ということで、よーさんの言いたいことを簡潔にまとめてみたつもり。よーさんの話の出発点は、自分と他者との「違い」という、すごく当たり前のことなのであった。

    私たちは常に選択をしながら生きている。選択ができることは自由なこと。二択しかないことに不自由を感じるのならばワガママなのかも。

    しかし、二択であることこそが「本当の自由」であることに気が付き、全てを乗り越えた究極のワガママ人たちが「3つ目の世界」を現実に創り出すかもしれない…。これはわたしの妄想です。

    よーさんの妄想(発言)一覧を詳細解説

    ここからは、よーさんの予言(発言)一覧を引用しながら、詳細な解説をしていく。その1その2とかぶるところもあるけれど。

    結構な量があるので、気が向いたら追加更新していく感じにしたいと思います。

    よーさんまとめwikiサイトに、よーさんの予言したこと一覧(妄想まとめ)がわかりやすくまとまっている。そちらを参照させてもらっています。グレーの背景の文章が引用させてもらったまとめです。

    三つの世界・それぞれの意志

    三すくみ・三つ巴の世界

    この世界は一つの意志によって導かれていると言う人々が大勢いるけど、実は二つの意志がある/世界には一つと思い込んでて欲しい人々がいるけど、そろそろみんな二つだと分かってくる/すると、どっちが正しいか分からず困る人が大勢出てくる/でも実はこの世界は三すくみ、これすごく重要/この三すくみはどちらかと言うと成長した結果

    よーさんの予言で一番重要な「三すくみの世界」について。よーさんは三つ巴の世界とも呼んでいる。この三つの世界の話について、既にその1の記事で解説しているものを改めて。

    三すくみ・三つ巴の世界とは何なのか。今後3つの世界らしきものが現れ人間はその中のどこかに属するようになるということ。それぞれの世界をわたしのブログでは「1の世界」「2の世界」「3の世界」と呼ぶことにしている。

    三つの世界というのは、世界の見方によって、自分が所属する世界が変わるということ。現実世界において、いきなりはっきりと住む場所や生きる場所分かれるという感じではない。他の世界の人たちと心が離れていく感覚と言えるのかもしれない。

    そんな状態に少しずつ慣れていくと、遠い未来では現実世界でも、それぞれ住む場所が変わることが予想される。

    心が離れてしまうことによって別の世界の人と喧嘩したりすることもあるし、心が離れてしまったとしても仲良くすることはできる。きっと始めのうちはなんとなく離れた感覚をもつだけなのだけれど、だんだんはっきりとそれがわかるようになってくるはずだ。

    心が離れることなど、人間であれば普通のことだと考えるかもしれない。けれど、今までは心が離れることなく上手くやってきていた。

    既に、わたしたちには心が離れてしまう感覚が起き始めている。孤独を感じるのは、他者と心が離れ始めている状態。その感覚に抗うために「愛」に注目したり、コミュニケーションを強くしようとしたり必死なのかもしれない。

    1・2・3それぞれの世界

    1・2・3それぞれの世界は、考え方の違いを表している。自分たちの世界を導いているものについての考え方が、世界を分けていくとも言える。

    それぞれの世界の人々は「ある一つの意志」が世界を導いていると考えている。「ある一つの意志」はそれぞれ違うものである。

    それぞれの世界がどんなものなのか、前回の記事のものを少し修正してお届けしたい。

    1の世界について

    この世界は現実的な人たちのグループ。世界に存在する「悪」に注目しており、その「悪なる存在」が世界の基礎であると考えている人々。唯物論者、物質主義者、科学主義者などもこちらのグループに多い。目に見えるものを第一としている。人間の進化は科学によって行われるものだと感じている。現実世界で永遠の命を得る。

    2の世界について

    この世界は空想的な人たちのグループ。世界に存在する「善」に注目しており、その「善なる存在」が世界の基礎であると考えている人々。唯心論者、スピリチュアリスト、精神主義者などもこちらのグループに多い。目に見えないものを第一としている。人間の進化は精神世界の中で行われるものだと感じている。意識の中で永遠の命を得る。

    3の世界について

    この世界は現実的かつ空想的な人々。運命(サイクル)を知り、生と死の存在理由を知っている人々。世界に存在する「悪と善」に優劣をつけ・優劣をつけない。「悪と善」が世界の基礎であると考えている人々。永遠の命を得る。この世界に行くのはとても難しい。

    それぞれの1つの世界

    1と2と3の世界の中の強い人たちは、自分たちの生きやすい世界を創り上げるために「この世界は一つである」と言うのである。強い意志を持っていない人でも、人間はいずれこの3つのどれかに所属していくことが運命として決定されている。

    ちなみによーさんは、3つについて【善(光)、悪(闇)、それらを統合した3つめ】という考え方を否定している。それは、単純に1が悪で2が善であるということではないから。

    世界の見方の違いが3つの世界へ分けていくということ。そして、統合されていた世界が分かれて1と2と3に別れるのであるから、3の世界は善悪を統合した世界ではない。

    3の世界は純粋に新しい世界。統合されていなくて・統合されている世界。

    善と悪という言葉を使って3つの世界に分けることをよーさんは避けていたけど、わたしのブログでは分かりやすくするために善と悪という言葉を使って説明している。誤解を生んでもいいから、分かりやすく説明したい。

    三つの世界については、結構複雑である。なるべくわかりやすいように書きたいけど、人間の考え方や表現は多種多様であるから、それぞれの世界についての解説を読んでも、自分がどの世界なのかわからないかもしれない。

    しかし、自己表現が強い人ほど、どの世界に行くのかわかりやすい意思表示をする。自己表現が苦手な人は、どの世界に行くか、外から見ても分からないし、自分でも分からないのかもしれない。

    けれど時間が流れ、世界が自然に整っていけば、それぞれの世界へ行くようになっている。時間はとてもゆっくりと流れるもの。だから、三つの世界の到来はまだまだ先かも。

    2→1→2→3へ・正義で悪で無

    二つはある人たちにより混ぜられ一つになっているが、それが元の二つに戻ろうとしてる/一つになってるのは政党、指導者、国よりもうちょっと大きな枠か/でもそろそろ三つにしても良いなって世界が思ってる/色で表すと白黒灰を混ぜたのが三つ/正義悪無×3

    ある人たち

    1の世界と2の世界はある人たちにより混ぜられ1つになっている。ある人たちというのは、この世界や宇宙そのものを創った人たちである。

    創った人たちについては、いずれこのブログで書いていきたい。この記事とは別にしたいので、今回は深堀しないことにする。

    2つに分かれていた世界

    1の世界と2の世界は元々分かれていたのだけど、人間の歴史の中でそれは1つになってなんとなく共存していたのである。

    けれど、21世紀を生きる私たちの意志によって1と2の世界はまた別れる流れになってきた。しかしそこには新たな3という世界も追加されていくのである。

    三つの世界は全て「正義・悪・無」と言っているよーさん。それぞれの世界の中には、自分たちの世界を「正義」だと思っている人もいる。つまり、1から見たら2と3は「悪」だけれど、2から見たら1と3は「悪」になる。もちろん3から見ても1と2は「悪」になる。

    これは、それぞれの立場によって対立している状態に思える。けれど、よーさんの解釈ではこの対立状態については『三つの世界ではない』という。

    「対立して正義・悪・無の状態になっていること」に対してよーさんは「二つが一つになって少し進んだところかなー、一つから二つになる過渡期なのかなー、詳しくは分からないけどねー、たぶんそのくらいな気がするよー」と言っている。

    つまり、善と悪が対立することは、1つにまとまっている状態なのである。

    よーさんが「正義・悪・無で分け、なおかつそれぞれが正義悪無という状態」を三つの世界としないのは、三つに分かれる世界はもはや対立などせず、それぞれが遠い存在になるからである。

    けれど、それぞれの世界に分かれるきっかけになるのは、正義・悪・無という風に世界に優劣をつける人(正義・悪)、優劣をつけない人(無)が意志をはっきりとさせるからである。

    飛び越せないもの

    三すくみはある意味で関所、いや踏み絵の方が適切か/飛び越してもたぶん意味はない

    よーさんが書き込んでいた2012年はどの世界を選ぶのか試されていた時期で、それを表現するために踏み絵という言い方をしている。もはや2021年の現時点で選び直すことはできない。

    自分がどの世界に所属するのかはっきりとして、それぞれが自覚を持つのはまだまだ先であるはずだ。

    というか所属する世界によっては、自覚という感覚も無くなってしまうだろうから、三つの世界に分かれてしまったときには、世界が分かれることについての話などはもうできないかも。

    三つの世界は思想みたいなもの・宇宙人のこと

    三つは思想といえば思想だけど、そのものを指すにはどう表現していいかはわからない/三つは宗教と関係してるけど、そのものを指してるわけじゃない/信仰とか革命とか関係あるといえばあるのかも/でも正直どんな状況でも当てはまりそうな言葉/もし宇宙人が存在するのなら三つと関係してるかもしれないけど、どっちでもいいこと

    三つは先ほど説明した三つの世界の内容の通り、思想とも言える。思想は宗教みたいなものを作り出すこともある。

    どの宗教がどの世界に関連しているのかを説明するのはキリがないし、とある宗教に所属している人の中でも、どの世界に所属しているかどうかは違うこともある。

    宇宙人が何故三つに関係しているのか。「宇宙人という概念」は人間の未来の姿を表現している。そして、三つの世界は未来の話である。

    人間は進化し続けるから、いつか宇宙へ移住し宇宙人になる。そう言い切れるのも、人間は宇宙に関心を持っていて、すでに宇宙旅行なども始まっているから。

    まだ知らぬ宇宙のどこかに宇宙人が存在するかどうかは「3の世界」に所属する人にとっては割とどうでもいいことである。

    今後更新するかも…

    三つ目はその内ぽっと出てくる/気付いてる人は昔からいて、自然的なもの/三つ目が難しいのは、自分でいろいろやらないといけないから/子供の頃の方が楽しい、そんな感じ
    1から2になって3になったわけじゃない、順番や過程を考えてみるといい/三つが分かっても何があるわけじゃなく、隠されてる様な事でもない常識的な事だ/三つが何かより、なぜ三つなのかを考えた方がいい/WhatじゃなくてWhyでHowを考えるのが大事/でも気付けても、人間は病気に罹っているから本当に理解できるとは限らない
    三つを理解したら気分的に楽になる人はいる/でも日本人はあまり変わらない/答えを得るよりも、三つあることを理解した状態でいることが大事/後は世界が勝手に色々やってくれる/三つはこれから必要な考え方になる/自然とわかるようになる人は多い、世界がそれを望んでるから/気付く人はそのうちいっぱい出てくる/まだわからないならたぶん理由があるんだと思う
    グラフだ 波線だ どこにいても進んでる/独楽だ 廻る どこにいても廻ってる/どこにいるか問題になるのは俺たちの間だけ/でも世界が見えるようになったら、一生懸命に逆回転して踏ん張ってる様に見える/水車の様に廻る/川の流れに沿った方が迷惑にならない
    そろそろ怖い人たちが出てくる/目とか見てるとなんだか怖くなる、今より老成した感じの人々だ/その中には、大人しい人、親切な人、暴れてしまう人、人を悪魔扱いする人が大勢いる/良いことも悪いこともする/全年代に満遍なくいるけど、偏りはあって30代ぐらいまでが多い/ヒトとしての種なのかはわからないけど、決定的に違ってしまう/怖い人になっても、ならなくてもいい/突然変わるのではなく、振り返ったらあの時変わったんだってわかる/実感沸くのは早くても二年後ぐらい/まだ自分で自分の居場所を決められる時間は残ってる/予兆に関しては気付ける人はいるはず/もうすぐ立ち位置が選べなくなるというか、お互いすっごく離れてしまう/最初の三つの話が重要/家族とも離れてしまうかもしれないけど、物理的に離れるわけじゃないから大丈夫/その内適応するしね
    人間らしさは大事だけど、人間らしさに縛られてはダメ、動けなくなってしまう/聖杯は外にはない、青い鳥はいい話/体は大事に/魂もちゃんとある/自我と自己の探求は灯台もと暗し/幸せを追求することは悪いことじゃない/幸せに価値がないって言い出す人は怖い
    人間は、本当はもっと動物的で、植物的で、機械的だ/水と大気と光があると植物は育つ/食べ物があると動物は動く/仕事があると機械は考えない/ロボットの様なものではない/人間にも機械の様な役割があるのかも、ヒトとしての根本的な部分として/植物的、動物的、機械的は三つに関係あるけど、その部分は考えない方がわかりやすい
    人類は、幸福を夢見てる人が多い/夢見てる状態は病気だ、曇って世界全体が見えてないような状態だ/知恵があると、考えすぎると病気になってしまう、ノイローゼは気持ちいい/感情があるからこそ、病気になり易かったってのはあるかもしれない/感受性養うのは大切だ/でもそろそろ治ってもいい頃、治ったら怖いけど/治ったら怖い理由は、病気の状態が俺たちが思う普通だから/病気になる前の状態を知る人はいない
    女性は、実は思ってる以上のとても重要な役割を持ってる/けれど女性は夢見てる人が多い/そのせいでいろいろと塞き止めてしまってる、他に迷惑/女性は病気が重症になりやすい
    いろいろな創作物を見て、背景を見るのは大切/惑わされないために
    好きなものを食べていいけど食べ過ぎはダメ/体が求めてるのかどうかを考えた方がいい/肉とアルコールばかりでも無くしても、脳に異常が出てくる、この話は三つの話と少し繋がってる/大切なのはバランス/実は食べ物の偏りで、脳を操ることができる、人間はそういう風にできてる/これは人間という種の運命みたいなもので、一方に偏ると操られてしまう/でも本質的にはどこも同じ/怖い人の出現ともあまり関係ないし、どれに偏っても植物的で、動物的で、機械的なのは変わらない/三すくみに関連してるのは確かだけど動物植物機械のどれかに偏らせようってことではない
    陰謀はあるし支配者はいる、でも怖がらなくていい/結局、みんな同じ知的生命だ/俺たちと同じだ/今後の世界のシナリオは三通りしかない/そのうち一つは難しい/乱入はできる/どの結末になっても今みたいに苦しいけど、良い人生は送れる/住めば都だ
    変な事件がたくさん起こるし、目立つようになる/日本より世界の方が多い/ヨーロッパがある日すごい事言ったら、みんな目を向ける/神の否定とかではないと思う/戦争はたぶんある、10年後ぐらいかも/日本もアメリカも中国も、相手の中東も負ける、世界中負ける/心配するふり上手くなっちゃダメ/日本はアメリカを助けてあげた方がいい
    これらの話は全部最初の話に繋がってる/三つを理解してからっていう過程が大事/三つが大切なのも事実だけど、それを自然にスルーして別のところに目がいく人もいるはず/順番が大事/三つが理解できないままその先を知っても、なぜ俺がそれを言いたいか分からないと思う/それに三つに囚われすぎると、俺的に流れて欲しくない方向へ流されてしまう 悪いわけじゃないけど/だから三つは重要だけど、気にしすぎても欲しくない/心配しすぎないことは本当に大切/三つが本当に脳細胞が変化するぐらいのレベルで理解したら、自然と辿り着けるようにできてる/ヒントを一つ、食べ物とか陰謀論とか戦争とかそういうの無視してかまわない
  • よーさんの「妄想かいてくよー」の解説をする その2

    よーさんの「妄想かいてくよー」の解説をする その2

    前に書いたこれから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をするという記事。2ちゃんねる発祥の「よーさんの予言」を解説したものなんだけれど、コメントをいくつか頂いた。そのコメントにわたしは熱くなり、うざい感じで返信した。

    そのやりとりが自分の中で結構面白いものになったと思っている。議論をしながら、よーさんが言う「三つ巴の世界」の内容をさらに深く考えることになった。「三つ巴の世界」がどういったものなのか、もうすこし考察していくことにする。

    再び、三つの世界について考える

    前回のおさらい

    今回の記事は、主に3つの世界について解説していく。前回の記事を読んでもらっていたらわかるけれど、よーさんが言う「三つ巴の世界」をわたしは「三つの世界」としてそれぞれ簡単に説明した。まずはその「三つの世界」についておさらい。

    1の世界について

    この世界に行く人々は「悪」を憎む人々。陰謀論者はそのわかりやすい例とも言える。陰謀論者ではなくとも、「嫌いな人間」を絶対に許さない人々も含まれる。国というシステムに反感を持っている人たち、平等を求める人たちはこの世界へ行きそう。とても現実的な人々。

    2の世界について

    この世界に行く人々は「平和」が大好きな人々。「悪」を完全に無視することができて、幻想の中で生きるのが得意な人々でもある。スピリチュアルに傾倒している人たちがわかりやすい例。宇宙にある地球以外の惑星が好きな人たち、神様の声が聞こえてしまう人もこちらの世界へ行きそう。とても空想的な人々。

    3の世界について

    この世界に行く人は「悪」も憎まず「平和」も求めない、運命を知る人々。はっきり言ってしまうと輪廻から解脱した人々。現実的で空想的な人々。この世界に行くのはとても難しい。

    前回はこのように思想で三つの世界のイメージを分けた。このイメージについてまずは軽く頭に入れておいてほしい。

    世界は滅亡するのか?

    今回はとある匿名さんから頂いたコメントを引用しながら進めていく。前回の記事のコメント欄を簡単に読んでから、この記事を読むといいかもしれない。おそらく、読んでも意味がわからないとおもうけれど、この後しっかりと解説してゆく。

    なるほど
    やっぱり一個人ではどうしようもない流れがあるわけか
    あなたはここからどうなっていくと思う?

    自分は飲み込まれたから、負の世界にいるけど、
    そこから感じた事は、もう誰にも止められない救ってあげられない状態だと感じたよ
    果てにあるのは滅亡じゃない?
    あなたはここからどうなっていくと思う?

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いていくよー」の解説をする コメント欄より

    匿名さんは個人ではどうにもできない流れを認めつつ、その流れに『飲み込まれたから負の世界に居る』と感じている。そして『世界は滅亡する』とも感じている。

    「よーさん予言」に惹かれる人々は「世界の滅亡」に対する興味を持っている。今後世界がどうなっていくのかを案じているはずである。世界がどうなって行くのか、今回の記事で答えを出していきたいと思う。

    運命と恐怖の関係性

    運命の捉え方で分かれる世界

    やっぱり一個人ではどうしようもない流れがあるわけか

    匿名さんのこの言葉から、さっそく「1・2・3の世界」を別の視点から考えていくことにする。流れというのは私たち人間全体の「運命」のことである。「運命」をどう感じているかの違いによっても「1・2・3の世界」へ分かれていくのである。

    私たちは同じ「運命」の中に居るけれど「運命」の捉え方にも三種類ある。その違いが「三つの世界」になっていく。

    ところで、オカルト好きなら「世界線」という概念を知っているかと思う。オカルト的な「世界線」の定義といえば、ある時点で別の選択を行っていれば今とは違う「別の世界」に存在したのではないか?という考え方。多くの人は「世界線」を『存在するはずの多くの可能性』として考えているのかと思う。

    自分の現状が「現実」であることを認めないとき、人は「別の可能性」に逃げてしまう。自分の行いを後悔しているとき、現実が辛くて耐えられないとき「幸せなはずだった別の人生」を想像してしまう。「世界線」という言葉は逃げるための言葉でもある。

    わたしの考える「世界線」の定義。「世界線(別の可能性)」とは「他者が体験している人生」のこと。人間の数だけ人生があるけれど、「別の可能性」は既に他者が体験しているもの。「世界線」とは「自分の別の可能性」なのではなく「他者が体験している人生」のことなのである。

    三つの運命

    「運命」とは自分として生まれてきて、人生の選択を続けてきた結果としての「現状」と自分を取り巻く「環境」のことである。与えられた「自分の人生」を生きることが「運命」を受け入れること。そんな「運命」の捉え方がそのまま「1・2・3の世界」に対応することになる。

    1の世界の人々は運命に抗う(否定すること)・2の世界の人々は運命に従う(諦めること)・3の世界の人々は運命を変える(受け入れること)

    ということで、先ほどコメントを引用した匿名さんは、運命(流れ)のことを理解しつつも『もう誰にも止められない救ってあげられない状態だと』感じているので、運命に従いつつも諦めている。

    そして、わたしは運命を受け入れつつも運命を変えたいと思っているので「3の世界」を目指していると言える。ここからは、匿名さんへのわたしの返信を引用しながら、運命に対する意識の違いが生まれる原因について説明していく。

    意識が全てを決める

    >果てにあるのは滅亡じゃない?
    >あなたはここからどうなっていくと思う?

    滅亡する人としない人がいます。それを決めるのが「個の意識」です。
    「自分は飲み込まれたから、負の世界にいるけど、そこから感じた事は、もう誰にも止められない救ってあげられない状態だと感じたよ」
    あなたの「個の意識」は救ってあげられない、と感じているのですね。つまり「自分が救われないこと」を信じているということです。そのままの意識ですと、あなたの世界は滅亡するでしょう。
    滅亡を選ぶ人は、いずれこの記事で書いている「1の世界」か「2の世界」に移行し、進化してゆきます。
    もしくは、滅亡が起きる前(進化する前)の困難に耐える事ができず、死んでしまいます。

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    意識を支配するもの

    滅亡する人としない人がいます。それを決めるのが「個の意識」です。

    わたしは「1・2の世界」に居る人は滅亡し「3の世界」に居る人は滅亡しないと言っているが、滅亡するかしないかは「個の意識」が決めることなのである。『自分は滅亡する』と思っていれば滅亡するし、『自分は滅亡しない』と思っていれば滅亡しないだけのこと。

    簡単なはなしに思えるけれど、これが実にややこしい。「個の意識」というのは「自分の思考」のことである。自分がコントロールしていると思っている思考は支配されてしまう時がある。

    人間の意識(思考)を裏でこっそりと支配しているものは「恐怖」である。「恐怖」は人間の内側に存在するもの。

    「恐怖」は人間が危機を感じる時に思考の邪魔をする。平常時の「意識(思考)」の中で『自分は絶対に滅亡しない』と思っていたとしても、「恐怖」に支配されている時は否応なく『自分は滅亡する』という思考に陥ってしまう。

    人間が「恐怖」に支配されている限り『自分は滅亡する』という意識から抜け出すことはできない。「恐怖」を克服できていない人々は「1か2の世界」に留まることになる。

    恐怖に対する表現方法

    「恐怖」に対するふるまい方が、運命をどう捉えるかの違いを生む。つまりは「自分の人生」に対する捉え方で世界が変わるのである。「1・2・3の世界」を「恐怖」への対応方法の違いで解説する。

    1の世界に居る人は「悪」を憎む人々。彼らは「恐怖」に抗い戦っている。「恐怖」が外から来るものだと信じているために、自分以外の何かを「悪」と仕立て上げる。外側に存在する「恐怖のようなもの」と戦っているから、いつまでたっても内側に存在する「恐怖」の支配から抜け出すことが出来ない。

    2の世界に居る人は「平和」で幻想的な人々。彼らは「恐怖」に惑わされないように、ポジティブな意識を保とうとしている。つまり「恐怖」を内側に閉じ込めて見ないようにしている。『滅亡すること』を恐れているからこその行動である。「恐怖」と向き合うことを諦めているから支配から抜け出すことは出来ない。

    3の世界に居る人は「悪と平和」を求める人々。彼らは「恐怖」が自分の内側に存在することを知っている。内なる「恐怖」と戦いながら、「恐怖」の実体を学び、「恐怖」から自分という存在を理解していく。「恐怖」の支配から抜け出すことが約束されている。

    滅亡の意味するところ

    滅亡を選ぶ人は、いずれこの記事で書いている「1の世界」か「2の世界」に移行し、進化してゆきます。もしくは、滅亡が起きる前(進化する前)の困難に耐える事ができず、死んでしまいます。

    滅亡と進化について

    意識で「滅亡すること」を選んでいる人は「1・2の世界」に移行していく。そこは『滅亡する世界でもあるけれど進化する世界』でもある。

    新型コロナによって「自殺者」が増えているらしいが、自分の命を捨てることが「滅亡」の1つの形である。それから、不慮の事故にあったり病気にかかり死んでいくのも「滅亡」のこと。

    人間には当たり前のように「死」が存在する。「死」が何故存在しているのか理解することは困難であるが、「死」の意味を知らないまま死んでいくのならば、寿命で死んだとしても「滅亡」したということになる。

    人間はかなりしぶとい生き物であるから「死という滅亡」に耐えた人々は新たな進化の道をゆく。科学技術で病気を予防したり、寿命を伸ばしたりすることが可能になりつつある現代。人間がこのまま科学技術を発展させれば、寿命がどんどん伸びて「死」を遠ざけることができるようになる。

    新型コロナのワクチンが短期間で開発されさっそく接種も始まっている。このように人間は「死」への対抗手段を次々に用意している。ある程度「死」をコントロールできるようになっているのであるが、これが進化というもの。

    進化したとしても「死」の意味を知らないまま、いずれ「死」を迎えることになる。いくら寿命が延びたとしても最後に必ず「死」は訪れる。この世界に於いて「死」は絶対的なもので避けることはできない。だから、進化したとしても必ず「滅亡する」。

    死と同時に世界も消滅する

    つまり「世界の滅亡」というのは「自分の死」のこと。死んだら自分の人生は終了する。同時に自分が存在していた世界そのものも終了する。だから世界は滅亡する。

    しかし「意識」はまた別の人物となって続く。別の人物であろうと、それがまた「自分」になり、新しい「自分」とそれを取り巻く世界が始まっていく。

    1・2の世界に移行して「滅亡」したとしてもまた、別の物語の主人公として「自分」が始まっていくから安心してほしい。けれど「自分は滅亡しない」と意識が固定されるまでは「滅亡」の繰り返しが続いていく。これが輪廻転生である

    救われることは滅亡しないこと

    復活する人

    重要なのは、3の世界に行く人だけが滅亡しないということです。
    というか、一旦全ての世界は滅亡しますが、そのあと復活するのが3の世界に居る人です。
    復活する人だけが輪廻を抜け出します。
    3の世界に居る人は、自分が救われた未来を見ます。
    だから自分が救われることを信じています。滅亡する前にそれを見ているかどうかです。

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    こちらもわたしの返信コメントである。「3の世界」に行く人はなぜ「滅亡しない」のか。それは先ほど言及したように、意識で「自分は滅亡しない」と思っているから。死を迎える瞬間まで「自分は滅亡しない」という意識を保つことができれば「3の世界」に行ける。

    思考が「恐怖」に支配されないように「滅亡しない」と思い続けるのはとても難しい。その意識(思考)を保つには支配から抜け出す必要がある。

    わたしは「自分が救われた瞬間」を意識の中で体験したことがある。それは「恐怖」を克服する瞬間でもあった。その瞬間に自分が「生まれ変わった」。わたしはそれを「復活すること」と表現している。

    復活する瞬間を体験すること。それが「3の世界」へ行く為の条件である。自分が「救われた」と確信を持った時『自分は絶対に滅亡しない』という意識に変化するのである。

    その時わたしは意識の中で「救われた」けれど、今現在まだ「救われていない」。わたしが体験したものは、未来の自分の意識を覗いたようなもの。『自分が救われた未来』を見たのである。それがなぜ未来と言えるのかを説明すると長くなってしまうから今回は割愛する。

    恐怖を克服すると死の意味を知る

    わたしは意識の中で救われてから「恐怖」の実体を少しずつ理解できるようになってきた。そして、このブログに「恐怖を克服する為の方法」を記録している。わたしはそれを「解脱する方法」と呼んで記録しているのだけど、その方法を理解し実践していくと「恐怖」に支配されない強さが身につく。

    「復活する瞬間」がいつどのように訪れるのかはわたしもまだ理解できない。けれど「解脱する方法」は誰にでも理解できるものだし、挑戦することで少しづつ「恐怖」への耐性がつくことは確かだ。でもそれは恐ろしいものだから、誰もやらない。

    「恐怖」の支配から抜け出すことができると、この世界に「死」が存在する意味が理解できるようになる。それは曖昧なものではなくて、はっきりと答えがわかるようなもの。その件についても、既に別の記事で書いていたりするのでここでは割愛。

    恐怖を克服するために

    3の世界に行くためには1の世界と2の世界を強く否定する必要があります。

    矛盾していることを言いましたが、これが3の世界に行く方法です。このブログの中でわたしが断定している言葉には、実は必ず、後ろに見えない(かっこ)がついています。
    『1と2の世界は滅亡する世界です。(滅亡しない世界です。)』
    こういう感じです。この前後2つの言葉は矛盾していますが、わたしの中では矛盾していません。しかし、全ての言葉の後ろに(かっこ)をつけるのはめんどくさいしわかりにくいものになってしまうのでつけていません。そして人間であるならば(かっこ)をつけないで表現していくべきなのです。

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    こちらもわたしの返信コメントである。1の世界と2の世界を否定することは「恐怖」を克服することを望むこと。どちらの世界も「恐怖」に支配されたままの世界であるから。

    けれど、ただ否定するだけでは「恐怖」を克服することはできない。「1・2の世界」に居る人のことを理解することが大前提となる。

    1と2の世界は滅亡する世界です。(滅亡しない世界です。)

    こちらの言葉も、今まで説明したことを理解してもらえば意味がわかるだろう。滅亡というのは「自分の死」のことであるが、輪廻転生したら「新しい自分」と共に新しい世界も構築されるのだから「滅亡していない」とも言える。

    しかし「恐怖」を克服しない限りは、次の人生も「恐怖」に囚われたままだから「滅亡する」という思考のまま死んでしまう。

    「3の世界」は永遠に命が続く世界のこと。そのあたりの詳細はこの後で。「3の世界」を選んだ人だけが行ける世界だから、わたしはその世界を目指す為にも『1と2の世界は滅亡する』と強く主張していく。

    1の世界と2の世界の矛盾

    本当の3の世界を知るために

    探求者の方々はかなりこの世界の真実に気がついているようで、もちろんコメントをくれた匿名さんも気がついている人だった。だからこそ「よーさん予言」のことについて深く考えていて、わたしの記事にコメントをくれたのだと思う。

    けれど、やはり「恐怖」の克服が完了していないと感じた。わたしと匿名さんの議論が噛み合わないのもそれが原因である。内側にある「恐怖」のことを理解しているかどうかで「3の世界」への解釈も変わってしまう。

    わたしは探求を極めている人たちが「3の世界」の本当の姿に気がついていないのがとても残念だと思っていて、だからこの記事を書いていたりもする。引き続き匿名さんのコメントを引用させていただき、わたしと匿名さんの「3の世界」の解釈の違いについて解説していきたいと思う。

    矛盾する感情と矛盾する世界

    1と2は矛盾してる、これが基本
    それを両方自分にしちゃってるのは、貴方がまだ我慢してるから
    だけどそんな事できるはずがないんだわ
    基本が違う存在なんだから、それを自分としてると、いつか限界がくる
    そこでね、1である自分の本音が出てくるんだ
    いい加減うんざりだってね

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    1と2の世界は矛盾していると言っているが、匿名さんは悪(1の世界)と善(2の世界)の組分けと考えている。

    それを両方自分にしちゃってるのは、貴方がまだ我慢してるから
    だけどそんな事できるはずがないんだわ
    基本が違う存在なんだから、それを自分としてると、いつか限界がくる

    こちらのコメントから推測できることは、匿名さんは、きっと1の世界を「悪の意識(否定すること)」2の世界を「善の意識(受け入れること)」と感じているのだと思う。

    匿名さんは、わたしが考えている「3の世界」は善と悪を統合したものなのではないか?と思っているのかもしれない。だから『善と悪は基本が違う存在なんだから、統合できるはずがない、いつか限界がくる』というふうにわたしを諭してくれているのかもしれない。

    探求者の多くが思い描いている「善と悪の統合」とはこんな感じではないだろうか。「1の世界の人々」と「2の世界の人々」が争うことなく永遠に仲良く幸せに暮らす世界。匿名さんもそれが統合の世界(3の世界)であると思っているのだろう。

    そこで1と2の矛盾に出くわすわけ
    自分自身と言っていた他者が荷物に感じられてくる
    持っていたいけど、持っていられない、手放したいけど、手放す事が許せない
    それは同時に1である自分さえも手放してしまいそうだから

    あなたなりに説明するなら、こんな感じじゃないかな?
    3はね、1が2を受け入れられないから出てくるんだよ

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    しかし、匿名さんはそんな統合の世界(3の世界)に否定的である。『3はね、1が2を受け入れられないから出てくるんだよ』というコメントからそれがわかる。

    わたしが「悪の意識(否定すること)」を持っているからこそ「善の意識(受け入れること)」を持つことは無理だよ、と教えてくれているのだろう。だからこそ「3の世界」を目指してしまうんだよ、とも教えてくれている。

    匿名さんがそう思うのはある意味正しい。何故なら『否定しながらも受け入れる』という、この相反する2つの意識を同時に持つことは、人間にとって難しいこと。しかし『否定しながらも受け入れる』ことは「恐怖」を克服すれば可能になる。

    わたしの考える「3の世界」は『1が2を受け入れられないから出てくる』のではなくて『1と2の世界を受け入れられないから出てくる』もの。それは先ほど説明した通り「恐怖」を克服する表明として「1と2の世界」を否定することと同じ。

    ところで、ここまで説明してきたことは『現実世界の統合のはなし』と『精神世界(意識の中)の統合のはなし』がごちゃまぜになっていることに気がついているだろうか?だから、何を言っているのかわかりにくいとは思う。

    おそらく、匿名さんは現実世界と精神世界が曖昧になっている。だから「3の世界」を現実世界の中に実現しようとして苦しんでいる。

    意識を組分けしてはいけない

    現実を統合したくなる人間

    匿名さんの考える「3の世界」は現実世界で「1の世界の人々」と「2の世界の人々」を無理やり統合するようなもの。匿名さんは、統合は無理だと正しく理解しているから「3の世界」を否定的に見ていた。

    つまり、匿名さんが考えている「3の世界」は『現実世界における統合の世界』のこと。しかし、わたしの考える「3の世界」は『精神世界における統合の世界』である。だからコメント欄で、わたしと匿名さんのはなしは噛み合わなかったのだ。

    匿名さんや多くの探求者の共通点がある。彼らは深く考えれば考えるほど『現実世界において善と悪を統合した3の世界』を求めてしまう。そうすると、わたしの考える「本当の3の世界」のことが見えなくなってしまうのである。そうなってしまうのは、人間の思考の限界でもあるし、人間の根源的な欲求に誘導されてしまうからでもある。

    現実世界と精神世界を分けて考えること

    うーん、俺はただの組分けだと思うけど…

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    よーさん予言の「1・2・3の世界」を「組分け・住み分け」と考えてしまうことが混乱の原因なのである。前回の記事だけでは、それぞれの世界への「組分け」に思われてしまうのも仕方ないので、反省している。今回の記事はそこを訂正してゆきたい。

    匿名さんも(きっと記事を読んでくれている人々も)現実世界と精神世界を曖昧にしてしまっているはずである。よーさんの言う「三つ巴の世界」とは精神世界のこと。つまり人間の意識の中のおはなしなのである。現実世界のおはなしではない。だからよーさんは「妄想」と言うのだ。

    つまり「1・2・3の世界」を「組分け・住み分け」で考えず「意識の違い」で考えていくということ。現実世界と精神世界(意識)をしっかり分けていくことが大切なのである。

    現実にある世界を統合するのではなくて自分の意識だけを統合することが大切。だからわたしは「3の世界」は統合された世界ではない、とも考えているのだ。現実世界に存在する「1の世界の人々」と「2の世界の人々」は、どうしたって争ってしまうものなのだから、別に統合しなくても良いのである。

    匿名さんはそれを統合しようとしているから『救ってあげられない状態だと感じたよ』と言うのである。統合などしてしまったら争いが大きくなるだけで救われることなどない。だから現実はそのままにしておくのが一番なのだ。

    現実世界と精神世界についての関連カテゴリ:日本神話を紐解く

    争いたくはないがひとつになりたい

    世界の悪の側面は本当に「悪」なのか?善の側面は本当に「善」なのか?その見極めは、それぞれの心のあり方で変わる。精神がしっかりと成長していないと、見極めを誤ってしまうもの。

    精神の成長とは「恐怖」の実体を理解していくこと。探求者の多くが、知識は豊富なのに精神の成長を怠っているからこそ見極めを誤っているし、善と悪の「組分け・住み分け」で考えてしまうのだろう。

    そもそも善と悪は人によって解釈が違う。だからこそ『自分の考える善と悪』の主張で争うのが人間である。人間は善と悪をどうしても分けたくなってしまうのであるが「組分け・住み分け」することで争いを避けようと思っているのである。

    世界はひとつ・人類はひとつ、というスローガンが大好きな人間。二つをひとつにしたがるのが人間という生き物。争いが起きることを理解しているからこそ「組分け・住み分け」するのに、ひとつであることを望んでしまう。このジレンマが人間の「苦しみ」の大元である。

    人間は分離の世界がどうしても許せない。何故許せないのか?それは私たちの意識の根底に全てのものは一つであってほしい、という強い強い願いが存在しているから。

    『全てのものはひとつであってほしい。』その意識は絶対に消えることがないから、人間は現実世界で分離・分断が起きているのを目の前にすると、とても「苦しい」のだ。

    本来の善と悪について

    この世界には善と悪が存在するように思える。悪いことをする人はいつまでたっても減らないし、世界はどんどん悪い方へ向かっていると感じている人々が居る。それとは反対に、人々に寄り添いながら世界の全ては愛で作られている、と感じている人々もいるはずだ。

    残念ながら、世界は悪が支配していると感じている人々・世界の全ては愛であると感じている人々、どちらも「悪」なのである。つまりは「1の世界」も「2の世界」も「悪の側面」であるということ。唯一の「善の側面」は「3の世界」に居る自分自身なのである。

    匿名さんや多くの探求者は1の世界を「悪の意識(否定すること)」2の世界を「善の意識(受け入れること)」と感じているのかもしれないが、わたしの考える2の世界は「善の意識(諦めること)」である。

    運命についての章で説明してきたように、「1の世界」は悪を憎み・運命に抗う(運命を否定する)人々の世界。「2の世界」は平和を求め・運命に従う(運命を諦める)人々の世界。「2の世界」は運命を『受け入れる人々』ではなくて『運命を諦めてしまう人々』の世界。

    「受け入れること(聖杯)」は意識の中で「3の世界」が生まれるときに初めて現れるものである。それは現実世界には存在しないもので、目には見えないもの。

    先ほども説明したように「恐怖を克服するための方法」を実践していけば『否定しながらも受け入れる』ことができるようになる。わたしは「受け入れる心(聖杯)」を手に入れたから、そのコツをつかみ始めたところ。

    諦めることを「受け入れること」だと思ってしまうことが多くの探求者の問題点である。そして、探求者の最後の関門が『世界を諦めてしまうこと』をどう乗り越えるか?ということ。この世界の真実を追求していくと誰もが陥る問題である。

    3の世界の真実

    だから3の世界は難しい

    そっか、じゃぁハッキリ言うわ
    他者を含めてる内は3は理解できないよ

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    匿名さんは「3の世界」を理解していると感じている。きっと「1の世界」にも「2の世界」にもうんざりしているから『どちらの世界にも身を置かず、どっちつかずの状態』なのだろう。匿名さんはそんな状態の自分が真ん中だから「3の世界」に居ると思っている。

    どっちつかずの状態の人々は真ん中にいるようで、結局「1か2の世界」のどちらかに存在しているのだ。先ほど説明したように「1の世界」も「2の世界」も「悪の側面」であるから、匿名さんは『自分は飲み込まれたから、負の世界にいるけど』とコメントしている。自分が「悪の側面(1・2の世界)」に生きていることを実は知っているのだ。

    「1の世界」「2の世界」が目の前に広がっている昨今であるけれど、その目に見えているものどちらも自分の中にあるもの。どちらも「悪の側面」なのに、どちらかの世界を選択するしかない、と思ってしまう。「恐怖」に支配されているからその選択しかできないのだ。

    3の世界に行く方法

    1の世界と2の世界は鏡写し

    探求者は「1と2の世界」のことを深く考えているから「1と2の世界」の矛盾、その二つが相容れない世界であることについて苦しくなってしまうのだろう。

    そして「運命を変えること」を諦めてしまう。匿名さんもきっと探求者であるから、矛盾に苦しみ、世界を諦めてしまった人なのだろう。

    1も2も自分、これは上で書かれている通り、鏡像関係だからそう思う

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    けれど「1の世界」も「2の世界」も同じ「悪の側面」だから矛盾はしていない。匿名さんは 『鏡像関係』と自分で発言しているのに、意識が気がついていないのだ。鏡像関係とは、同じものが反対に見えているだけ。元は同じものだけど表現方法が違うということ。

    人間は誰しも「無意識」でこの世界の真実を理解している。だから人間の発言には「真理」が溢れ出てしまう。しかし当の本人が「意識」で「真理」を理解できていないのである。

    現実世界を見つめて意識だけを統合する

    「1の世界の人々」と「2の世界の人々」のように、考え方が違う人が存在するのは当たり前なのだから、現実世界で統合しようとしなくても大丈夫。自分の意識の中だけで「統合」を行えば良いのである。

    しかし意識の統合をすることが「2の世界の人々」のように幻想ばかりを見てしまうことだと勘違いしてはいけない。「2の世界の人々」は「統合」という言葉を多用しがちであるが、それはわたしの言う「統合」ではないから気をつけてほしい。

    意識の統合(精神世界の統合)の方法とは、現実世界にある、分離や分断や争いをしっかりと目で確かめること。そして分離の世界に対して「苦しく」なってしまう自分のことを見つめること。

    現実をしっかりと見つめて、自分自身に「苦しみ」を起こして、「苦しみ」が起きる原因を解明することで「苦しみ」は消える。そうやって精神を鍛えていけば誰でも「3の世界(統合の世界)」に行ける。

    自分の内側に存在する「善」

    現実を見つめながら、この世界のそのものが「悪」であることを認めること。それが大事。大切なことなので、先ほどの言葉を以下に再掲する。

    残念ながら、世界は悪が支配していると感じている人々・世界の全ては愛であると感じている人々、どちらも「悪の意識」なのである。つまりは「1の世界」も「2の世界」も「悪の側面」であるということ。唯一の「善の側面」は「3の世界」に居る自分自身なのである。

    唯一の善である「自分自身の内側に在るもの」を引き出すには、「より良い世界が訪れることを諦めない」ことが重要である。そして何よりも、争いを起こす人間を目の前にしても、人間という存在を信じることが大切である。

    「自分」を含めた人間社会こそが「悪」を創り出しているが、存在する人間全てを最期まで信じることができた人だけが「3の世界」に行けるのである。

    関連記事:人間を信じることについて

    3の世界は自分の世界

    だけど、受け入れられない弱さがあった
    2が帰ってきても、強い1であり続けられなかった
    それが人間の自分、現在の自分
    だから3人目として存在できるのに、何でまた元に戻ろうとするの?
    今を生きろよ

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    「1の世界の人々」と「2の世界の人々」が一緒に仲良く暮らす天国のような世界を諦めた「自分」が存在する世界が「3の世界」だと考えているのが匿名さんなのであろう。つまり匿名さんが考える「3の世界」とは「今現在の自分」のこと。

    「3の世界」を「自分のこと」だと気がついているのがこの匿名さんのすごいところである。もちろん「1・2の世界」も自分のことだと気がついている。だからこそ『何でまた元に戻ろうとするの?』という疑問をわたしにぶつけている。

    匿名さんの考える「3の世界」は「辛くて苦しい自分」のこと。だから戻りたくないのだろう。けれどわたしの考える「3の世界」は「楽しく生きている自分」のこと。だからわたしはまた戻りたいと思っている。

    3の世界は人間の世界

    >俺にとっての3は分離の概念だよ、そして人間の世界

    そうです、3の世界も人間の世界です。
    もしかして、私の考える3の世界が「神の世界」だと思っていましたか?
    3の世界は終わりではありません。
    3の世界もまた続いていきます。
    そこからまた1と2の世界が生まれ、またいつか3の世界が生まれます。
    1と2と3しかありません。この繰り返しです。
    繰り返しに疲れても、嫌気がさしても、また続けるのです。
    それが「今」を生きることです。

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

    さいごに、匿名さんに対するわたしのこちらの返信を解説していきたいと思う。実は、今回の記事で引用させてもらった匿名さんの考え方があまりにも「真理」なので、私は今回の記事を書こうと思った。匿名さんの言っていることは全てが正しいのである。

    わたしは匿名さんの言う「3は人間の世界である」という言葉に同意している。匿名さんは「3の世界」に行くことはまた「1・2の世界」に戻ることだという考え方を持っている。それはあまりにも正しい。わたしの考えている「3の世界」も実は「1・2の世界」そのものなのである。

    「1・2の世界」に行ってしまう人々のことを理解し本当に受け入れた末に(恐怖の克服の末に)新たな「3の世界」に行ける、というのがわたしの考え方である。これが意味することは「1・2の世界」は見方を変えると「3の世界」に変わるということなのだ。

    匿名さんは「1・2の世界」に戻りたくないと思っているようなのだけれど、それは同じことの繰り返しになるから。つまり「苦しみ」の存在する輪廻の中に囚われたままの世界が「3の世界」だと感じている。

    しかしわたしは「1・2の世界」を好意的に見ている。悪が存在するこの世界は辛くて苦しいものだけど、それがあるからこそ、楽しい世界だと感じている。そういう意識を死ぬまで保つことで新しい世界(3の世界)へ行けると信じている。

    新しい世界(3の世界)とは苦しみを生む「恐怖」の支配から抜け出した世界。結局その新しい世界(3の世界)は「1・2の世界」なのだけど、意識が「自分は滅亡しない」と固定されれば「1・2の世界」に存在していても永遠の命が存在する「3の世界」に変わるのである。

    「自分」という存在を100パーセント信じることで、転生して別の人物になったとしても「自分」になる。輪廻転生することこそが「永遠の命」を創り出している、と理解できるようになるのである。意識が「唯一の自分が存在している」と固定されたときに、初めて永遠の命を得ることができる。

    君の名は?

    ということで「1・2・3の世界」をさらに詳細に説明できたかと思う。それもこれも匿名さんがコメントをくれたおかげである。今回の記事を理解するためにも前回記事のコメント欄をじっくりと読んでいただきたい。

    匿名さんは2名居たようなのだけど、わたしは途中でどっちがどっちなのかわからなくなって混乱してしまった。長い議論になってしまうとややこしいので、何でもいいから名前をつけてもらえると嬉しい。

    もちろん匿名でのコメントも大歓迎だけれど、自分に名前をつけることは重要で、それが「3の世界(意識の統合)」にも繋がること。自己表現をしないと「3の世界」には行けないのである。

    関連記事:私たちは在りて在りし者

    今後の世界について

    具体的に世界はどうなっていくのか?

    さて、結局今後の世界はどうなるのか?今回の記事のまとめとして言えることは、それぞれの意識次第で世界は決まっていく。新型コロナによって、「1の世界の人々」「2の世界の人々」の姿がはっきりとしてきているのを目にしているはずだ。

    前回の記事にこんなことを書いた。『実は1・2・3それぞれの世界の人々が考える一つの意志はそれぞれ違うもの。自分たちの世界を導いているものについての考え方が、世界を分けていくとも言える。』一つの意志が導くそれぞれの世界を、またまた前回の記事よりおさらいする。

    1の世界の神

    1の世界の人たちが考える一つの意志。彼らはそれを「目に見えるもの」から見出す。テクノロジーの集大成である、AIという神が導く。SF作品で描かれるディストピアな世界の数々はこの神が導く世界のイメージである。

    2の世界の神

    2の世界の人たちが考える一つの意志。彼らはそれを「目に見えないもの」から見出す。「目に見えないもの」を感じ取れる人々はそれぞれが崇拝する偶像を作り上げ、それを神とするのだろう。この世界がどう一つにまとまるのかは、詳細不明。

    3の世界の神

    3の世界の人たちが考える一つの意志。彼らはそれを「目に見えるもの」と「目に見えないもの」から見出す。つまり、三つの世界を作り出す「大いなる流れ」が導いていると知っている。ちなみに私は3の神様について、このブログの中で「こわい神様」や「原始の神」と呼んでいる。

    わたしはこのようにそれぞれの世界を導く神の姿について書いたけれど、それは「妄想」のはなし。わたしの意識にあるイメージであるから、こんな世界がくるかもしれない、ということ。

    それぞれの世界に居る人たちが、それぞれの世界の具体的な内容を決めていくのだから、とりあえずどんな世界に生きたいのか決めよう。どんな世界に存在したいのか、意志表明することで世界は変更できる。

    人間の思考は多様性があるようでないものなので、俯瞰してみれば三つに分かれている。一つの世界のなかにも色々なかたちがあるのかもしれないが。

    今後の世界についての妄想

    「1の世界にいる人々」の今後の世界。彼らは「目に見えるもの」を神とするから、人間が創り出した人工知能という神に全てを委ね、テクノロジーを最大限に利用していく、とても便利な世界になるのかもしれない。という妄想。

    「2の世界にいる人々」の今後の世界。彼らは「目に見えないもの」を神とするから、それぞれの偶像を創り出し、それぞれの神を中心とした小さなコミュニティの中で、それぞれが自然と共に生きていくのかもしれない。という妄想。

    「3の世界にいる人々」の今後の世界。「目に見えるけど、目には見えない」本物の神を知ることになるだろう。

    「1・2・3の世界」はどの世界も辛いもの。「苦しみ」は誰にでも平等に訪れるから。残念ながら、現代は「苦しみ」が大きくなっていく世界に突入している。

    死なないで生きる

    これからさらに辛い時代が続くかと思う。分離・分断・争いが起きている世界を目の前にすると、私たちはイライラしたり悲しくなったり目を背けたくなったりする。

    そんな世界に飲み込まれないように、心を強くもってとにかく「死なない」ようにしてほしい。どの世界に居たとしても最後まで「生きて」さえいれば、最後にはご褒美がある。できればこのブログでお伝えする「解脱する方法」を実践して「3の世界(意識の統合)」を目指してほしい。

    現実世界には「1の世界」と「2の世界」しか存在できない。だから「3の世界」の具体的なイメージも存在しない。でも「3の世界(意識の統合)」の意味がわかる人が増えていけば、現実世界でもちょっとした奇跡が起きるかもしれない…。

    ちなみに大地震が起きたり、空から隕石が落ちてきたり、UFOが空から迎えに来たりして「世界が終わる」ことはない。今のところは。人間がそんな世界を強く求めない限りは。

    お守りをどうぞ

    今回のトップ画像はアーティストveloさんの作品のおまもり。3つの世界っぽいので使ってみた。3つ買って、わたしは大和魂おまもりを持っている。あと2つは友達にあげた。3つのせかいはどれも強い。でも「3の世界」は大和魂だから一番つよいよ。

    匿名さんからの反論について

    この記事へのアンサーをどうぞ

    今回のわたしの記事は「匿名さん」の言葉を引用させてもらって「3つの世界」について解説しました。今回の記事のコメント欄(下の方にあります)を見てもらったらわかるのですが、わたしの解説は間違っているみたいです。そんな匿名さんからのアンサーをリンクしておきます。ぜひ読んでみてください。

    匿名さんのアンサーnote

    2021/05/20追記
    匿名さんのアンサーnoteは消えてしまったようです。残念ですがわたしの返信は残しておきます。

    さらにアンサー返し

    そして、匿名さんのnoteを読んだので、こちらに返信を書きます。

    匿名さんへ

    しっかりと読みました。

    >ここについては今取り込んでる問題だから、はっきりとした事は言えないので話半分でよろしく

    匿名さんは滅亡について取り組んでる最中みたいですが、私は滅亡がどういうものかはっきりと説明できるから、それを今回の記事に書いたのです。あなたは「滅亡についてはっきりとした事が言えない」ようですが、それだと反論にも説得力がありません。

    >ちなみに、自分はどんな人がどこに行く人なのか分からないし、自分もどこに所属してるのか分からないです

    この言葉は「3つの世界を知らない」と言っているようなものなのです。

    >変に善悪で分けないで、1は1のやり方、唯我独尊タイプの人、2はみんなと仲良くできるタイプの人、みたいな感じでいいんじゃない?

    この言葉も曖昧すぎます。変に善悪で分けているわけではなく、意味があって分けてます。わたしは使う言葉にこだわりを持っています。わたしの言葉ひとつひとつには全て意味があるのです。わたしは全てを明確にしていきたいと思っています。

    「3つの世界」について、わたしは自分の経験から、自分で考えて明確な答えを出しています。けれど、匿名さんの頭の中を覗くことは不可能なので、今回の記事では匿名さんの考え方を「わたしの視点」から解説しただけです。

    つまり、匿名さんの考え方をそのまま表現し、解説するのはそもそも無理なのです。何故なら匿名さんのことを何も知らないし、赤の他人だからです。コメントのやりとりだけでそれを知るのは無理です。

    だから、あなたもわたしの頭の中にどんな情報があって、本当は何を考えているのかは知るはずがありません。だからこの反論もほとんどが的外れです。あなたが「間違いだらけの答案」と言うように、そのままお返しします。

    わたしのスタンスについて

    あなたの信じる世界とわたしの信じる世界は違うので、議論は必ず平行線になり、混じり合うことはありません。これが「3つの世界」そのものです。

    平行線になる議論ってもう時代遅れなのです。今はそれぞれの意志を固めていく時代で、考える時代はもう終わりました。現代の若者って「深く考えること」をやめているし、自分の中に「明確な答えを持っている」大人のような子供達も誕生しています。そういう時代だからです。

    わたしはもう「真実」に対する答えを出しているし、各個人が答え合わせし、意志を強くもつ時代に生きたいのです。全てを具体的にしていきたいし、答えを提示していきたいのでこのブログやってます。

    「今を生きること」とか「現在から全てが始まる世界」とかいう言葉って使い古されたもので、そんな言葉で物事を曖昧にするのはやめたいのです。匿名さんとの議論は抽象的になってしまうから、結論がいつまでたっても出ません。

    わたしがそういったスタンスなだけで、結論を出す必要があるわけでもないです。どの世界でもかまわないし、どの世界にどんな人が居たっていい、という考え方が自由だと思うのならばそれでいいと思います。

    そもそもわたしが「よーさんの予言」を解説したのは、それぞれの世界の具体的なところを伝えたいからでした。そして、この記事でも答えを出しました。匿名さんは「3つの世界」の具体的なところを決めたくないようですね。

    >1の世界にも、2の世界にも、恐怖を克服した人がいても不思議じゃない
    恐怖を克服した人=3の世界の住人ではなくて、単なる考え方や見え方の問題だと思う

    「3つの世界」が考え方や見え方の違いだと、わたしは何度も言ってます。匿名さんのコメントはいつも、わたしと同じことを言っているので「その通りです」としか返答できません。わたしは『見え方の違いや考え方の違いがどのようにして起こるのか』を説明しているんです。それをご理解ください。

    わたしがしたいことは「答えを出すこと」で、匿名さんの考え方を否定することではないのです。

    今はそれぞれが答え合わせしながら「個人」を表現していく時代です。だからこそ争いが大きくなっていくし、自分の中に「正しさ(意志)」が無い人は表現することもできないから、とても苦しいのです。あなたはそんな人の気持ちが理解できますか?

    このブログを読むみなさんにも知ってほしいこと

    よーさん予言についての記事ってわたしが知っていることの一部でしかないのです。それだけを読んで「間違っている」と言われると、少し困ってしまいます。あなたの指摘することは他の記事で既に書いてたりします。

    そのことを説明すると長くなるし、説明したところで匿名さんの考え方を変えることはできないので、返答することに迷いが生じます。もちろん頂いたご意見には積極的に答えていきたいのですが、決着のつかない議論が続くと面倒になってしまうのが正直なところです。

    けれど、こうやってお返事を書くのは、匿名さんみたいな人を無視できないからです。意見をくれる人はわたしに興味を持ってくれているので、純粋に嬉しいし、できるだけ対応したいのです。だからご意見ご感想は引き続き大歓迎です。

    >平和だけならその対極にある戦争が消えてしまうじゃない
    それが出来るなら自分だけの世界で神やゲームマスターになって争いのない天国でも作ればいいし、飽きたら戦争ばかりしてる地獄でも作ってる

    わたしが目指しているのは各個人がゲームマスターになることです。それが解脱というものです。わたしは無謀なことを自分のブログで始めたのです。匿名さんの理解できない範疇にいるのかもしれません。

    『単純にそれぞれやり方が違うから、別にこの先もみんな同じ道を進んでいく必要はないでしょ?』そう言うのならば、わたしの無謀なチャレンジを見守っていてください。

    よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする その3を書きました。

  • これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする

    これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする

    よーさんの予言「妄想書いてくよー」を考察する―三つ巴の世界とは何か

    2012年、2ちゃんねるのVIP板に「妄想書いてくよー」というスレッドが立った。スレ主は語尾に「よー」をつけて書き込むことから「よーさん」と呼ばれるようになった人物。

    よーさんは「この世界は三つ巴である」という独特な世界観を語り、質問に答えながら書き込みを続けた。予言とも妄想とも取れるその内容は、いま読み返してみると不思議な説得力がある。

    この記事では、よーさんの発言を引用しながら「三つの世界とは何か」を考察してみる。シリーズ全4回の第1回目です。

    なお、よーさんの書き込みはまとめwikiから引用している。また、ここでの「考察」はあくまでわたしの個人の解釈であり、よーさんの意図と一致するとは限りません。

    よーさんの最初の書き込み

    よーさんの最初の投稿はこんな内容である。

    1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/08/08(水) 00:22:11.17 ID:tzht221R0
    早速だけど世界の秘密いくよー
    この世界は一つ意志によって導かれてるって言ってる人たちが大勢いるよー
    でもねー、実は一つと思ってたものが二つだったりするよー
    なんかねー、世界の人たちには一つなんだって思い込んでて欲しいなーって思ってる人たちがいるよー
    そのうちねー、そのことがみんな何となく分かるようになってくるよー
    そうするとねー、どっちが正しいのか分からなくて困っちゃう人がいっぱい出てくるよー
    でもねー、本当の本当は、この世界は三つ巴だったりするよー
    これすごく重要だよー

    要約すると、「世界は一つの意志で動いている」と信じている人が多いけれど、実は二つに分かれている。さらに本当のところは三つ巴である。というのがよーさんの出発点。

    続けて、よーさんはこうも書いている。

    3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/08/08(水) 00:26:51.40 ID:tzht221R0
    そろそろねー
    怖い人たち出てくるよー
    怖い人たちの中にはねー、大人しい人たちいっぱいいるよー
    怖い人たちの中にはねー、親切な人たちいっぱいいるよー
    怖い人たちの中にはねー、暴れちゃう人いっぱいるよー
    怖い人たちの中にはねー、人を悪魔扱いする人いっぱいいるよー
    怖い人たち見てるとなんか怖いよー
    目とかあんまり見たくないよー
    でも良いこといっぱいしてくれるよー
    悪いこともいっぱいしてくれるよー
    怖い人たちになれない人たちもいーっぱいいるよー

    「怖い人たち」という独特な表現が出てくる。これは後の章で改めて取り上げていく。

    よーさんの「妄想」はどこから来たのか

    よーさん自身は、自分の書き込みを「妄想」と呼んでいる。それがどういう体験なのか、スレッド内で説明している場面がある。

    498 : 本当にあった怖い名無し 投稿日:2012/08/13(月) 01:02:40.62 ID:5g58bIxrO
    >>496
    その妄想はどんな風に見えるの?白昼夢とかイメージとか?
    >>498
    見えてるわけじゃないんだよー
    なんというかねー
    こういうとうさんくさいけどねー
    なにか切り替わった感じというかねー
    今まで考えなかったようなこと考え始めたというかねー
    そういうのが突然頭の中に沸いてきた感じなんだよー
    だから本当にただの妄想なんだよー
    まだ初心者なんだよー
    説明下手でごめんねー

    ビジョンが見えるとか、声が聞こえるとかではなく、「突然頭の中に湧いてきた」感じだとよーさんは語っている。宗教やスピリチュアルの文脈では「悟り」に近い体験として語られることもあるが、よーさん自身はあくまで「妄想」と位置づけている点が印象的。

    わたしにも似たような体験がある。突然、今まで考えなかったことが頭の中でまとまっていく感覚。それが「正しい」かどうかは別として、何かが腑に落ちるような感覚が訪れたことがある。だからこそ、よーさんの語る内容に関心を持っている。

    「三つの世界」の概要

    さて、よーさんが言う「三つの世界」とはどのようなものなのか。よーさんの書き込みと、わたし自身が考えたことを合わせて、ここで大まかに整理してみる。

    527 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 01:36:51.63 ID:ZijfChEs0
    3つって言われても可能性が色々あってどれかわからないよー?
    >>527
    ごめんねー
    そうだよねー
    だからせめて違うものは違うってちゃんと言わせてもらうよー
    それに三つってのは俺の表現でしかないからねー
    考えることは重要だけどねー
    放っておいてもそのうち気付く人はそれなりにいると思うよー
    今の内からあんまり気にしなくてもいいと思うよー

    今後3つの世界が現れ、人間はその中のどこかに属するようになるということではないだろうか。

    それを前提として、三つの世界をこの記事では「1の世界」「2の世界」「3の世界」と呼ぶことにする。

    1の世界について

    「悪」を許さない人々が向かう世界。陰謀論に惹かれる人、不正や不平等に強い怒りを感じる人が典型的なイメージ。「目に見えるもの」を根拠に正しさを求める、現実主義的な傾向がある。

    2の世界について

    「平和」を何より求める人々が向かう世界。スピリチュアルに傾倒する人、「目に見えないもの」に導かれることを重視する人が典型的なイメージ。理想主義的・空想的な傾向がある。

    3の世界について

    「悪」も「平和」も追い求めず、世界の成り立ちそのものを観察する人々の世界。1の世界と2の世界の両方の視点を持ちながら、どちらにも偏らない。仏教的な言い方をすれば「輪廻から解脱した人」に近いイメージかもしれない。この世界に至るのはもっとも難しい。

    三つの世界はすべて「正義・悪・無」

    517 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 01:28:31.28 ID:9o/OVthi0
    三つって、なんでそんなに解りづらく書くのかと思ったけど
    それ以外に書きようがないくらい抽象的、まさに体感的なイメージだからか?
    俺は、正義・悪・それ以外の「無」みたいな物って感じで捕らえたけど。
    でも、それとももっと抽象的で、ほんとどう伝えたらいいか難しいんだけど
    AとBとABCみたいな、ある一方ともう一方、そしてその両者の固定概念からは知覚が難しい別の概念だかって事か?
    >>517
    俺もどうやって伝えたらいいのかわからないんだよー
    それにある程度は自分で考えるのが重要だと思ってるのもあるんだよー
    正義と悪と無でたとえるならねー
    正義悪無と正義悪無と正義悪無、かなー

    つまり、三つの世界はそれぞれが「正義・悪・無」を含んでいる。どの世界の人々も、自分たちを正義だと思っている。1の世界から見れば2と3は「悪」であり、2の世界から見れば1と3が「悪」になる。

    善悪は絶対的なものではなく、どの立場から見るかで反転する。よーさんの「三つ巴」という表現が的確に思えてくるのは、この相対的な構造を言い表しているからかもしれない。

    世界が動き始める

    6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/08/08(水) 00:39:35.88 ID:tzht221R0
    世界ねー
    これから動くよー
    前からもう動いてるけどねー
    加速するよー
    実感沸くのは二年後ぐらいかなー
    おかしな事件いっぱい起こるよー
    今までも起きてたけどねー
    目立つようになるよー
    日本より世界の方が多いかなー
    あんまり報道されないよー
    でも別に規制とかじゃないよー
    事の大きさを測りかねてるだけだよー
    ヨーロッパがねー
    ある日とんでもないこと言ったらねー
    けっこうみんな目を向けるけどねー
    でもやっぱり日本は世界より平和だよー

    2012年の時点で、世界が動き始めると語っているよーさん。その後の世界情勢を振り返ると、偶然の一致かもしれませんが、考えさせられるものがある。「日本は世界より平和だよー」という一言は心に留めておきたいところ。

    「一つの意志」と「二つのもの」

    よーさんの世界観を理解するうえで重要なのが、「一つと思っていたものが実は二つだった」という主張。

    62 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/08/09(木) 01:59:07.72 ID:Rzxtr2X+0
    >>60
    >一つってのはねー、もともと二つなのをくっつけちゃっただけだよー
    わかんないよ…。なんの事?生死?善悪?表裏?
    >>62
    これは自分で考えたほうがいいと思うよー
    でも分からなくても大丈夫だよー
    べつに隠されてるようなことでもないよー
    気付いたらものすごく常識的でくだらないと思うかもねー
    でもねー
    想像以上にこれは厄介だったりするよー
    気付けても本当の本当に理解できるとは限らないからねー
    病気だしねー

    世界を一つの意志で説明しようとする動きは、宗教にも思想にもある。しかしよーさんは、「もともと二つのものを一つにくっつけてしまっただけ」と言っている。

    これを聞いて思い浮かぶのは二元論。光と闇、善と悪、男と女。世界は二つの対立するものでできている、という考え方は古代から存在する。

    よーさんの論理をわたしなりに解釈すると、こうなる。現実世界は「二つのもの」で成り立っている。しかし、人はそれを認めたくなくて「一つの正しい意志」にまとめようとする。その「まとめ方の違い」が、1の世界と2の世界を生み出す。そして、二つの対立を対立のまま受け入れられる人が3の世界に至る。

    もちろん、これはわたしの解釈に過ぎないが、よーさん自身は「自分で考えたほうがいい」と繰り返しており、答えを明示していない。

    563 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 02:15:16.45 ID:Tx6zFlwO0
    世界を導いている意志が3つっていうのは
    この世界の根源が1つではなくて3つあるということでしょうか?
    それとも根源はあくまでも1つ?
    >>563
    根源ってのは宇宙の始まりみたいことー?
    それはあんまり関係ないんじゃないかなー

    人間は「病気」にかかっている

    よーさんはたびたび、人間は「病気」であると語っている。ここで言う「病気」とは、二つのものを一つにまとめたがる傾向のことだと、わたしは考えている。

    この「病気」について考えるうえで、よーさんが「女性」の役割に触れている箇所がある。

    28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2012/08/08(水) 02:06:47.00 ID:tzht221R0
    女性はねー
    大切にした方がいいよー
    男の人はねー、べつに女性を理解しようとしなくていいよー
    理解できるようなものじゃないよー
    でもとっても重要な役割を持ってるからねー
    みんな知ってると思うけどねー
    でもねー、それって実は思ってる以上のことだよー
    だけどねー、女性は夢見てる人多いよー
    そのせいでいろいろと塞き止めてしまってるよー
    他に迷惑だよー
    でもべつに女性のせいじゃないよー
    男性が悪いってわけでもないけどねー
    結果的にそうなっちゃっただけだよー
    病気がちな人がいてねー、その人たちが自分が正しいと思い込んじゃってねー、
    そんなのをずーっと続けてたらねー、いつのまにか分け分からなくなっちゃっただけだよー

    ここでよーさんが言いたいのは、性別としての男女の話ではなく、人間の心の中にある「男性性」と「女性性」のバランスの問題ではないかと考えている。

    心理学でも「男性性(アニムス)」と「女性性(アニマ)」という概念がある。よーさんの文脈に当てはめると、このバランスが崩れている状態が「病気」ということになるのではないか。

    例えば、「男性性」が過度に強まると、自分と異なるものを排除しようとする攻撃性が出る。女性性が過度に強まると、感情に飲み込まれて自他の境界が曖昧になる。どちらかに偏ること自体が、世界を「1の世界」か「2の世界」に引っ張っていく力になる―という構造が見えてくる。

    歴史上の争いも、ジェンダーの問題も、突き詰めればこのバランスの崩れに行き着くのかもしれない。もちろんこれは一つの見方に過ぎないが、よーさんの言う「病気」の正体を考えるうえで、一つの手がかりにはなると思う。

    よーさんは「誘導」していた

    スレッドの中で、よーさんの意図に気づいた人物が現れる。

    852 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/14(火) 00:18:45.57 ID:MFfHu7kF0
    あー、分かったかも知れん
    これは書き込んじゃって良いのか?
    とりあえず確認のために質問
    誘導してる?
    悪い意味じゃなくて
    >>852
    書き込んじゃってもいいけどねー
    流れは変わらないと思うよー
    誘導はねー
    してるよー
    よくわかったねー

    873 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/14(火) 00:36:11.65 ID:MFfHu7kF0
    >>867
    なるほどねw
    あんた結構なタヌキだなw
    なんとなく気づいた人は、
    三つには注目しなくて、
    他の部分に目が向くようにできてる
    そうでしょ?
    ちなみに、妄想には嘘偽りないと信じていいんだよな?
    きっかけの質問に対して具体的に答えてないのは、
    今言うとさらに誘導されちゃう人が増えるから
    じゃないか?w
    >>873
    ひどい言いぐさだよー
    でも当たってるよー
    きっかけに関してはまだ言わないで欲しかったよー
    あと俺は妄想に嘘を雑えてないよー
    これだけは信じてくれていいよー

    よーさんは「3の世界」に人を誘導する意図を持って書き込んでいたのではないか、とわたしは考えている。「三つ」という数字に注目させつつ、本当に伝えたいことは別のところにある。だとしたら、なかなか巧みな構成である。

    「怖い人」とは誰のことか

    510 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 01:20:08.31 ID:ZijfChEs0
    >>509
    怖い人は怖い人同士で繋がるの?
    変わらない人はどうなるの?
    >>510
    繋がるはずだよー
    変わらない人ってのは怖くならない人のことー?
    べつにどうもならないと思うよー
    困る人は出てくるかもしれないけどねー
    でもそれもその内適応するよー
    当たり前だけどねー

    よーさんが繰り返す「怖い人」という表現は、1・2・3いずれかの世界の性質が強く表れている人たちを指しているように思える。同じ種類の「怖い人」同士がグループを形成し、やがて大きな流れになっていく。そうして世界が分かれていく、という見立て。

    「怖い人」にならない普通の人たちも、いずれはどこかのグループに自然と属していくことになる。よーさんの語り方からは、それは避けられない流れであるように読み取れる。

    3の世界に至る手がかり 聖杯と「灯台下暗し」

    818 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 23:34:56.61 ID:4WNc2LEF0
    ・三つ巴に関するもう少し具体的なヒントを。
    三つある、というのは、単純に世界の方向性のこと?
    ・人間は病気、らしいけれど、それは、聖杯伝説、即ち自我と自己の探求に関係ある?
    >>818
    方向性そのものじゃないけど関わってくるのは間違いないよー
    聖杯ってキーワードは俺の妄想にも実はあったりするよー
    自我と自己の探求はねー
    そこまで頑張らなくてもいいかもしれないねー
    灯台もと暗しな感じらしいよー

    聖杯伝説―中世ヨーロッパの騎士が聖杯を求めて旅をする物語は、心理学者ユングによって「自我と自己の統合」の象徴として解釈されている。よーさんの文脈では、「病気」を治すこと、つまり男性性と女性性のバランスを取り戻すことが聖杯に相当するのかもしれない。

    ただし、よーさんは「そこまで頑張らなくてもいい」「灯台下暗し」と言っている。つまり、答えは遠くにあるのではなく、ごく身近な当たり前のことに気づくことが鍵だと示唆している。頑張りすぎるとかえって偏ってしまう、というのも興味深い指摘。

    よーさんが「3の世界」に誘導したいと考えているとしたら、この箇所は重要なのかもしれない。

    513 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 01:21:35.34 ID:huFA6OBf0
    三つ目はどうして難しいの?
    >>513
    えーとねー
    自分でいろいろやらないといけないからかなー
    子供の頃の方が楽しいよねー
    そんな感じかなー

    子供のような純粋な好奇心を持ちつつ、自分の頭で考え、自分で動くこと。それが「3の世界」に近づく条件だとよーさんは言っているように思える。誰かの教えに頼るのではなく、自分の内側から湧いてくるものを手がかりにすること。

    「本当の自分探し」は必要か

    489 : 本当にあった怖い名無し: 2012/08/13(月) 00:35:45.45 ID:4WNc2LEF0
    お試し期間が終わる、のは分かったけども、
    自分の居場所を決めるには具体的にどうすればよいの?
    >>489
    自分がしたいようにすればいいよー
    自分が正しいと思うことをすればいいよー
    でもねー
    本当の自分なんてのは探さなくてもいいよー
    あんまり心配しなくても大丈夫だよー
    本当に大丈夫だよー

    よーさんは「本当の自分は探さなくていい」と繰り返している。これは「3の世界」へ向かうことを考えている人にとって、意外な助言かもしれない。

    わたしの解釈では、「本当の自分探し」に没頭しすぎると、思考が一方向に偏ってしまう危険がある、ということではないかと思っている。自分のしたいようにする。自分が正しいと思うことをする。その結果として、自然に行き着く場所がある。よーさんのメッセージからは、そういった力みのない態度が読み取れる。

    「妄想」から見える世界

    165 :本当にあった怖い名無し:2012/08/14(火) 12:54:03.73 ID:vHagkQ0H0
    見てると信じて聞くけど、よーさんの言う妄想って
    妄想=何でか知らんが知ってることorわかること で合ってる?
    >>445
    そんな感じなのかなー
    何度も言うけどなにかを見てるわけじゃないんだよー
    文字が見えるときというかねー
    字面が見えてるわけじゃないけど脳裏に浮かぶときかねー
    そういうのは本当にたまにだけどあるよー
    情報なのかねー、記憶なのかねー
    とりあえず本当に妄想が溢れてきてまとまってくだけなんだよー

    よーさんの「妄想」は、不思議な体験というよりも、現実の観察から湧き上がってくるもののようだ。

    「目に見えないもの」―誰かの意識を感じるとか、声が聞こえるといった体験に傾きすぎると、よーさんの分類で言えば「2の世界」に近づいていく可能性がある。逆に「目に見えるもの」だけが正しいと決めつけると「1の世界」に近づく。

    「3の世界」が見える人は、「自分の考えが間違っているかもしれない」という戒めを常に持っている―とわたしは考えている。確信と疑いを同時に持ち続ける、というのは矛盾しているようで、よーさんの語り口にはまさにその両方が含まれているように感じる。

    おわりに シュタイナーも見ていた三つの世界

    よーさんの「三つ巴の世界」に近い構造を語っていた人物が、歴史上にもいる。それは、オーストリアの思想家ルドルフ・シュタイナー。

    シュタイナーは、人間を引っ張る三つの力として「アーリマン衝動(物質主義・1の世界に対応)」「ルシファー衝動(空想・2の世界に対応)」「キリスト衝動(バランス・3の世界に対応)」を挙げている。時代も文脈もまったく異なるのに、構造が重なるのは興味深い。この話は『悪の秘儀: アーリマンとルシファー』に詳しい。

    2012年の2ちゃんねるは、いま振り返ると独特な空気があった時期だと思う。マヤ暦の終わりの年とも重なり、さまざまな「予言」や「妄想」が飛び交っていた。その中でよーさんの書き込みが今も読まれ続けているのは、単なる予言以上の「考えさせる力」があるからではないか。

    次回(その2)では、よーさんの書き込みからさらに踏み込んで、三つの世界がどう分かれていくのかを考察していく。

  • 「TENET テネット」オカルト考察 その3

    「TENET テネット」オカルト考察 その3

    久しぶりにTENETを見たので、再び考察を書きたいと思う。映画が公開されたのが2020年ですぐに考察を書いたのだけど、2023年の今、その頃とは世界の見え方がだいぶ変わっているので、TENETの見え方も変わった。

    当時気がつけなかったことが多くあったので、その1その2とはなるべく切り離して書きたいと思う。タイトルにもありますが、UOZAブログ的オカルト考察です。心してお読み下さい。

    アルゴリズムを作ったのはプリヤだった

    まずは今回見直して気がついた大きなこと。アルゴリズムを作ったのが「プリヤ」だったとわかった。正確には「女たち」ですが。何故そう思ったのかは、名もなき男がプリヤと「アルゴリズム」の話をしたシーンを見て。そのシーンのセリフを書き起こしてみた。字幕版のものです。

    プリヤ:あれは世界に一つだけ 作った科学者は自殺、二度と作れない
    名もなき男:未来の人か
    プリヤ:何世代も後の
    名もなき男:なぜ自殺した?
    プリヤ :マンハッタン計画を?世界初の原爆実験でオッペンハイマー博士は 連鎖反応が世界を飲み込むことを恐れた
    名もなき男:幸いそうならなかった
    プリヤ :自殺した科学者は確信していた アルゴリズムで我々を消滅すれば、自分たちも消滅すると

    プリヤがアルゴリズムを作ったと気がついた箇所は太字のセリフ。わたしが見直したのは吹替版の方だったのだけれど、それがこちら。

    プリヤ:自殺した未来の科学者は危惧ではなく確信した 彼女が開発したアルゴリズムで我々を消せば自分たちも消滅してしまうと(吹替版)

    「彼女が開発したアルゴリズム」と明言しているプリヤ。“彼女”だけではプリヤとは言い切れないし、アルゴリズムが作られたのは何世代も後ということだから、プリヤの年齢だと辻褄が合わない。ひとまず、アルゴリズムを作ったのが「女」であることは確定できる。

    前回見たときはこのセリフに気がつかなかったので、わたしはセイターがアルゴリズムを作ったと書いてしまった。ここでお詫びして、訂正しておきます。当時のわたしはまだまだ理解できていなかったが、セイターは思ったよりもっと重要な役割であった。

    今回は「アルゴリズムの制作者」について紐解くことを目的として、その過程でさまざまな考察をしていきたいと思う。

    名もなき男の心の内(心情)がTENET

    心が現実を作る?

    TENETのあらすじを追うと、TENETは「名もなき男」の『心の内の世界』であることがわかる。「現実(映画内)」で起こる様々な出来事は『彼一人の心の内』に起きていること。わたしたちは「現実」のことを「自分一人の心の内」だとは思っていないはずだ。

    人間は、様々な出来事を心で「受け取り」反応(行動)する。その反応(行動)は積み重なり「過去」となっていく。確実に人類の行動が「現在」や「未来」を作っていると言える。それなのに、出来事に反応した結果である「現実」に『自分の力は及んでない』と感じている。

    受動的現実

    多くの人が目に見えている世界を「受動的」に感じている。世界全体に自分という個人の力が及ぶことなく、自分は『単なる世界の一部』として存在している、と思ってはいないだろうか。

    自分自身の行動が「未来」を作っている、と強く感じているのは環境活動家かもしれない。地球環境の破壊を防ぐために、アクションを起こしている。けれど『世界が自分の思い通りになっていない』と感じているから、そのような活動をしている。だから彼らは「受動的現実」を生きている。

    「環境破壊のない世界」を心の内で望んでいたとしても、それが「現実」には表れていない。もちろん、すぐには環境は変わらないから、いつかそんな世界がやってくることを願って行動しているのだろう。

    受動的現実とは、現実を受け止め、その現実について心が表現すること。今の世界を見てどのように感じるだろうか?「素晴らしい世界だ」とか「生き辛い世の中だ」とか様々に感じることは、目に見える現実を心で表現しているに過ぎない。

    受動的現実:現実(前) → 心(後)

    能動的現実

    「現実」に『自分の力が及んでいる』と思うこと。自分の行動が「現実」に影響していると感じたことはあるだろうか?行動とは心の反応の結果である。心→行動→現実という流れなのであれば、心が現実を作っているとも言える。

    もしも、心が「現実」を作っているのならば、様々な出来事に心が反応した結果の「現実」が、その反応と同じものとなる。「心の内」で感じたことがそのまま「現実」として表れていると思うのならば『現実に自分の力が及んでいる』ことになる。

    この話を聞いて「引き寄せの法則」というものを思い出した人がいるかもしれない。強く願えば思い通りの現実になる、というものである。『今すぐお金が欲しい』と強く願ったら、すぐに臨時収入があったなど。ちなみに最新の解釈では『既にお金を持っている』と思う方が良いらしい。

    けれど「引き寄せの法則」のようなものがあるならば、既に世界は平和になっているはず。「世界平和」を願う人は多くいるが、現実に現れていない。あるところでは平和であるが、あるところでは戦争が起きている。もしかしたら「世界平和」を本気で願う人が存在しないだけかもしれない…。

    「心の内」がそのまま表れているのが「現実」ならば、先に心の現象(願いなど)があって、その結果としての「現実」になる。とはいえ「現実」に起きる様々な出来事に心は反応するのであるから、心の現象の前に「現実」というものが必ず必要になる。

    『今すぐお金が欲しい』と思う為には、その前に『お金がない』と感じる「現実」が必要となってしまう。「心の現象」が起きる前に「現実」があるのは当たり前のことなのだから、「現実」の前に「心の現象」がある「能動的現実」は有り得ない。

    能動的現実:心(前) → 現実(後)

    TENETでは能動的現実が有り得る

    TENETという物語には時間の流れに「順行(過去から未来)」と「逆行(未来から過去)」があった。未来からの情報を頼りに、人類滅亡を防ぐ物語である。

    『過去(未来)からの情報』を受け取り心が反応して「現在」の行動を決め、その『行動(心の反応)』がまた「未来(過去)」になっていく。ループする世界である。

    つまり、「現実」の前に「心の現象」があることが有り得る世界を描いたのがTENET。「逆行する時間」が存在するならば『心の内がそのまま現実に表れている』世界も存在する。

    世界がループしているのならば「現在」は必ず『自分の心が反応した世界』になる。『自分の心の反応』が「過去」へ戻りまた「現実」になっていくのだから『世界に自分の力が及んでいること』が確実になってくる。

    2つの時間を繋ぐ中間者

    TENETでは2つの時間の流れを可視化している。私たちが普段感じている「現実」は「順行する時間」であるが、私たちが普段感じることのない「逆行する時間」を『現実のように』表現している。

    現実の出来事に「心」が反応した時『現実に自分の力は及んでない』と思うのならば、その「現実」は自分の心より先に存在していることになる。現実が先で心が後になる。これは「順行する時間」と言える。

    私たちは心で「喜怒哀楽」を感じたりするけれど、その心が「現実」を作っていると思うのならば、時間の流れが逆になる。心が先で現実が後になる。これが「逆行する時間」と言える。

    TENETでは、その2つの時間を繋ぐものが中間地点にあった。TENETという回文は「N」が真ん中にあるが、これが2つの時間を繋ぐ「名もなき男」である。

    名もなき男とは『現実に自分の力が及んでいない』と思いながらも、『自分の心が現実を作っている』とも思っている、ちょうど「中間の心情」を持っている存在なのである。

    一方、セイターは初めから未来の情報を活用し、現実を支配していた。『現実に自分の力が及んでいる』ことを確信している存在である。けれど、知りすぎることは破滅をもたらす。世界を救う名もなき男は忘れっぽい。

    目覚めて心の内に入る

    心は自分のものであるのに、心のことを知らない名もなき男。オペラハウスで眠りに落ち、船の上で目を覚ました時、名もなき男は『自分の心の内』に入ったのである。名もなき男は訳もわからないまま、世界を救うミッションを託されるが、それは『自分の心の内』を知るミッション。

    物語の中(心の内)で様々なことを経験すれば、最後には、全て自分が仕組んでいたことを知る。能動的現実(逆行する時間)を体験し、自分の力が現実に及んでいることを実感する。心(現実)は自分が作り出すものだと理解するのである。

    TENETの世界と私たちの世界

    私たちの生きる世界にも「未来から過去に流れる時間」が存在しているのだとしたら。私たちの心の内が、今見ている現実世界だということになる。

    ところで、オカルト好きなら「オーパーツ」という言葉を聞いたことがあるかと思う。

    オーパーツは、それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などを指す。英語の「out-of-place artifacts」を略して「OOPARTS」とした語で、つまり「場違いな工芸品」という意味である。

    オーパーツ(Wikipedia)

    その時代に作られたとは思えないものが発掘されたとき「未来」のものなのではないか?と考えられることがある。TENETに登場する「アルゴリズム」も、それぞれのパーツが過去に隠されていた。

    『未来のものが過去にあること』を、私たちはなんとなく感じている。予言のたぐいもそうである。これから起きることを、先に察知してしまうことは『未来のものが過去にあること』と同じ。

    わたしは様々なオカルト情報を吟味しながら生きてきたが、2020年にTENETを見て「時間が逆行」していることを「信じた」。だからこそ、このUOZAブログでは『未来のものが過去にあること』を訴えている。「逆行する時間」は本当に存在していて、未来からの情報が私たちの「現在」を作り出していることは確実である。

    私たちの物語でも世界は滅亡する

    TENETの主人公に名前が付いていないのは、誰にでも当てはまる物語であるから。時間が逆行していることを体験し、未来の自分自身に出会い、世界を破滅から救う物語。私たち誰もがその『心の内の世界(現実)』の「主人公」になる可能性を孕んでいる。

    『未来のものが過去にあること』を感じている私たちは、世界が滅亡することも知っている。これから訪れる滅亡を防ぎたいのなら、いちど『現実に自分の力が及んでいる』ことを強く自覚する必要がある。

    スピリチュアルやオカルト界隈には『現実に自分の力が及んでいる』ことを感じている人は多いかもしれない。『意識が世界を作っている』と語る人を見かけるから。けれど『現実に自分の力が及んでいない』ことも強く感じる必要がある。自分の本当の願いと目に見える世界が一致していないことを自覚することも大切なのだ。

    3人の男・3つの世界

    回る男たち

    前の考察にも書いたが、TENETで重要なのは「3人の男」。画面の中に「3人の男」が向きあうシーンがふたつあった。

    ひとつめのシーンはロータス社の中心に入り込む為『名もなき男・ニール・マヒア』が、飛行機をぶつける作戦を練っている時。

    もうひとつのシーンは、アルゴリズムを奪還し『名もなき男・ニール・アイヴス』がアルゴリズムを分割している時。

    このふたつのシーンには意味がある。ひとつめのシーンでは、向き合う3人の背後を左から右に回りながら撮影していた。TENETで「回る」と言えば、順行と逆行が交差する「回転ドア」である。3人が向き合う時と、回転ドアに入ることは「同じ」ことを意味すると思われる。

    曖昧で不確かな場所

    回転ドアは4つあった。オスロ空港のフリーポートとタリンのフリーポート、スタルスク12、TENET作戦の船。回転ドアがある場所の共通点とは何か?それら場所は『曖昧で不確かなもの』を象徴している。

    フリーポートとは租税回避地のこと。税金がかからないから富裕層がアート作品を保管しておくような場所。大切な物を有利に隠しておける場所である。税関を通ることのない場所であり、そこは国境が曖昧な場所と言える。

    タックス・ヘイヴンは、一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や地域のことであり、租税回避地(そぜいかいひち)とも低課税地域(ていかぜいちいき)とも呼ばれる。

    タックス・ヘイブン(wikipedia)

    スタルスク12は地図に無い場所であるから、公式には存在しない。そして海上の船も目に見えない場所を表している。このブログでは海を「目に見えないものの象徴」と定義していたりする。

    回転ドアがある場所は順行と逆行、2つの時間の流れが入れ替わる場所でもある。境界線が曖昧なフリーポート、公式に存在しないスタルスク12、目に見えない海、全て『曖昧で、不確かな場所』であると言える。同じように、男が3人向き合うシーンは「曖昧で不確かなものの象徴」だと言えるのだろうか?

    3人が表すもの

    善・善悪・悪の名もなき男

    3人が意味するところについては、その2の考察で既に書いていたので、それを引用する。

    人間には必ず『悪の側面・善の側面』が「自分」の中に存在している。そして自分が生まれ持った性の「反対の性」も重要なものである。私たちは人生の中でこの『3つの側面』と向き合いながら生きていくことになっている。意識しようと無意識であろうと、これは絶対なのだ。

    人間という生き物の心を暴くと、善の心・悪の心・そして善の心と悪の心が表裏一体になっている心、3つの心が存在していることがわかる。心の話はこのブログで書き続けていることなので、他の記事も参考にどうぞ。

    その人間の3つの側面(3つの心)について『悪の側面が「セイター」、善の側面が「ニール」、そして「名もなき男」の対の性として「キャット(女)」が存在している』と解説した。

    TENETは名もなき男一人の心の内の物語である。心の内に存在する「悪の心を持つ名もなき男」がセイター、「善の心を持つ名もなき男」がニールだと言える。だから、名もなき男は「善悪の心を持つ主人公」になる。

    過去・現在・未来の名もなき男

    TENETで3人の男が向き合う形で撮影されているふたつのシーンは、この3つの心を表現している…と言いたいところだけど、こちらはまた違う解釈になる。

    『名もなき男・ニール・マヒア』と『名もなき男・ニール・アイヴス』で表現されている3人は『過去・現在・未来の名もなき男』を表している。主人公である名もなき男は「現在」を表す。それはセリフからもわかること。

    エンディングでの『名もなき男・ニール・アイヴス』3人の場面。名もなき男とニールとの会話で、時間の挟み撃ち作戦を計画したのは誰なのか?と問うシーン。

    名もなき男:誰の作戦だ?
    ニール:君だ 君はその中間点にいる 出発点で会おう

    『君はその中間地点にいる』というセリフから名もなき男が「現在」を表していることがわかる。過去に隠されたアルゴリズムのパーツ、未来で作られたアルゴリズム、の中間でTENET作戦を計画し実行するのが主人公である「名もなき男」。

    ニールは逆行し「未来」から来て作戦に加わっているから、ニールが「未来」を表すことは確実である。残りの、アイヴスとマヒアは「過去」であるということになる。

    つまり3人の男が向き合うシーンは『過去・現在・未来の名もなき男』が集っている。そのシーンは過去なのか現在なのか未来なのか分からない『曖昧で不確かな時間』であると言えるかもしれない。回転ドア(曖昧で不確かな場所)と同じく。

    思考と心

    曖昧で不確かの意味

    回転ドアがある場所では、時間の逆行を目にするのだから、常識では考えられないことが起きている。その曖昧で不確かな状況に遭遇したら「頭の中(思考)」で理解しようと試みるはずだ。曖昧で不確かな状況は「思考の中でのみ」体験することができる。そこは「現実」からは切り離された場所と言える。

    TENETの世界は名もなき男の心の内であり、思考の中でもある。人間は思考で情報を判断し、それを受けて、心が感情を決める。「曖昧で不確か」という状況は『思考でまだ感情(心)を決めていないこと』を表している。

    現実から切り離された精神世界

    私たちが「順行する時間」しか知らないのは、「逆行する時間」は目に見えないから。人間の「思考」も目に見えないもの。つまり、「逆行する時間」は「人間の思考の中」であり、私たちはそれを「精神」とも呼んでいる。そこは現実から切り離された『思考と心で推測する』場所である。

    目に見えている「順行する時間」を現実世界と呼び、目に見えない「逆行する時間」を精神世界と呼ぶのが私たち人間である。精神世界は逆行しているのである。

    関連記事:現実世界と精神世界を行ったり来たりすること

    現実と精神の狭間

    3つの世界と3つの時間

    多くの人が気がついていないだろうが、TENETには「現実世界(順行する時間)」と「精神世界(逆行する時間)」の他にもう一つの世界がある。時間が存在しない「中間世界」である。つまりTENETの世界には「3つの時間」があることになるので、まとめてみる。

    現実世界…順行する時間(心が現れる)
    中間世界…時間なし(思考と心が不確定)
    精神世界…逆行する時間(思考と心で推測する)

    このようにまとめてみたけれど、順行する時間と逆行する時間に挟まれた世界には時間がない。TENET作戦でいう、ゼロ地点(N)も中間である。主人公である名もなき男、回転ドアのある場所、時間の挟み撃ち作戦10分間の真ん中、この3つはどれも「時間が無い」ことを表現している。人間(名もなき男)・場所(回転ドア、スタルスク12)・時間(0)中間世界にも3つの側面がある。

    3つの精神構造

    さらには3つの精神構造がある。「精神構造」とは『思考と心の働き』のことで、それも3つに分けることができる。心が現れること・思考と心が不確定なこと・思考と心で推測すること、これらはそれぞれ別の働きである。

    ところで、中間世界について『思考と心が不確定』としているが、その意味は、少し前に「回転ドア」がある場所を『曖昧で不確かな場所』と定義したから。けれど『思考と心は確定する』こともできる。

    男3人が向き合うシーンで表現されていたことは『曖昧で不確かな時間』であるかもしれない、と先ほど述べていたが、そのシーンは『思考と心で確定すること』を表現している。本来、中間世界は『思考と心を確定する時間』なのだけれど、中間世界があることを知らない人にとっては『思考と心が不確定な場所』となる。名もなき男は、最初『思考と心が不確定な存在』であるはずだ。

    中間世界で『思考と心を確定する』のは刹那とも言える一瞬であるから、場所というよりかは時間で表現する方がいい。人間とは2つの時間に挟まれながら常に「確定」している生き物である。その「確定」する瞬間は一瞬過ぎる為に、人間が感じられるような時間が「無い」。

    思考と心の違いについて

    中間世界と精神世界だけに「思考」があることに注目してほしい。思考は自由であり、過去のことを思い出したり、未来のことを推測したり、有りもしないことを想像することもできる。「精神世界(逆行)」では、思考で推測し、様々な心を体験することができる。

    そして、中間世界では『思考と心で推測したこと』を「確定」することができる。「確定」したことは「現実世界」に現れる。

    前の章では、名もなき男の「心の内」が現実世界であると述べたけれど、中間世界で確定したことが「心(現実世界)」として現れるということ。現実世界に思考は無く「心」だけが存在しているのである。

    関連記事:2つの時間の重なりが因果を生む

    3つの時間の流れ

    逆行する時間は自由

    いくつかTENETの考察を読んだけれど、逆行するのに順行するのと同じ日数がかかると思っている人がいた。それは当たり前で、順行と逆行が同時に起きているように感じるから。

    けれど逆行する時間は「思考と心の中」である。通常の時間の流れを無視することもできる。「逆行の世界」に限っては、時間の制約なく移動が可能だ。けれどそれができるのはおそらく「ニール」だけ。その理由については後述したい。

    中間にある情報

    今度は3つの世界における「3つの時間の流れ」について詳しくまとめてみる。

    現実世界…過去から未来へ時間が流れる(時間を移動できない)
    中間世界…情報が存在する(時間なし)
    精神世界…未来から過去へ時間が流れる(時間を移動できる)

    私たちも体験している順行する時間では、時間を移動できないのは当たり前のこと。けれど、逆行する時間では、時間を移動することができる。そして、中間世界には時間という概念がないから時間は流れない。けれど「情報」だけが存在している。

    ループする世界の中心にあるもの

    『過去(未来)からの情報』を受け取り心が反応して「現在」の行動を決め、その『行動(心の反応)』がまた「未来(過去)」になっていく。ループする世界である。

    初めの章でこう述べたように、TENETの世界はループしている。中間世界が順行と逆行という2つの時間を繋げているので、「情報」もループしている。「情報」とは、人間が残すありとあらゆる「記録」である。「情報」だけが時間のない中間にあり、「時間」を感じ「情報」を処理することができる人間がそこにいる。

    その「情報量」には上限がある。決まった「情報量」であるからこそループしている。この「情報量」のことをオカルト界隈では「アカシックレコード」と言ったりしている。「情報」の話に深入りするとTENETの考察がまとまらなくなってしまうので、今回はサラッと流しておきたい。

    一瞬が連続する「現在」

    中間世界で『思考と心を確定する』のは刹那とも言える一瞬である、と言ったけれど一瞬で「情報」を判断し、その判断が連続するのを「現在」と感じているのが人間。つまり「中間世界」は「現在」とも言い換えられる。

    劇中「情報」を掴むことが戦いに有利になることが語られていた。「現在(中間世界)」で情報を受け取り、注意深く読み解くことで戦いは有利になる。

    中間で情報を認識する2人

    未来が読めるセイター・過去と話し合う名もなき男

    人間は2つの流れる時間の間で「情報」を処理している。この仕組みについて初めから理解していたのがセイターである。だから彼は中間世界を象徴する回転ドアを所有していた。「逆行する時間」と「順行する時間」の中間に立ち「未来」からの情報を受け取っていた。

    回転ドアのある場所は「曖昧で不確かな場所」であると言ったが、男3人のシーンは『思考と心で確定する時間』を表現している。そのシーンは「名もなき男」が過去(マヒア・アイヴス)と未来(ニール)と話し合う時間である。過去と未来からの情報を確かに受け取り、計画を実行している。

    3つの世界・3つの時間・3つの精神構造

    『回転ドアがある場所』と『3人の男のシーン』はどちらも「中間世界」であるけれど、『不確定な思考と心』であるか『確定された思考と心』であるか、という大きな違いがある。ここまで考察してきた「3つの世界」について以下にまとめておく。

    現実世界…順行する時間(心が現れる)
    中間世界…情報あり時間なし(思考と心が不確定or思考と心を確定)
    精神世界…逆行する時間(思考と心で推測する)

    信条(TENET)とは

    とある「信条」を持っていれば『思考と心を確定』することができる。「信条」を持っていなければ『思考と心が不確定』なのである。名もなき男はセイターとは違って「とある信条」を持って行動していた。その「信条」とは『起きたことは仕方がない』というものである。名もなき男がセイターに勝利したのは、この「信条」を持ち「過去」を認めていたから。

    男3人のシーンには未来(ニール)からだけではなく、過去(マヒア・アイヴス)からの情報も含まれていた。だからこそ未来からだけの情報より「確実」であった。セイターは過去を憂い過去への憎しみを持っている存在であるから「情報」に見落としがあった。

    「逆行する時間」と「順行する時間」の中間に立ち「過去と未来」から受け取った情報を、「信条」を持って受け止め、また「過去と未来」に送る。それを行ったのが「名もなき男」である。

    TENETというパラレルワールド

    わたしはTENETという物語が「パラレルワールド」をも表現していると考えている。その1の考察では、『名もなき男は「創造主(神)」であり、その他の登場人物は彼の側面である』ということを書いた。

    名もなき男と彼の多数の側面が存在する世界のことを「パラレルワールド」という。名もなき男と彼の多数の可能性が存在する世界と言った方が「パラレルワールド」感があるかもしれない。

    「パラレルワールド」についてのわたしの見解は別の記事にしており、ぜひそちらも読んで欲しいのだけれど、ひとまずこの考察ではTENETの世界を「パラレルワールド」と仮定しておきたい。つまり「名もなき男」がTENETという世界の主役であり、その他全ての人間は彼の可能性であるということ。

    名もなき男の可能性たち

    ニールは未来、アイヴスとマヒアは過去であると言ったけれど、彼らは「名もなき男」の未来と過去を表す存在。姿形は違うけれど。「名もなき男」が姿形を変えて、未来や過去に存在していて、彼らが同じ時代に集合しているのが「TENETと言うパラレルワールド」。

    TENETは「名もなき男」の『心の内の世界』であると言ったけれど、心の内にパラレルワールドが存在しているのである。

    女たちの役割

    4人の女たち

    今回の記事の目的『プリヤがアルゴリズムを作った』という話をするためにも、女の役割について考えていきたい名もなき男の心の内に存在する「女」には重要な役割がある。

    TENETには「4人の女」が登場している。キャット(セイターの妻)・プリヤ(TENET作戦の黒幕だと思われていた)・バーバラ(アルゴリズムを研究している科学者)・ホイーラー(TENET作戦青チーム隊長)。

    正確にはキャット息子の乳母役であるっぽいアナも入れると5人なのだけれど、彼女は一瞬映り名前が出るだけなので外しておきたい。

    名もなき男は、物語の中で「キャット」の命を守るためにも動いていた。敵であるセイターの妻であるのにも関わらず、かなり入れ込んでいたと思う。彼女の身の上話を聞いたから同情しただけかもしれないが。

    男にとって女とは何か

    TENETの世界は名もなき男の心の内の世界なのだから、心の性質の話をしておきたい。人間に男と女という肉体的な性別があるように、心には「男性性」と「女性性」という2種類の心が存在している。他の記事から引用しておく。

    人間の心の中には2つの性質が存在していて、それら性質のバランスによって判断も変わってくる。基本的には性別が男性であれば、心の中は「女性性」が主体となり決定権を握っている。性別が女性であれば、心の中の「男性性」が主体となり決定権を握っている。

    つまり名もなき男の心の主体は「女」。TENETに登場する女たちは彼の心の主体として存在していて、決定権を握っている。だからこそ名もなき男はキャットを気にして、プリヤから指示を受けるのである。

    女は精神世界の生き物

    名もなき男の心の内には、順行する時間と逆行する時間があるが、それらも「男性性」と「女性性」に対応する。順行する時間を「男性性」、逆行する時間を「女性性」とすることができる。まとめると以下のようになる。

    現実世界…順行する男性性(赤)
    中間世界…時間のない中性(黄/黒)
    精神世界…逆行する女性性(青)

    女とは「精神世界」を表している。思考と心で推測すること・未来から過去への時間、これらと女には深い関係がある。

    関連記事:順行する男造、逆行する女造(出雲大社の謎を解き明かす)

    逆行に詳しい女たち

    「バーバラ」は名もなき男に、逆行について最初に説明をした科学者である。「ホイーラー」は逆行世界へ出ようとする名もなき男に酸素マスクを与え、逆行世界での行動方法について教えていた。彼女は逆行チームの隊長でもあった。彼女らは「逆行」について人に説明できるほどに理解している。

    キャットとトマスアレポ

    名前があるのに登場しない

    「キャット」は映画内でも重要人物であり、名もなき男の心の主体として中心にいると考えてもいい。名もなき男がキャットに初めて接触する鍵となっていたのが「トマス・アレポ」である。彼はゴヤの贋作師であり、キャットとも親しい仲であった。

    アレポは名前だけの登場であったけれど、かなり重要な役割を持っている。ところで「TENET」というタイトルは、初期キリスト教に関係する、SATORスクエアと呼ばれる回文からとられている。詳しくはWikipediaを見ていただきたいが、この回文は5つの単語でできた文章であり、その中にAREPOという単語がある。

    SATOR AREPO TENET OPERA ROTASは、ラテン語による回文である。SATOR式とも呼ばれ、これを5文字×5文字のワード・スクエアにしたものはSATORスクエア(Sator Square)と呼ばれる。初期のキリスト教や魔術との関連がある。

    SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(Wikipedia)

    AREPOの意味をWikipediaから拝借すると『意味不明。おそらく固有名詞であり、創作されたものか、エジプト起源のものと見られる。』とのこと。さらに、AREPOについての箇所を引用。

    AREPOという言葉は孤語であり、ラテン文学の他のどこにも現れてない。SATORスクエアの研究者のほとんどは、これが固有名詞であり、ラテン語以外の単語を改作したものか、この文のために特別に考案された名前である可能性が高いことに同意している。ジェローム・カルコピーノは、それがケルト語、特にガリア語で「鋤」を意味する言葉から来ていると考えた。ダーヴィト・ドーブは、それが初期のキリスト教徒によるギリシャ語のἌλφα ω(アルファとオメガ、黙示録1:8など)のヘブライ語またはアラム語での表現を表していると主張した。

    SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(Wikipedia)

    AREPOという単語は孤語であり、固有名詞であり、この回文の為に特別に考案された名前なのではないか、ということ。孤語という言葉の意味を考えるに、アレポはTENETという一つの物語のなかに一度だけ登場する特別な名前なのである

    アレポは、自分が何者なのか分からない「名もなき男」を思わせる。正確にはTENET作戦に加わる前の彼であると考えられる。オペラハウスで眠りにつく前、彼は「偽物の人生(贋作師としての人生)」を生きていたはずだ。

    何者にもなれないものが主人公へ

    キャットと名もなき男がアレポについて話しているシーンを思い出してみると、キャットは『彼はどこにも行けない、電話で話すことも出来ない』と言っていた。

    世界を救う物語』の主人公になるとは思っていなかった頃の「名もなき男」は、目的もなく何処にも行けない、本当の願いを口にすることもできない存在と同じ。

    SATORスクエアの回文である『SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS』の翻訳は『農民のアレポが努力して車輪を保持する』だという。平凡な男(農民)がループする世界(車輪)を仕組んでいたことに気が付くまでの物語がTENETである。

    名もなき男がプリヤに初めて会ったシーンでプリヤのこんなセリフがあった。「セイターに近づくには“主役”が必要」。この時、名もなき男はまだ“主人公”では無かったのだ。

    女は心を気づかせるもの

    アレポは弱い心

    キャット(苦しむ女)は、アレポに救い(自由)を求めたが、アレポが何も出来ない状況にあること。やっと「主人公」を目指し始めた平凡な「名もなき男」は、どうすることもできない状況を伝えてくる、絶望の中にいる女を認識した。

    それは、名もなき男が心の内にある「苦しむ女」に気がつくことであり、何者にもなれない自分自身(アレポ)の苦しみに気が付くことでもある。

    トマス・アレポとは『名もなき男の弱い心の部分』を表している。キャットはその心(アレポ)に気づかせる為の存在である。キャットとアレポが親密な関係にあるのは、女性性の性質に「弱い心」という側面があるから。

    劇中ではアレポの贋作を盗み出そうとして回転ドアを見つけ、そこで初めて逆行を目にした。名もなき男はキャットの状況を認識したことをきっかけに、精神世界(逆行する時間)を知ることになる。つまりは「心の弱さ」があるからこそ、精神世界に気が付くことができるのである。

    心の弱さが支配させる

    精神世界では未来から過去へと時間が流れる。そんな世界はすぐには理解できるものではないはずだが、セイターは理解していた。セイターは既に精神世界(女)を支配していたのである。だからこそキャットは窮屈さを感じ、自由を求めていた。

    精神世界とは『思考と心で推測する』場所。思考は自由であり、そこに制限はない。その思考によって心が作られる。けれど、「思考と心」には恐ろしさがある。キャットのように物事を悲観したり、セイターのように怒りに苛まれる原因は「思考と心」でもある。

    セイターは「思考と心」の本当の恐ろしさを知っている。不安や恐怖が発生する原因が「思考と心(女)」なのだから、支配することで対抗していた。

    セイターが脈拍を図るのは、心の落ち着きを可視化して不安を和らげるため。自分の「思考と心(キャット)」をコントロールできない苛立ちが表れていた。セイターは「思考と心」を誰よりも恐れている。

    キャットの役割

    支配ではなく制御するもの

    「思考と心(精神世界)」は理解すべきものであり、制御すべきものである。セイターのように支配するのではなく。キャットは『コントロールが難しい思考と心』としての象徴であると言える。

    セイターは母としてのキャットを認めているにもかかわらず、反抗心を持つキャットに苛立ちを感じていた。女の善の側面を知りながらも、悪の側面である『コントロールできない思考と心』に手を焼いていたのである。

    矛盾する感情

    キャットにとって、息子もセイターも簡単に考えると「男」である。男を愛する女、男に絶望を感じる女、男に対して愛と憎しみ2つの矛盾した感情を持っている。

    「精神世界(女)」には矛盾した側面がある。母としての愛情を持ちながらも、思考と心で人間を惑わす。キャットは『矛盾に苦しむ心』でもある。

    アルゴリズムという物理的形態をもつ手順

    ここまでのまとめ

    一旦、ここまでの考察でわかったことを以下にまとめてみたい。 

    • TENETとは名もなき男の心の内の世界
    • 心の内の世界はパラレルワールド(名もなき男の過去・現在・未来が姿形を変えて集合している)
    • 名もなき男の心の主体は女(女性性)
    • 心の内の世界は3つの世界に分かれる

    3つの世界について
    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

    関連記事:よーさんの予言における3つの世界

    アルゴリズムは女が作った

    そろそろ「プリヤ」という存在について考察をしていきたいが、その前に「アルゴリズム」について答えを出しておきたい。最初の方で言及した「彼女が開発したアルゴリズムが…」というプリヤのセリフ。とりあえず、アルゴリズムを作ったのは「女」だと確定している。

    TENETに登場する「女」とは、名もなき男の心の主体となる「女性性」である、ということは既に述べた。何度でも言うがTENETの世界は名もなき男の心の内の世界。アルゴリズムを作ったのは名もなき男の「思考と心」なのである。

    思考と心がつくる手順

    アルゴリズムについては『物理的形態を持つある手順であり、複製も通信も不可能、その仕組みは不明』とニールが言っている。その「ある手順」は人間の思考と心が作り出すもの。

    オッペンハイマーは原子爆弾を作ることに成功したけれど、「思考と心(女)」はアルゴリズムを作ることに成功した。アルゴリズムは原子爆弾と全く同じ性質を持つ。連鎖で世界を破滅に導く可能性があるもの。それが「とある手順」なのである。

    アルゴリズムが9分割される意味

    原子爆弾はどのように完成したか

    アルゴリズムは9つの原子力、9つの兵器であるという。世界に一つしかなく、同じものは作ることができない。『オッペンハイマーとは違いアルゴリズムを9分割した』というセリフに、どんな意味があるのだろうか。劇中では分割された理由についてそれが危険であるから、と語られているが。

    原子爆弾が開発されたきっかけはアメリカのマンハッタン計画によるものである。しかし原子爆弾が発明される前、ドイツで核分裂という現象が発見されたことが元になっている。

    1938年(昭和13年)にドイツで発見された核分裂は、原爆に応用できることが示唆された。1942年(昭和17年)、アメリカはマンハッタン計画を発足させ、当時の日本の国家予算をしのぐ巨費を投じて原爆を開発した。原爆はドイツを対象に開発されたが、後に目標を日本に変更、京都など18か所が候補に上がったが、結局、1945年(昭和20年)8月6日広島、同9日長崎に投下された。

    原爆の開発(ながさきの平和)

    原子爆弾は突然完成するものではない。人間には様々な戦いの歴史があり、それと同時に科学技術をも発展させてきた。戦争の歴史と科学には強い結びつきがあり、その産物が原子爆弾である。

    今日使われている主要なエネルギー技術は、軍事研究と関係が深い。ならば、軍事予算の少ない日本は、技術開発において遅れをとる運命にあるのだろうか?

     火力発電で使用されるガスタービンは軍用の技術の転用に始まった。太陽電池も初めは宇宙開発用に研究されたが、この宇宙開発も軍事だった。原子力発電は、もちろん原爆の平和利用に始まる。

     ICTも軍事起源が多い。インターネットの起源が核攻撃対策というのは俗説のようだが、インターネットの開発段階で軍の資金が活用されたのは事実である。電子計算機は弾道計算用だったし、情報理論自体が英独の戦争を受けて発達した。自動運転車はレーダー装置を備えており、GPSで位置を確認しているが、これはいずれも軍事目的で発達した。近年の自動運転車のブームは、米国防総省が開催したコンテストで火が付いた。

    【人類世の地球環境】技術進歩のために戦争は必要か?

    時間の流れと共に完成すること

    戦争と科学の歴史(時間の流れ)があって原子爆弾が完成したように、アルゴリズムにも歴史(時間の流れ)がある。アルゴリズムも少しづつ完成していくもの。アルゴリズムが分割され過去に隠されていることは、時間の流れと共に完成することを表現しているのである。

    そして、来るべき時に完成し、ある時代において重要な役割を果たす。だからこそ原子爆弾も役割を果たしたと言える。日本人にとっては辛い歴史かもしれないが、起こってしまったことは仕方がないこと。

    時間は流れるがコントロールすることもできる

    私たちは時間の流れを感じてはいるが、流れの真っ只中にいる時、それをはっきりと区切り認識することはできない。私たちは過去の歴史を教育の中で学ぶものであるが、年表にして区切りをつけ覚えていたりする。それは過去だからできることであって、現実では無理なこと。

    オッペンハイマーが原子爆弾を9分割しなかったのは、その時歴史の真っ只中にいたから。世界を変えるような出来事の当事者は運命の流れの中で、突然大きな役割を任されることがある。運命とは誰にもコントロールできないもの。

    原子爆弾は時間の流れの中で完成した。同じくアルゴリズムも時間の流れの中で完成するものだけれど、9つに分かれているのならば、年表のように完成までの過程を詳しく紐解くことができる。現実世界は時間が規則通りにしか流れないけれど、精神世界では思考が自由であることの利点がここにある。

    カバラから紐解くアルゴリズムの歴史

    カバラと生命の樹

    何故9つという数で分割されるのか。この解説はオカルト強めになってしまうことを先に宣言しておく。既にこのブログでは9という数字が意味するところを『出雲大社の天井に描かれる雲の数』で説明していたりする。けれど、TENETという物語は「キリスト教」の要素が強いので、西洋の知恵である「カバラ」を引き合いに出して解説していきたいと思う。

    カバラーとは、ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想。ユダヤのラビたちによる、キリスト教でいうところの(『旧約聖書』の伝統的、神秘的解釈による)神智学であり、中世後期、ルネサンスのキリスト教神学者に強い影響をおよぼした。独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教の神秘思想である密教との類似性を指摘されることがある。

    カバラ(Wikipedia)

    カバラについて詳しくはwikiなどを読んでいただくとして、「生命の樹」というものから、アルゴリズムが9つであることの意味について考えていく。

    神から流出した世界

    カバラでは世界の創造を神「アイン・ソフ(エイン・ソフ、エン・ソフとも)」からの聖性の10段階にわたる流出の過程と考え、その聖性の最終的な形がこの物質世界であると解釈をする。この過程は10個の「球」(セフィラ)と22本の「小径」(パス)から構成される生命の樹(セフィロト)と呼ばれる象徴図で示され、その部分部分に神の属性が反映されている。

    カバラ(Wikipedia)

    生命の樹は『神から流出したものが世界を作った』ということを図にしたもの。それは「10個の球(セフィラ)」とそれらを繋ぐ「22の道(小径)」で描かれている。10個の球(セフィラ)は1〜10と番号が振られているが、流出は1から始まり10という地点で物質世界が完成する。私たちが生きる「現実世界」は10という数字で表すことができるということ。

    ここからは、こちらの生命の樹(セフィロト)の図を見ながら考察を読んでいって欲しい。

    sephirothic-tree

    TENETという世界を流出させる神

    生命の樹の図は、神から流出した世界の図であるが、TENETの世界では「名もなき男」が神になる。TENETの世界とは名もなき男の心の内がそのまま現実として表れたもの。

    映画が始まってから終わるまでの流れがセフィラ1〜10に対応する。そして『アルゴリズム9つのパーツ』はセフィラ1〜9に対応している。

    つまり、名もなき男の心が「現実世界」を完成させるまでの道筋が1〜10であるから、アルゴリズムが9つ集まった後に「現実世界」が完成しているということになる。

    TENETの世界は初め『名もなき男の精神世界』であるけれど、時間の経過と共に『名もなき男の現実世界』になっていくお話なのである。

    大きなひとつの心はバラバラになっている

    10個のセフィラそれぞれが何を表しているのかというと、心の内にあるもの。説明が難しいが、人間の心を構成している『細かな感情や思考』のことである。

    人間の心はひとつなのに、心の中ではバラバラになっている。それらバラバラのパーツを9つ集めることでひとつの心を知ることができる。生命の樹では1〜9のセフィラがバラバラになった心である。そして、それをひとつにまとめたものが、10というセフィラで表現されている。

    TENET作戦は10分間であったが、アルゴリズムを奪還したちょうど10分が、セフィラ10(マルクト)の地点になる。その瞬間、目に見えている「現実世界」が完成する。名もなき男がアルゴリズムの起爆を防ぎ、世界を救った瞬間に、その世界が誕生しているのだ。

    既に存在している世界であるのに、またその世界が誕生することは矛盾しているように思えるが、名もなき男を中心として時間が順行と逆行していれば、その矛盾は解消される。世界とはループするもの。10で完成すると同時に1という最初に戻るから、名もなき男はまたTENET作戦を開始することになる。

    1〜10という順番も重要で、それら人間の心を順序良く理解するからこそ世界は完成していく。映画内では、アルゴリズムは既に8個が集まっていて、最後の一つを奪い合うシーンから始まる。実際には8のセフィラの地点から始まっていて、1〜7の段階は「過去の話」として映画内で語られるだけである。

    生命の樹2つの流れ

    生命の樹には2つの流れがある。1〜10までの上から下への流れと、10〜1までの下から上への流れである。これが順行と逆行に対応している。生命の樹で言えば、順行は『神から流出する』ことで、逆行は『現実世界から神へ還っていく』こと。

    逆行とは『未来から過去への時間』であるけれど、それは現実世界(10)から神(1)という存在を認識することも意味する。名もなき男は回転ドアで未来の自分自身と出会ったが、未来の自分の行動を確認してから現実の行動を決めていた。

    『未来の自分が起こしたことが、現実の自分の行動を決める』ということに気が付くのは、『神が自分自身であったのを知ること』と同じ。下から上への流れ(逆行)を学ぶことによって自分という「神を知る」ことができる。

    「神を知る」とは『自分自身が時間の中心に存在する』ことを知ること。「TENET」という物語も、カバラの「生命の樹」も、自分という神を知る方法を伝えているのである。

    思考と心を精査し自分と世界を知る

    詳しくはwikiを見てほしいのであるが、1〜10のセフィラにはそれぞれ意味が当てられている。例えばセフィラ5は「峻厳」であり、セフィラ6は「美」である。これら意味については、カバリストや哲学者にでもならなければ考えないようなことかもしれない。

    自分自身が日常で何を思い、何を感じるのか。あることが起こったら、心がどう動いて、その結果どういった行動をしたのか。それらをひとつひとつ詳しく紐解いていくことで、誰でも各セフィラの意味合いを理解できるようになる。

    例えばセフィラ4は「慈悲」を意味するのであるが、誰しもの心の中に「慈悲」がある。人生の中で「慈悲」を感じた瞬間のことを思い出し、心の内で精査することでさらに深く理解する。他者の行動からも「慈悲」は見出せるものであるが、名もなき男はキャットが見せる「息子への愛情」から、心の内にある「慈悲」を学んでいる。

    各セフィラを理解することとは、世界を理解すること。世界とは自分の心そのもの。人間に備わる思考と感情(心)は精妙であるが、紐解くことができたならば、セフィラ(世界)の理解とともに「アルゴリズム」という手順までもが頭に浮かぶようになってくる。不思議なことに。

    アルゴリズムとは心の内の仕組み

    結局「アルゴリズム」とは何なのか。ずばり『心の内の仕組み』のこと。TENETは名もなき男の心の内であるけれど、心の内を学ぶことによって『心の内の仕組み』をも理解できる。さらにはその「仕組み」が目に見える世界を作っていることも知ることになる。

    順行する時間と逆行する時間があって、その中間で情報を受け取ることが『物理的形態を持つ手順』。「物理的形態」とは「人間」のことである。つまり、人間の思考と心が作り出す「アルゴリズム(手順)」が、世界と人間(現実世界)というものを存在させている。

    アルゴリズムという『心の内の仕組み』は劇中で詳しく説明されている。それが先ほどまとめたものなので、以下に再掲しておく。私たちは普段「現実世界」しか意識していないが、本当は中間世界に存在している。自覚的に中間世界に存在しているならば『心の内の仕組み(アルゴリズム)』を知っている。

    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

    アルゴリズムを集め終わった時、『世界は自分自身の心が作り出している』ということを理解することができる。アルゴリズムの意味をネットで調べてみると『問題を解決するための計算手順』と出る。アルゴリズムという『心の内の仕組み』を知れば、すべては自分が起こしているものだと理解するから、世界で起きる諸問題も解決してしまう。

    8つの感情→理解→世界の完成

    心と思考を通して、世界(各セフィラ)を学んでいく過程の末に、現実世界(順行する時間)が存在している。8つの『細かな感情や思考』を学んで、9つでやっと理解が完璧になる。そして、10という現実世界が現れる。これが神から流出した世界が完成する過程であり、心の内の仕組み(アルゴリズム)というものである。

    「思考と心」がアルゴリズムを作り出した、と言ったけれど「アルゴリズム」が思考と心を作り出したとも言える。順行する時間と逆行する時間の中間に自分が存在することを認識できれば、未来が先でもあるし後でもある、という認識にもなる。

    未来が自分より後ろにあったり、過去が自分より先にあったりすることは、人間には理解し難いものであるから「アルゴリズム(生命の樹)」という仕組みを理解することは難しい。

    複製も通信もできない意味

    アルゴリズムについてニールが『複製も通信も不可能』と言っていた理由について。アルゴリズムは自分の「心の内」にあるものなのだから、他者とは通信できないし、誰も複製はできない。複製ができるとすれば、その人の「思考と心」を全て理解する必要がある。けれど他者の心の内を全て理解することは無理なこと。

    過去を全肯定する(世界の見方を変える)

    ところで、セフィラ9の意味は「基礎」である。基礎(9)の次には現実世界(10)がある。9つのアルゴリズムとは「現実世界の基礎」となるもの。9つのパーツが揃うには、1〜8の順行する流れがある。その流れは人間にとっての歴史であるし、自分自身の過去でもある。

    先ほども述べた通り、TENETは8のセフィラの地点から始まっている。アルゴリズムは既に8つ集まっているから現実世界は完成間近であるが、そこから逆行で時間を遡り8〜1を知る必要がある。現実世界という順行する時間だけでは、アルゴリズムが作られた意図は分からないのである。

    9つのアルゴリズムが集まる直前に、自分自身の「弱い心(女/キャット)」に気がつき、現実世界(順行世界)の見方を変える決意したのが名もなき男。彼は『過去について考え直すこと』で見方を変えようとした。だからこそ、逆行する時間を知ることができた。変えることのできない歴史があるから「アルゴリズム」が完成する、という逆の流れを知ったのである。

    アルゴリズムが9つ揃う時代には、下から上への流れ(逆行)を知る準備が整った時代であり、その時代には、世界を滅亡から救う「名もなき男」が現れる。過去は変えることができないけれど、過去を全肯定することで世界の見方は変わる。

    過去を全肯定できたとき、アルゴリズムという「心の内の仕組み」を知る。生命の樹を下から上に(10〜1)遡ることで、アルゴリズムの始まり(1のセフィラ)である『自分の思考と心』を知る。全てを計画していたのは自分自身(神)であったことを知るのである。

    セイターは裏の主人公

    原子爆弾とアルゴリズムは表と裏

    現実世界と精神世界

    人間の進化と共にオッペンハイマーが原子爆弾を完成させたのは「現実世界」のお話であるが、TENETは心の内である「精神世界」のお話。精神世界の中で「アルゴリズム」は9つ揃い完成を迎える。その結果として原子爆弾が存在する「現実世界」が生まれるのである。

    TENETの世界(精神世界)と私たちの生きる世界(現実世界)は繋がっている。私たちは目に見える順行世界を生きているけれど、逆行する精神世界は目に見えないからこそ「物語(TENET)」で表すのが人間である。

    生と死

    精神世界があるから現実世界が存在している。『思考と心(精神世界)が現実世界を生む』という物語の主人公が名もなき男である。彼は「アルゴリズム」によってもたらされる「生(現実世界)」を表現した人物。

    私たちは現実世界を「生きている」けれど、物語の中の登場人物は現実世界を『生きていない(現実世界から見たら死んでいる)』。現実世界が「生」であり、精神世界を「死」、と捉えるとTENETの物語をさらに深掘りすることができる。

    精神世界の中心に存在するセイター

    名もなき男に名前が無い本当の理由

    TENETという精神世界の中では「名もなき男」だけが「現実世界(生)」の存在になる。だから彼には「名前」が与えられていない。物語の中で名前が与えられてしまうと、精神世界で生きることになってしまう。

    TENETという精神世界で名前を持つ登場人物は皆、現実世界を「生きていない」。そんな「死(精神)の世界」で生きる中心人物は「セイター」である。

    誰も近寄らない場所に隠されるアルゴリズム

    アルゴリズムを作った未来の科学者は、それが危険なものだと理解し自殺した。そんな恐ろしいアルゴリズム9つのパーツは『歴史上最も厳重な警備で最適な場所』に隠されていた。その場所とは何を表すのか。

    セイターが『核兵器が最も危険に晒された時期』にそれを見つけるのだから、アルゴリズムを安全に隠せる場所とは『誰も近寄らない場所』である。

    『誰も自ら死刑は望まない だがある者が死ぬということは別のある者が生き残ることに繋がる』これはセイターのセリフであるが、スタルスク12でプルトニウムを探す仕事を請け負ったこと。誰もやりたがらない仕事を請け負ったのは彼だけだった。

    「死」を請け負う覚悟を持ったものはアルゴリズムを見つける資格がある。アルゴリズムとは「死」の近くに存在する。

    セイターは「死」を請け負う者

    セイターとは名もなき男が「生き残る」為に「死」という側面を請け負った存在。名もなき男よりも辛い仕事を請け負っているのだから、金塊を手にすることもできる。それは苦しみを負う者に、神が与えたせめてもの褒美なのである。

    『覚えておけ 虎は手懐けられない 崇めるしかないのだ そして思い知る その獰猛な本性をな!』という、キャットに向かってセイターが放ったセリフ。死という犠牲を請け負った者の怒りである。キャットはセイターが背負ったもの(死)を知らない。セイターにキレられるのは当たり前なのである。

    6・7・8を知って9へ

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    生命の樹において、セイターは「美」を意味する6のセフィラに当たる。6のセフィラは生命の樹の中心にあり、10のセフィラ(マルクト)以外全てと直接繋がる唯一のもの。セフィラの中で一番重要だと言える。

    セイターは「死」を請け負う存在であるのに「美」を意味することは矛盾していると思うかもしれないが「美」には多くの側面がある。TENETではその中の一側面だけが強調されていて、それを表現するのがセイターである。

    生命の樹には、各セフィラを繋げる22の道がある。詳しくは22本の小径(パス)を参照あれ。セフィラ6から繋がる3つの道「死神(6〜7の道)」「悪魔(6〜8の道)」「節制(6〜9の道)」がセイターを表すのに分かり易い。これら道では、死による変革・死への恐怖・死が世界全体を繋げていることなどを学ぶことができる。

    6のセフィラの意味合いとしては「美」の他にも、太陽・黄金・犠牲などがある。セイターはTENETという世界の中で「必要な犠牲」として存在している。生まれてから死ぬまで苦しみの中に存在し、名もなき男に「死」を学ばせる存在。

    現実世界が完成する直前『6・7・8・9の道』は辛いもの。私たち人間は「死」を学ぶことが一番苦手であるが、現実世界で目にする「悪」からそれを学ぶ。だからこそセイターのような存在が必要なのだ。

    世界の中心である「悪」

    世界を構成するセフィラの中で他のセフィラとの繋がりが一番多いのが6のセフィラ。TENETのという精神世界でも中心にあり、他を繋げる役割がセイターなのである。だからこそ彼がアルゴリズムを集め完成させる。

    セイターは悪役であるが「悪」の中から学ぶことは多い。世界は「悪」無しには語れない。名もなき男はセイターが背負った「死(悪)」を理解しようとするから、彼を殺そうとはしない。

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    ロータス社にあった扉

    名もなき男とニールがフリーポートにあるロータス社に侵入したシーンを思い出してほしい。中央の部屋を目指し、大きく息を吸い・息を止め、扉を突破していくシーンである。そのシーンの扉の番号に注目したい。

    2人が最初に突破する扉は10である。その後、5の扉→4の扉と進むが、3の扉に入るのに失敗する。けれども回転ドアを見つける。10→5→4→3という流れには「9→8→7→6」が抜けていて、「3」には入ることができなかった。

    この時、名もなき男はまだセイターという「悪」に出会っていない。だから「3」の扉には入ることが出来ない。『6・7・8・9という死の道』を越えることだけが「3」のドアを開く鍵なのである。「3」とは何を意味するのだろうか。

    中心にいる3人が世界を完成させる

    アルゴリズムが爆発しなかった理由

    アルゴリズムはセイターの「死」と共に起爆された。けれどそれは爆発することなく、引き上げられた。あの瞬間は「生」という側面だけが描かれているから爆発しなかったと言える。

    けれど、アルゴリズムによって「死」が起きた証拠が過去にあった。バーバラの研究室に保管されていた膨大な数の逆行した物質がそれを教えてくれた。TENETでその場面が直接的に描かれることはなかったけれど、『アルゴリズムが爆発した現実』も確かに存在したのである。

    物事に含まれる2つの側面

    TENETという物語はアルゴリズムが爆発してしまった「死」の過去がある世界からスタートしている。けれど、名もなき男の登場で、その過去は「生」へと塗り替えられた。「世界を救う」という行動によって、名もなき男に「生」を認識させるためのアルゴリズムとなった。

    セイターはアルゴリズムを起動し、世界を逆行したいと思っていた。それは現実(順行する世界)を無いものにして、今までの過去を消し去ることを意味する。過去を憎むセイターは、自分自身の生き方を憂いている。そんな「自分を救う」為にアルゴリズムによって世界を滅亡させようとしていた。

    アルゴリズムによって「世界を救う」名もなき男と、アルゴリズムによって「世界を滅亡させる」セイター。アルゴリズムには「善(生)」と「悪(死)」2つの側面がある。

    ありとあらゆるものには2つの側面がある。それらを両方映像にするのならば、順行と逆行を同時に描くしかない。けれど、主人公である名もなき男は2つの側面のうち、必ず「ひとつ」を選択せねばならない。

    確定するかしないか

    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

    ここでもう一度『心の内の仕組み(アルゴリズム)』を見てほしい。中間世界は「思考と心を確定」させる場所である。名もなき男はTENET作戦の中で「生(善)」を選択し、確定している。アルゴリズムが起爆されたにもかかわらず爆発しなかったことは、そんな名もなき男の選択を強調している。

    中間世界では「思考と心が不確定」な場合もある。現実に起きることに対して、思考と心を空っぽにして、何も決めない(判断しない)こともできる。これは仏教的な方法であるかもしれない。けれど、それではただ機械的に生きることになり、世界が存在する意味を理解することが出来ない。

    裏と表・過去と未来

    3人の男の章でこんなことを書いた。前回の考察のまとめである。

    TENETは名もなき男一人の心の内の物語である。名もなき男が「善悪の心を持つ主人公」、セイターが「悪の心を持つ名もなき男」、ニールが「善の心を持つ名もなき男」だと言える。

    名もなき男は「善と悪」両方の心を持つ者。物語の中でセイター(悪)とニール(善)を理解する過程が描かれている。その過程で名もなき男は、物事には「善と悪」2つの側面があること、「生」の裏には必ず「死」があることも理解した。

    つまり、アルゴリズムは必ず爆発し『人類を滅亡させている過去』が存在しなければならないし、アルゴリズムで『世界を救う未来』も存在しなければいけない。これら過去と未来は裏と表であるから、どちらかひとつであることは不可能なのだ。

    悪役を演じること

    「生」の裏には必ず「死」があること。名もなき男とセイターは、善と悪という対比になる。けれどニールと名もなき男も、善と悪という対比になる。

    セイター:誰も自ら死刑は望まない だがある者が死ぬということは別のある者が生き残ることに繋がる

    名もなき男が「世界を救う」為にはニールという「善」が犠牲になるが、それでもTENET作戦を続けることを選んだ名もなき男。ニールが「死ぬこと」で、名もなき男が「生き残る」。「善」である存在さえも犠牲にしなければ、この壮大な作戦は成功しない。

    セイターから悪を学び、ニールから善を学ぶ。そして、どちらも「犠牲」にする決断をすることが「生きること」なのである。辛い決断ではあるが、それがこの世界の掟。セイターから「死」を学ぶのは、自分自身が「悪」になる必要があるから。

    名もなき男とニールが、ロータス社の「3」の扉を開けなかった理由は、まだ「犠牲」の本当の意味を理解していなかったから。善と悪を犠牲にしてでも、自分だけを生かすことが「3」という数字で表現されるのである。

    隠された知識

    4のセフィラ (ケセド)と3のセフィラ(ビナー)の間には、隠されたセフィラ「ダアト」がある。番号は振られておらず、至高の三角と呼ばれる『1・2・3という3つのセフィラ』と他のセフィラを隔てているのがダアトである。

    1のセフィラ(ケテル)・2のセフィラ(コクマー)・3のセフィラ(ビナー)、この3つのセフィラに到達するには「犠牲」の本当の意味を理解する必要がある。以下の引用はダアトの意味である。

    隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。惑星は冥王星を象徴する。他のセフィラとは異なる次元の存在であり、至高の三角とその下位存在を隔てている深淵(アビス)にあるものとされる。他のセフィラの完全体・共有体という説もある。隠された意味は悟り、気づき、神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。

    生命の樹(Wikipedia)

    生命の樹、下から上への流れ(逆行)を体験し、アビスを乗り越えることができれば、1のセフィラである「ケテル」に到達する。大元である神(名もなき男)の「思考と心(TENET作戦)」を知るには、大きな犠牲が必要なのである。

    世界を終わらせるものであり世界を始めるもの

    アルゴリズムと原子爆弾、どちらも生と死2つの側面を持っている。アルゴリズムは目に見えない「ひとりの人間の思考と心」であり、原子爆弾は目に見える「人間全体の思考と心の産物」である。どちらも、使い方や解釈の仕方を間違えると、世界を終わらせてしまうものとなる。

    アルゴリズムが人間の精神の中で爆発したら、自殺したり他殺をすることになる。原子爆弾は現実で爆発したら多くの人の命を奪う。アルゴリズムと原子爆弾に「生」の側面を見出すことは難しいことなのかもしれない。

    過去は無かったことにはできないけれど、見方を変えるだけで世界は変わる。アルゴリズムが9つ揃えば必ず起動されるが、その瞬間をどう見るのか。世界が滅亡する瞬間(死)と見るのか、新しい世界が生まれる瞬間(生)と見るのか。その解釈は世界を感じる自分自身に委ねられる。どちらの解釈を選択したとしても、生の裏側には死があるし、死の裏側には生があることを理解することが肝心である。

    プリヤの正体について

    男性の中の女性性

    お待たせしました。ついに、今回の目的である「アルゴリズムの制作者」について紐解いていくことにする。始めに述べた通り、わたしはプリヤがアルゴリズムを作ったと考えている。しつこいようであるが、ここまでの考察をもう一度確認。

    • TENETとは名もなき男の心の内の世界
    • 心の内の世界はパラレルワールド(名もなき男の過去・現在・未来が姿形を変えて集合している)
    • 名もなき男の心の主体は女(女性性)
    • 心の内の世界は3つの世界に分かれる

    TENETの世界は『名もなき男の思考と心の中』で作られている。男性の心の主体は「女性性」であり決定権を握っている。だから名もなき男はキャットを守り、プリヤから指示を受ける。

    来るべき時と来るべき出来事

    名もなき男:何個見つけた?
    プリヤ:241ですべて揃う
    名もなき男:最悪だ 作戦を変更すべきだ
    プリヤ:変えたら彼女は無事?
    名もなき男:アルゴリズムも
    プリヤ:その世界に私たちは存在しない

    これは、名もなき男とプリヤの会話である。アルゴリズムは9つが揃って起動すれば「全ての時間の流れが逆行」して人類が滅亡してしまうが、9つをセイターに集めさせる作戦を変えてしまったら『私たちは存在しないことになる』とプリヤは言う。

    アルゴリズムには生(善)と死(悪)の側面があるから、生命が生まれいずれ死にゆく世界を作る。アルゴリズムが揃い、起爆されるからこそ世界がある。つまり起爆するアルゴリズムがあるから私たちも存在している。

    アルゴリズムについての章で、このようなことを書いた。

    戦争の歴史(時間の流れ)があって原子爆弾が完成したように、アルゴリズムにも歴史(流れ)がある。そして、来るべき時に完成し、ある時代において重要な役割を果たす。

    繰り返しになるが、3つの世界における「中間世界」には「情報」だけがある。しかもその「情報」は順行と逆行という時間に挟まれていて、始まりと終わりが繋がりループしている。つまり、起こること全ては決まっていて、来たるべき時に、来たるべき事が起きる。

    プリヤはTENET作戦に深く関わっている存在である。アルゴリズム最後の1つを名もなき男に盗ませて、セイターに渡すことまでをも見越している。プリヤは確実に「3つの世界」を知る存在であり、「来たるべき時」を知っている。

    その瞬間は早すぎても遅すぎてもいけない。プリヤは名もなき男が生きている時代に9つが集まり起爆されることを知っているのである。

    プリヤは名もなき男に殺されてしまったが、その理由を紐解いていくことで、プリヤの役割を明かしていきたい。名もなき男の心の中に存在する「女性性」としてのプリヤの役割である。

    繰り返す世界と時間のズレ

    入れ子状態の世界

    ここで少しややこしい話をさせてほしい。ここまで考察してきた「3つの世界」は入れ子状態になっている。『アルゴリズムという手順の中(現実世界の中)』にある3つの世界の中の「精神世界」がアルゴリズムを作っているのである。

    アルゴリズム(精神世界)で作られた現実世界の中にある「3つの世界」
    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)、心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)、思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)、思考と心で推測する

    現実世界(順行)と精神世界(逆行)とそれを中間で繋ぐ世界(人間)があるのならば『現実が先で精神が後』とも言えるし『精神が先で現実が後』とも言える。けれど『思考と心がアルゴリズムを作る』とわたしが何度も言うのは『精神が先で現実が後』の方が「正しい」ということを意味している。

    「正しい」と言い切るのは語弊があるかもしれない。現実世界より精神世界の方が「優位(先)」である、という言い方もできる。

    時間のズレが優位をつくる

    2つの時間は同時に流れているようで、少しだけ時間にズレがある。逆行する時間(精神世界)の方が先なのは、ズレの為である。ズレていなければ「未来」を先読み出来ない。

    中間で2つの時間を感じる「人間(名もなき男・セイター)」はそのズレをも感じている。未来に起こることを確認してから行動を起こすのは、逆行する時間(精神世界)の方を先に感じ取る為。このズレがあることによって、アルゴリズムは「精神世界」で作られると言える。

    そして、精神世界が「女性性」を表していることは何度も伝えていること。女性性(精神世界)は、思考と心の構造を理解したら、また世界(精神世界の中にある3つの世界)を作り出してしまう。

    アルゴリズムがまたアルゴリズムを作り出すという繰り返しが「TENET」という世界。TENETに登場する女たちはアルゴリズムを作り出す「思考と心」として見ることができる。けれど実際に目に見える現実世界を作り出すのは、中間世界で2つの時間を感じている「人間(名もなき男)」である。実にややこしい。

    精神世界(思考と心で推測)→ 中間世界(思考と心を確定)→ 現実世界(心が現れる)

    プリヤとキャットという対比

    今回の考察の通り、キャットはセイターの束縛に苦しむ女であり、自由を求める女であり、『コントロールが難しい思考と心』の象徴であった。セイターという「悪」をコントロールできないから「悪(死)」の真実を知らない。まだ何も知らない女である。

    一方、プリヤは「悪(死)」を理解している女としての象徴である。武器商人の妻を演じていたが、裏で仕切るのはプリヤであった。悪を裏で操っていたことからもそれが分かる。

    プリヤは悪を理解し、アルゴリズムをも理解している。アルゴリズムが起爆することで、生(現実世界)と死(精神世界)が存在する「3つの世界」が生まれることを知っている。

    プリヤがキャットを殺そうとした理由は『キャットはアルゴリズムを知る危険な存在であるから』というのが定説である。けれど、プリヤがキャットを殺そうとした本当の理由は、世界を再び産み出さない為。本当は「繰り返す世界」を破壊したかったのである。

    何も知らない女と知りすぎた女

    TENETの世界はパラレルワールドであり、登場人物は過去の自分や未来の自分を表している。TENETに登場する女たちは名もなき男の心の内にある「女性性(心)」の過去や未来を意味するということになる。

    キャットは最初アルゴリズムを知らない女。けれど名もなき男と出会い、アルゴリズムという兵器の存在を知ったのだから、いつかは理解してしまう。未来でアルゴリズムを完璧に理解した存在がプリヤとなる。キャットとはプリヤの過去なのである。

    女はアルゴリズムがアルゴリズムを作り出すことを知っている。けれど、そのような「繰り返す世界」が苦しみ(悪)の世界であることも理解している。

    過去(キャット)を無いことにすれば未来(プリヤ)も無い。だから過去の自分(女)を殺そうとする。繰り返す世界を破壊する行為は、セイターと同じ動機である。人間は、自分の苦しみを解消するために「世界と人類の消滅」を願うことがある。

    人類滅亡への思い

    世界が無ければ苦しみも無い

    セイターは自分を守る為に「世界と人類の消滅」を願う。世界が無ければ苦しみもない。生まれてから死ぬまで「悪」を背負わされた人間の動機として至極真っ当なこと。「悪」の役割を理解していれば、その気持ちを否定することはできない。

    一方、プリヤが「世界の消滅」を願う理由とは何か。それは、キャットの息子であるニールが死んでしまうことに苦しみを感じているから。キャットの息子=ニール説は確定であると思う。キャットはプリヤの過去なのだから、ニールはプリヤの息子でもある。けれども実際の息子という意味では無い。

    人類の母

    プリヤは「人類の母」としての存在なのである。太母と言った方がしっくりくる。自分(女性性)が作り出したアルゴリズムというシステムが、あまりにも悲しい「人間の死」を引き起こすことを深く理解しているのである。

    「人間の息子代表」であるニールが、必ず死ななければいけないことは母にとって大きな苦しみである。アルゴリズムは生と死という二面性がある世界を作る。それは、善(ニール)という存在であっても死ななければいけない世界である。

    さらに、プリヤには『自分が死ぬことへの恐怖』も存在している。アルゴリズムのことを深く理解しているのだから、未来で自分が死ぬことも知っている。

    男はひとつ、女はふたつ

    セイターが人類滅亡を願うこと、プリヤが人類滅亡を願うこと、は同じようで少しだけ違う。それは男性性と女性性の違いでもある。

    「男性性」はひとつの意思を持っている。苦しむ自分の為だけに「世界を滅亡」させる。「女性性」にはひとつの意思に2つの意味が重なる性質がある。苦しむ自分の為、苦しむ他者の為に「世界を滅亡」させる。

    関連記事:「MoM」から学ぶ男性性と女性性

    名もなき男の内にある2つの女性性

    名もなき男の心の内には、キャットという『まだ何も知らない、命を生み育む若い女』・プリヤという『完璧にアルゴリズム理解している、死を持たらす老婆』が同居している。ここにも「生と死」の対比が現れている。

    やはり名もなき男は「生と死」どちらかひとつを選ぶ必要がある。彼は「人類滅亡」を防いだのだから、『死を持たらす老婆(プリヤ)』をも殺す必要がある。

    再び世界を始め、名もなき男(ニール)が生まれるためには、キャットを守る必要がある。それは、心の中にある「死への恐怖(プリヤ)」を消滅させるミッションでもあるのだ。

    名もなき男がプリヤを殺すシーンでは、車のミラー越しに2人が会話していた。鏡の中に映るプリヤは名もなき男の『心の中の女性性』であることを表現している。名もなき男は2つの「女性性」のうち、「生」の側面であるキャットを選んだ。

    死への恐怖を克服する

    名もなき男はこのシーンで、ついに自分の内にある『死への恐怖』を消し去ったのである。プリヤは「後始末をして」という言葉とともに、自分の姿をミラーから消した。プリヤは自分が死すべき存在であることをすぐさま悟っている。アルゴリズムを作った科学者(プリヤ)は、名もなき男の心の内で自殺した。

    太母であるプリヤを殺し、その瞬間に名もなき男はTENETという物語の真の主役になった。そして、新しい世界を創造した。物語には描かれていなかったが、ここで彼はやっと「名前」を与えられたのである。彼は「アルゴリズム」の仕組みを見破った。

    TENETという物語には、アルゴリズムという人間の思考と心が作り出す「3つの世界」を理解する目的と、自分の心の内に存在する「死への恐怖」を克服する目的が存在する。この2つの目的を成し遂げたのならば「名前」が与えられ、自分(人間)という存在を初めて認めることになる。『自分という存在を理解すること』が3つ目の目的である。

    死を怖れ自殺をする2人

    精神世界で作られたアルゴリズムによって『苦しみのある世界が繰り返される』ということを理解していたのがプリヤとセイターである。

    苦しみを知る者は自殺しようとする。アルゴリズムの真実を知ることは恐ろしい。

    世界を生み出す太母プリヤ

    「女性性」には二面性があるが、それが世界をややこしくしている。名もなき男の内にある「女性性」の二面性は、キャットとプリヤで表現されている。キャットは息子の優しい母でもあり、感情を抑えられない悪女。プリヤは善と悪が見え隠れする、謎の女。善でもあるし悪でもある。プリヤが味方なのか敵なのかよくわからないのは、二面性の為である。

    プリヤがアルゴリズムを作ったと言えるのは、女たちの中で一番年老いているから。「女性性」は時間を経て終わりを自覚する時、新しいものを産み出そうとする。

    アルゴリズム(3つの世界)は終わりを迎える時、また新たなアルゴリズム(新しい3つの世界)を作り出す。そして、アルゴリズムの制作者は最後に死すべき定めがある。プリヤは「女性性」としての定めを全うし、名もなき男(男性性)を生かしたのである。

    TENETは生と死の物語

    生の裏には必ず死がある。そんな当たり前の世界の話が「TENET」という物語。なんとなく世界を生きていたひとりの人間(名もなき男)が真剣に世界に向き合い始めるのなら、壮大な作戦に参加することになる。その作戦とは『生と死の秘密が明かされる物語』の主人公になることである。

    その他考察

    ニールは暗闇の中の光

    善の心と悪の心

    もう少しだけ考察を続けたいと思う。ニールだけが「時間の制約なく移動が可能」である理由についてまだ答えを出していなかった。

    「逆行の世界」に限っては、時間の制約なく移動が可能だ。けれどそれができるのはおそらく「ニール」だけ。その理由については後述したい。

    ニールは名もなき男の心の内に存在する「善の心」。人間には生まれながらに「善の心」と「悪の心」がある。社会では善い行いを教えられて生きるものなので、私たちにとって「善の心」は当たり前のものとなる。法律が整った社会は「悪」を抑える構造になっている為、私たちは「悪の心」を忘れてしまう。

    「悪」が心の外に出て悪さをすることを抑えるのが「善」の役割であるが、「悪の心」を知らない人間は「悪」に慣れておらずコントロールも下手である。だから、未来から来たニール(善)が先回りして(逆行して)サポートしてくれる。

    人間が「悪の心」に気がついた時、目に見える世界にも「悪(セイター)」が表れる。けれど「善の心」を当たり前にあるものとして生きていると、目に見える世界にある「善」を見失いやすい。当たり前にあるものは気がつきにくいもの。

    名もなき男がニール(善)に疑いの目を向けたことがあったように、「善」が目に見える世界に表れたように思えないことがある。目の前に存在する「善(ニール)」を信じるか信じないかで、善の作用は変わる。

    ニールは光を超える

    ニールは何故「時間の制約なく移動が可能」なのか。善(ニール)とは名もなき男の心の内にある唯一の「光」なのである。光である善を心の内に感じ、信じたとき、時間という制限をも超えることができる。

    現実では、光を超える速さを持つものとして「タキオン粒子」という物質が予想されているけれど、ニールはタキオンのようなもの。だからニールだけは時間の中を自由に動くことができる。

    タキオンは現実にも存在するはず。光(ニール)が犠牲になるとき、タキオンに変化するのではないだろうか。単なるわたしの妄想であるけれど。

    黄昏に生きる 宵に友なし

    段々暗くなっていく時間帯

    TENETで印象的なのは「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉。この言葉の意味についても考察しておきたい。

    「黄昏に生きる(We live in a twilight world.)」という言葉の中の「黄昏」は英語では「twilight」である。また「宵に友なし(And there are no friends at dusk.)」という言葉の中の「宵」は英語で「dusk」である。

    この2つの微妙な時間の違いに注目したい。こちらのサイトにイラスト付きでわかりやすい解説があったので見て欲しい。twilightは「薄明かり」を指す単語で、duskは「twilightがより暗くなった状態」だという。

    TENETでは「2つの時間の流れ」の中で物語が進む。だからこそ「黄昏」と「宵」という2つの時間の違いについても考えてみたい。

    心の中の時間の流れ

    黄昏も宵も夜の前の時間である。時間の流れとしては、twilight(黄昏)→dusk(宵)→night(夜)という感じ。黄昏に生き、宵には友がいないことも心の中の状況を表している。

    黄昏と宵はまだ光が少しだけ残る時間帯。その後訪れるのは光の無い暗闇である。闇夜には何か怖ろしいことが起こりそうな雰囲気がある。そして、人間の心の中にも暗闇の時が訪れることがある。

    問題に突き当たった時や、何かを恨む時、誰かに裏切られた時など、人間は心に大きな闇を抱えることがある。私たちはいつそんな状況に陥ることになるかわからない。暗闇は人生の中で突然やってくるものであり、だからこそわたしたちは「黄昏」に生きていると言える。

    一度でも心に不穏な感覚が生じたことがあるのならば「黄昏に生きて」いる。一度その感覚を知ってしまえば、もう「日中」だけに生きることはできない。ふと「黄昏」の感覚に陥った時、なんとも言えない不安が込み上げてくることになる。

    宵に友はいない、暗闇の直前

    そして「宵に友なし」という言葉が表すこと。「宵」のすぐ先には「暗闇」がある。光の無い暗闇に落ちる直前、私たちの心は独りぼっちになる。その感覚は「宵」にある人、「暗闇」に落ちそうになった人しか知ることがない感覚である。

    TENETの中でセイターは「悪」を背負わされる役割であったが、彼が常に感じていたのが暗闇の直前である「宵」の感覚である。

    暗闇とは「死」を表している。セイターが常に脈拍を気にしていたのは「暗闇(死)」までのカウントダウンを意識していたから。だからこそ、彼もこの合言葉を使用していたのである。

    「宵」から「暗闇」に落ち「死」を体験すること。話がまた生命の樹に戻るけれど、アビスという深淵を超えるには、完全な「暗闇」に落ちる必要がある。生きたまま「死」を体験し復活することで神の真意を知ることができるのであるが、それは恐ろしい試練である。

    「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉は「暗闇」に落ちる前の合図なのだから、安易に使っていはいけない怖い言葉である。

    関連記事:生きたまま「死」を体験し「復活」すること

    関連記事:地獄の最深部で「孤独」を経験すること

    関連記事:全てが明らかになる丑四つ時

    3分割されたアルゴリズム

    終わり、また始まる物語

    アルゴリズムを奪還した後のシーンで、名もなき男・ニール・アイヴスが集いアルゴリズムを3分割していたシーンについての考察を最後にする。

    今回の考察の通り、9つのアルゴリズムとは現実世界の基礎となるものであった。『思考と心が現実世界を作る』という真実が、自分自身の思考と心を精査することで明らかになる物語が「TENET」。

    アルゴリズムを分け合うシーンは、名もなき男がアルゴリズムの謎を解き明かした末に、また時間の始まりへと戻るシーンである。生命の樹で言うと、1〜10という過程を終了し、また1という始まりに戻ろうとしているところ。まだ何も知らなかった頃の自分に戻るのである。

    初めは「3つ」しか知らない

    生命の樹の始まりは1のセフィラ「ケテル」から。そこから2のセフィラ「コクマー(至高の父)」、3のセフィラ「ビナー(至高の母)」と続く。世界の始まりには生みの親が必要である。人間は生まれてすぐに世界を認識するけれど、初めに親である父と母を認識する。

    アルゴリズムはアイヴスによって「3つ」に分けられたが、それは「自分(1)」と「父(2)」と「母(3)」という「3つ」を表している。そこから成長し、経験を積むことで複雑な世界(4〜9)を理解していく。

    けれど、成長し時間が経過するごとに「自分」や「父」や「母」のことを忘れてしまう。最初の「3つ」は歳を取れば取るほど理解が遠ざかるものであり、人間は世界の初めを思い出せなくなる。

    未来は自分の手の内にある

    アイヴスは9つのパーツを3分割したが、その後ニールの分は名もなき男に渡された。最終的に6つのパーツを受け取ったのが「名もなき男(自分)」である。

    3つに分割されたパーツは、過去(アイヴス)・現在(名もなき男)・未来(ニール)をも表している。未来の分のパーツは自分の手の内にあるが、過去のパーツはまた何処かへと隠されてしまう、ということになる。

    人生とは「自分」という存在を思い出す為の経験である。過去が『自分を苦しめるもの』だと感じ始めたのならば、人生の意味や「本当の自分」を思い出そうとしている。アイヴスによって過去に隠される残り3つのパーツを探すには、黄昏に生きながら、孤独な宵を経験する必要がある。

    現在と未来は既に手の中にあるのだから、過去を遡り、過去と現在と未来、3つの時間が一本の赤い線で結ばれ円環を描いたのならば全てが明らかになるだろう。

    名もなき男はオッペンハイマーになった

    ということで、今回の「TENET」考察はこれにて終了である。今回の考察では「3」という数字が多く出てきたと思うけれど「名もなき男」にも三重に意味が重なっている。

    名前が無いのは『物語の主人公では無い状態』を表しているから。自分が何者なのか分からないのならば「名前」が無いのと同じこと。

    名前が無いのは『TENETが誰にでも当てはまる物語』であり、誰もがこの物語の主人公になる可能性があるから。逆行する時間に深く潜り込んだのならば、未来の自分に出会う可能性がある。

    そして、名前が無いのは『人間は現実世界の生き物である』ことを表しているから。TENETは精神世界のお話であったけれども、主人公だけが現実世界を「生きていた」。

    現実で原子爆弾を作るのは生きている人間である。クリストファー・ノーラン、次の作品は原子爆弾の父を描いた「オッペンハイマー」であるが、その名前は「名もなき男」が「TENET」終了後に神から与えられた名前である。

    何が言いたいのかというと、自分自身が「オッペンハイマー」という物語の主人公になったつもりで心して観るべし。「暗闇(死)」が体験できるかもしれない。日本公開がいつになるのかまだ不明ですが…。

  • 2ch「このルートの人間はパラレルワールドを信じるか?」というスレの解説をしてみる その1

    2ch「このルートの人間はパラレルワールドを信じるか?」というスレの解説をしてみる その1

    2ちゃんねるのオカルト板の中でも有名な「このルートの人間はパラレルワールドを信じるか?」というスレ。2014年に書き込まれたものであるが「予言らしきもの」として話題になった。今もこのスレについて考えている人は多いのかもしれない。

    1: 本当にあった怖い名無し 2014/07/19(土) 23:57:26.06 ID:j9wpobb55
    信じるならば聞くべきだ。しかし確定した事項ではない、過信はするな。
    
    近いうちに未来分岐が起こる。
    今回の分岐は大きいものとなるだろう。
    このルートの人間はパラレルワールドを感じたことはあるか?
    分岐とは非常に高い頻度で起こっている。

    こんな書き出しから始まったスレであるけれど、2014年時点で「未来の大きな分岐」を予言(推測)している。この書き込みをした人は自分のことを「推測者」であると言う。

    ところで、わたしがこの記事を書こうと思ったきっかけは、わたしが知っている「パラレルワールド」と同じものを見ているのが、このスレの「推測者」さんであったから。わたしの考える「パラレルワールド論」を補強できるようなスレであるので、解説してみようかな、と思った次第。

    「推測者」さんは「パラレルワールド」がどんなものか理解した上で、2chのオカルト板であることを考慮し読者の興味をひくように「パラレルワールドの真実」を書き込んでいるようだ。このスレに注目を集めることで「推測者」さんの意図するものに目を向けさせようとしている。それは「よーさん予言スレ」でよーさんがしていることと同じように思える。

    このスレ内容は「不思議.net」さんの記事にわかりやすくまとまっている。知らない人は先に読んでおくといいかも。コメント欄も興味深いのでおすすめです。

    4つの分岐と分岐の時期について

    これから起きる大きな分岐の予言

    3: 本当にあった怖い名無し 2014/07/20(日) 00:05:05.72 ID:GtY+YQMyC
    これは大きな分岐の予兆となる。
    分岐の多くは人為的に、稀に自然により引き起こされるが、今回の分岐は確実に人為的だ。
    しかし分岐とは必ずしも決断ではないことをまず理解しておいてほしい。

    まずはスレ内容を追いながら分岐の内容について確認していきたい。この分岐については『確実に人為的』、尚且つ『分岐とは必ずしも決断ではない』と言う「推測者」さん。

    分岐点は不定期ながらに存在し、それらを回避することは実質的にできない。回避は壊滅を意味し、選択権の剥奪となるためだ。分岐点から分かれるルートの数は不確定だが、今回与えられたルートの数はおおまかに4つほどだ。
    
    1、ほぼ変化のみられない、回避に限りなく近いルート。
    
    2、世界は変化する。それはもはや人類の知る世界ではないが、滅亡へのルートからは限りなく離れられるだろう。
    
    3、世界のバランスが崩壊し、2とは違う変化を起こす。もはや概念は全て無意味となる。
    
    4、これについては少し説明が要るので、聞きたい者がいれば簡単に答えよう。しかし詳細は話せない

    このように分岐は4つあるという。一旦分かりやすいようにまとめておく。

    1のルート:ほぼ変化はみられず、回避に限りなく近い。
    2のルート:世界は変化し、滅亡から限りなく離れる。
    3のルート:世界のバランスは崩壊、概念は無意味になる。
    4のルート:後ほど説明。

    「ある者」は2つの選択肢に気が付く

    今回の分岐における鍵となるのはある者のたった一つの決断だ。しかしそれらは1の分岐とは全く関係がない。1の分岐は限りなく自然に近い人為的な分岐だからだ。ある者は2つの選択肢を与えられる。内容は、簡単にいえば「イェス」か「ノー」。イェスは2へ、ノーは3へ繋がる。
    しかし1のルートのみ例外だ。このルートは、そもそも選択肢が無かった場合のルートだ。人の関与する余地はほぼ無い。

    これら書き込みからわかること。まずは「ある者」のたった一つの決断によって、これら分岐のどれかに決定されるとのこと。

    「ある者」が2つの選択肢を与えられた場合のみ「2のルート」か「3のルート」を選べる。「1のルート」は「ある者」が選択肢があることに気がつかない場合であろう。

    4のルートについて

    4は1、2、3との関連性が皆無なルートだ。
    
    4に入る際にも選択肢は存在する。よって、本来ならば5、6とルートが増えるはずだが、しかし、イェス、ノー等のどの選択肢を選んでも、結果が変わらないため実質は1つのルートとなる。
    
    これを自然による分岐とみるか、人為的な分岐とみるかは五分五分といったところだが。
    
    このルートは人類の殆どにとって最悪のルートになるだろう。しかし回避する術はない。ルートへの要素が発生した瞬間に、このルートに入ることは確定する。つまり運が悪ければ4に入る、という認識で構わない。大災害や不治の病、に近い大規模な障害による壊滅や絶滅という結末を迎えるのがこのルートだ。

    4のルートに入るのにも選択をする必要がある。そうなると選択ごとにルートが増えそうであるけれど、そうでは無いらしい。5、6とルートが増えたとしても結果は変わらない為、このルートは一つとしてまとめられる。

    4のルートは大災害、不治の病、絶滅などが回避できない最悪のルート。このルートに入るのは「自然的」と「人為的」の五分五分らしい。

    分岐はいつ起きるのか

    >未来分岐が近いうちに起こるとのことですが、それは具体的にいつ?
    
    細かい日時などはルートによって微妙に異なるのでどうとも言えないが、東京オリンピックが開催される前に分岐は起こる。逆に、年号が変わるまで分岐は起こらない。全てのルートに共通してるのは以上の2点。
    
    付け加えると、分岐点は、短い時間のうちに多数の変化の可能性が発生したもので、原因は同じであっても分岐するタイミングにはズレが生じる。また、今回における4のルートのように、他のルートとの関連性が全くないものも珍しくはない。

    こちらは分岐がいつ起こるのか、という質問に対しての返答。なんと、年号が変わってから東京オリンピックが開催されるまでに分岐が起こると明言している。

    2019年4月30日までが平成だった。そして2021年7月23日からオリンピックが始まっている。ということは、2019年5月1日から2021年7月22日までの間に「ある者」の決断が行われたのだろうか。

    あと、みんなが質問せずに流しているけど個人的に気になったところ。
    
    >東京オリンピックが開催される前に分岐は起こる。
    >逆に、年号が変わるまで分岐は起こらない。
    
    東京オリンピックが開催されるのは2020年。それまでに平成の年号が変わる? 天皇陛下が無くなられるのか?
    2020年までに天皇が無くなって年号が変わるってかなりすごい情報じゃないか?

    こちらはスレに居た人の書き込みである。この人の言う通り、2014年時点でオリンピック前に改元されることを知っているかのような「推測者」さん。そしてこのコメントへの返答がこちら。

    >それまでに平成の年号が変わる? 天皇陛下が無くなられるのか?
    
    どうだろう。もしかしたら別の理由(法的な)かもしれない。
    ……という風に、断定するわけにはいかず、ある程度はぼかさなければいけない。私はヒントを与えた。それだけなのだ。後に誰かが答えに辿り着こうと、(冷たく、切り離したような言い方になってしまうが)知ったことではない。
    
    それで運命が変わるのなら、それは私が直接的な何かを教えなくても未来が変化した、ということになり、偶然から必然となる。もしそうなれば、また新たなパターンとしてデータは追加される。

    上皇陛下が退位の希望を国民に発表されたのが2016年であった。となると、やはり予言のように思える。さらには、新型コロナウィルス騒動は2019年12月初旬から始まっている。分岐が起きるであろう期間にこの大きな出来事が起きているのは気になるところ。

    そして現在は2023年なので、既に分岐が起きているはずだ。果たしてどの分岐に進んでいるのだろう。次の章では分岐を決める「ある者」について考えていきたい。

    1のルート:ほぼ変化はみられず、回避に限りなく近い(ある者は選択肢に気がつかない)
    2のルート:世界は変化し、滅亡から限りなく離れる(ある者は選択肢に気がつく)
    3のルート:世界のバランスは崩壊、概念は無意味になる(ある者は選択肢に気がつく)
    4のルート:大災害、不治の病など、世界の壊滅(自然的か人為的)

    分岐の鍵となる「ある者」について

    権力者や指導者

    >分岐における鍵となる「ある者」とはどのような存在?
    
    分岐に影響を及ぼすのは国の権力者や指導者などが主で、今回もそれは変わらない。ただし、その存在が日本における権力者または指導者とは限らない。が、具体的に誰とは言えない。それは私のような推測者が、決してやってはいけないタブーだ。

    「ある者」についての質問への返答である。決断をする「ある者」は国の権力者や指導者などが主であるという。

    もう1つ質問させてください。分岐のカギになるのは国の権力者・指導者の決断とのことだけど、それはどのような決断?
    
    戦争や外交といった国際関係に関する決断なのか、温暖化、人口問題、資源など地球環境に関する決断なのか?それとも、異世界・異星人・真実の歴史などの隠された情報の開示に関することか?
    
    分岐に影響を与える者が科学者ではなく国家の為政者ということは、革新的な技術や理論、つまりテクノロジーによって未来に大きな変化が起こるわけではなく、その変化は政治によりもたらされる、という解釈で合っていますか?

    「ある者」の決断とはどんなものなのか?という質問に対しての返答が以下である。

    決断の多くは、1番目の「戦争や外交」に関するものが多い(全てではないが)。おおかた予想がついているとは思うが、やはり戦争の勃発などは分岐の代表例ともいえる。
    
    しかし、かといってテクノロジーの進化などが分岐に関係ないというわけでもない。確かに分岐の原因として世紀の大発明があったりはする。が、それをどう利用するかによってやはり分岐は発生する。例えばある科学者が永久機関を開発したとして、それの利用方法を決断するのはやはりその国のトップだろう。
    
    その国のみの利用で留めるか?それとも他の国にも技術を販売、または譲り渡すか?答えは「イェス」か「ノー」、そして長い時間を経てうやむやにする「タイムオーバー」。このような分岐も存在する。

    決断のきっかけの多くは「戦争や外交」に関するものが多い、とのこと。そしてテクノロジーの進化なども少なからず分岐に関係しているし、そのテクノロジーをどう利用するかによっても分岐が発生するという。

    >決断の内容は国際関係、地球環境、情報の開示のどれが一番近いですか?
    
    その中では、やはり国際関係の決断ということになるだろう。(4は例外的で間違いなく地球環境だが)

    そして決断の内容としては「国際関係」とのこと。一方で4のルートに行くための決断内容は「地球環境」に関すること。

    「ある者」とは誰なのか

    ここまでまとめてみると「ある者」は国の権力者や指導者。分岐への決断のきっかけは「戦争や外交」であり、その決断内容は「国際関係」であるとのこと。

    「推測者」さんのこのような書き込みから「ある者」について、現在の世界の状況と照らし合わせながら考察している人もいるかもしれない。

    2022年2月からロシアとウクライナの戦争が始まり、世界の状況にも動きがある。「ある者」が何かを決断したことが原因かもしれない。

    けれど、この記事では現実で起きている戦争とか政治とか国際情勢とかには一切触れない。それらは「ある者」や「パラレルワールドの真実」を知るためには本質的には関係の無いこと。「推測者」さんもそのことを理解しているはずだ。

    けれど国の権力者や指導者である「ある者」が「パラレルワールド」の選択を行なっているのは確かである。

    推測者と観察者について

    「ある者」が誰なのか、そして「パラレルワールド」の真実を知るためにも「推測者」と「観測者」の違いについて理解することが重要である。ひとまずスレの中から「推測者」と「観測者」について書かれているところを以下に抜粋してみる。

    >「推測者」って聞きなれない言葉だけど、未来を予測する人って意味かな?
    
    予測よりはある程度データが集まっている状態なので、推測という言葉を用いた。意味合いとしてはその考えでおそらく問題ない。
    
    観測者との違いは、推測者はあくまでルートの推測をするだけ。観測者は、ルートが変化したか、またはいつ変化したか、を断定する役割を持っている。(ルートが変化「した」というのは過去の出来事であるため、彼らには「断定」ができる)
    
    推測者でもそれは出来ない事も無いが、変化した、という断定と変化に至るまでの情報収集を同時にこなすのは、(趣味としては)ハードすぎる。
    まず、私に時を越える能力だったり、情報を時を越えて届けるといった物は持っていない。しかし、能力といえるのかは別として、別ルートの自分と精神を入れ替えることができる、というだけだ。「どういう状況で」「何が起こったから」そのルートになったのかという情報を、あらゆるルートの自分に問い、集めた情報を基に予測をしているだけだ。
    
    例えば、経済破綻の起こったルートの自分に対して、原因、状況、何が起こったのか、と大まかなことを聞き、それはこちらのルートでも起こる「かもしれない」ということになる。この「かもしれない」が偶然集結したものを分岐点となる。
    
    余談になるが、別ルートの自分との情報交換の方法は、何か紙などに質問を書き、しばらくしたらまた入れ替わって確認、答えが書いてあれば暗記して元のルートに戻り、パターンとして書き残す、という方法を多く用いている(少々面倒ではあるが)。

    推測者は推測する

    これら書き込みからわかる「推測者」についてまとめる。「推測者」はあくまでルートの推測をするだけ。その方法は『別ルートの自分と精神を入れ替える』というやり方。

    あらゆるルートの自分に問い、集めた情報を元に推測する。その情報については紙などに質問を書き、しばらくしたらまた入れ替わって答えを確認、パターンとして書き記す。その能力について、装置などは使っていないという。

    観測者は断定する

    同じく、書き込みからわかる「観測者」についてのまとめ。「観測者」はルートが変化したか、またはいつ変化したか、を断定できる。ルートが変化「した」というのは過去の出来事であるため、彼らには「断定」ができる。『観測者にとってはルート変更が過去の出来事であること』は重要ポイントである。

    パラレルワールドの真実

    パラレルワールドの基本情報

    ここからは少し「このルートの人間はパラレルワールドを信じるか?」というスレの内容から離れて、わたしの知る「パラレルワールドの真実」についてお伝えしていきたい。

    ところで、この記事を読む皆さんは「パラレルワールド」をどのように捉えているだろうか?「パラレルワールド」は「並行世界」とも言う。わたしたちは「パラレルワールド」についてこんな考え方を持っているのではないだろうか。自分の(誰かの)選択の数だけ世界が存在する。

    例えばある一本の道を歩いていたとして、道の分岐に出くわす。ここで「右の道へ行く自分」と「左の道に行く自分」という分岐が起きる。その時点で二つの並行世界が生まれることになる。

    パラレルワールドというオカルト

    このブログは「オカルトブログ」なのであるから、今回の「パラレルワールド」のはなしはオカルトとして読んでもらってもかまわない。

    けれど本当に、選択の数だけ「パラレルワールド(並行世界)」は存在するかもしれない。それは量子力学でいう「多世界解釈」というもの。「解釈」というのだからまだ決着がついていないし、つくかもわからないようなことだけれど。

    コペンハーゲン解釈に用いられた人為的な仮定を排除し、量子力学の基礎方程式の帰結をすべて素直に受け入れる。これが多世界解釈の本質だ。しかしその結果、我々の住む唯一の宇宙のなかで、ある現象が偶然起こるのではなく、すべての可能性は異なる宇宙のどれかで必ず実現していることを認めざるを得なくなる。
     有名なシュレーディンガーの猫の例で言えば、箱を開けた瞬間に猫が生死いずれかの状態に収縮するのではなく、我々が生きた猫と死んだ猫の存在するどちらの宇宙にいるのかを知るだけだ(しばしば宇宙が分岐したと呼ばれる)。

    「量子力学の奥深くに隠されているもの」 異なる宇宙ですべてが実現する 朝日新聞書評から

    パラレルワールド図解

    8つのルートがある宇宙

    ということで、わたしが知っている「パラレルワールドの全貌」を簡単な図にしてみたのでまずはご覧下さい。

    parallel-world8

    この図は簡易的なものであり、「8つのルート」が並行に描かれている宇宙の図になっている。8本のよこ線がそれぞれのルートである。この図は「観測者」から見たパラレルワールドで、「観測者」の8つの可能性が描かれている。「観測者」について多くは語られていないが、パラレルワールドにおいては「観測者」が最重要人物なのだ。

    順を追って、この図の意味するところを簡単に解説していく。

    左右の時間軸(西から東)

    この図の左から右に時間が進んでいる。私たちが通常体験している時間の流れである。この時間軸は「現実世界の時間」で、過去と未来を西と東で表現している。時間は東へ一方向に流れていて、いつかは「死」がある。どのルートでもこの法則は適用される。

    上下の時間軸(南と北)

    この図には上下の時間の流れもある。この時間軸は「精神世界の時間」で、過去と未来を南と北で表現している。私たちは「過去」のことを思い出したり、「未来」のことを予想したりすることがあるが、これも時間軸の移動になる。

    想像は自由だから、過去と未来を往来することができるので一方向ではない。どのルートでもこの法則は適用される。

    赤い線は観測者の視点

    この図には「観測者の8つのルート」が描かれているが、『赤い点は中心視点』である。8つのルートはどれも「観測者の可能性」なのだけれど、その「可能性」の中から一つだけを選ぶ必要がある。あるひとつのルート上にいる限り、その他の可能性を同時に体験することはできないということを表している。

    赤い点は「観測者」がある一つのルートを生きている「地点・時間」ということになる。左端の赤いたて線はその「観測者が誕生した瞬間」。そこから赤いよこ線を右に進んでいくと、右端の赤いたて線である「観測者が死亡する瞬間」に終着する。

    青い線は観測者であり推測者

    この図は『観測者の8つのルート』であると述べているから、赤い線と同じように青い線も「観測者の可能性」である。赤いよこ線のルートを生きる観測者にとって、青い7本のよこ線は別の可能性となる。

    観測者の別可能性である7つのルートは「観測者視点」でなかった場合のルートで、それは「推測者」のルートである。

    パラレルワールドひとまずのまとめ

    パラレルワールドには左右の時間軸があり、上下の時間軸がある。そして、1本の赤いよこ線が「中心となる観測者ルート」。7本の青いよこ線は「推測者ルート」であり『観測者の別可能性のルート』である。「推測者」は「観測者」の別ルートとして存在している。つまりスレ主である「推測者」さん自身も『観測者の別ルートを生きている』ということになる。

    パラレルワールドの真実

    さらに「パラレルワールド」の核心に迫ってゆきたい。実は、観測者の全ての可能性は、既に目に見えるものとして現れている。『観測者の別の7つのルート』は、単なる可能性ではなく「観測者」の目の前に「現実」として現れているのである。

    現在わたしたちの世界人口は約80億人(2023年時点)であるらしいが、「観測者1人」と観測者の他の可能性である「推測者たち」を足したものが世界の総人口になる。パラレルワールドの図は簡易的なものなので、世界人口が8人で表されているということになる。

    「観測者」と、観測者の可能性である「推測者たち」が同時に存在しているのがこの世界(宇宙)。今現在わたしたちの世界を生きている人々の中に「観測者」がたった1人だけ存在していることになる。

    ある者=観測者

    今生きている人の殆どが「観測者」が生まれた時に現れ、「観測者」が死ぬ時に消えてしまう存在であると言える。つまりこの宇宙(地球)は、赤いよこ線で表される「観測者」の人生の中のようなもの。

    そして、この世界にたった1人だけ存在する「観測者」は、スレ主さんが言う「ある者」のことを指す。「観測者」は普通の人間として、どこかで生きている。

    あらゆるルートの「自分」

    ところで、スレ主である「推測者さん」はルートの推測をするために、別ルートの自分と精神を入れ替えデータを収集していた。『あらゆるルートの自分に問い、集めた情報を基に予測をしているだけだ。』と言うように、スレ主さんは様々な「別の可能性」とコンタクトをとっている。

    スレ主さんの言う「あらゆるルートの自分」は「観測者の別の可能性」のことである。先ほど述べたように、私たちのほとんどが「観測者の別の可能性」を生きている。そして、スレ主さんは「別の可能性」を「自分」だと思っている。

    ということは「観測者の可能性」である全てのルートは「自分」なのである。もちろん「観測者」も可能性のひとつであるのだから「自分」である。この世界に存在する人間全てが「自分」ということになる。

    「自分」について考える

    自分という視点

    この世界に存在する人間全てが「自分」であるということを理解する為に、「自分という視点」について考えてみたい。話が次々と飛ぶようであるけれど、これは「パラレルワールド」を理解するのに一番大事なこと。

    人間が「わたし」や「ぼく」という「自分の視点」を持っていることは、当たり前のようですごいこと。決して「他者」の目線から世界を見ることはできない。

    人間であれば誰もが持っている「自分という視点」。みんながみんな「自分」である。「自分という視点」が沢山存在しているのがこの世界。けれど人間には「自我」があるから、「自分」と「他者」という区別をする。

    「他者」もまた「自分という視点」を持つものなのに、「自分という視点」から見ると「他者」に見える。おかしなことを言っているようだが。

    自分と他者

    これは、とてもややこしい話である。分かり易くする為に、自分(わたし)を「Aさん」・他者(あなた)を「Bさん」としておく。「自分(Aさん)」から見ると自分では無い者は「他者(Bさん)」である。けれど「他者(Bさん)」は自分自身のことを「自分(Aさん)」と言う。

    Cさんでも、Dさんでも、Eさんであっても、彼らは自分自身のことを「自分(Aさん)」と言うだろう。人間が「自分(Aさん)」という視点から外れることは無いということ。当たり前の事を言っているようだけれど。

    世間には、幽体離脱・体外離脱と呼ばれる不思議な体験をする人がいる。自分の肉体から抜け出してしまうのだから「自分」から外れてしまうような体験に思われるが、結局は「自分視点」で動き回ることになる。やはり「自分という視点」からは抜け出せないということ。

    神の正体について

    唐突ではあるが、ちょっと「神」について考えたい。人間は『神とは何か?』という問いに向き合い、考え続けてきたが、その答えは多様である。

    神がどのような存在であるかについての様々な考え方は、宗教や哲学などに見ることができる。以下にその主なものを挙げる。これらの考え方がそれぞれに両立可能なのか不可能なのかは個人の解釈にもより、一概には言えない。

    Wikipedia(神)

    以下はWikipediaから引用した、人間が考えてきた「神という存在」についての結論一覧。第一原因、様々な物事に宿るもの、恩恵を与えるもの…などなど。

    • 創造主(ギリシア語ではデミウルゴス)、第一原因としての神。全ての物事の原因を辿って行ったときに、全ての原因となる最初の創造(創世)行為を行った者として、想定される神。
    • アニミズム(汎霊説)における神。洞窟や岩石、山、水(泉、滝)など自然界の様々な物事(あるいは全ての物事)に固有の神。それらの物事に「宿っている」とされる。
    • 守護神、恩恵を与える者としての神。神は信仰、犠牲、祈りなどに応じて現世や来世における恩恵を与えてくれる存在であるとする考え方。
    • 人格神。神が人と同じような人格(や姿)を持つとする考え方。
    • 現実世界そのものとしての神。この世界のありようがそのまま神のありようであるとする。例えばスピノザはこのような考え方を採った[要出典]ことで知られている。汎神論。
    Wikipedia(神)

    このように「神」については多様な意見があるけれど、わたしが辿り着いた「神」という存在の答えがある。「神」とは単に「自分という視点」であるということ。「自分という視点」は第一原因であるし、様々な物事に宿るものであるし、恩恵を与えるものでもある。

    『神は全知全能』と言われることがあるが、この世界に存在する『自分という視点の全て』こそが「神」だから、そのように言われる。「自分という視点」を「ひとつ」にまとめるならば、「自分という視点を持つ者」全ての能力を持つことになる。

    あらゆる自分が集合するパラレルワールド

    「自分という視点」について少しは伝わっただろうか。当たり前のことすぎて「自分という視点」について考えることはあまりないのかもしれない。さて、ここまでの考察からわかる「パラレルワールド」とは?

    パラレルワールド論で語られる『別の世界線』や『別の可能性』というのは、単に「他者の人生」ということになるし、それは「自分」である。親、子供、友人、先生、同僚…。自分が認識できる全ての人間が「別ルートの自分」であり、「自分が選ばなかった可能性」を生きているのが「他者」なのである。

    ひとつの宇宙にひとりの人間

    『別ルートの自分』『別の世界線』という言葉を使うと、あたかも遠い遠い別宇宙の話のように思えるが、実はそれも間違いでは無い。「他者」はまったくの別宇宙に存在している。同じ空間に居るようで、実際は同じ空間には居ないのである。

    「ひとつの自分視点(ひとりの人間)」は、ひとつの宇宙の主(あるじ)である。ひとつの宇宙には1人しか存在できない。わかり易く言えば、たった1人で宇宙に存在しながら、VRゴーグルをつけて地球を体験するゲームをプレイしている、という感じ。同じ空間(地球)に沢山の人間が居るように見えているだけ。

    つまり現実ですぐ隣に誰かが居たとしても、その人はまた別の宇宙にいる。これは比喩や例え話では無い。「自分」がそれぞれ別宇宙に存在しながらも「あらゆる自分視点」がひとつの宇宙に集まっているのを感じているのが私たち人間なのだ。

    地球にしか無い自分視点

    根拠は示さないのだけれど「自分視点を持つ者」が住めるのは「地球」だけである。この前提は絶対であるから「違う宇宙」に生まれても「地球」に存在することになる。宇宙の数だけ「地球」が存在している。

    どの宇宙に生まれても「地球」という場所で「他者」を感じる。けれどその「他者」は別宇宙の「地球」に居る。

    唯一無二の存在

    「ひとつの自分視点(ひとりの人間)」が生まれると姿形・性格もひとつに決まる。その情報は遺伝子に書き込まれている。「ひとつの自分視点」においては、遺伝子と同じように人生がどうなるかも決まっている。

    同じ遺伝子を持った人間が別世界で全く別の人生を歩む、ということは無いのである。言い換えれば、別の人生を歩む時、遺伝子(姿形や性格)は変化してしまうということ。ひとりの人間(ひとつの自分視点)は唯一無二の存在である。

    一卵性双生児は遺伝情報が100%同じと言われているが、最近の研究では100%同じとまでも言えないような結果が出てきているようだ。

    しかしながら、近年、一卵性双生児の間で異なる遺伝情報があることが明らかになってきた。
    米アラバマ大学の研究チームは、2008年2月に発表した研究論文で、「一卵性双生児のゲノムは同一ではない」ことを示した。
    アイスランドのバイオ医薬品会社デコード・ジェネティックスの研究チームが一卵性双生児381組とその親、配偶者、子を対象に遺伝情報を解析した研究でも、これを裏付ける結果が出ている。
    研究チームは、2021年1月7日、遺伝学専門学術雑誌「ネイチャージェネティックス」で「初期発生段階で発現した平均5.2個の突然変異により、一卵性双生児は異なる遺伝情報を持つ」との研究論文を発表した。

    Newsweek 「一卵性双生児の遺伝情報は同一ではない」ことが明らかになってきた

    輪廻転生とパラレルワールドの関係

    自分視点で考える輪廻転生

    自分視点=認識

    パラレルワールドについて、さらに理解を深める為に「輪廻転生」という概念についても説明してゆきたい。『何度も生まれ変わる』のが「輪廻転生」であるが、wikipediaに載っていた輪廻転生についての説明を読んでみる。

    仏教における輪廻とは、単なる物質には存在しない、認識という働きの移転である。心とは認識のエネルギーの連続に、仮に名付けたものであり、自我とはそこから生じる錯覚にすぎないため、輪廻における、単立常住の主体(霊魂)は否定される。

    Wikipedia 輪廻

    仏教における「輪廻」は『認識というはたらきの移転』であるという。「認識」は「自分」があるから行われるもの。「自分」という主体があるからこそ世界を認識できる。「認識=自分という視点」として良い。

    『輪廻における、単立常住の主体(霊魂)は否定される。』とも書かれているように「自分視点(認識)」は常に移り変わるエネルギーのようなものであるから、それを主体(霊魂)とは呼ばないのが仏教の教えである。

    固定された自分視点

    生まれ変わりというと、魂が肉体に乗り移るというイメージがあるが、「自分視点(認識)」はずっと固定されていて『見えているもの』が変わる(移転する)というのがわたしの理解する輪廻転生である。このブログでは「自分視点(認識)」は『固定された主体』であり、その主体が輪廻を作り出していると解説している。

    仏教で『主体(霊魂)が無い』と教えるのは、輪廻から解脱することを目的としているから。主体があるからこそ輪廻が作り出されてしまうので、それを否定する。

    関連記事:この世界の真実(最終解答編)後編

    認識という個性

    「認識(視点)」とは「世界の見方」である。目の前にあるものを、どう感じるかは個々の「認識(視点)」が決める。同じものを見ていたとしても、それをどのように感じるかは人によって違うことがある。

    輪廻転生を体験している「自分視点」を固定すると「見ているもの(自分以外のもの)」の方が移転し続ける。だから「生まれ変わる」という表現よりかは『視点(認識)の移転』の方が正しいと言える。

    輪廻転生によって様々な「認識」を体験することができる。人間が五感で感じる「世界」は「自分という視点(認識)」が第一原因である。「自分視点」とは、移り変わるエネルギーであり、唯一無二の遺伝子であり、魂であり、神である。

    生まれ変わりには順番がある

    輪廻転生を信じるならば、前世や来世が存在する。生まれ変わることで、今現在の人生とは違う「自分視点」で世界を見ることになる。輪廻転生の話をしたけれど、パラレルワールドとはどんな関係があるのか。こちらの図を見て欲しい。

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    赤い線は「観測者」が生まれてから死ぬまで、青い線は「推測者」。左から右に時間が経過している。真ん中にある、たての青い破線は2023年を示してみた。この図はひとつの例である。

    全部で8本のよこ線にはそれぞれに数字がふってあるけれど、これは生まれ変わる順番を示している。人間は生まれ変わることで「自分視点(認識)」が移転すると述べたけれど、その移転には決まった順番があるということ。

    この世界を生きる人間全てにこの「生まれ変わり番号」が振られている。私たちは輪廻転生を繰り返しながら、順番通りに「視点」を移転させている。その順番については人間に理解できるものではないが、一つだけ分かっていることがある。

    最初の視点と最後の視点

    この世界に存在する人間の中で「一番最初の自分視点」を持つ者が「観測者」であるということ。そして「一番最後の自分視点」も「観測者」である。図には書いていないけれど生まれ変わり最後の番号は9番になる。

    この図の世界に生きるのは全部で8人であるが、「一番最初の自分視点」と「一番最後の自分視点」両方を持つ者が「観測者」。1人の人間が生まれ変わりの最初と最後を担っているのである。

    図を見ながら説明すると、「観測者(1番)」が死亡したら「推測者(2番)」に生まれ変わる。そして「推測者(2番)」が死亡したら次の「推測者(3番)」に生まれ変わる、という感じ。そうしていって「推測者(8番)」が死亡したら「観測者(9番)」に生まれ変わる。

    「観測者」は最後の視点(9番)でもあるのに、最初の視点(1番)でもある。最初と最後は1人の「観測者」が掛け持ちしているので「観測者(9番)」が死亡したら「観測者(1番)」に生まれ変わる、ということはない。

    重なる自分

    図の中の、たての青い破線上にある、1(9)・2・4・6・8番という「5つの自分視点」を見てほしい。2023年のとある時間に、『生まれ変わる前の自分』と『生まれ変わった後の自分』が同時に生きている。

    例えば「推測者(6番)」にとって、来世である「推測者(8番)」と同時に生きていることになる。「推測者(8番)」にとっては「推測者(6番)」は前世である。この世界では、来世や前世の自分と触れ合い、会話をすることだってできる。

    過去の自分や未来の自分が目の前に存在しているのが「パラレルワールド」の不思議。「自分」から見た「他者」という存在は、必ず、自分自身の前世または来世であるということになる。

    観測者が生み出したパラレルワールド

    生まれ変わりに順番があるのならば、私たちが良く知っている過去の歴史上の人物なども順番の中に含まれていると考えるかもしれない。けれど「パラレルワールド」は「観測者」が生まれてから死ぬまでの間だけ存在している宇宙である。

    「観測者」の宇宙とも言えるこの世界は、「観測者」が最初の視点を持ったと同時に生まれている。そして同時に多くの「推測者たち」も生まれる。「観測者」が最後の視点を持った時に、この宇宙は終焉する。

    だからこそ「観測者」が生まれる前に存在したとされる「人間」に番号が振られることは無い。「情報」として存在するだけとなる。あくまでも「観測者」が生きている期間(時代)に存在する人間だけがパラレルワールドを構成していて、それが「現実」になる。

    輪廻転生は永遠に続く

    「最後の視点」があるということは、輪廻転生には終わりがあるということになる。「推測者」はいつかは「観測者(9番)」の視点へと変わる。しかしながら、「最後の視点(9番)」は「最初の視点(1番)」でもあるから輪廻転生は既に始まっている。「パラレルワールド」とは輪廻転生が永遠に続いてしまう世界である。

    過去(前世)・現在(現世)・未来(来世)という現実

    私たちは「自分視点」に立った時「現在」を感じているはずだ。ここまでの解説通り、「自分視点」から見た「他者」は前世の自分であったり来世の自分であったりする。つまり『自分が現在』であり『他者が過去と未来』なのが、パラレルワールド。

    『過去・現在・未来は同時に存在している』という言葉を聞いたことがあるかもしれない。その言葉が正しいか(信じる)・正しくないか(信じない)、などと議論をするまでもなく、目の前に「過去と未来」が存在している世界を生きているのが私たちである。

    タイムリープする「観測者」

    「観測者(1番)」の次の視点は「推測者(2番)」であり、その後「推測者(8番)」という経験を終えたら「観測者(9番)」になる。このように「観測者」も生まれ変わり順に含まれてはいるけれど、「推測者」と決定的に違うのは、最初と最後を掛け持ちしていること。

    「最後の視点」を持つ者なのだから「推測者(2番)〜推測者(8番)」の人生を既に経験しているはず。けれども「最初の視点」を持つ者でもあるのだから、「推測者(2番)〜推測者(8番)」の人生をまだ経験していない。

    「観測者」は自分自身の全ての可能性を知りつつも、その可能性を知らない。こんな矛盾を持つ「観測者」だからこそ使える魔法がある。その魔法は、世間では「タイムリープ」と呼ばれている。

    タイムリープ(和製英語:time leap)は、日本語に直訳すると「時間跳躍」となる。和製英語で『時をかける少女』で登場した造語。

    「タイムリープ」は一般的に「自分自身の意識だけが時空を移動し、過去や未来の自分の身体にその意識が乗り移る」という意味で使われており、自分自身が意識・身体とも時空を移動することを意味する「タイムトラベル」と使い分けられていることが多い。

    タイムリープ(Wikipedia)

    「観測者」は時空を移動して様々な視点(認識)を経験することができる。パラレルワールドでは、一人が一つの宇宙に住んでいるが、「観測者」はそれら宇宙を次から次へと乗り移ることができる。「タイムリープ」については、次回の記事で詳しく書く予定です。

    輪廻転生する「推測者」

    一方「推測者」は輪廻転生という仕組みで、順番通り『生まれては死ぬ』を繰り返している。「タイムリープ」することが出来ないから、地道に輪廻転生を繰り返すのみとなる。

    可能性の移転を繰り返すパラレルワールド

    「自分視点」を順番通りに移転する私たち。全ての可能性を経験する「観測者」と「推測者」である。「観測者」が生まれ、「推測者」として経験を積み、「観測者」として死ぬのがパラレルワールド(輪廻転生)の真実。

    残念ながら、輪廻転生から抜け出す方法など存在しない。この宇宙は「観測者」によって生まれているが、輪廻転生を抜け出したいと思っている「推測者」は、いつか輪廻転生を創り出す「観測者」になってしまうのだから。

    終わったと思ったら始まるのだから、人間はずっと渦の中に閉じ込められたまま。「解脱」とは輪廻から抜け出すことだと考えるかもしれないが、「解脱」とはこのシステムを理解すること。だからわたしは「解脱」をおすすめしない、と何度かこのブログで書いている。抜け出すことができないことを知ってしまうのだから。

    前編のまとめ

    今回の記事はここまでにしておく。最後に、今回明らかにした「パラレルワールド」の秘密についておさらいしておきたい。

    8つの可能性

    この地球に8人の人間が住んでいるとしたら、「観測者1人」と「推測者7人」という割合になる。観測者という1つの可能性と推測者という7つの可能性、合わせて8つのルート(8つの可能性)が存在しているのがパラレルワールド。

    しかし、パラレルワールドは「観測者」という中心人物が創り出している「観測者」の視点から見た世界であるから、その他「推測者」も存在している。「推測者」は「観測者」の別の可能性を生きている。

    ひとりひとつの宇宙

    地球には多くの人間が住んでいるように思えるが、地球に実在しているのはたった1人。目に見えている「他者」は別宇宙の地球に存在している。

    自分が集合した宇宙

    この地球に存在する8人(観測者1人と推測者7人)は皆「自分」という視点を持っている。けれども自我によって「自分以外」の人間を「他者」と感じてしまう。

    パラレルワールド論で語られる『別のルート(世界線)』や『別の可能性』というのは、単に「他者」のことである。みんながみんな自分を自分と思っているのだから。私たちは自分の様々な可能性がすぐ目の前に存在する世界を生きている。

    輪廻転生番号

    この地球に存在する8人(観測者1人と推測者7人)には生まれ変わる順で番号が振られている。パラレルワールドを生み出した「観測者」は、最初(1番)と最後(9番)の番号を掛け持ちしている。

    推測者(2〜8番)は、いづれ最後の輪廻転生者である「観測者(9番)」に生まれ変わるが、一番最初の転生者でもあるので、輪廻はまた始まっている。最初と最後が同じ人間(観測者)なので、輪廻を永遠に繰り返してしまうのがパラレルワールドである。

    推測者と観測者の違い

    「推測者」はルートを推測し、輪廻転生を順番通りに進んでいる。「観測者」はルートを断定し、タイムリープで時空(未来と過去)を移動している。

    次回に続く

    簡単にまとめてみたけれど「パラレルワールド」のだいたいのところは説明できたはず。まだまだ全ての秘密を明らかにできていないので次回へと続く。

    今回「このルートの人間はパラレルワールドを信じるか?」というスレからあまり考察ができていないけど、次回から踏み込んでいこうと思います。

    「上下の時間軸」について、観測者が使う「タイムリープ」の詳細について、スレ主さんが言う「4つの分岐」の意味について、そして「ある者(観測者)」とは誰なのか?ご期待ください。