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    「TENET テネット」オカルト考察 その3

    久しぶりにTENETを見たので、再び考察を書きたいと思う。映画が公開されたのが2020年ですぐに考察を書いたのだけど、2023年の今、その頃とは世界の見え方がだいぶ変わっているので、TENETの見え方も変わった。

    当時気がつけなかったことが多くあったので、その1その2とはなるべく切り離して書きたいと思う。タイトルにもありますが、UOZAブログ的オカルト考察です。心してお読み下さい。

    アルゴリズムを作ったのはプリヤだった

    まずは今回見直して気がついた大きなこと。アルゴリズムを作ったのが「プリヤ」だったとわかった。正確には「女たち」ですが。何故そう思ったのかは、名もなき男がプリヤと「アルゴリズム」の話をしたシーンを見て。そのシーンのセリフを書き起こしてみた。字幕版のものです。

    プリヤ:あれは世界に一つだけ 作った科学者は自殺、二度と作れない
    名もなき男:未来の人か
    プリヤ:何世代も後の
    名もなき男:なぜ自殺した?
    プリヤ :マンハッタン計画を?世界初の原爆実験でオッペンハイマー博士は 連鎖反応が世界を飲み込むことを恐れた
    名もなき男:幸いそうならなかった
    プリヤ :自殺した科学者は確信していた アルゴリズムで我々を消滅すれば、自分たちも消滅すると

    プリヤがアルゴリズムを作ったと気がついた箇所は太字のセリフ。わたしが見直したのは吹替版の方だったのだけれど、それがこちら。

    プリヤ:自殺した未来の科学者は危惧ではなく確信した 彼女が開発したアルゴリズムで我々を消せば自分たちも消滅してしまうと(吹替版)

    「彼女が開発したアルゴリズム」と明言しているプリヤ。“彼女”だけではプリヤとは言い切れないし、アルゴリズムが作られたのは何世代も後ということだから、プリヤの年齢だと辻褄が合わない。ひとまず、アルゴリズムを作ったのが「女」であることは確定できる。

    前回見たときはこのセリフに気がつかなかったので、わたしはセイターがアルゴリズムを作ったと書いてしまった。ここでお詫びして、訂正しておきます。当時のわたしはまだまだ理解できていなかったが、セイターは思ったよりもっと重要な役割であった。

    今回は「アルゴリズムの制作者」について紐解くことを目的として、その過程でさまざまな考察をしていきたいと思う。

    名もなき男の心の内(心情)がTENET

    心が現実を作る?

    TENETのあらすじを追うと、TENETは「名もなき男」の『心の内の世界』であることがわかる。「現実(映画内)」で起こる様々な出来事は『彼一人の心の内』に起きていること。わたしたちは「現実」のことを「自分一人の心の内」だとは思っていないはずだ。

    人間は、様々な出来事を心で「受け取り」反応(行動)する。その反応(行動)は積み重なり「過去」となっていく。確実に人類の行動が「現在」や「未来」を作っていると言える。それなのに、出来事に反応した結果である「現実」に『自分の力は及んでない』と感じている。

    受動的現実

    多くの人が目に見えている世界を「受動的」に感じている。世界全体に自分という個人の力が及ぶことなく、自分は『単なる世界の一部』として存在している、と思ってはいないだろうか。

    自分自身の行動が「未来」を作っている、と強く感じているのは環境活動家かもしれない。地球環境の破壊を防ぐために、アクションを起こしている。けれど『世界が自分の思い通りになっていない』と感じているから、そのような活動をしている。だから彼らは「受動的現実」を生きている。

    「環境破壊のない世界」を心の内で望んでいたとしても、それが「現実」には表れていない。もちろん、すぐには環境は変わらないから、いつかそんな世界がやってくることを願って行動しているのだろう。

    受動的現実とは、現実を受け止め、その現実について心が表現すること。今の世界を見てどのように感じるだろうか?「素晴らしい世界だ」とか「生き辛い世の中だ」とか様々に感じることは、目に見える現実を心で表現しているに過ぎない。

    受動的現実:現実(前) → 心(後)

    能動的現実

    「現実」に『自分の力が及んでいる』と思うこと。自分の行動が「現実」に影響していると感じたことはあるだろうか?行動とは心の反応の結果である。心→行動→現実という流れなのであれば、心が現実を作っているとも言える。

    もしも、心が「現実」を作っているのならば、様々な出来事に心が反応した結果の「現実」が、その反応と同じものとなる。「心の内」で感じたことがそのまま「現実」として表れていると思うのならば『現実に自分の力が及んでいる』ことになる。

    この話を聞いて「引き寄せの法則」というものを思い出した人がいるかもしれない。強く願えば思い通りの現実になる、というものである。『今すぐお金が欲しい』と強く願ったら、すぐに臨時収入があったなど。ちなみに最新の解釈では『既にお金を持っている』と思う方が良いらしい。

    けれど「引き寄せの法則」のようなものがあるならば、既に世界は平和になっているはず。「世界平和」を願う人は多くいるが、現実に現れていない。あるところでは平和であるが、あるところでは戦争が起きている。もしかしたら「世界平和」を本気で願う人が存在しないだけかもしれない…。

    「心の内」がそのまま表れているのが「現実」ならば、先に心の現象(願いなど)があって、その結果としての「現実」になる。とはいえ「現実」に起きる様々な出来事に心は反応するのであるから、心の現象の前に「現実」というものが必ず必要になる。

    『今すぐお金が欲しい』と思う為には、その前に『お金がない』と感じる「現実」が必要となってしまう。「心の現象」が起きる前に「現実」があるのは当たり前のことなのだから、「現実」の前に「心の現象」がある「能動的現実」は有り得ない。

    能動的現実:心(前) → 現実(後)

    TENETでは能動的現実が有り得る

    TENETという物語には時間の流れに「順行(過去から未来)」と「逆行(未来から過去)」があった。未来からの情報を頼りに、人類滅亡を防ぐ物語である。

    『過去(未来)からの情報』を受け取り心が反応して「現在」の行動を決め、その『行動(心の反応)』がまた「未来(過去)」になっていく。ループする世界である。

    つまり、「現実」の前に「心の現象」があることが有り得る世界を描いたのがTENET。「逆行する時間」が存在するならば『心の内がそのまま現実に表れている』世界も存在する。

    世界がループしているのならば「現在」は必ず『自分の心が反応した世界』になる。『自分の心の反応』が「過去」へ戻りまた「現実」になっていくのだから『世界に自分の力が及んでいること』が確実になってくる。

    2つの時間を繋ぐ中間者

    TENETでは2つの時間の流れを可視化している。私たちが普段感じている「現実」は「順行する時間」であるが、私たちが普段感じることのない「逆行する時間」を『現実のように』表現している。

    現実の出来事に「心」が反応した時『現実に自分の力は及んでない』と思うのならば、その「現実」は自分の心より先に存在していることになる。現実が先で心が後になる。これは「順行する時間」と言える。

    私たちは心で「喜怒哀楽」を感じたりするけれど、その心が「現実」を作っていると思うのならば、時間の流れが逆になる。心が先で現実が後になる。これが「逆行する時間」と言える。

    TENETでは、その2つの時間を繋ぐものが中間地点にあった。TENETという回文は「N」が真ん中にあるが、これが2つの時間を繋ぐ「名もなき男」である。

    名もなき男とは『現実に自分の力が及んでいない』と思いながらも、『自分の心が現実を作っている』とも思っている、ちょうど「中間の心情」を持っている存在なのである。

    一方、セイターは初めから未来の情報を活用し、現実を支配していた。『現実に自分の力が及んでいる』ことを確信している存在である。けれど、知りすぎることは破滅をもたらす。世界を救う名もなき男は忘れっぽい。

    目覚めて心の内に入る

    心は自分のものであるのに、心のことを知らない名もなき男。オペラハウスで眠りに落ち、船の上で目を覚ました時、名もなき男は『自分の心の内』に入ったのである。名もなき男は訳もわからないまま、世界を救うミッションを託されるが、それは『自分の心の内』を知るミッション。

    物語の中(心の内)で様々なことを経験すれば、最後には、全て自分が仕組んでいたことを知る。能動的現実(逆行する時間)を体験し、自分の力が現実に及んでいることを実感する。心(現実)は自分が作り出すものだと理解するのである。

    TENETの世界と私たちの世界

    私たちの生きる世界にも「未来から過去に流れる時間」が存在しているのだとしたら。私たちの心の内が、今見ている現実世界だということになる。

    ところで、オカルト好きなら「オーパーツ」という言葉を聞いたことがあるかと思う。

    オーパーツは、それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などを指す。英語の「out-of-place artifacts」を略して「OOPARTS」とした語で、つまり「場違いな工芸品」という意味である。

    オーパーツ(Wikipedia)

    その時代に作られたとは思えないものが発掘されたとき「未来」のものなのではないか?と考えられることがある。TENETに登場する「アルゴリズム」も、それぞれのパーツが過去に隠されていた。

    『未来のものが過去にあること』を、私たちはなんとなく感じている。予言のたぐいもそうである。これから起きることを、先に察知してしまうことは『未来のものが過去にあること』と同じ。

    わたしは様々なオカルト情報を吟味しながら生きてきたが、2020年にTENETを見て「時間が逆行」していることを「信じた」。だからこそ、このUOZAブログでは『未来のものが過去にあること』を訴えている。「逆行する時間」は本当に存在していて、未来からの情報が私たちの「現在」を作り出していることは確実である。

    私たちの物語でも世界は滅亡する

    TENETの主人公に名前が付いていないのは、誰にでも当てはまる物語であるから。時間が逆行していることを体験し、未来の自分自身に出会い、世界を破滅から救う物語。私たち誰もがその『心の内の世界(現実)』の「主人公」になる可能性を孕んでいる。

    『未来のものが過去にあること』を感じている私たちは、世界が滅亡することも知っている。これから訪れる滅亡を防ぎたいのなら、いちど『現実に自分の力が及んでいる』ことを強く自覚する必要がある。

    スピリチュアルやオカルト界隈には『現実に自分の力が及んでいる』ことを感じている人は多いかもしれない。『意識が世界を作っている』と語る人を見かけるから。けれど『現実に自分の力が及んでいない』ことも強く感じる必要がある。自分の本当の願いと目に見える世界が一致していないことを自覚することも大切なのだ。

    3人の男・3つの世界

    回る男たち

    前の考察にも書いたが、TENETで重要なのは「3人の男」。画面の中に「3人の男」が向きあうシーンがふたつあった。

    ひとつめのシーンはロータス社の中心に入り込む為『名もなき男・ニール・マヒア』が、飛行機をぶつける作戦を練っている時。

    もうひとつのシーンは、アルゴリズムを奪還し『名もなき男・ニール・アイヴス』がアルゴリズムを分割している時。

    このふたつのシーンには意味がある。ひとつめのシーンでは、向き合う3人の背後を左から右に回りながら撮影していた。TENETで「回る」と言えば、順行と逆行が交差する「回転ドア」である。3人が向き合う時と、回転ドアに入ることは「同じ」ことを意味すると思われる。

    曖昧で不確かな場所

    回転ドアは4つあった。オスロ空港のフリーポートとタリンのフリーポート、スタルスク12、TENET作戦の船。回転ドアがある場所の共通点とは何か?それら場所は『曖昧で不確かなもの』を象徴している。

    フリーポートとは租税回避地のこと。税金がかからないから富裕層がアート作品を保管しておくような場所。大切な物を有利に隠しておける場所である。税関を通ることのない場所であり、そこは国境が曖昧な場所と言える。

    タックス・ヘイヴンは、一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や地域のことであり、租税回避地(そぜいかいひち)とも低課税地域(ていかぜいちいき)とも呼ばれる。

    タックス・ヘイブン(wikipedia)

    スタルスク12は地図に無い場所であるから、公式には存在しない。そして海上の船も目に見えない場所を表している。このブログでは海を「目に見えないものの象徴」と定義していたりする。

    回転ドアがある場所は順行と逆行、2つの時間の流れが入れ替わる場所でもある。境界線が曖昧なフリーポート、公式に存在しないスタルスク12、目に見えない海、全て『曖昧で、不確かな場所』であると言える。同じように、男が3人向き合うシーンは「曖昧で不確かなものの象徴」だと言えるのだろうか?

    3人が表すもの

    善・善悪・悪の名もなき男

    3人が意味するところについては、その2の考察で既に書いていたので、それを引用する。

    人間には必ず『悪の側面・善の側面』が「自分」の中に存在している。そして自分が生まれ持った性の「反対の性」も重要なものである。私たちは人生の中でこの『3つの側面』と向き合いながら生きていくことになっている。意識しようと無意識であろうと、これは絶対なのだ。

    人間という生き物の心を暴くと、善の心・悪の心・そして善の心と悪の心が表裏一体になっている心、3つの心が存在していることがわかる。心の話はこのブログで書き続けていることなので、他の記事も参考にどうぞ。

    その人間の3つの側面(3つの心)について『悪の側面が「セイター」、善の側面が「ニール」、そして「名もなき男」の対の性として「キャット(女)」が存在している』と解説した。

    TENETは名もなき男一人の心の内の物語である。心の内に存在する「悪の心を持つ名もなき男」がセイター、「善の心を持つ名もなき男」がニールだと言える。だから、名もなき男は「善悪の心を持つ主人公」になる。

    過去・現在・未来の名もなき男

    TENETで3人の男が向き合う形で撮影されているふたつのシーンは、この3つの心を表現している…と言いたいところだけど、こちらはまた違う解釈になる。

    『名もなき男・ニール・マヒア』と『名もなき男・ニール・アイヴス』で表現されている3人は『過去・現在・未来の名もなき男』を表している。主人公である名もなき男は「現在」を表す。それはセリフからもわかること。

    エンディングでの『名もなき男・ニール・アイヴス』3人の場面。名もなき男とニールとの会話で、時間の挟み撃ち作戦を計画したのは誰なのか?と問うシーン。

    名もなき男:誰の作戦だ?
    ニール:君だ 君はその中間点にいる 出発点で会おう

    『君はその中間地点にいる』というセリフから名もなき男が「現在」を表していることがわかる。過去に隠されたアルゴリズムのパーツ、未来で作られたアルゴリズム、の中間でTENET作戦を計画し実行するのが主人公である「名もなき男」。

    ニールは逆行し「未来」から来て作戦に加わっているから、ニールが「未来」を表すことは確実である。残りの、アイヴスとマヒアは「過去」であるということになる。

    つまり3人の男が向き合うシーンは『過去・現在・未来の名もなき男』が集っている。そのシーンは過去なのか現在なのか未来なのか分からない『曖昧で不確かな時間』であると言えるかもしれない。回転ドア(曖昧で不確かな場所)と同じく。

    思考と心

    曖昧で不確かの意味

    回転ドアがある場所では、時間の逆行を目にするのだから、常識では考えられないことが起きている。その曖昧で不確かな状況に遭遇したら「頭の中(思考)」で理解しようと試みるはずだ。曖昧で不確かな状況は「思考の中でのみ」体験することができる。そこは「現実」からは切り離された場所と言える。

    TENETの世界は名もなき男の心の内であり、思考の中でもある。人間は思考で情報を判断し、それを受けて、心が感情を決める。「曖昧で不確か」という状況は『思考でまだ感情(心)を決めていないこと』を表している。

    現実から切り離された精神世界

    私たちが「順行する時間」しか知らないのは、「逆行する時間」は目に見えないから。人間の「思考」も目に見えないもの。つまり、「逆行する時間」は「人間の思考の中」であり、私たちはそれを「精神」とも呼んでいる。そこは現実から切り離された『思考と心で推測する』場所である。

    目に見えている「順行する時間」を現実世界と呼び、目に見えない「逆行する時間」を精神世界と呼ぶのが私たち人間である。精神世界は逆行しているのである。

    関連記事:現実世界と精神世界を行ったり来たりすること

    現実と精神の狭間

    3つの世界と3つの時間

    多くの人が気がついていないだろうが、TENETには「現実世界(順行する時間)」と「精神世界(逆行する時間)」の他にもう一つの世界がある。時間が存在しない「中間世界」である。つまりTENETの世界には「3つの時間」があることになるので、まとめてみる。

    現実世界…順行する時間(心が現れる)
    中間世界…時間なし(思考と心が不確定)
    精神世界…逆行する時間(思考と心で推測する)

    このようにまとめてみたけれど、順行する時間と逆行する時間に挟まれた世界には時間がない。TENET作戦でいう、ゼロ地点(N)も中間である。主人公である名もなき男、回転ドアのある場所、時間の挟み撃ち作戦10分間の真ん中、この3つはどれも「時間が無い」ことを表現している。人間(名もなき男)・場所(回転ドア、スタルスク12)・時間(0)中間世界にも3つの側面がある。

    3つの精神構造

    さらには3つの精神構造がある。「精神構造」とは『思考と心の働き』のことで、それも3つに分けることができる。心が現れること・思考と心が不確定なこと・思考と心で推測すること、これらはそれぞれ別の働きである。

    ところで、中間世界について『思考と心が不確定』としているが、その意味は、少し前に「回転ドア」がある場所を『曖昧で不確かな場所』と定義したから。けれど『思考と心は確定する』こともできる。

    男3人が向き合うシーンで表現されていたことは『曖昧で不確かな時間』であるかもしれない、と先ほど述べていたが、そのシーンは『思考と心で確定すること』を表現している。本来、中間世界は『思考と心を確定する時間』なのだけれど、中間世界があることを知らない人にとっては『思考と心が不確定な場所』となる。名もなき男は、最初『思考と心が不確定な存在』であるはずだ。

    中間世界で『思考と心を確定する』のは刹那とも言える一瞬であるから、場所というよりかは時間で表現する方がいい。人間とは2つの時間に挟まれながら常に「確定」している生き物である。その「確定」する瞬間は一瞬過ぎる為に、人間が感じられるような時間が「無い」。

    思考と心の違いについて

    中間世界と精神世界だけに「思考」があることに注目してほしい。思考は自由であり、過去のことを思い出したり、未来のことを推測したり、有りもしないことを想像することもできる。「精神世界(逆行)」では、思考で推測し、様々な心を体験することができる。

    そして、中間世界では『思考と心で推測したこと』を「確定」することができる。「確定」したことは「現実世界」に現れる。

    前の章では、名もなき男の「心の内」が現実世界であると述べたけれど、中間世界で確定したことが「心(現実世界)」として現れるということ。現実世界に思考は無く「心」だけが存在しているのである。

    関連記事:2つの時間の重なりが因果を生む

    3つの時間の流れ

    逆行する時間は自由

    いくつかTENETの考察を読んだけれど、逆行するのに順行するのと同じ日数がかかると思っている人がいた。それは当たり前で、順行と逆行が同時に起きているように感じるから。

    けれど逆行する時間は「思考と心の中」である。通常の時間の流れを無視することもできる。「逆行の世界」に限っては、時間の制約なく移動が可能だ。けれどそれができるのはおそらく「ニール」だけ。その理由については後述したい。

    中間にある情報

    今度は3つの世界における「3つの時間の流れ」について詳しくまとめてみる。

    現実世界…過去から未来へ時間が流れる(時間を移動できない)
    中間世界…情報が存在する(時間なし)
    精神世界…未来から過去へ時間が流れる(時間を移動できる)

    私たちも体験している順行する時間では、時間を移動できないのは当たり前のこと。けれど、逆行する時間では、時間を移動することができる。そして、中間世界には時間という概念がないから時間は流れない。けれど「情報」だけが存在している。

    ループする世界の中心にあるもの

    『過去(未来)からの情報』を受け取り心が反応して「現在」の行動を決め、その『行動(心の反応)』がまた「未来(過去)」になっていく。ループする世界である。

    初めの章でこう述べたように、TENETの世界はループしている。中間世界が順行と逆行という2つの時間を繋げているので、「情報」もループしている。「情報」とは、人間が残すありとあらゆる「記録」である。「情報」だけが時間のない中間にあり、「時間」を感じ「情報」を処理することができる人間がそこにいる。

    その「情報量」には上限がある。決まった「情報量」であるからこそループしている。この「情報量」のことをオカルト界隈では「アカシックレコード」と言ったりしている。「情報」の話に深入りするとTENETの考察がまとまらなくなってしまうので、今回はサラッと流しておきたい。

    一瞬が連続する「現在」

    中間世界で『思考と心を確定する』のは刹那とも言える一瞬である、と言ったけれど一瞬で「情報」を判断し、その判断が連続するのを「現在」と感じているのが人間。つまり「中間世界」は「現在」とも言い換えられる。

    劇中「情報」を掴むことが戦いに有利になることが語られていた。「現在(中間世界)」で情報を受け取り、注意深く読み解くことで戦いは有利になる。

    中間で情報を認識する2人

    未来が読めるセイター・過去と話し合う名もなき男

    人間は2つの流れる時間の間で「情報」を処理している。この仕組みについて初めから理解していたのがセイターである。だから彼は中間世界を象徴する回転ドアを所有していた。「逆行する時間」と「順行する時間」の中間に立ち「未来」からの情報を受け取っていた。

    回転ドアのある場所は「曖昧で不確かな場所」であると言ったが、男3人のシーンは『思考と心で確定する時間』を表現している。そのシーンは「名もなき男」が過去(マヒア・アイヴス)と未来(ニール)と話し合う時間である。過去と未来からの情報を確かに受け取り、計画を実行している。

    3つの世界・3つの時間・3つの精神構造

    『回転ドアがある場所』と『3人の男のシーン』はどちらも「中間世界」であるけれど、『不確定な思考と心』であるか『確定された思考と心』であるか、という大きな違いがある。ここまで考察してきた「3つの世界」について以下にまとめておく。

    現実世界…順行する時間(心が現れる)
    中間世界…情報あり時間なし(思考と心が不確定or思考と心を確定)
    精神世界…逆行する時間(思考と心で推測する)

    信条(TENET)とは

    とある「信条」を持っていれば『思考と心を確定』することができる。「信条」を持っていなければ『思考と心が不確定』なのである。名もなき男はセイターとは違って「とある信条」を持って行動していた。その「信条」とは『起きたことは仕方がない』というものである。名もなき男がセイターに勝利したのは、この「信条」を持ち「過去」を認めていたから。

    男3人のシーンには未来(ニール)からだけではなく、過去(マヒア・アイヴス)からの情報も含まれていた。だからこそ未来からだけの情報より「確実」であった。セイターは過去を憂い過去への憎しみを持っている存在であるから「情報」に見落としがあった。

    「逆行する時間」と「順行する時間」の中間に立ち「過去と未来」から受け取った情報を、「信条」を持って受け止め、また「過去と未来」に送る。それを行ったのが「名もなき男」である。

    TENETというパラレルワールド

    わたしはTENETという物語が「パラレルワールド」をも表現していると考えている。その1の考察では、『名もなき男は「創造主(神)」であり、その他の登場人物は彼の側面である』ということを書いた。

    名もなき男と彼の多数の側面が存在する世界のことを「パラレルワールド」という。名もなき男と彼の多数の可能性が存在する世界と言った方が「パラレルワールド」感があるかもしれない。

    「パラレルワールド」についてのわたしの見解は別の記事にしており、ぜひそちらも読んで欲しいのだけれど、ひとまずこの考察ではTENETの世界を「パラレルワールド」と仮定しておきたい。つまり「名もなき男」がTENETという世界の主役であり、その他全ての人間は彼の可能性であるということ。

    名もなき男の可能性たち

    ニールは未来、アイヴスとマヒアは過去であると言ったけれど、彼らは「名もなき男」の未来と過去を表す存在。姿形は違うけれど。「名もなき男」が姿形を変えて、未来や過去に存在していて、彼らが同じ時代に集合しているのが「TENETと言うパラレルワールド」。

    TENETは「名もなき男」の『心の内の世界』であると言ったけれど、心の内にパラレルワールドが存在しているのである。

    女たちの役割

    4人の女たち

    今回の記事の目的『プリヤがアルゴリズムを作った』という話をするためにも、女の役割について考えていきたい名もなき男の心の内に存在する「女」には重要な役割がある。

    TENETには「4人の女」が登場している。キャット(セイターの妻)・プリヤ(TENET作戦の黒幕だと思われていた)・バーバラ(アルゴリズムを研究している科学者)・ホイーラー(TENET作戦青チーム隊長)。

    正確にはキャット息子の乳母役であるっぽいアナも入れると5人なのだけれど、彼女は一瞬映り名前が出るだけなので外しておきたい。

    名もなき男は、物語の中で「キャット」の命を守るためにも動いていた。敵であるセイターの妻であるのにも関わらず、かなり入れ込んでいたと思う。彼女の身の上話を聞いたから同情しただけかもしれないが。

    男にとって女とは何か

    TENETの世界は名もなき男の心の内の世界なのだから、心の性質の話をしておきたい。人間に男と女という肉体的な性別があるように、心には「男性性」と「女性性」という2種類の心が存在している。他の記事から引用しておく。

    人間の心の中には2つの性質が存在していて、それら性質のバランスによって判断も変わってくる。基本的には性別が男性であれば、心の中は「女性性」が主体となり決定権を握っている。性別が女性であれば、心の中の「男性性」が主体となり決定権を握っている。

    つまり名もなき男の心の主体は「女」。TENETに登場する女たちは彼の心の主体として存在していて、決定権を握っている。だからこそ名もなき男はキャットを気にして、プリヤから指示を受けるのである。

    女は精神世界の生き物

    名もなき男の心の内には、順行する時間と逆行する時間があるが、それらも「男性性」と「女性性」に対応する。順行する時間を「男性性」、逆行する時間を「女性性」とすることができる。まとめると以下のようになる。

    現実世界…順行する男性性(赤)
    中間世界…時間のない中性(黄/黒)
    精神世界…逆行する女性性(青)

    女とは「精神世界」を表している。思考と心で推測すること・未来から過去への時間、これらと女には深い関係がある。

    関連記事:順行する男造、逆行する女造(出雲大社の謎を解き明かす)

    逆行に詳しい女たち

    「バーバラ」は名もなき男に、逆行について最初に説明をした科学者である。「ホイーラー」は逆行世界へ出ようとする名もなき男に酸素マスクを与え、逆行世界での行動方法について教えていた。彼女は逆行チームの隊長でもあった。彼女らは「逆行」について人に説明できるほどに理解している。

    キャットとトマスアレポ

    名前があるのに登場しない

    「キャット」は映画内でも重要人物であり、名もなき男の心の主体として中心にいると考えてもいい。名もなき男がキャットに初めて接触する鍵となっていたのが「トマス・アレポ」である。彼はゴヤの贋作師であり、キャットとも親しい仲であった。

    アレポは名前だけの登場であったけれど、かなり重要な役割を持っている。ところで「TENET」というタイトルは、初期キリスト教に関係する、SATORスクエアと呼ばれる回文からとられている。詳しくはWikipediaを見ていただきたいが、この回文は5つの単語でできた文章であり、その中にAREPOという単語がある。

    SATOR AREPO TENET OPERA ROTASは、ラテン語による回文である。SATOR式とも呼ばれ、これを5文字×5文字のワード・スクエアにしたものはSATORスクエア(Sator Square)と呼ばれる。初期のキリスト教や魔術との関連がある。

    SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(Wikipedia)

    AREPOの意味をWikipediaから拝借すると『意味不明。おそらく固有名詞であり、創作されたものか、エジプト起源のものと見られる。』とのこと。さらに、AREPOについての箇所を引用。

    AREPOという言葉は孤語であり、ラテン文学の他のどこにも現れてない。SATORスクエアの研究者のほとんどは、これが固有名詞であり、ラテン語以外の単語を改作したものか、この文のために特別に考案された名前である可能性が高いことに同意している。ジェローム・カルコピーノは、それがケルト語、特にガリア語で「鋤」を意味する言葉から来ていると考えた。ダーヴィト・ドーブは、それが初期のキリスト教徒によるギリシャ語のἌλφα ω(アルファとオメガ、黙示録1:8など)のヘブライ語またはアラム語での表現を表していると主張した。

    SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(Wikipedia)

    AREPOという単語は孤語であり、固有名詞であり、この回文の為に特別に考案された名前なのではないか、ということ。孤語という言葉の意味を考えるに、アレポはTENETという一つの物語のなかに一度だけ登場する特別な名前なのである

    アレポは、自分が何者なのか分からない「名もなき男」を思わせる。正確にはTENET作戦に加わる前の彼であると考えられる。オペラハウスで眠りにつく前、彼は「偽物の人生(贋作師としての人生)」を生きていたはずだ。

    何者にもなれないものが主人公へ

    キャットと名もなき男がアレポについて話しているシーンを思い出してみると、キャットは『彼はどこにも行けない、電話で話すことも出来ない』と言っていた。

    世界を救う物語』の主人公になるとは思っていなかった頃の「名もなき男」は、目的もなく何処にも行けない、本当の願いを口にすることもできない存在と同じ。

    SATORスクエアの回文である『SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS』の翻訳は『農民のアレポが努力して車輪を保持する』だという。平凡な男(農民)がループする世界(車輪)を仕組んでいたことに気が付くまでの物語がTENETである。

    名もなき男がプリヤに初めて会ったシーンでプリヤのこんなセリフがあった。「セイターに近づくには“主役”が必要」。この時、名もなき男はまだ“主人公”では無かったのだ。

    女は心を気づかせるもの

    アレポは弱い心

    キャット(苦しむ女)は、アレポに救い(自由)を求めたが、アレポが何も出来ない状況にあること。やっと「主人公」を目指し始めた平凡な「名もなき男」は、どうすることもできない状況を伝えてくる、絶望の中にいる女を認識した。

    それは、名もなき男が心の内にある「苦しむ女」に気がつくことであり、何者にもなれない自分自身(アレポ)の苦しみに気が付くことでもある。

    トマス・アレポとは『名もなき男の弱い心の部分』を表している。キャットはその心(アレポ)に気づかせる為の存在である。キャットとアレポが親密な関係にあるのは、女性性の性質に「弱い心」という側面があるから。

    劇中ではアレポの贋作を盗み出そうとして回転ドアを見つけ、そこで初めて逆行を目にした。名もなき男はキャットの状況を認識したことをきっかけに、精神世界(逆行する時間)を知ることになる。つまりは「心の弱さ」があるからこそ、精神世界に気が付くことができるのである。

    心の弱さが支配させる

    精神世界では未来から過去へと時間が流れる。そんな世界はすぐには理解できるものではないはずだが、セイターは理解していた。セイターは既に精神世界(女)を支配していたのである。だからこそキャットは窮屈さを感じ、自由を求めていた。

    精神世界とは『思考と心で推測する』場所。思考は自由であり、そこに制限はない。その思考によって心が作られる。けれど、「思考と心」には恐ろしさがある。キャットのように物事を悲観したり、セイターのように怒りに苛まれる原因は「思考と心」でもある。

    セイターは「思考と心」の本当の恐ろしさを知っている。不安や恐怖が発生する原因が「思考と心(女)」なのだから、支配することで対抗していた。

    セイターが脈拍を図るのは、心の落ち着きを可視化して不安を和らげるため。自分の「思考と心(キャット)」をコントロールできない苛立ちが表れていた。セイターは「思考と心」を誰よりも恐れている。

    キャットの役割

    支配ではなく制御するもの

    「思考と心(精神世界)」は理解すべきものであり、制御すべきものである。セイターのように支配するのではなく。キャットは『コントロールが難しい思考と心』としての象徴であると言える。

    セイターは母としてのキャットを認めているにもかかわらず、反抗心を持つキャットに苛立ちを感じていた。女の善の側面を知りながらも、悪の側面である『コントロールできない思考と心』に手を焼いていたのである。

    矛盾する感情

    キャットにとって、息子もセイターも簡単に考えると「男」である。男を愛する女、男に絶望を感じる女、男に対して愛と憎しみ2つの矛盾した感情を持っている。

    「精神世界(女)」には矛盾した側面がある。母としての愛情を持ちながらも、思考と心で人間を惑わす。キャットは『矛盾に苦しむ心』でもある。

    アルゴリズムという物理的形態をもつ手順

    ここまでのまとめ

    一旦、ここまでの考察でわかったことを以下にまとめてみたい。 

    • TENETとは名もなき男の心の内の世界
    • 心の内の世界はパラレルワールド(名もなき男の過去・現在・未来が姿形を変えて集合している)
    • 名もなき男の心の主体は女(女性性)
    • 心の内の世界は3つの世界に分かれる

    3つの世界について
    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

    関連記事:よーさんの予言における3つの世界

    アルゴリズムは女が作った

    そろそろ「プリヤ」という存在について考察をしていきたいが、その前に「アルゴリズム」について答えを出しておきたい。最初の方で言及した「彼女が開発したアルゴリズムが…」というプリヤのセリフ。とりあえず、アルゴリズムを作ったのは「女」だと確定している。

    TENETに登場する「女」とは、名もなき男の心の主体となる「女性性」である、ということは既に述べた。何度でも言うがTENETの世界は名もなき男の心の内の世界。アルゴリズムを作ったのは名もなき男の「思考と心」なのである。

    思考と心がつくる手順

    アルゴリズムについては『物理的形態を持つある手順であり、複製も通信も不可能、その仕組みは不明』とニールが言っている。その「ある手順」は人間の思考と心が作り出すもの。

    オッペンハイマーは原子爆弾を作ることに成功したけれど、「思考と心(女)」はアルゴリズムを作ることに成功した。アルゴリズムは原子爆弾と全く同じ性質を持つ。連鎖で世界を破滅に導く可能性があるもの。それが「とある手順」なのである。

    アルゴリズムが9分割される意味

    原子爆弾はどのように完成したか

    アルゴリズムは9つの原子力、9つの兵器であるという。世界に一つしかなく、同じものは作ることができない。『オッペンハイマーとは違いアルゴリズムを9分割した』というセリフに、どんな意味があるのだろうか。劇中では分割された理由についてそれが危険であるから、と語られているが。

    原子爆弾が開発されたきっかけはアメリカのマンハッタン計画によるものである。しかし原子爆弾が発明される前、ドイツで核分裂という現象が発見されたことが元になっている。

    1938年(昭和13年)にドイツで発見された核分裂は、原爆に応用できることが示唆された。1942年(昭和17年)、アメリカはマンハッタン計画を発足させ、当時の日本の国家予算をしのぐ巨費を投じて原爆を開発した。原爆はドイツを対象に開発されたが、後に目標を日本に変更、京都など18か所が候補に上がったが、結局、1945年(昭和20年)8月6日広島、同9日長崎に投下された。

    原爆の開発(ながさきの平和)

    原子爆弾は突然完成するものではない。人間には様々な戦いの歴史があり、それと同時に科学技術をも発展させてきた。戦争の歴史と科学には強い結びつきがあり、その産物が原子爆弾である。

    今日使われている主要なエネルギー技術は、軍事研究と関係が深い。ならば、軍事予算の少ない日本は、技術開発において遅れをとる運命にあるのだろうか?

     火力発電で使用されるガスタービンは軍用の技術の転用に始まった。太陽電池も初めは宇宙開発用に研究されたが、この宇宙開発も軍事だった。原子力発電は、もちろん原爆の平和利用に始まる。

     ICTも軍事起源が多い。インターネットの起源が核攻撃対策というのは俗説のようだが、インターネットの開発段階で軍の資金が活用されたのは事実である。電子計算機は弾道計算用だったし、情報理論自体が英独の戦争を受けて発達した。自動運転車はレーダー装置を備えており、GPSで位置を確認しているが、これはいずれも軍事目的で発達した。近年の自動運転車のブームは、米国防総省が開催したコンテストで火が付いた。

    【人類世の地球環境】技術進歩のために戦争は必要か?

    時間の流れと共に完成すること

    戦争と科学の歴史(時間の流れ)があって原子爆弾が完成したように、アルゴリズムにも歴史(時間の流れ)がある。アルゴリズムも少しづつ完成していくもの。アルゴリズムが分割され過去に隠されていることは、時間の流れと共に完成することを表現しているのである。

    そして、来るべき時に完成し、ある時代において重要な役割を果たす。だからこそ原子爆弾も役割を果たしたと言える。日本人にとっては辛い歴史かもしれないが、起こってしまったことは仕方がないこと。

    時間は流れるがコントロールすることもできる

    私たちは時間の流れを感じてはいるが、流れの真っ只中にいる時、それをはっきりと区切り認識することはできない。私たちは過去の歴史を教育の中で学ぶものであるが、年表にして区切りをつけ覚えていたりする。それは過去だからできることであって、現実では無理なこと。

    オッペンハイマーが原子爆弾を9分割しなかったのは、その時歴史の真っ只中にいたから。世界を変えるような出来事の当事者は運命の流れの中で、突然大きな役割を任されることがある。運命とは誰にもコントロールできないもの。

    原子爆弾は時間の流れの中で完成した。同じくアルゴリズムも時間の流れの中で完成するものだけれど、9つに分かれているのならば、年表のように完成までの過程を詳しく紐解くことができる。現実世界は時間が規則通りにしか流れないけれど、精神世界では思考が自由であることの利点がここにある。

    カバラから紐解くアルゴリズムの歴史

    カバラと生命の樹

    何故9つという数で分割されるのか。この解説はオカルト強めになってしまうことを先に宣言しておく。既にこのブログでは9という数字が意味するところを『出雲大社の天井に描かれる雲の数』で説明していたりする。けれど、TENETという物語は「キリスト教」の要素が強いので、西洋の知恵である「カバラ」を引き合いに出して解説していきたいと思う。

    カバラーとは、ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想。ユダヤのラビたちによる、キリスト教でいうところの(『旧約聖書』の伝統的、神秘的解釈による)神智学であり、中世後期、ルネサンスのキリスト教神学者に強い影響をおよぼした。独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教の神秘思想である密教との類似性を指摘されることがある。

    カバラ(Wikipedia)

    カバラについて詳しくはwikiなどを読んでいただくとして、「生命の樹」というものから、アルゴリズムが9つであることの意味について考えていく。

    神から流出した世界

    カバラでは世界の創造を神「アイン・ソフ(エイン・ソフ、エン・ソフとも)」からの聖性の10段階にわたる流出の過程と考え、その聖性の最終的な形がこの物質世界であると解釈をする。この過程は10個の「球」(セフィラ)と22本の「小径」(パス)から構成される生命の樹(セフィロト)と呼ばれる象徴図で示され、その部分部分に神の属性が反映されている。

    カバラ(Wikipedia)

    生命の樹は『神から流出したものが世界を作った』ということを図にしたもの。それは「10個の球(セフィラ)」とそれらを繋ぐ「22の道(小径)」で描かれている。10個の球(セフィラ)は1〜10と番号が振られているが、流出は1から始まり10という地点で物質世界が完成する。私たちが生きる「現実世界」は10という数字で表すことができるということ。

    ここからは、こちらの生命の樹(セフィロト)の図を見ながら考察を読んでいって欲しい。

    sephirothic-tree

    TENETという世界を流出させる神

    生命の樹の図は、神から流出した世界の図であるが、TENETの世界では「名もなき男」が神になる。TENETの世界とは名もなき男の心の内がそのまま現実として表れたもの。

    映画が始まってから終わるまでの流れがセフィラ1〜10に対応する。そして『アルゴリズム9つのパーツ』はセフィラ1〜9に対応している。

    つまり、名もなき男の心が「現実世界」を完成させるまでの道筋が1〜10であるから、アルゴリズムが9つ集まった後に「現実世界」が完成しているということになる。

    TENETの世界は初め『名もなき男の精神世界』であるけれど、時間の経過と共に『名もなき男の現実世界』になっていくお話なのである。

    大きなひとつの心はバラバラになっている

    10個のセフィラそれぞれが何を表しているのかというと、心の内にあるもの。説明が難しいが、人間の心を構成している『細かな感情や思考』のことである。

    人間の心はひとつなのに、心の中ではバラバラになっている。それらバラバラのパーツを9つ集めることでひとつの心を知ることができる。生命の樹では1〜9のセフィラがバラバラになった心である。そして、それをひとつにまとめたものが、10というセフィラで表現されている。

    TENET作戦は10分間であったが、アルゴリズムを奪還したちょうど10分が、セフィラ10(マルクト)の地点になる。その瞬間、目に見えている「現実世界」が完成する。名もなき男がアルゴリズムの起爆を防ぎ、世界を救った瞬間に、その世界が誕生しているのだ。

    既に存在している世界であるのに、またその世界が誕生することは矛盾しているように思えるが、名もなき男を中心として時間が順行と逆行していれば、その矛盾は解消される。世界とはループするもの。10で完成すると同時に1という最初に戻るから、名もなき男はまたTENET作戦を開始することになる。

    1〜10という順番も重要で、それら人間の心を順序良く理解するからこそ世界は完成していく。映画内では、アルゴリズムは既に8個が集まっていて、最後の一つを奪い合うシーンから始まる。実際には8のセフィラの地点から始まっていて、1〜7の段階は「過去の話」として映画内で語られるだけである。

    生命の樹2つの流れ

    生命の樹には2つの流れがある。1〜10までの上から下への流れと、10〜1までの下から上への流れである。これが順行と逆行に対応している。生命の樹で言えば、順行は『神から流出する』ことで、逆行は『現実世界から神へ還っていく』こと。

    逆行とは『未来から過去への時間』であるけれど、それは現実世界(10)から神(1)という存在を認識することも意味する。名もなき男は回転ドアで未来の自分自身と出会ったが、未来の自分の行動を確認してから現実の行動を決めていた。

    『未来の自分が起こしたことが、現実の自分の行動を決める』ということに気が付くのは、『神が自分自身であったのを知ること』と同じ。下から上への流れ(逆行)を学ぶことによって自分という「神を知る」ことができる。

    「神を知る」とは『自分自身が時間の中心に存在する』ことを知ること。「TENET」という物語も、カバラの「生命の樹」も、自分という神を知る方法を伝えているのである。

    思考と心を精査し自分と世界を知る

    詳しくはwikiを見てほしいのであるが、1〜10のセフィラにはそれぞれ意味が当てられている。例えばセフィラ5は「峻厳」であり、セフィラ6は「美」である。これら意味については、カバリストや哲学者にでもならなければ考えないようなことかもしれない。

    自分自身が日常で何を思い、何を感じるのか。あることが起こったら、心がどう動いて、その結果どういった行動をしたのか。それらをひとつひとつ詳しく紐解いていくことで、誰でも各セフィラの意味合いを理解できるようになる。

    例えばセフィラ4は「慈悲」を意味するのであるが、誰しもの心の中に「慈悲」がある。人生の中で「慈悲」を感じた瞬間のことを思い出し、心の内で精査することでさらに深く理解する。他者の行動からも「慈悲」は見出せるものであるが、名もなき男はキャットが見せる「息子への愛情」から、心の内にある「慈悲」を学んでいる。

    各セフィラを理解することとは、世界を理解すること。世界とは自分の心そのもの。人間に備わる思考と感情(心)は精妙であるが、紐解くことができたならば、セフィラ(世界)の理解とともに「アルゴリズム」という手順までもが頭に浮かぶようになってくる。不思議なことに。

    アルゴリズムとは心の内の仕組み

    結局「アルゴリズム」とは何なのか。ずばり『心の内の仕組み』のこと。TENETは名もなき男の心の内であるけれど、心の内を学ぶことによって『心の内の仕組み』をも理解できる。さらにはその「仕組み」が目に見える世界を作っていることも知ることになる。

    順行する時間と逆行する時間があって、その中間で情報を受け取ることが『物理的形態を持つ手順』。「物理的形態」とは「人間」のことである。つまり、人間の思考と心が作り出す「アルゴリズム(手順)」が、世界と人間(現実世界)というものを存在させている。

    アルゴリズムという『心の内の仕組み』は劇中で詳しく説明されている。それが先ほどまとめたものなので、以下に再掲しておく。私たちは普段「現実世界」しか意識していないが、本当は中間世界に存在している。自覚的に中間世界に存在しているならば『心の内の仕組み(アルゴリズム)』を知っている。

    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

    アルゴリズムを集め終わった時、『世界は自分自身の心が作り出している』ということを理解することができる。アルゴリズムの意味をネットで調べてみると『問題を解決するための計算手順』と出る。アルゴリズムという『心の内の仕組み』を知れば、すべては自分が起こしているものだと理解するから、世界で起きる諸問題も解決してしまう。

    8つの感情→理解→世界の完成

    心と思考を通して、世界(各セフィラ)を学んでいく過程の末に、現実世界(順行する時間)が存在している。8つの『細かな感情や思考』を学んで、9つでやっと理解が完璧になる。そして、10という現実世界が現れる。これが神から流出した世界が完成する過程であり、心の内の仕組み(アルゴリズム)というものである。

    「思考と心」がアルゴリズムを作り出した、と言ったけれど「アルゴリズム」が思考と心を作り出したとも言える。順行する時間と逆行する時間の中間に自分が存在することを認識できれば、未来が先でもあるし後でもある、という認識にもなる。

    未来が自分より後ろにあったり、過去が自分より先にあったりすることは、人間には理解し難いものであるから「アルゴリズム(生命の樹)」という仕組みを理解することは難しい。

    複製も通信もできない意味

    アルゴリズムについてニールが『複製も通信も不可能』と言っていた理由について。アルゴリズムは自分の「心の内」にあるものなのだから、他者とは通信できないし、誰も複製はできない。複製ができるとすれば、その人の「思考と心」を全て理解する必要がある。けれど他者の心の内を全て理解することは無理なこと。

    過去を全肯定する(世界の見方を変える)

    ところで、セフィラ9の意味は「基礎」である。基礎(9)の次には現実世界(10)がある。9つのアルゴリズムとは「現実世界の基礎」となるもの。9つのパーツが揃うには、1〜8の順行する流れがある。その流れは人間にとっての歴史であるし、自分自身の過去でもある。

    先ほども述べた通り、TENETは8のセフィラの地点から始まっている。アルゴリズムは既に8つ集まっているから現実世界は完成間近であるが、そこから逆行で時間を遡り8〜1を知る必要がある。現実世界という順行する時間だけでは、アルゴリズムが作られた意図は分からないのである。

    9つのアルゴリズムが集まる直前に、自分自身の「弱い心(女/キャット)」に気がつき、現実世界(順行世界)の見方を変える決意したのが名もなき男。彼は『過去について考え直すこと』で見方を変えようとした。だからこそ、逆行する時間を知ることができた。変えることのできない歴史があるから「アルゴリズム」が完成する、という逆の流れを知ったのである。

    アルゴリズムが9つ揃う時代には、下から上への流れ(逆行)を知る準備が整った時代であり、その時代には、世界を滅亡から救う「名もなき男」が現れる。過去は変えることができないけれど、過去を全肯定することで世界の見方は変わる。

    過去を全肯定できたとき、アルゴリズムという「心の内の仕組み」を知る。生命の樹を下から上に(10〜1)遡ることで、アルゴリズムの始まり(1のセフィラ)である『自分の思考と心』を知る。全てを計画していたのは自分自身(神)であったことを知るのである。

    セイターは裏の主人公

    原子爆弾とアルゴリズムは表と裏

    現実世界と精神世界

    人間の進化と共にオッペンハイマーが原子爆弾を完成させたのは「現実世界」のお話であるが、TENETは心の内である「精神世界」のお話。精神世界の中で「アルゴリズム」は9つ揃い完成を迎える。その結果として原子爆弾が存在する「現実世界」が生まれるのである。

    TENETの世界(精神世界)と私たちの生きる世界(現実世界)は繋がっている。私たちは目に見える順行世界を生きているけれど、逆行する精神世界は目に見えないからこそ「物語(TENET)」で表すのが人間である。

    生と死

    精神世界があるから現実世界が存在している。『思考と心(精神世界)が現実世界を生む』という物語の主人公が名もなき男である。彼は「アルゴリズム」によってもたらされる「生(現実世界)」を表現した人物。

    私たちは現実世界を「生きている」けれど、物語の中の登場人物は現実世界を『生きていない(現実世界から見たら死んでいる)』。現実世界が「生」であり、精神世界を「死」、と捉えるとTENETの物語をさらに深掘りすることができる。

    精神世界の中心に存在するセイター

    名もなき男に名前が無い本当の理由

    TENETという精神世界の中では「名もなき男」だけが「現実世界(生)」の存在になる。だから彼には「名前」が与えられていない。物語の中で名前が与えられてしまうと、精神世界で生きることになってしまう。

    TENETという精神世界で名前を持つ登場人物は皆、現実世界を「生きていない」。そんな「死(精神)の世界」で生きる中心人物は「セイター」である。

    誰も近寄らない場所に隠されるアルゴリズム

    アルゴリズムを作った未来の科学者は、それが危険なものだと理解し自殺した。そんな恐ろしいアルゴリズム9つのパーツは『歴史上最も厳重な警備で最適な場所』に隠されていた。その場所とは何を表すのか。

    セイターが『核兵器が最も危険に晒された時期』にそれを見つけるのだから、アルゴリズムを安全に隠せる場所とは『誰も近寄らない場所』である。

    『誰も自ら死刑は望まない だがある者が死ぬということは別のある者が生き残ることに繋がる』これはセイターのセリフであるが、スタルスク12でプルトニウムを探す仕事を請け負ったこと。誰もやりたがらない仕事を請け負ったのは彼だけだった。

    「死」を請け負う覚悟を持ったものはアルゴリズムを見つける資格がある。アルゴリズムとは「死」の近くに存在する。

    セイターは「死」を請け負う者

    セイターとは名もなき男が「生き残る」為に「死」という側面を請け負った存在。名もなき男よりも辛い仕事を請け負っているのだから、金塊を手にすることもできる。それは苦しみを負う者に、神が与えたせめてもの褒美なのである。

    『覚えておけ 虎は手懐けられない 崇めるしかないのだ そして思い知る その獰猛な本性をな!』という、キャットに向かってセイターが放ったセリフ。死という犠牲を請け負った者の怒りである。キャットはセイターが背負ったもの(死)を知らない。セイターにキレられるのは当たり前なのである。

    6・7・8を知って9へ

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    生命の樹において、セイターは「美」を意味する6のセフィラに当たる。6のセフィラは生命の樹の中心にあり、10のセフィラ(マルクト)以外全てと直接繋がる唯一のもの。セフィラの中で一番重要だと言える。

    セイターは「死」を請け負う存在であるのに「美」を意味することは矛盾していると思うかもしれないが「美」には多くの側面がある。TENETではその中の一側面だけが強調されていて、それを表現するのがセイターである。

    生命の樹には、各セフィラを繋げる22の道がある。詳しくは22本の小径(パス)を参照あれ。セフィラ6から繋がる3つの道「死神(6〜7の道)」「悪魔(6〜8の道)」「節制(6〜9の道)」がセイターを表すのに分かり易い。これら道では、死による変革・死への恐怖・死が世界全体を繋げていることなどを学ぶことができる。

    6のセフィラの意味合いとしては「美」の他にも、太陽・黄金・犠牲などがある。セイターはTENETという世界の中で「必要な犠牲」として存在している。生まれてから死ぬまで苦しみの中に存在し、名もなき男に「死」を学ばせる存在。

    現実世界が完成する直前『6・7・8・9の道』は辛いもの。私たち人間は「死」を学ぶことが一番苦手であるが、現実世界で目にする「悪」からそれを学ぶ。だからこそセイターのような存在が必要なのだ。

    世界の中心である「悪」

    世界を構成するセフィラの中で他のセフィラとの繋がりが一番多いのが6のセフィラ。TENETのという精神世界でも中心にあり、他を繋げる役割がセイターなのである。だからこそ彼がアルゴリズムを集め完成させる。

    セイターは悪役であるが「悪」の中から学ぶことは多い。世界は「悪」無しには語れない。名もなき男はセイターが背負った「死(悪)」を理解しようとするから、彼を殺そうとはしない。

    関連記事:666という数字の意味

    ロータス社にあった扉

    名もなき男とニールがフリーポートにあるロータス社に侵入したシーンを思い出してほしい。中央の部屋を目指し、大きく息を吸い・息を止め、扉を突破していくシーンである。そのシーンの扉の番号に注目したい。

    2人が最初に突破する扉は10である。その後、5の扉→4の扉と進むが、3の扉に入るのに失敗する。けれども回転ドアを見つける。10→5→4→3という流れには「9→8→7→6」が抜けていて、「3」には入ることができなかった。

    この時、名もなき男はまだセイターという「悪」に出会っていない。だから「3」の扉には入ることが出来ない。『6・7・8・9という死の道』を越えることだけが「3」のドアを開く鍵なのである。「3」とは何を意味するのだろうか。

    中心にいる3人が世界を完成させる

    アルゴリズムが爆発しなかった理由

    アルゴリズムはセイターの「死」と共に起爆された。けれどそれは爆発することなく、引き上げられた。あの瞬間は「生」という側面だけが描かれているから爆発しなかったと言える。

    けれど、アルゴリズムによって「死」が起きた証拠が過去にあった。バーバラの研究室に保管されていた膨大な数の逆行した物質がそれを教えてくれた。TENETでその場面が直接的に描かれることはなかったけれど、『アルゴリズムが爆発した現実』も確かに存在したのである。

    物事に含まれる2つの側面

    TENETという物語はアルゴリズムが爆発してしまった「死」の過去がある世界からスタートしている。けれど、名もなき男の登場で、その過去は「生」へと塗り替えられた。「世界を救う」という行動によって、名もなき男に「生」を認識させるためのアルゴリズムとなった。

    セイターはアルゴリズムを起動し、世界を逆行したいと思っていた。それは現実(順行する世界)を無いものにして、今までの過去を消し去ることを意味する。過去を憎むセイターは、自分自身の生き方を憂いている。そんな「自分を救う」為にアルゴリズムによって世界を滅亡させようとしていた。

    アルゴリズムによって「世界を救う」名もなき男と、アルゴリズムによって「世界を滅亡させる」セイター。アルゴリズムには「善(生)」と「悪(死)」2つの側面がある。

    ありとあらゆるものには2つの側面がある。それらを両方映像にするのならば、順行と逆行を同時に描くしかない。けれど、主人公である名もなき男は2つの側面のうち、必ず「ひとつ」を選択せねばならない。

    確定するかしないか

    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)・心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)・思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)・思考と心で推測する

    ここでもう一度『心の内の仕組み(アルゴリズム)』を見てほしい。中間世界は「思考と心を確定」させる場所である。名もなき男はTENET作戦の中で「生(善)」を選択し、確定している。アルゴリズムが起爆されたにもかかわらず爆発しなかったことは、そんな名もなき男の選択を強調している。

    中間世界では「思考と心が不確定」な場合もある。現実に起きることに対して、思考と心を空っぽにして、何も決めない(判断しない)こともできる。これは仏教的な方法であるかもしれない。けれど、それではただ機械的に生きることになり、世界が存在する意味を理解することが出来ない。

    裏と表・過去と未来

    3人の男の章でこんなことを書いた。前回の考察のまとめである。

    TENETは名もなき男一人の心の内の物語である。名もなき男が「善悪の心を持つ主人公」、セイターが「悪の心を持つ名もなき男」、ニールが「善の心を持つ名もなき男」だと言える。

    名もなき男は「善と悪」両方の心を持つ者。物語の中でセイター(悪)とニール(善)を理解する過程が描かれている。その過程で名もなき男は、物事には「善と悪」2つの側面があること、「生」の裏には必ず「死」があることも理解した。

    つまり、アルゴリズムは必ず爆発し『人類を滅亡させている過去』が存在しなければならないし、アルゴリズムで『世界を救う未来』も存在しなければいけない。これら過去と未来は裏と表であるから、どちらかひとつであることは不可能なのだ。

    悪役を演じること

    「生」の裏には必ず「死」があること。名もなき男とセイターは、善と悪という対比になる。けれどニールと名もなき男も、善と悪という対比になる。

    セイター:誰も自ら死刑は望まない だがある者が死ぬということは別のある者が生き残ることに繋がる

    名もなき男が「世界を救う」為にはニールという「善」が犠牲になるが、それでもTENET作戦を続けることを選んだ名もなき男。ニールが「死ぬこと」で、名もなき男が「生き残る」。「善」である存在さえも犠牲にしなければ、この壮大な作戦は成功しない。

    セイターから悪を学び、ニールから善を学ぶ。そして、どちらも「犠牲」にする決断をすることが「生きること」なのである。辛い決断ではあるが、それがこの世界の掟。セイターから「死」を学ぶのは、自分自身が「悪」になる必要があるから。

    名もなき男とニールが、ロータス社の「3」の扉を開けなかった理由は、まだ「犠牲」の本当の意味を理解していなかったから。善と悪を犠牲にしてでも、自分だけを生かすことが「3」という数字で表現されるのである。

    隠された知識

    4のセフィラ (ケセド)と3のセフィラ(ビナー)の間には、隠されたセフィラ「ダアト」がある。番号は振られておらず、至高の三角と呼ばれる『1・2・3という3つのセフィラ』と他のセフィラを隔てているのがダアトである。

    1のセフィラ(ケテル)・2のセフィラ(コクマー)・3のセフィラ(ビナー)、この3つのセフィラに到達するには「犠牲」の本当の意味を理解する必要がある。以下の引用はダアトの意味である。

    隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。惑星は冥王星を象徴する。他のセフィラとは異なる次元の存在であり、至高の三角とその下位存在を隔てている深淵(アビス)にあるものとされる。他のセフィラの完全体・共有体という説もある。隠された意味は悟り、気づき、神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。

    生命の樹(Wikipedia)

    生命の樹、下から上への流れ(逆行)を体験し、アビスを乗り越えることができれば、1のセフィラである「ケテル」に到達する。大元である神(名もなき男)の「思考と心(TENET作戦)」を知るには、大きな犠牲が必要なのである。

    世界を終わらせるものであり世界を始めるもの

    アルゴリズムと原子爆弾、どちらも生と死2つの側面を持っている。アルゴリズムは目に見えない「ひとりの人間の思考と心」であり、原子爆弾は目に見える「人間全体の思考と心の産物」である。どちらも、使い方や解釈の仕方を間違えると、世界を終わらせてしまうものとなる。

    アルゴリズムが人間の精神の中で爆発したら、自殺したり他殺をすることになる。原子爆弾は現実で爆発したら多くの人の命を奪う。アルゴリズムと原子爆弾に「生」の側面を見出すことは難しいことなのかもしれない。

    過去は無かったことにはできないけれど、見方を変えるだけで世界は変わる。アルゴリズムが9つ揃えば必ず起動されるが、その瞬間をどう見るのか。世界が滅亡する瞬間(死)と見るのか、新しい世界が生まれる瞬間(生)と見るのか。その解釈は世界を感じる自分自身に委ねられる。どちらの解釈を選択したとしても、生の裏側には死があるし、死の裏側には生があることを理解することが肝心である。

    プリヤの正体について

    男性の中の女性性

    お待たせしました。ついに、今回の目的である「アルゴリズムの制作者」について紐解いていくことにする。始めに述べた通り、わたしはプリヤがアルゴリズムを作ったと考えている。しつこいようであるが、ここまでの考察をもう一度確認。

    • TENETとは名もなき男の心の内の世界
    • 心の内の世界はパラレルワールド(名もなき男の過去・現在・未来が姿形を変えて集合している)
    • 名もなき男の心の主体は女(女性性)
    • 心の内の世界は3つの世界に分かれる

    TENETの世界は『名もなき男の思考と心の中』で作られている。男性の心の主体は「女性性」であり決定権を握っている。だから名もなき男はキャットを守り、プリヤから指示を受ける。

    来るべき時と来るべき出来事

    名もなき男:何個見つけた?
    プリヤ:241ですべて揃う
    名もなき男:最悪だ 作戦を変更すべきだ
    プリヤ:変えたら彼女は無事?
    名もなき男:アルゴリズムも
    プリヤ:その世界に私たちは存在しない

    これは、名もなき男とプリヤの会話である。アルゴリズムは9つが揃って起動すれば「全ての時間の流れが逆行」して人類が滅亡してしまうが、9つをセイターに集めさせる作戦を変えてしまったら『私たちは存在しないことになる』とプリヤは言う。

    アルゴリズムには生(善)と死(悪)の側面があるから、生命が生まれいずれ死にゆく世界を作る。アルゴリズムが揃い、起爆されるからこそ世界がある。つまり起爆するアルゴリズムがあるから私たちも存在している。

    アルゴリズムについての章で、このようなことを書いた。

    戦争の歴史(時間の流れ)があって原子爆弾が完成したように、アルゴリズムにも歴史(流れ)がある。そして、来るべき時に完成し、ある時代において重要な役割を果たす。

    繰り返しになるが、3つの世界における「中間世界」には「情報」だけがある。しかもその「情報」は順行と逆行という時間に挟まれていて、始まりと終わりが繋がりループしている。つまり、起こること全ては決まっていて、来たるべき時に、来たるべき事が起きる。

    プリヤはTENET作戦に深く関わっている存在である。アルゴリズム最後の1つを名もなき男に盗ませて、セイターに渡すことまでをも見越している。プリヤは確実に「3つの世界」を知る存在であり、「来たるべき時」を知っている。

    その瞬間は早すぎても遅すぎてもいけない。プリヤは名もなき男が生きている時代に9つが集まり起爆されることを知っているのである。

    プリヤは名もなき男に殺されてしまったが、その理由を紐解いていくことで、プリヤの役割を明かしていきたい。名もなき男の心の中に存在する「女性性」としてのプリヤの役割である。

    繰り返す世界と時間のズレ

    入れ子状態の世界

    ここで少しややこしい話をさせてほしい。ここまで考察してきた「3つの世界」は入れ子状態になっている。『アルゴリズムという手順の中(現実世界の中)』にある3つの世界の中の「精神世界」がアルゴリズムを作っているのである。

    アルゴリズム(精神世界)で作られた現実世界の中にある「3つの世界」
    現実世界(男性性・赤)…順行する時間(時間を移動できない)、心が現れる
    中間世界(中性・黄/黒)…情報(時間なし)、思考と心が不確定or思考と心を確定
    精神世界(女性性・青)…逆行する時間(時間を移動できる)、思考と心で推測する

    現実世界(順行)と精神世界(逆行)とそれを中間で繋ぐ世界(人間)があるのならば『現実が先で精神が後』とも言えるし『精神が先で現実が後』とも言える。けれど『思考と心がアルゴリズムを作る』とわたしが何度も言うのは『精神が先で現実が後』の方が「正しい」ということを意味している。

    「正しい」と言い切るのは語弊があるかもしれない。現実世界より精神世界の方が「優位(先)」である、という言い方もできる。

    時間のズレが優位をつくる

    2つの時間は同時に流れているようで、少しだけ時間にズレがある。逆行する時間(精神世界)の方が先なのは、ズレの為である。ズレていなければ「未来」を先読み出来ない。

    中間で2つの時間を感じる「人間(名もなき男・セイター)」はそのズレをも感じている。未来に起こることを確認してから行動を起こすのは、逆行する時間(精神世界)の方を先に感じ取る為。このズレがあることによって、アルゴリズムは「精神世界」で作られると言える。

    そして、精神世界が「女性性」を表していることは何度も伝えていること。女性性(精神世界)は、思考と心の構造を理解したら、また世界(精神世界の中にある3つの世界)を作り出してしまう。

    アルゴリズムがまたアルゴリズムを作り出すという繰り返しが「TENET」という世界。TENETに登場する女たちはアルゴリズムを作り出す「思考と心」として見ることができる。けれど実際に目に見える現実世界を作り出すのは、中間世界で2つの時間を感じている「人間(名もなき男)」である。実にややこしい。

    精神世界(思考と心で推測)→ 中間世界(思考と心を確定)→ 現実世界(心が現れる)

    プリヤとキャットという対比

    今回の考察の通り、キャットはセイターの束縛に苦しむ女であり、自由を求める女であり、『コントロールが難しい思考と心』の象徴であった。セイターという「悪」をコントロールできないから「悪(死)」の真実を知らない。まだ何も知らない女である。

    一方、プリヤは「悪(死)」を理解している女としての象徴である。武器商人の妻を演じていたが、裏で仕切るのはプリヤであった。悪を裏で操っていたことからもそれが分かる。

    プリヤは悪を理解し、アルゴリズムをも理解している。アルゴリズムが起爆することで、生(現実世界)と死(精神世界)が存在する「3つの世界」が生まれることを知っている。

    プリヤがキャットを殺そうとした理由は『キャットはアルゴリズムを知る危険な存在であるから』というのが定説である。けれど、プリヤがキャットを殺そうとした本当の理由は、世界を再び産み出さない為。本当は「繰り返す世界」を破壊したかったのである。

    何も知らない女と知りすぎた女

    TENETの世界はパラレルワールドであり、登場人物は過去の自分や未来の自分を表している。TENETに登場する女たちは名もなき男の心の内にある「女性性(心)」の過去や未来を意味するということになる。

    キャットは最初アルゴリズムを知らない女。けれど名もなき男と出会い、アルゴリズムという兵器の存在を知ったのだから、いつかは理解してしまう。未来でアルゴリズムを完璧に理解した存在がプリヤとなる。キャットとはプリヤの過去なのである。

    女はアルゴリズムがアルゴリズムを作り出すことを知っている。けれど、そのような「繰り返す世界」が苦しみ(悪)の世界であることも理解している。

    過去(キャット)を無いことにすれば未来(プリヤ)も無い。だから過去の自分(女)を殺そうとする。繰り返す世界を破壊する行為は、セイターと同じ動機である。人間は、自分の苦しみを解消するために「世界と人類の消滅」を願うことがある。

    人類滅亡への思い

    世界が無ければ苦しみも無い

    セイターは自分を守る為に「世界と人類の消滅」を願う。世界が無ければ苦しみもない。生まれてから死ぬまで「悪」を背負わされた人間の動機として至極真っ当なこと。「悪」の役割を理解していれば、その気持ちを否定することはできない。

    一方、プリヤが「世界の消滅」を願う理由とは何か。それは、キャットの息子であるニールが死んでしまうことに苦しみを感じているから。キャットの息子=ニール説は確定であると思う。キャットはプリヤの過去なのだから、ニールはプリヤの息子でもある。けれども実際の息子という意味では無い。

    人類の母

    プリヤは「人類の母」としての存在なのである。太母と言った方がしっくりくる。自分(女性性)が作り出したアルゴリズムというシステムが、あまりにも悲しい「人間の死」を引き起こすことを深く理解しているのである。

    「人間の息子代表」であるニールが、必ず死ななければいけないことは母にとって大きな苦しみである。アルゴリズムは生と死という二面性がある世界を作る。それは、善(ニール)という存在であっても死ななければいけない世界である。

    さらに、プリヤには『自分が死ぬことへの恐怖』も存在している。アルゴリズムのことを深く理解しているのだから、未来で自分が死ぬことも知っている。

    男はひとつ、女はふたつ

    セイターが人類滅亡を願うこと、プリヤが人類滅亡を願うこと、は同じようで少しだけ違う。それは男性性と女性性の違いでもある。

    「男性性」はひとつの意思を持っている。苦しむ自分の為だけに「世界を滅亡」させる。「女性性」にはひとつの意思に2つの意味が重なる性質がある。苦しむ自分の為、苦しむ他者の為に「世界を滅亡」させる。

    関連記事:「MoM」から学ぶ男性性と女性性

    名もなき男の内にある2つの女性性

    名もなき男の心の内には、キャットという『まだ何も知らない、命を生み育む若い女』・プリヤという『完璧にアルゴリズム理解している、死を持たらす老婆』が同居している。ここにも「生と死」の対比が現れている。

    やはり名もなき男は「生と死」どちらかひとつを選ぶ必要がある。彼は「人類滅亡」を防いだのだから、『死を持たらす老婆(プリヤ)』をも殺す必要がある。

    再び世界を始め、名もなき男(ニール)が生まれるためには、キャットを守る必要がある。それは、心の中にある「死への恐怖(プリヤ)」を消滅させるミッションでもあるのだ。

    名もなき男がプリヤを殺すシーンでは、車のミラー越しに2人が会話していた。鏡の中に映るプリヤは名もなき男の『心の中の女性性』であることを表現している。名もなき男は2つの「女性性」のうち、「生」の側面であるキャットを選んだ。

    死への恐怖を克服する

    名もなき男はこのシーンで、ついに自分の内にある『死への恐怖』を消し去ったのである。プリヤは「後始末をして」という言葉とともに、自分の姿をミラーから消した。プリヤは自分が死すべき存在であることをすぐさま悟っている。アルゴリズムを作った科学者(プリヤ)は、名もなき男の心の内で自殺した。

    太母であるプリヤを殺し、その瞬間に名もなき男はTENETという物語の真の主役になった。そして、新しい世界を創造した。物語には描かれていなかったが、ここで彼はやっと「名前」を与えられたのである。彼は「アルゴリズム」の仕組みを見破った。

    TENETという物語には、アルゴリズムという人間の思考と心が作り出す「3つの世界」を理解する目的と、自分の心の内に存在する「死への恐怖」を克服する目的が存在する。この2つの目的を成し遂げたのならば「名前」が与えられ、自分(人間)という存在を初めて認めることになる。『自分という存在を理解すること』が3つ目の目的である。

    死を怖れ自殺をする2人

    精神世界で作られたアルゴリズムによって『苦しみのある世界が繰り返される』ということを理解していたのがプリヤとセイターである。

    苦しみを知る者は自殺しようとする。アルゴリズムの真実を知ることは恐ろしい。

    世界を生み出す太母プリヤ

    「女性性」には二面性があるが、それが世界をややこしくしている。名もなき男の内にある「女性性」の二面性は、キャットとプリヤで表現されている。キャットは息子の優しい母でもあり、感情を抑えられない悪女。プリヤは善と悪が見え隠れする、謎の女。善でもあるし悪でもある。プリヤが味方なのか敵なのかよくわからないのは、二面性の為である。

    プリヤがアルゴリズムを作ったと言えるのは、女たちの中で一番年老いているから。「女性性」は時間を経て終わりを自覚する時、新しいものを産み出そうとする。

    アルゴリズム(3つの世界)は終わりを迎える時、また新たなアルゴリズム(新しい3つの世界)を作り出す。そして、アルゴリズムの制作者は最後に死すべき定めがある。プリヤは「女性性」としての定めを全うし、名もなき男(男性性)を生かしたのである。

    TENETは生と死の物語

    生の裏には必ず死がある。そんな当たり前の世界の話が「TENET」という物語。なんとなく世界を生きていたひとりの人間(名もなき男)が真剣に世界に向き合い始めるのなら、壮大な作戦に参加することになる。その作戦とは『生と死の秘密が明かされる物語』の主人公になることである。

    その他考察

    ニールは暗闇の中の光

    善の心と悪の心

    もう少しだけ考察を続けたいと思う。ニールだけが「時間の制約なく移動が可能」である理由についてまだ答えを出していなかった。

    「逆行の世界」に限っては、時間の制約なく移動が可能だ。けれどそれができるのはおそらく「ニール」だけ。その理由については後述したい。

    ニールは名もなき男の心の内に存在する「善の心」。人間には生まれながらに「善の心」と「悪の心」がある。社会では善い行いを教えられて生きるものなので、私たちにとって「善の心」は当たり前のものとなる。法律が整った社会は「悪」を抑える構造になっている為、私たちは「悪の心」を忘れてしまう。

    「悪」が心の外に出て悪さをすることを抑えるのが「善」の役割であるが、「悪の心」を知らない人間は「悪」に慣れておらずコントロールも下手である。だから、未来から来たニール(善)が先回りして(逆行して)サポートしてくれる。

    人間が「悪の心」に気がついた時、目に見える世界にも「悪(セイター)」が表れる。けれど「善の心」を当たり前にあるものとして生きていると、目に見える世界にある「善」を見失いやすい。当たり前にあるものは気がつきにくいもの。

    名もなき男がニール(善)に疑いの目を向けたことがあったように、「善」が目に見える世界に表れたように思えないことがある。目の前に存在する「善(ニール)」を信じるか信じないかで、善の作用は変わる。

    ニールは光を超える

    ニールは何故「時間の制約なく移動が可能」なのか。善(ニール)とは名もなき男の心の内にある唯一の「光」なのである。光である善を心の内に感じ、信じたとき、時間という制限をも超えることができる。

    現実では、光を超える速さを持つものとして「タキオン粒子」という物質が予想されているけれど、ニールはタキオンのようなもの。だからニールだけは時間の中を自由に動くことができる。

    タキオンは現実にも存在するはず。光(ニール)が犠牲になるとき、タキオンに変化するのではないだろうか。単なるわたしの妄想であるけれど。

    黄昏に生きる 宵に友なし

    段々暗くなっていく時間帯

    TENETで印象的なのは「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉。この言葉の意味についても考察しておきたい。

    「黄昏に生きる(We live in a twilight world.)」という言葉の中の「黄昏」は英語では「twilight」である。また「宵に友なし(And there are no friends at dusk.)」という言葉の中の「宵」は英語で「dusk」である。

    この2つの微妙な時間の違いに注目したい。こちらのサイトにイラスト付きでわかりやすい解説があったので見て欲しい。twilightは「薄明かり」を指す単語で、duskは「twilightがより暗くなった状態」だという。

    TENETでは「2つの時間の流れ」の中で物語が進む。だからこそ「黄昏」と「宵」という2つの時間の違いについても考えてみたい。

    心の中の時間の流れ

    黄昏も宵も夜の前の時間である。時間の流れとしては、twilight(黄昏)→dusk(宵)→night(夜)という感じ。黄昏に生き、宵には友がいないことも心の中の状況を表している。

    黄昏と宵はまだ光が少しだけ残る時間帯。その後訪れるのは光の無い暗闇である。闇夜には何か怖ろしいことが起こりそうな雰囲気がある。そして、人間の心の中にも暗闇の時が訪れることがある。

    問題に突き当たった時や、何かを恨む時、誰かに裏切られた時など、人間は心に大きな闇を抱えることがある。私たちはいつそんな状況に陥ることになるかわからない。暗闇は人生の中で突然やってくるものであり、だからこそわたしたちは「黄昏」に生きていると言える。

    一度でも心に不穏な感覚が生じたことがあるのならば「黄昏に生きて」いる。一度その感覚を知ってしまえば、もう「日中」だけに生きることはできない。ふと「黄昏」の感覚に陥った時、なんとも言えない不安が込み上げてくることになる。

    宵に友はいない、暗闇の直前

    そして「宵に友なし」という言葉が表すこと。「宵」のすぐ先には「暗闇」がある。光の無い暗闇に落ちる直前、私たちの心は独りぼっちになる。その感覚は「宵」にある人、「暗闇」に落ちそうになった人しか知ることがない感覚である。

    TENETの中でセイターは「悪」を背負わされる役割であったが、彼が常に感じていたのが暗闇の直前である「宵」の感覚である。

    暗闇とは「死」を表している。セイターが常に脈拍を気にしていたのは「暗闇(死)」までのカウントダウンを意識していたから。だからこそ、彼もこの合言葉を使用していたのである。

    「宵」から「暗闇」に落ち「死」を体験すること。話がまた生命の樹に戻るけれど、アビスという深淵を超えるには、完全な「暗闇」に落ちる必要がある。生きたまま「死」を体験し復活することで神の真意を知ることができるのであるが、それは恐ろしい試練である。

    「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉は「暗闇」に落ちる前の合図なのだから、安易に使っていはいけない怖い言葉である。

    関連記事:生きたまま「死」を体験し「復活」すること

    関連記事:地獄の最深部で「孤独」を経験すること

    関連記事:全てが明らかになる丑四つ時

    3分割されたアルゴリズム

    終わり、また始まる物語

    アルゴリズムを奪還した後のシーンで、名もなき男・ニール・アイヴスが集いアルゴリズムを3分割していたシーンについての考察を最後にする。

    今回の考察の通り、9つのアルゴリズムとは現実世界の基礎となるものであった。『思考と心が現実世界を作る』という真実が、自分自身の思考と心を精査することで明らかになる物語が「TENET」。

    アルゴリズムを分け合うシーンは、名もなき男がアルゴリズムの謎を解き明かした末に、また時間の始まりへと戻るシーンである。生命の樹で言うと、1〜10という過程を終了し、また1という始まりに戻ろうとしているところ。まだ何も知らなかった頃の自分に戻るのである。

    初めは「3つ」しか知らない

    生命の樹の始まりは1のセフィラ「ケテル」から。そこから2のセフィラ「コクマー(至高の父)」、3のセフィラ「ビナー(至高の母)」と続く。世界の始まりには生みの親が必要である。人間は生まれてすぐに世界を認識するけれど、初めに親である父と母を認識する。

    アルゴリズムはアイヴスによって「3つ」に分けられたが、それは「自分(1)」と「父(2)」と「母(3)」という「3つ」を表している。そこから成長し、経験を積むことで複雑な世界(4〜9)を理解していく。

    けれど、成長し時間が経過するごとに「自分」や「父」や「母」のことを忘れてしまう。最初の「3つ」は歳を取れば取るほど理解が遠ざかるものであり、人間は世界の初めを思い出せなくなる。

    未来は自分の手の内にある

    アイヴスは9つのパーツを3分割したが、その後ニールの分は名もなき男に渡された。最終的に6つのパーツを受け取ったのが「名もなき男(自分)」である。

    3つに分割されたパーツは、過去(アイヴス)・現在(名もなき男)・未来(ニール)をも表している。未来の分のパーツは自分の手の内にあるが、過去のパーツはまた何処かへと隠されてしまう、ということになる。

    人生とは「自分」という存在を思い出す為の経験である。過去が『自分を苦しめるもの』だと感じ始めたのならば、人生の意味や「本当の自分」を思い出そうとしている。アイヴスによって過去に隠される残り3つのパーツを探すには、黄昏に生きながら、孤独な宵を経験する必要がある。

    現在と未来は既に手の中にあるのだから、過去を遡り、過去と現在と未来、3つの時間が一本の赤い線で結ばれ円環を描いたのならば全てが明らかになるだろう。

    名もなき男はオッペンハイマーになった

    ということで、今回の「TENET」考察はこれにて終了である。今回の考察では「3」という数字が多く出てきたと思うけれど「名もなき男」にも三重に意味が重なっている。

    名前が無いのは『物語の主人公では無い状態』を表しているから。自分が何者なのか分からないのならば「名前」が無いのと同じこと。

    名前が無いのは『TENETが誰にでも当てはまる物語』であり、誰もがこの物語の主人公になる可能性があるから。逆行する時間に深く潜り込んだのならば、未来の自分に出会う可能性がある。

    そして、名前が無いのは『人間は現実世界の生き物である』ことを表しているから。TENETは精神世界のお話であったけれども、主人公だけが現実世界を「生きていた」。

    現実で原子爆弾を作るのは生きている人間である。クリストファー・ノーラン、次の作品は原子爆弾の父を描いた「オッペンハイマー」であるが、その名前は「名もなき男」が「TENET」終了後に神から与えられた名前である。

    何が言いたいのかというと、自分自身が「オッペンハイマー」という物語の主人公になったつもりで心して観るべし。「暗闇(死)」が体験できるかもしれない。日本公開がいつになるのかまだ不明ですが…。

  • 「TENET テネット」オカルト考察 その2

    「TENET テネット」オカルト考察 その2

    「TENET」のUOZAブログ的考察その2。その1を読んでからご覧ください。もちろんネタバレあり。

    「TENET」のおさらい

    私たちの世界との比較

    前回考察のおさらい。「TENET」の物語は「私たちの世界」をそのまま丸写しにしたものである。「TENETの世界」と「私たちの世界」の比較で説明する。

    1.「TENET」の世界は「名もなき男/神」が創造した

    私たちの世界では、私たち個人が「名もなき男」である。つまり私たち一人一人が「自分の目に見えている世界」を創造している。人間一人一人が「神」である。

    2.「始まり」と「終わり」が重なっている

    私たちの世界は『原因と結果がたった1つ』という絶対的真理で構築されている。その原因と結果が「自分」である。

    3.時間の流れには「順行」と「逆行」がある

    私たちの世界は、時間が未来へ流れているのが原則である。しかし私たちが気がついていないだけで、時間は逆行している時がある。

    私たちはいつも「逆行」している

    今回の考察では「時間が逆行」していることについて説明していきたいと思う。時間が逆行することはありえないが、実はそのありえないことを普段から行っているのが人間なのである。

    わたしは最近、過去のことばかり考えていた。そして人間には『タイムマシンを作ることが不可能』ということにも確信を持っていた。『タイムマシンを利用して過去に戻る』というアイデアを、人間がなぜ思いつくのか、の答えだけは出ていた。

    その答えは『人間が過去に戻ることは可能である』ということ。しかし「タイムマシン方式」しか頭の中になかったので「TENET」を見るまで「逆行」というアイデアなど思いつかなかった。

    「逆行」というアイデアひとつで「タイムマシンを作ることは不可能」と「過去に戻ることは可能」という矛盾が解消されたのである!ノーラン凄すぎない?

    過去に戻るその他アイデア

    よくよく考えると「シュタインズゲート 」のタイムマシンは電子レンジ。自分だけはそのままで過去に戻るから、ある意味「TENET」の先をいってるのかも?

    というか過去のSF作品の中にも「タイムマシン」を使わずに過去に行く、という作品はあるのかもしれない。そういえば、既に「メメント」で逆行ということは表現していた…。

    ちなみに「インターステラー」は宇宙に行くことで過去と時間を繋げている。「宇宙船」は「タイムマシン」と同じである。このことも今回の考察で説明してゆきたい。(できなかったのでまたいつか。)

    意識する神と無意識の人間

    私たちが「時間の逆行」を行っているなど、信じられないことだと思う。前回の考察でこんなことを書いた。

    『全記録を把握』し『時間の順行と逆行ができる』神が創造したということにすれば、『原因と結果が1つしかない』ということが証明できるのである。

    つまり「神」は時間の順行と逆行ができる。「TENET」は「名もなき男」が「創造主/神」として目覚めるお話であった。逆行することができる「神」になるには、目覚める必要がある。

    目覚めていない人間は「時間の逆行」を認識できていない。だからこそ、人間は時間が逆行することを信じられない。時間は未来にしか進まない不可逆的なものだと信じて疑わないのである。

    つまり「神」に成ることができれば『時間が逆行している』ことに意識的に気が付く、ということである。

    時間を支配する為のルール

    目覚める為のルール

    『時間が逆行している』ことについて詳しく説明する前に、まずは時間を支配する為のルールについて考えていきたい。意識的に『時間を逆行させる』には必ず守らなくてはいけないことである。

    「TENET」ではしっかりと「逆行」するためのルールが設定されていたが、それらは「神」に成る為に必要なルールでもある。

    逆行装置(回転扉)について

    映画の中では、時間を操作するとき赤と青で色分けされた逆行装置(回転扉)を使う。

    赤い順行部屋から扉に入ると青い部屋へ、時間が逆行になる。青い逆行部屋から扉に入ると赤い部屋へ、順行に戻る。

    そんな回転扉に入る時には4つのルールが存在していた。それらルールを守ることがなぜ大切なのか。こちらのサイトから4つのルールを引用させてもらいながら解説してゆく。

    ルール1:自分を見つめ続けること

    ルール1:入る際は逆行(もしくは順行)する自分を検証窓から見たまま装置の中に入ること。でないと出られなくなる。

    シネマトゥデイ

    ループにとり残されないこと

    自分を見ながら装置に入らないと出られなくなる。これは『輪廻のループから抜け出すことが出来ない』ことを意味している。

    人間は「解脱」するまで輪廻転生して何度も人間の一生を体験している。その同じような流れから抜け出すことを「解脱」と言う。『自分を見たまま』輪廻のループの中にいることができないと、抜け出せないということである。

    解脱とは救済である

    前回の考察で「名もなき男」は『解脱している』と説明してきたが、「解脱」することは自分を「救済」することである。

    解脱し救済する為には『自分を見ること』が絶対に必要になる。「名もなき男」は自分を救済する為に生きているから、必ず『自分を見ながら』扉に入る。

    自分を省みること

    自分のことを省みて行いを正すことが『自分を見ること』である。『自分を見つめ直す』とも言えるのであるが、それを続けていくと、自分が生きている意味を見つけることができるようになる。

    逆を言えば『自分を見ない人』は自分を省みることをしない。だから「生きる意味」を見出すこともない。そんな人々は輪廻のループから決して抜け出すことはできないから、自分を「救済」することも無い。ずっと輪廻の苦しみの中に囚われているのである。

    自分(真実)を見つける

    「生きる理由」を見つける作業を続けると、いつか必ず「解脱」できる。自分を突き詰めていけば、人間のことも突き詰めることになるから、この世界の真実をも見つけることになる。そして、この世界の原因と結果が「自分」であることを信じるのである。

    みんなと同じはよくないこと

    名もなき男は「主人公」になろうとしていた。その行動こそが『自分を見つめる』ことなのである。「生きる意味」を見出したいのなら、人生の中で自分だけの目標や目的を見つけようと努力する必要がある。

    「主人公」を目指すことのない人間は、自分を省みることをせず、同じことを繰り返す人間である。その他大勢と同じ、個性のない人生を歩むことは「脇役」と同じである。

    人生論みたいになってしまったが『生きる意味を見つけること』は、自分を救済する為にも大切なこと。「生きる意味」は求めた人にしか与えられないものだから、ただ待っているだけではずっと「脇役」のままである。

    ルール2:宇宙旅行にはマスク必須

    ルール2:逆行している時は、自分で肺に空気を取り込むことができなくなる。そのため外気の中にいる時は酸素ボンベが必要。酸素マスクをしていれば、それは逆行しているサインだ。装置の置かれた部屋が密閉されているのは、周囲の空気ごと逆行(順行)するため。

    シネマトゥデイ

    「逆行」したときに必ず酸素マスクをつけなければいけないというのは、「逆行」している時は「無重力の中」に存在しているから。この件は後ほど詳しく解説していく。

    ルール3:対消滅はゼロポイントを待て

    ルール3:装置に入ることで、順・逆ふたりの自分が同時に存在してしまう。過去の自分と直接ふれ合うと粒子の対消滅が起こるため、接触する可能性がある時は、防御スーツなどで全身を覆うことが必要。

    シネマトゥデイ

    物質と反物質から生まれるもの

    過去の自分と直接触れ合うと対消滅する。対消滅とは、物質と反物質が消滅することで、それによって物凄いエネルギーが生まれるらしい。wikipediaより引用。

    物質と反物質が衝突すると対消滅を起こし、質量がエネルギーとなって放出される。これは反応前の物質・反物質そのものが完全になくなってしまい、消滅したそれらの質量に相当するエネルギーがそこに残るということである 。1gの質量は約 9×1013(90兆)ジュール のエネルギーに相当する。

    wikipedia

    「TENET」の中では物質が「順行する自分」、反物質が「逆行する自分」を表す。だから、直接触れ合ったら物凄いエネルギー量で何かが起こるはずである。

    映画の中では「名もなき男」が「過去の名もなき男」に出会っている。しかし気がつかれていないのでセーフだった。直接触れ合うというのは『順行中の自分と逆行中の自分がお互いに認識すること』と言えるのである。

    「自分を見つける」タイミング

    ゼロポイントは「名もなき男」が「創造主」であることに気がついた瞬間でもある。

    前回の考察でこう書いたけれど、「始まり」と「終わり」が重なるゼロポイントは『自分という存在がどんな意味をもつのか知る』ポイントでもある。

    そして、先程説明した『自分を見つめる作業』が完了した瞬間でもある。

    けれども、その瞬間とは『順行する自分』と『逆行する自分』が出会う瞬間でもあるから、必ず対消滅が起きてしまう。だからこそ『自分を見つける前』に決して「過去の自分」と出会ってはいけないのである。

    『自分を見つける前』に「過去の自分」出会ってしまった人がいる。それが「名もなき男」の悪の側面である「セイター」。

    セイターは『自分を見つける前』に過去の自分に出会い、情報を渡して「アルゴリズム」を開発していたと思われる。

    対消滅のエネルギーは「アルゴリズム」へ

    対消滅で生まれる物凄いエネルギーは「アルゴリズム」を起動した時に発生するエネルギーと同じもの。

    過去のセイターと現在のセイターは既に出会っていたのだけど、やはり未来から接触してきた自分が自分自身であったと本当に認める瞬間は、ある意味『自分を見つけた』瞬間である。

    セイターの悲しみ

    『自分自身が人類を破滅させる』という彼の悲しい目標が達成された瞬間に、やっと自分の犯した罪を知る。それが、セイターが『望んでいなかった自分像を見つけた』瞬間である。そこには大きな後悔が存在している。

    だからこそ「セイター」は「ゼロポイント」で自殺しようとしていた。『自分を見つけることが出来なかった』セイターは対消滅エネルギーと共に消えようとするのである。

    「自分を見つけられない人」は他者に苦しみを押し付ける

    「セイター」は人類を破滅させる存在。過去の自分に接触したことで、未来がやってくる前に自分が何者であるか知ってしまったし、そのことを疑わず生きてしまうのである。

    未来の自分(他者)のことを信じてしまったがゆえに、人類を滅亡させる存在へと成長していく。

    「終わり」側の物語

    「TENET」は『名もなき男(ニール)の視点』であったから、世界が破滅する瞬間は描かれていなかったけど「始まり」と「終わり」は重なっている。

    人類が滅亡した「終わり」側の物語も必ず存在している。自殺とは自己の消滅である。『自分を見つけることが出来ない人』は必ず他人を殺そうとする。だからこそ「セイター」は「アルゴリズム爆弾」を開発するのである。その罪の重さは「死」の瞬間に知ることになる。

    対消滅は諸刃の剣

    一方で「名もなき男」は正しく『自分を見つけた』。彼は過去の自分を騙し、見つからないようにした。直接情報を与えるという不正をせず、過去の自分の力で『自分を見つけた』のである。

    彼は正しい行いをして、対消滅エネルギーを手に入れている。対消滅エネルギーは自分が「創造主」だと気がついた瞬間に手に入るエネルギーでもある。

    それは目に見える「アルゴリズム爆弾」ではなく、目には見えないもの。彼の頭の中(脳)にそのエネルギーは存在する。だから「全記録」を把握し「時間」も操ることができる。

    正しい方法で『自分を見つける』人は、そのエネルギーを破壊(終わり)に利用せず、救済(始まり)に利用する。兵器ではなく智慧を手に入れるのである。

    ルール4:体温調節には気を付けろ?

    ルール4:熱力学の作用によって熱の反転が起きる。そのため燃えさかる炎は冷気になってしまう。

    シネマトゥデイ

    こちらはいつか深堀りしようと思っている。だから調べていない。もしかして「反重力」が関係してるのかな?とか曖昧なことを考えているのみ。でも、人間の体温に秘密があるはず。

    何かの物質を冷却したら逆に進んだ、みたいな記事を昔どこかで見かけた気がするのだが、時間を逆行する為に冷却する必要があるのでは。

    時間を「逆行」させる方法

    「深い思考」について

    ということで、ついにこの世界の秘密を明かそう。時間を「逆行」させるには「深い思考」をすればいいだけである。

    というか「深い思考」については既に別の記事に書いていること。まさかその時に「時間が逆行」しているとは思っていなかったのでびっくりしているところ。

    「深い思考」とは、頭の中である一つのことに集中すること。わかりやすい例で言えば「瞑想」である。「瞑想」の種類にはいろいろあるけれど、雑念を取り除き「過去の自分」のことだけを考えることがわたしの言う「深い思考」である。

    「過去の自分」に対する「深い思考」を、わたしは『精神世界に入り込むこと』と表現している。つまり「精神世界」では時間が「逆行」していることになる。

    「死と生」を選択する場所

    『精神世界に入り込むこと』は危険な行為である。奥深くに入り込んで戻って来られない人もいる。現代ではそんな人々に病名をつけたりもする。

    精神を病んでしまうと「死」を選ぶことも多い。「精神世界」は「死」をもたらす危険な側面があると言える。

    けれども『精神世界に入り込むこと』は時間を「逆行」することだから、過去に戻り、悪いことが起きる原因を確認することができる。

    「深い思考」は上手く使えば「名もなき男」のように自分を救済することに繋がるのである。「救済」とは『生きることを選ぶこと』。「精神世界」には「生」をもたらす側面もあることを知ってほしい。

    「酸素マスク」の必要性

    「TENET」では時間を「逆行」するルールにおいて、必ず「酸素マスク」が必要だった。その理由は「精神世界」には酸素が存在しないため。

    そこはもう「現実世界」ではない。「宇宙空間」と同じような場所。そこは夢のような世界でもあり、現実と区別されるべき場所。だから「精神世界」に入り込むと「幻覚」を見たりもする。

    けれど「深い思考」をしている時、酸素や重力の存在しない「宇宙空間」のようなところに存在していることを証明するのはとても難しい。だからこの話は、信じてもらうしかないと思っている。

    わたしのとある妄想

    どこかに存在する『反物質の私たち』

    「深い思考」をしている時、私たちは「反物質」になっているはずなのだ。つまり、「時間の逆行」と同時に「反物質」になっている。反物質へ変化するというよりか、反物質の自分が別に存在しているのではないか。

    わたしたちの意識は「物質の自分」と「反物質の自分」を行き来している。これが私の最近の妄想である。

    というのも、私たちが「物質」であるとするならば、必ず対になる「反物質の私たち」が存在しているはずなのである。そうでなければ、私たち人間は生まれてきていないということになってしまう。

    「反物質」は精神世界にあるかも?

    私たちの宇宙が生まれた時、同じ量の「物質」と「反物質」ができたと考えられている。それなのに、この宇宙には「反物質」がほとんど存在していない。これは現在でも宇宙の謎として研究されていることである。きっと私たちはまだ「反物質」を見つけることができていない。

    私はその見つかっていない「反物質」は「精神世界」に存在していると思っている。「精神世界」というもう一つの世界が存在することを信じなければ「反物質」は見つからないはずである。

    CP対称性の破れとは

    けれど「物質の自分」と「反物質の自分」が出会ってしまったら対消滅してしまう。私たちは存在しているのだから「物質」と「反物質」には多少の違いが存在しているはず。これを「CP対称性の破れ」と言ったりする。

    「物質の自分」と「反物質の自分」に何らかの違いが存在しなければ、私たちは対消滅してしまう、ということ。2018年に「CP対称性の破れ」についてちょこっと触れた記事を書いていた。もはや大昔の事に思える…。

    物質の私たちと反物質の私たちの違い

    その「違い」とは何であろうか、と考えた時にわたしには1つの答えが頭に浮かんでいる。時間の流れである。上手く言えないけど、現実世界(物質)に生きている人の方が「寿命が長くて」、精神世界(反物質)に生きている人の方がわずかに「寿命が短い」のではないだろうか…。

    この世界は対称性が支配しているけれど、絶対に「死(反物質)」より「生(物質)」が優勢であると感じている。それが「CP対称性の破れ」に関係していると思う。妄想だけど。

    だから「物質」である「現実世界」が優勢になっていて、私たちは「現実世界」を生きているように感じるのではないだろうか。

    2020/10/23追記。寿命の長さのことwikipediaに書いてあったし、既に発見されていた…。まだ誰も気がついていないだろう…みたいな感じで書いてて何か恥ずかしい。でもでも、物質の方が寿命が長くないとこの世界は輪廻しないんじゃないかと思っている。人間憧れの「永久機関」を作るヒントにもなりそう。

    だが近年、粒子群の中で「物質と反物質の寿命がほんの少しだけ違う」というものが出てきた。最初はK中間子と反K中間子である。そして、B中間子もはっきりと反B中間子とでは寿命が違うことが確認された。日本の高エネルギー加速器研究機構のBelle検出器による発見である。「反物質の寿命がわずかに短かった」(CP対称性の破れ)。これにより、初期宇宙の混沌の一瞬の間の「物質と反物質の対生成と対消滅」において、ほんのわずかな可能性だが反物質だけが消滅し物質だけが取り残されるケースがあり、無限に近いほどの回数の生成・消滅の果てに、「やがて宇宙は物質だけで構成されるようになった」と説明できる。

    wikipedia

    マスクのはなし…

    『精神世界は無重力である』ということを説明したいのに、「反物質」について書いてしまった。でも関係なくはないはず。

    とある物理学者の方の考察では「TENET」の表現には科学的におかしいところがある、という意見もあったけれど。

    わたしは、いつか「TENET」の表現の完璧さが科学の進歩で証明されると思っている。逆行に酸素マスクは絶対に必要なはず。

    何故「精神世界」が無重力なのかは、またじっくり考えて書きたい。「精神世界」は生きていない、過去の人間が住んでいる所。

    幽霊って「反物質」だと思う。過去の人間の想念そのものだから。

    「精神世界」では時間が「逆行」している

    ということで、時間が「逆行」していることについて、まとめてみるとこんな感じ。

    私たちが時間を逆行している時は『過去の自分について深く思考』し、その時だけは「精神世界」に存在していると言える。「精神世界」には「死」をもたらす側面と、「生」をもたらす側面があるから、「逆行」しているときはルールに従って、慎重に行動せねばならない。

    「精神世界」については、このブログで「日本神話」を紐解きながら解説していきたいと思っている。関連カテゴリからどうぞ。

    関連カテゴリ:日本神話を紐解く

    登場人物の役割

    側面たちの役割

    人間に存在する3つの側面

    前回、「名もなき男」以外の人物は「彼の側面」であるとの考察をした。悪の側面が「セイター」、善の側面が「ニール」、そして「名もなき男」の対の性として「キャット(女)」が存在している。

    人間には必ず『悪の側面・善の側面』が「自分」の中に存在している。そして自分が生まれ持った性の「反対の性」も重要なものである。

    私たちは人生の中でこの『3つの側面』と向き合いながら生きていくことになっている。意識しようと無意識であろうと、これは絶対なのだ。

    「TENET」の中の3と男

    「TENET」の中で『男3人が中心に向い合う場面』が、確か2回あったと思う。作戦を立てるために話し合う男たちの周りをカメラがぐるぐると回っていた場面と、最後のアルゴリズムを分け合う場面。

    ノーランがこの『3つの側面』を意識しているのかどうかはわからないが、『3と男』に焦点を当てているような気がする。

    それぞれの側面が意味するところを説明しながら、前回の考察で残した謎を解説していく。

    「セイター:Sator」の役割

    自分を憎む男

    「名もなき男」の悪の側面である彼は悲しい過去を背負っている。地図にない街に生まれ、幼少期は核弾頭を探す仕事をしていた。そこで未来の自分から契約書と金塊を受け取る。確かそこで他人を殺していたと思うが、記憶が曖昧である。

    彼は「悲しい生い立ち」と「自分」を憎んでいる。「自分」を憎んでいる人間は度々「時間を逆行」している。悲しい過去を思い出しては、憎む。だからこそ、セイターは過去の自分に憐みを感じて過去の自分を直接助けていた。

    時間を逆行しすぎる男

    その行為は過去の自分が、自分自身で現状を変える力を奪っている。解決策を見つけるための努力をしないことには「逆行する時間(精神世界)」から抜け出せないのである。

    苦しみを与えてくる「現実世界」よりも、過去の自分を助け続ける為に「精神世界」にいることを望んだ。その先には必ず『現実世界を破壊する』という思想が生まれることになる。全てを終わらせる「アルゴリズム爆弾」を作ってしまうのである。

    「苦しみ」から目をそらす存在

    私たち人間には必ず「セイター」のような悪の側面がある。苦しみから目をそらし続ける側面である。また、「試練」と「恐怖」を与えてくる存在でもある。

    「名もなき男」が「セイター」からの試練と恐怖に打ち勝った結果、「ニール」という存在が生まれることになる。

    「ニール:Neil」の役割

    自分を信じる男

    善の側面である「ニール」の過去は描かれていなかった。しかし「名もなき男」の相棒として常にニールが側にいた。彼は未来からやってきて、いつでも「名もなき男」を守ってくれた。

    「名もなき男」から見れば、未来からやってくる「ニール」は「セイター」からの試練を乗り越え、自分自身の力で現状を変えることができるようになった存在である。

    もしも「名もなき男」が「ニール」のことを信じないで「セイター」からの恐怖に負けてしまったら「セイター」という存在に戻ってしまう。ややこしい話になるが「セイター=ニール」でもある。

    希望を与えてくれる男

    ニールは未来に居るが、過去の自分(名もなき男)を直接助けることはなく、サポートするのみ。映画の中で自分自身の正体をはっきりと明かさないことが、そのことを表している。

    「ニール」は希望を与えてくれる存在で、そうすることが「世界の救済」に繋がることを既に知っているからである。

    映画の中では「名もなき男」が「ニール」を問い詰める場面があったが、「ニール」は動じなかった。なぜならば自分(名もなき男)を信じているからである。

    私たちにも「ニール」のような善の側面が存在する。未来が明るいことを信じていれば、現在の自分自身も信じることになる。

    「キャット:Kat 」の役割

    男と正反対の性質を持つ女

    「名もなき(男)」の対の性としての存在が「キャット(女)」である。私たち人間には、生まれ持った性の「逆の性」が心の中に存在している。男性の中には「女性性」、女性の中には「男性性」。

    つまり、1人の人間の中には「男性性」と「女性性」が必ず存在している。人間はこの「男性性」と「女性性」のバランスによって性質が決まると言ってもいい。

    男らしい人、女らしい人、女々しい男、サバサバした女、など人間はこのバランスを表現するための言葉を作り出している。

    心の中の「男性性」が強い女性

    それを踏まえて「キャット」のことを考えてみると、彼女は心の中の「男性性」がものすごく強い。バランスがかなり偏っている。

    「男性性」が強い女性の特徴は『自分を守る』ことに重きを置く。まさに「男らしい女」。彼女に足りないものは「女性」の特徴でもある『受け入れる心』。だから「セイター」と仲が悪い。

    「セイター」もまた、他人を受け入れることができない男性であった。彼の心は「女性性」が弱すぎていた。強さや支配欲が全面に現れていたことからもわかる。

    似たもの夫婦

    この夫婦は「男性性」が強すぎるという共通項を持っていた。『心の中の男性性』が大きくなってしまったキャット、『心の中の女性性』が小さくなってしまったセイター。どちらもバランスが「男性性」に傾いている。

    「キャット」は「セイター」を受け入れず、そんな態度を許せない「セイター」も「キャット」を受け入れない。

    「セイター」は「キャット」の行動の中に『自分自身の悪い部分』を見出していた。だから自分に反抗してきたり、冷たい態度をとられると、自分を見ているようでたまらなくイライラするのである。

    夫婦というものは生活を共にすることで『自分の悪い部分』を相手から見出し、自分自身を改善していくべきなのだけど、相手ばかりを否定していると、どんどん関係は悪くなっていく。

    「キャット」は死なない

    だからこそ「始まり」と「終わり」が重なる、スタルスク12で「ニール」は死亡し、海の上で「セイター」も死亡したのである。エントロピーで生み出された存在(記録)はゼロポイントで消えることが決まっている。

    こちらは、前回の考察の引用。「名もなき男」以外の人物はエントロピーによって生み出された存在であるから、ゼロポイントで必ず消える。

    それなのに「キャット」が生き残ったのは何故か、という問題。答えは「女」は絶対に死んではいけない存在だから。

    「キャット」はこの映画の中でもうひとつ重要な側面がある。それが「母親」という役割。私たち人間は必ず「母親」から生まれる。生と死の側面の「生」を司っている。

    「母親」が存在しなければ、私たちは存在しない。だから「キャット」は必ず生き残る。この映画は「終わり」と「始まり」が重なる輪廻の物語であるから、途切れずに続く必要がある。

    息子の「マックス」は新しい命である。新しい命は、世界を存続させるために必ず必要なもの。だから母親は子供を守る。

    男と女の役割

    「女」は命を生み育む役割として大切なものだけれど、「女」だけではこの世界で生きていくことはできない。正しく生き残る為にも、この世界では男の役割と女の役割がしっかりと別れている。

    男は強さを持って戦い、家族を養う。女は受け入れる心で子を育て、家庭を守る。夫婦は一緒に家庭を守ることで最高のバランスになるのだけれど、現代では難しいようである。

    そのことを知っている「名もなき男」は「セイター」を殺さないように、と考えていた。しかし「セイター」を許せなかった「キャット」に殺されてしまった。

    女は病みやすい

    女は家の中で家庭を守り子供を育てる、という役割だからこそ「精神世界」へ旅をする機会が多くなる。「精神世界」は心の内側である。「精神世界」に入り込み過ぎることは、危険である。

    「子を守る」という特性が、男性に向いたとき、とても厄介なことになる。「子供」を守るという本能があるから、徹底的に「自分」をも守ることになる。そうすると、「自分」の正しさばかりを主張することになる。『受け入れる心』が無くなってしまうと、夫を許すことができなくなる。

    因果応報の世界

    因果応報が絶対的真理のこの世界では、罪を犯したものには必ず「死」が待つことになっている。「キャット」には死ぬべき原因がある。それは、家族である「セイター」を殺してしまったことである。

    しかしこの世界の絶対的真理では『女は絶対に生き残る必要がある』から、「TENET」の中では「キャット」が生き残っている。

    この映画の中で「キャット」の死は描かれていない。実は、キャットが『生き残ったこと』と『死ぬべきこと』が「TENET」の「始まり(生)」と「終わり(死)」に対応している。

    「始まり」と「終わり」が重なっている輪廻の物語であるからこそ、「キャットと息子」が印象的なラストシーンになっているのである。

    次の章からこの物語の核心部分を解説していく。

    男と女の永遠の別れ

    輪廻の「始まり」に戻る

    キャットが「現実世界」で生き残ったことにより、「子」は守られ命は繋がることになった。しかし、セイターを殺したことにより決定的な出来事が発生してしまった。

    「キャット」が「セイター」を殺す場面は『男と女の永遠の別れ』を意味する。実はこれが輪廻の「始まり」を表しているのである。

    私たちの世界の「始まり」

    突然のカミングアウトであるが、この宇宙そのものが『男と女の永遠の別れ』によって始まっている。宇宙物理学者などはビッグバンについて研究しているだろうが、実は「男と女のケンカ」で始まっているだけ。ほんとです。

    人間が存在する理由は、この別れの原因を突き止めることである。

    「名もなき男」は謎を解いた

    「名もなき男」は「ゼロポイント」で宇宙の始まりの原因を知った。まさに「キャット」が「セイター」を殺した事実が、宇宙が創造される原因であることに気がついたのである。

    繰り返し言っていることであるが、キャットもセイターも「名もなき男」の側面である。だから2人は彼自身でもある。つまり、宇宙を創り出した原因となるものが『他者を認められない自分自身だった』と、知るのである。

    おさらいになるが、原因と結果は自分。自分以外の存在はエントロピーで生み出されているだけ。他者は自分の分身でしかないのに、その他者を認めることができなくなってしまったのが人間という生き物である。

    だから宇宙を創造し、男と女という正反対の性質を持つ「性別」を創り出し、「地球」という舞台を用意し『他者を認める為』に輪廻に飛び込んだのである。

    「TENET」は解脱の物語

    宇宙の始まりにはその原因が必要である。原因と結果が頭の中で繋がったとき「名もなき男」は「創造主」になった。

    「キャット」が「セイター」を殺した瞬間が「終わり」であったのに、それが「始まり」でもある、と気がついたのが「名もなき男」

    「創造主」は輪廻の仕組みを理解したから、輪廻の中にいたとしても、その流れを俯瞰して見ることができる。これが輪廻から抜け出た状態。

    過去起きたこと、これから起きる未来のこと、全てを見通す目を獲得している。これが「全記録」を握っていることを意味するのである。

    キャットの目に見えない死

    『キャット』には死ぬべき原因があると言ったけれど「キャット(男性性)」の死は「名もなき男」の心の中だけで起こっている。だからこそ、彼だけが輪廻のループから抜け出した。

    『心の中でキャット(男性性)が死ぬこと』の意味については、他の記事でも書いているので今回は解説しない。

    実は「キャットの目に見えない死」は「名もなき男」がプリヤを殺す場面で表現されていた。プリヤもまた「男性性」が強い女。現実世界の女(キャット)精神世界の女(プリヤ)という対比である。

    語りきれない男と女の別れ

    わかりにくかったかもしれないけれど『男と女の永遠の別れ』や『心の中の女(男性性)の死』については今後もこのブログで書いていく予定。

    「キャット」という存在の解説からなんだか壮大な話になってしまったけど、「TENET」は解脱の物語でもある。

    関連カテゴリ:輪廻からの解脱

    そのほかの考察

    マックス=ニール説

    世間では「マックス=ニール」説が賑わっているが、わたしはちょっと違う答えを出していきたい。

    「マックス」の正しい名前は 「Maximilien」 らしく、これを逆さまから読むと 「Max-imi-lieN」となる。 これが「ニールはマックス」である、という回文になっているのではないかと。

    それから、ニール役の役者が金髪に染め直して出演していることや、キャットとニールだけがイギリス訛りの英語だった、などいろいろな憶測があるのですが、詳しくは他の方の考察を。

    わたしのマックス考察

    確かに、ニール=マックスというのは間違っていないと思う。なぜなら「マックス」という存在は命を繋ぐものとしての象徴。すなわち「名もなき男」とその側面たちの子孫である。

    全ての登場人物の子孫、または祖先として「マックス」が存在している。「始まり」と「終わり」は重なっているので。マックスは「ニール」や「セイター」になる可能性をも秘めているのである。

    ニールが金髪であることの意味

    ところでニールの髪が金髪である意味について、私なりの考察をしたい。「ニール」は「名もなき男」の未来の姿。しかも善の側面であるから、既に世界を救済している。

    対消滅エネルギーは自分が「創造主」だと気がついた瞬間に手に入るエネルギーでもある。それは目に見える「アルゴリズム爆弾」ではなく、目には見えないもの。彼の頭の中(脳)にそのエネルギーは存在する。

    前半「反物質」の説明をしているときに、こう書いたけれど、これがニールが金髪であることの答えだと思う。善の側面である「ニール」は正しく生きて「世界を救済」する為の智慧を手に入れた。

    対の存在でもある、悪の側面の「セイター」は目に見える「金塊」に執着を持っていた。「金髪」と「金塊」もまた対の表現となっている。

    「金(gold)」というのは様々な神話で『完全さ・高貴さ・繁栄』などの象徴として登場する。私はその中でも金は「智慧」の象徴であると捉えている。世界を破壊するものは物質的な「金」を求めるが、世界を救済するものは目に見えない「金」を求める。

    完全なる創造主は「兵器」ではなく「智慧」を手に入れた存在である。

    私たちの中には必ず「セイター」がいる

    だからといって「金」に執着した「セイター」を憎むことは間違っている。「名もなき男」のひとつの側面として、理解すべきもの。

    何故ならば「セイター」が存在しなければ私たちも存在しない。子孫の象徴である「マックス」の父親であることは忘れてはならない。

    「セイター」は悪の側面を利用して「アルゴリズム」を作った。「セイター」は物質的なものを求めていたが、やはり知恵は持っていた。

    「アルゴリズム」とは私たちの「脳(思考)」のこと。「脳(思考)」こそが私たちの生きる舞台や登場人物を創り出している。セイターもまた「始まり」なのである。善と悪どちらの存在も理解しているからこそ「名もなき男」という創造主になれる。

    悪の側面が存在しなければ、私たちも存在しない。最悪な出来事を経験したからこそ、正しくやり直すことができる。悪の側面については下記関連カテゴリでも書いています。

    関連カテゴリ:こわい神様(悪の側面)

    まとめ:「TENET」の世界を図解

    ここまでの考察を図解してみた。この図は「TENETの世界」をわかりやすくまとめたもの。この図は「わたしたちの世界」でもある。

    TENETの世界図解

    赤い円(内側)について

    まずは真ん中の赤い円について。こちらは「名もなき男」の世界。彼は「現実世界」を創造している神である。わたしたちの世界では「地球」がこの赤い円そのもの。

    考察その1で説明したことを再掲。

    実は世界には「自分」しか居ない。目に見えるもの全ては「自分」の内側にあり、それらは存在していない。「自分以外の全てのもの」は自分の内側で創り出されている幻想なのである。その内側の中心に「自分」がいる。

    ここで言う中心がこの赤い円の中の「名もなき男/神」である。そして赤い円の世界は「男性性」が支配している内側の世界である。

    赤い円の中の順行する時間(赤い実線)について

    赤い世界に含まれる、赤い実線について。この右回りの矢印は「順行する時間」を表している。つまり「ニール」という善の側面がこの実線である。未来に進む時間を生きている人は、現実世界を生きているということになる。

    赤い円の中の逆行する時間(青い破線)について

    赤い世界に含まれる、青い破線について。この左回りの矢印は「逆行する時間」を表している。つまり「セイター」という悪の側面がこの破線である。過去に進む時間を生きている人は、精神世界を生きているということになる。

    青い円(外側)について

    そして、外側にある青い円について。こちらは「キャット」の世界。私たちの世界では「地球」を包括している「宇宙」のことである。「宇宙」は現実世界の一部でもあるが、精神世界とも重なっている。青い円の世界は女性性が支配している外側の世界。

    私たち人間はこの「母なる宇宙」から生まれた存在。キャットの役割についての考察内で『キャットは死なない』と説明したけれど、宇宙という母が存在しないと「名もなき男」も存在しないことになる。

    しかし重要なのは、中心である「名もなき男」が青い円も創り出しているということ。この大きな円(赤から青まで)の発生原因は中心に在る。

    白い円(始まりと終わり)について

    「始まり」と「終わり」が重なる瞬間を白い円で表現している。対消滅が起きる瞬間でもあるから、ここで「名もなき男」の側面であり記録である「ニール」と「セイター」は消滅する。しかし、これは現実世界(赤い円)の中の出来事なのでキャット(青い円)は死なない。

    精神世界を生きている悪の側面「セイター」はベトナムの海上でキャットに殺されて死んだ。彼は「母なる宇宙」から捨てられてしまった、ということ。「海上」は逆行する時間(精神世界)の延長線上にある。

    現実世界を生きている善の側面「ニール」はスタルスク12で死んでしまった。しかしその場所で彼が「名もなき男」を救った。「ニール」は「名もなき男」の側面だから自分で自分を救ったことになる。「ニール」は死んだけれど「名もなき男」は助かったのだから「母なる宇宙」から生かされた存在。

    N(北)とS(南)

    スタルスク12は北を表す「N」、ベトナムは南を表す「S」と表現した。先ほど「海上(南)」は逆行する時間(精神世界)の延長線上にあると言ったけれど、反対に「陸上(北)」は順行する時間(現実世界)の延長線上にある。

    自分自身を救う救世主(ニール)は「北」に居るものなのである。「TENET」の真ん中が「N」であることも「北」に重要な意味があるということ。

    地図でもコンパスでも「北」は「上」にある。スタルスク12は、時計の12時方向のことを指している。こちらも「上」にある。「救世主・北・上・地上」というワードについてのオカルト考察は、別の記事で改めて。

    ちなみに、日本の神社境内などには五角柱の「五神名地神塔」という、神様の名が彫られている塔が存在していたりする。その5つの側面の中には皇祖神である「天照大神」の名も彫られている。「天照大神」の面は「北」を向いている。「五神名地神塔」について書いている関連記事もどうぞ。

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    輪廻すること

    対消滅が起きた瞬間、赤い円の中で破壊(終わり)と創造(始まり)が同時に起きる。白い円は輪廻のループを作り出すもの。

    世界が終わる瞬間には「アルゴリズム(意識システム)」が完成する。その意識システムが起動する瞬間が、現実世界が創造される瞬間。これが輪廻の始まり。「アルゴリズム」によって現実世界という仮想空間が創造されてループが続く。

    対消滅が起きる時「記録」は消えてしまうがエネルギーが残る。その残ったものが「マックス」という「始まり」を象徴する存在である。「マックス」は「子孫」であり「祖先」であるから、「始まり」もまた重なっている。

    セイターのように「終わり」を迎える者はまた同じ「人間」のループに戻る。「終わり」が来ても、また新しい形の「人間」として輪廻が始まる。「人間の子孫」としてループが続く。これが一つ目の「始まり」。

    「ニール」は自分自身を救済して「名もなき男」になった。彼は「意識システム」の構造を完璧に見破っている。ということは「人間」よりも上の次元に進むから「意識システム」を管理する側となる。

    つまり、もう一つの「始まり」は「祖先」になること。「人間」を生んだ「神」という存在になる。そして輪廻から抜け出して「新しい世界」へと行くはずなのだが、わたしは人間なのでその世界がどんなものなのかはわからない。その「新しい世界」はキャット(青い円)の目に見えない「死」でもたらされるはずなのである。

    目に見えるものと目に見えないもの

    現実世界の中(内側/赤い円)にある『目に見えない精神世界』は時間を逆行しているときに行ける世界。人間は時間を逆行して「精神世界」へ行っているが、そのことに気がついていない。

    宇宙空間も現実世界の中(外側/青い円)にあるけれど『目に見える精神世界』のこと。現実の中には宇宙も創り出されるが、人間にとって宇宙空間はそう簡単に行ける場所ではない。逆行している「精神世界」と同じく、意識的に足を踏み入れることが難しい場所。

    逆行している時に「マスク」をつけるルールがあるのは、この2つの「精神世界」が本質的には同じものであるから。宇宙空間に行くときも空気を供給してくれる「宇宙服(マスク)」が必須である。

    「神」に成ることについて

    この世界は『男と女の別れ』で始まっている、と先ほどの章の中で説明した。「別れ」で始まっているのだから『神に成ること』というのは「男性性」と「女性性」の統合なのである。一部界隈では、青い円の「母なる宇宙」と同化することが「神」に成ることであると思っているらしい。

    彼らは「地球」に存在する自分自身を幻想として消し去ろうとしているふしがある。だからこそ、自分を宇宙からやってきた存在であると言ったり、自分を無我だと言っていたりする。

    それでは「神」には成れないのである。宇宙に還っていくこと、宇宙と同化して無我になることは「青い円」に吸収されてしまうこと。「宇宙」の彼方にはブラックホールがあって、その中に入ったらまた「人間」としての輪廻が始まってしまう。

    「母なる宇宙」も自分自身が創造している、と信じたときに「神」に成れる。つまり「地球」という「男性性」が「自分」であると強く認識することが「神」になること。尚且つ、外側には「自分(男性性)」を包み込んでいる「他者(女性性)」が存在することを信じること。これが本当の「男性性」と「女性性」の統合であり「解脱」なのである。

    自分自身が宇宙の「中心」に存在している、と確信を持った時に私たちは「名もなき男/神」になることができる。

    関連記事:日本神話から紐解く『中心に居る自分』

    完璧な物語

    「TENET」の物語はあまりにも「完璧」すぎた。宇宙の謎までも明かしている。これを越えてくる作品はあるのだろうか…。

    「お金」をかければかけるほど、物語は完璧になるものである。私たちの世界で「お金」は重要なもの。智慧の対価としてしか手に入らないものだから。

    しかしその「お金」の使い方に「TENET(信条)」が存在しなければ、破滅の道へ。「TENET」は「お金と信条」効果が相まって、素晴らしい作品になったのではないでしょうか。

    まだまだ解説したいことはあるけれど、これで一旦「TENET」の考察は終わりにしたい。


    2021/01/30追記
    「TENET考察1と2」を読んでもよくわからなかった方へ。今回の記事で使用した図を利用して、「この世界の真実(最終解答編)」という記事を書きました。TENETの秘密をさらに理解するためにも、ぜひ読んでみてください。

  • 「TENET テネット」オカルト考察 その1

    「TENET テネット」オカルト考察 その1

    さっそく観てきたので、UOZAブログ的考察をしたいと思う。もちろんネタバレありなので「TENET」観る前にこの記事読まないでください。

    この世界の真実を暴き続けてきたノーランの新作「TENET」。またまた、とんでもない世界の真実が隠されていることがわかったから、オカルト好きならば絶対に見るべし!

    今回の考察は「TENET」のストーリーを説明したりだとか、ややこしい時系列を解説だとかいうものではないのでご了承ください。ちょっと変わったオカルト考察です。

    初めてこのブログに辿り着いた方へ
    このブログの「読み方マニュアル」
    つぎに「このブログについて」を読んでもらうとこの記事への理解が深まると思います。

    解脱している「名もなき男」

    物語のはじまり

    いきなり重要な場面から始まった「TENET」。主人公の「名もなき男」はCIA部隊の一員であり、オペラハウスで起きたテロ事件の中でとある任務を遂行していた。しかし敵に捉えられ、仲間を守るため(情報を漏らさない為)に自害するカプセルを飲んだ。

    ここはとても重要な場面。主人公はこの場面で一度死んでいる。映画の中では、この後目覚めて助かっているのであるが。しかし、主人公は世界を滅亡から救う張本人であるのだから、絶対に一度死んでいるはずなのである。

    死んでから生き返ること

    一度死んで生き返ることは「解脱すること」を意味している。「解脱」という概念がここで突然出てきた理由は、「解脱」する人だけが時間を支配することになり、世界を救うことができるから。

    人間が窮地に立たされたときに、他人の為に死ぬことを体験しなければ「解脱」できなかったりする。

    いきなりぶっ飛んだ考察から始まってしまったが、何故そう言えるのかはこの記事の最後の方で説明していくので、胡散臭いとは思うけれど読み進めてほしい。お願い。

    神に選ばれた人物たち

    船の中で目を覚ました主人公は「TENET」という言葉とともに、世界を滅亡から救う任務を任されたことを知る。滅亡から世界を救うテストに合格したのは主人公だけだと伝えられた。

    死んでから復活した人といえば、救世主イエス・キリスト。創造主の息子であるイエス・キリストは生まれながらにして神に選ばれた人物である。「TENET」の主人公も同じく死んで復活した人物であると言える。

    『神に選ばれ復活した者だけが世界を救うことができる』ということが表現されている場面であり、「名もなき男」が世界を救う物語のはじまりにふさわしい場面なのである。

    関連記事:イエスは「解脱」を表す

    順行する時間と逆行する時間

    今までにない世界の表現

    「TENET」の見所は、時間の順行(未来に進む時間)と逆行(過去に進む時間)が一つの画面のなかに同時に描かれているところ。こんな表現を思いつくノーランは天才か。この表現方法の何がすごいかというと、今までのSF世界にはなかった表現方法だから。

    『過去に戻ってある時点の出来事を変更して現在に戻ってくる』というのがよくある表現方法。原因になるところまで戻っていって、原因を修正し、結果そのものを変えるというもの。

    しかし「TENET」は少し違う。映画の中に出てくる「起きたことは仕方がない」というセリフからもわかるように、起きてしまった結果は変えられない世界観であった。逆行することで原因を確認するのみで原因は修正せず、新しい行動を起こし、結果を変えた。

    日本アニメの時間の流れ

    例えば、日本のアニメ「シュタインズゲート」も「まどかマギカ」も主人公が大切な人を助ける為に(世界を救う為に)なんども過去に戻る。『なかなか救うことができないから世界線を変更してやり直す』という物語だったりする。

    これもある意味、結果は変えられない世界を認めながら(一度終了して)やり直すという「TENET」と同じ流れではある。

    しかし、それらアニメの時間の流れは未来への一方通行であり「死んだら過去に戻る」を繰り返す。なんだか悲しい雰囲気が漂う物語であった。

    TENETの時間の流れ

    「救済」が決定している世界

    「TENET」にはその悲しさが見当たらない。何故ならば、この物語には最初から「世界は救われる」という結果が存在しているから。「主人公が世界を救済した」という結果を起点として順行と逆行が起きている。

    世界を救済したポイントが「始まり」でも「終わり」でもある。世界を救う為の「TENET作戦」はスタルスク12という場所で世界が崩壊する原因となる「アルゴリズム」を回収すること。その場所で世界が救われることが決定している世界なのである。

    「N」がゼロポイント

    他の方の考察を読んで理解したのだが「TENET作戦」は順行チーム、逆行チームそれぞれの持ち時間は10分で、どちらのチームも「0」という時間を目指して行動する。だから「TENET」は前から読んでも後ろから読んでも「TEN」。「N」が「ゼロポイント」である。完璧すぎる!!

    これは真理でもある。世界には0から9までの数字しか存在しない。この数字の組み合わせで世界が成り立っている。そして0と10は同じ「ポイント」である。中心には必ず「0」がある。登場人物たちは「0」を起点としてぐるぐるとしているだけなのだ。

    時間の順行と逆行を同時に使うことによって、ノーランはこの世界の真実を暴き出したと言える。「始まり」と「終わり」が一緒ということはオカルト界隈では当たり前の話であるが、時間の逆行を用いることでそれが実際にどういう意味をもつのかを教えてくれている。

    「始まり」と「終わり」が同じということ

    この世界の真理

    「始まり」と「終わり」が同じことが実際にどういった意味を持つのか。「起きてしまったことは変えられない=結果は変更できない」というこの世界の絶対的真理である、因果応報を強調しているのである。

    世界線の変更(パラレルワールド)という考え方を取り入れたSF作品では、新しい世界が構築され今までの出来事がリセットされる。しかしその表現だと「始まり」と「終わり」が別々のものになってしまうのである。結果が変わってしまえば「始まり」と「終わり」が繋がることはない。

    時間が未来方向に流れる、順行表現だけでは、この繋がりは絶対に表現できなかったこと。だから「TENET」はすごい。

    原因と結果(ゼロポイント)に収束する物語

    「逆行」でタイムラインを1つに

    逆行することで原因を確認するのみで原因は修正せず、新しい行動を起こし、結果を変えた。

    先ほど「逆行」することについて便宜上こう書いたけれど、実は最初から結果が決まっていたのが「TENET」の物語。時間を「逆行」することで「変わらない結果」に収束していくのである。

    パラレルワールドを取り入れたSF作品は「原因を見つける→新しい行動を起こす→結果」をそれぞれの世界ごとに表現している。

    先ほど触れた日本のアニメも、毎回結果は違うけれどたったひとつの結果に辿り着きたいからこそパラレルワールドを利用している。「TENET」は「逆行」というアイデアでそれをたった1つのタイムラインに表現できたのだ。

    パラレルワールドは存在しない?

    「世界が救済される」という結果を設定することで、「始まり」と「終わり」は必ず繋がることになる。

    そのゼロポイント(原因と結果)を中心として、時間を同時に順行と逆行することで、同じ出来事が起こっているようで違う出来事のように感じることができる。それは見方が変わるということでもある。

    わざわざ世界線を分ける必要などなかったのだ。これは盲点だったのではないだろうか?というか私も盲点だった。この考察を書きながら気がついた。

    原因と結果は1つしか存在しない

    ということで、実はこの世界には「原因と結果が1つしかない」という真実を暴いてしまった作品が「TENET」なのである。この世界の全ての存在やこの世界に起きる現象の原因と結果はたった1つ。パラレルワールドは存在しているようで、存在していない。

    時間にこだわりを持って映像を作っているノーランは必然的に真実に行き着いてしまった。これはけっこう衝撃であるのだが、みなさんこの凄さに気がついているだろうか…。

    しかし「エントロピーを減少」させることで時間が逆行し原因と結果に収束する、という理論を人間が証明できていないので、原因と結果が1つであることも証明できていない。私たちが本当にこの凄さに気がつくのはまだまだ先の話なのかもしれない。

    エントロピーと記録の関係

    未来へ進む時間の流れ

    エントロピー増大について

    時間を「逆行」することは現実世界ではありえないこと。わたしたちが体験している現実世界では時間は必ず未来に向かって進む。「TENET」の中でそのことは「エントロピー」を使って表現されている。

    当たり前だがエントロピー理論はとても難しい。だからエントロピーと時間の話をするのも難しい。エントロピーは熱力学、統計力学、情報理論などに利用されている。

    エントロピーは、熱力学および統計力学において定義される示量性の状態量である。熱力学において断熱条件下での不可逆性を表す指標として導入され、統計力学において系の微視的な「乱雑さ」を表す物理量という意味付けがなされた。統計力学での結果から、系から得られる情報に関係があることが指摘され、情報理論にも応用されるようになった。

    wikipedia

    熱力学第二法則というもので『時間が未来に進むこととエントロピーが増大すること』はセットであることがわかる。だから「TENET」では、逆行する銃弾や時間を逆行させる装置には「エントロピーの減少」を利用していることが語られる。

    複雑になっていく世界

    つまり、時間が進むにつれて私たちの世界はどんどん状態が変化し複雑になっていく。エントロピーは統計力学で「乱雑さ」の数値として表現されるが、私はそれを「複雑さ」と強く認識している。

    「乱」という言葉ではこの世界がバラバラのように感じる。「複」という言葉であれば複製という意味を持ち、バラバラなものが実は同じものであると感じるから。

    私の中ではエントロピーの増大とカオス理論は同じものだと思っているのであるが、調べてみるとどうも違うらしい。

    私は理系の頭ではなく「考えるな感じろ」タイプ。私はエントロピーが増えることを「複雑さ」と意識してこの考察を書いている。

    関連記事:カオス理論と預言者

    記録を集めて時間を支配する

    「記録」とは何か?

    「TENET」の中で度々出てきた言葉がある。それは「記録」という言葉。主人公の「名もなき男」も、世界を破滅させようとしている「セイター」も「記録」を重要視していた。主人公は相棒「ニール」から「記録」の重要性を教えられる。

    「セイター」は『記録をくまなく報告しろ』みたいなことを部下に命令していたはず。時間の順行と逆行を使いこなし「セイター」と「名もなき男」は戦うのであるが、それにはとにかく「記録」が重要なのである。映画の中ではそのことがあまり語られていなかったかも?

    「記録」とは世界に情報を残すことである。映画の中では携帯の通話履歴、バスの発着履歴などなどが「記録」であると言われていたと思う。「記録」とは人間が残す「情報」や、自然が作り出す「状態」も含まれるはずである。

    「記録」を利用する意味

    先ほど『時間の順行とエントロピー増大』の関係性について説明したけれど、時間が進むほど世界には「記録」が増えることになる。それをエントロピーの増大と呼ぶ。つまり、時間が逆行しているときは「記録」が少なくなっているから、エントロピーが減少していると言える。

    時間の流れを利用して戦いをするのであれば、世界に記録された「情報」または「状態」がどこで変化したのか?ということが戦いを有利にする。世界の「状態」や世界に散らばる「情報」を持てば持つほど先がどうなっているのか見えてくることになるし、予測も立てやすいのだ。

    「名もなき男」の正体とは?

    最大と最小のゼロポイント

    世界を救済する「ゼロポイント」であるスタルスク12でのアルゴリズム回収作戦。あの時間と場所はエントロピーの最大値と最小値が重なるゼロポイントである。主人公は「順行チーム」であったのだから記録量最大付近にいる。

    あの場所で勝つことができたのは「セイター」ではなく「名もなき男」であった。何故ならば「名もなき男」は最大値になった「全記録」を把握していたからである。

    「セイター」は記録全てを把握できていなかったから世界を破滅させることができなかった。手落ちがあったのである。

    おそらく「海の上」にいたからこそ「全記録」を把握できなかったはず。「スタルスク12」の方には「全記録」が存在していたのだろう。そのあたりは次回考察で説明できれば。

    世界は「記録」で出来ている

    人間がこの世界全ての「情報」や「状態」を把握することができれば、この世界の謎は解けてしまう。その「全記録」から完璧な未来予測をすることができるから。

    しかし、実際にこの世界は人間にとって、とても複雑なもの。複雑であるからこそ、未来予測が困難である。複雑であるからこそ、この世界の仕組みを解き明かすことは、人間にとって難しい。

    しかし、その「情報」や「状態」を全て把握することができる可能性がある人物は理論上存在するのである。

    「創造主」は全記録を把握している

    「全記録」を把握することができるのは「神/創造主」である。世界を創造した人物であれば「全記録」を持っている。その「全記録」から世界を創造するのであるから。

    つまり「TENET」という物語を創造したのは「名もなき男」という神だった。全ては彼が仕組んだことであり、彼が「TENET作戦」の本当の黒幕であることにも説明がつく。

    「神」には名前が無い

    主人公に名前が無いことは彼が「神/創造主」であることを表現している。ユダヤ教では唯一神である「ヤハウェ」を信奉しているが、モーセの十戒にある「神の名をみだりに唱えてはいけない」との教えを彼らは守っている。

    固有の名前を持つことは人間の特徴である。ユダヤ教では神と人間を区別するためにも神の名を唱えないのだろう。神に名前を与えることは畏れおおいことなのだ。

    神が創り出す世界

    「世界」を創った人物

    ということで、実はこの世界には「原因と結果が1つしかない」という真実を暴いてしまった作品が「TENET」なのである。この世界の全ての存在やこの世界に起きる現象の原因と結果はたった1つ。パラレルワールドは存在しているようで、存在していない。

    再び引用してみたが、「TENET」が暴いたこの世界の真実とは『原因と結果が1つしかない』ということだった。

    これが真実だとするならば、この複雑な世界はたった1つの原因から発生していることになる。宇宙はビッグバンから始まったと言われているが、実際のところは分からない。

    しかしこの世界は「神」が作ったということにしたらどうだろう。つまり原因と結果は「神」というたった1つの存在であるということ。

    『全記録を把握』し『時間の順行と逆行ができる』神が創造したということにすれば、『原因と結果が1つしかない』ということが証明できるのである。

    「世界」の創り方

    エントロピーが最小になり世界が無になった時、またその「全記録」から逆行すれば世界が創り出される。「終わり」と「始まり」が重なり、尚且つ時間が逆行できなければ世界を再び創り出すことはできない。

    もしも時間の流れが順行だけであれば、エントロピーがどんどん増えて収集がつかないような世界になってしまうだろう。宇宙は永遠に成長するのだろうか?そんなのは想像もつかないが。

    それから、もしもエントロピーが減少する逆行する時間しか存在しないのであれば、無に還り、始まるかどうかもわからない。セイターが目指していたのは時間の逆行する世界である。

    だから「始まり」と「終わり」が重なり、尚且つ時間の順行と逆行ができれば、永久機関が完成する。それには、やはり原因と結果が1つであることが必要になる。

    「救済」する人「破滅」する人

    「神」には二面性がある

    「神/創造主」である「名もなき男」は「全記録」を持っていたからこそ世界を救ったが、世界を破滅させようとしていたのは「セイター」である。

    「救済(始まり)」と「破壊(終わり)」は重なっている。ということは、彼も「神/創造主」であるはず。

    「神」というのは二元性を司るものである。善と悪という言葉があるけれど、その2つを持ち合わせているのが「神」という存在。このことは、様々な神話で語られていることである。

    私たちが「神」を恐れるのは『いつもは優しいけど怒ったら怖い』というイメージを持っているからだったりする。

    「全記録」を持つ神はたった1人

    映画の中では、未来に選ばれたものとして「名もなき男」と「セイター」が存在していた。それは『神から選ばれたものである』ということを表現しているから、やはり2人とも創造主なのである。イエス・キリストしかり。

    しかし、ここである矛盾が生まれる。「名もなき男」も「セイター」も創造主だとすると、創造主が2人存在することになってしまう。これだと、原因と結果が2つになってしまう。

    それから、「全記録」を持っているからこそ「創造主」であると先ほど宣言していたわたし。『セイターは「全記録」を持っていないから世界を破壊することができなかった』とも言った。そうであるとすれば「全記録」を持っていない「セイター」は創造主ではないことになる。

    ということは『原因と結果が1つ』であり、尚且つ『セイターは全記録を持たない』ということにしなければ、矛盾が生じる。しかし、ノーランは「TENET」の中にその理論を成り立たせる「記録」を残してくれている。

    「神」の側面たち

    「神」以外の登場人物は『神の側面』を表している、というのがその矛盾を解消する答えになる。つまり「名もなき男」の善の側面が「ニール」であり、悪の側面が「セイター」なのである。

    そして「名もなき男」の対になる性の側面として「キャット」が存在する。ちなみに「キャット」は「セイター」の側面としても存在している。

    「名もなき男」の側面としてセイターやニールやキャットが存在しているから、セイターもニールもキャットも「名もなき男」なのである。ということは「神/創造主」は「名もなき男」1人ということになる。

    世界を創造している者がたった1人だからこそ、原因と結果が1つに収束する。つまり、「TENET」の世界には「名もなき男」しか存在していない、ということになる。

    ちょっと休憩

    ここから先に書くことは、わけがわからないかもしれないが(ここまでもわけがわからなかったと思うけれど…)、考えるな感じろ!という気持ちで読んでほしい。

    わからなくても、次回の考察その2でさらに詳しく説明する予定なので、とりあえず進みます。

    側面は全て「記録」

    「名もなき男」以外の登場人物は存在していない、というのはどういうことなのか。

    実は「名もなき男」以外の登場人物は、エントロピーが増大することで生み出された存在たちである。つまり「名もなき男」以外は「記録」の一部であるということ。

    おさらいになるが、時間が未来へと進むとエントロピーが増大し、過去へ逆行するとエントロピーは減少する。

    そして「始まり」と「終わり」は重なっているから、ゼロポイントではエントロピーの最小値(0)と最大値(10)が重なっている。

    「破壊(終わり)」をセイターがもたらそうとしていたから、最小値を表すのが「セイター」であると言える。彼が「名もなき男」の悪の側面であることがわかる。

    ということは、善の側面が「救済(始まり)」をもたらす。世界を救済することのできる「名もなき男」の側面である「ニール」が「記録」の重要性を教えてくれたことも、納得できるのでは。

    「実在」するものは生き残る

    まとめると、エントロピー最小値(0/セイター)と最大値(10/ニール)ということになる。「始まり」と「終わり」が重なるゼロポイントでは、実在する「名もなき男」しか残ることはない。

    だからこそ「始まり」と「終わり」が重なる、スタルスク12で「ニール」は死亡し、海の上で「セイター」も死亡したのである。エントロピーで生み出された存在(記録)はゼロポイントで消えることが決まっている。なぜならばやり直す為にはリセットが必要だから。

    生き残った「側面」

    『やり直すこと』と『続くこと』が重なっていることがわかりやすく表現された物語が「TENET」でもある。

    ところで、もう1人の側面である「キャット」は生き残った。エントロピーで生まれたにもかかわらずだ。ちなみに息子の「マックス」も生き残っている。

    それは『続くこと』を表している。これについては次回考察で詳しく。

    「TENET」は創造主の内側の物語

    開放された世界

    ここからは「TENET」の物語ではなく、私たちが生きている世界のことを説明していこうと思う。

    私たちは現実を生きている。自分が居て、他人や動物や自然がある。宇宙はどこまでも無限に続いているように思えるし「開放された世界」の中に自分が居ると思っている。

    しかし、私たちが現実だと思っているものは、実際は「閉鎖された世界」なのである。

    閉鎖された世界

    「閉鎖された世界」とは地球から宇宙の彼方まで全てが自分から発生しているということ。全てが自分から発生したものであるが、私たちの目にはどこまでも続く「開放された世界」に見えているだけである。

    実は世界には「自分」しか居ない。目に見えるもの全ては「自分」の内側にあり、それらは存在していない。「自分以外の全てのもの」は自分の内側で創り出されている幻想なのである。その内側の中心に「自分」がいる。

    私は「TENET」の考察をしながら、私たちの世界が閉鎖されていることを説明してきたのである。信じられないだろうが、真実である。原因と結果が1つであることは、閉鎖された世界であることも証明できる。

    「アルゴリズム」について

    バーチャルリアリティな世界

    自分だけが「実在」していて、自分以外の存在は全て「記録」であることが「閉鎖された世界」であることの理由になる。

    自分以外のものは全て「単なるデータ」とも言える。なんと、世界に存在している自分以外のものは「アルゴリズム」で描かれている…。

    目に見えているもの全ては「アルゴリズム」による描写で、現実はバーチャルリアリティなのである。その事を説明するためにも「アルゴリズム」の定義をwikipediaから引用する。

    岩波国語辞典「算法」に、まず「計算の方法」とした後に2番目の詳細な語義でalgorithmの訳として、“特に、同類の問題一般に対し、有限回の基本的操作を、指示の順を追って実行すれば、解がある場合にはその解が得られ、解がない場合にはそのことが確かめられるように、はっきりと仕組んである手順。”とある。

    wikipedia

    と、引用してみたものの「アルゴリズム」のことを考え始めたら、チューリングマシンの停止性問題やらチューリング完全やら、なんだか複雑になってきたので、今回は説明をやめた。いつかやる。

    「アルゴリズム」を創り出す脳

    とにかく「アルゴリズム」が自分以外のものを描き出しているということは確か。強引だが。「アルゴリズム」とは結局何であるのか?私たちの世界では「脳(思考)」が「アルゴリズム」なのである。

    「TENET」の中では破壊をもたらすものとして「アルゴリズム」が存在していたが「脳(思考)」には私たちを「破滅させる機能」もあるし「救う機能」もある、ということ。

    冷戦の意味するところ

    だから映画の中では「アルゴリズム」をめぐって戦いが起きていた。自分を破滅させるか・救うか、のせめぎ合いが「TENET作戦」であった。

    「名もなき男」が船で目覚めたとき、「TENET」は冷戦である、と聞かされていたと思う。その言葉は現実の戦争ではなく、この脳内戦争を表しているのである。

    私たちはそんな恐ろしい兵器(脳)を持っているのだから、自分を生かすか殺すかは自分の思考次第ということ。

    「アルゴリズム」を創った人物

    映画の中で「アルゴリズム」を作った科学者は自殺したとのことだったが、その科学者とは「名もなき男」の悪の側面である「セイター」である。彼がゼロポイントで「自殺」しようとしていたことからもわかる。

    しかし、映画の中では「自殺」する前に「キャット」に殺されて死んでいる。「自殺」していないので矛盾が生じるかと思う。しかし矛盾にはならない、『セイターが自殺した結果』も存在しているはずなのだから。

    『セイターが自殺した瞬間』がエントロピー最小値になった瞬間でもある。その物語は「TENET」の中に描かれていない。なぜなら世界を救済する物語であったから、重なっているもうひとつの側面を詳細に描くことはできないから。

    繰り返す世界

    「セイター」は側面なのだから「アルゴリズム」を作ったのも「名もなき男」ということになる。

    つまり、過去の自分(セイター)が世界を破壊するような兵器を作ってしまったから、その過ちを再び犯さないように「名もなき男」と「ニール」が「アルゴリズム」を回収するという物語である。

    「始まり」と「終わり」が繋がり、繰り返している世界だからこそ、間違いを正すことができる。「TENET」は世界が救済される物語であるから、間違いに気が付き、それを正そうとする意識を持った善の側面である「ニール」が重要な人物となっている。

    『この世界は救済される結果が優勢』ということの象徴が「名もなき男」である。彼は「悪のセイター」と「善のニール」を包括しているが、善が優勢になっているために「ニール」と行動を共にしている。

    全てが「名もなき男」の内側で完結していることがわかると思う。

    「TENET」は私たちの物語

    「TENET」の主人公に名前がないのは、この物語が私たち一人一人の物語であることを意味している。自分が見て、体験している世界を創造しているのは「自分自身」であることを強調しているのである。

    物語の中で「名もなき男」の素性は詳しく明かされていない。妻も子もなく1人の男だった。それこそ、創造主であることの表現といえる。私たち人間には個性が存在しているが「名もなき男」の背景を描かないことにより、誰にでも当てはまるよう意図されている。

    「TENET」考察のまとめ

    私たちが「神」だった

    今回の考察をまとめると、私たち一人一人が創造主である「神」ということになる。自分を人間だと思っているとしたらそれは大間違い。私たちはみんな「神」だった。

    「TENET」はその事を私たちに伝えているのだけれど、気がついている人は少ないだろう。それも仕方がないことで、人間はみんな「神」であった事を忘れてしまっているから。

    「主人公」であることを思い出す

    「TENET」の時間の流れは、逆行することもあったが「名もなき男」が死んで目覚めるところから未来へと進んでいく。目覚めたばかりの頃は自分が「創造主」であることを忘れている。

    時間が進むにつれ「名もなき男」は自分が「主人公/創造主」であることを思い出してゆく。そして最後には「TENET作戦」そのものを計画したのが自分であることも思い出す。

    ゼロポイントは「名もなき男」が「創造主」であることに気がついた瞬間でもある。気がついてしまえば自らが「全記録」を握っていることも理解する。だからこそ完璧な「TENET作戦」を考え、実行することができるのである。

    人間は目覚めないと「創造主」になれない。しかし、誰にでも「創造主」になるチャンスはある。「名もなき男」のような行動をすれば良いのである。

    名もなき男になる(神に成る)方法

    人間が窮地に立たされたときに、他人の為に死ぬことを体験しなければ「解脱」できなかったりする。

    ここで映画の冒頭に戻る。今回の考察の冒頭でこんなことを書いた。目覚めるには、一度死ぬ必要がある。誰かを守る為に自分の命を捧げるのである。命を捧げることができれば、必ず復活する。

    それが「解脱すること」なのである。「解脱」さえすれば、自分がこの世界の「神」であることを思い出すことができるようになっている。そして自らが世界を創造していることを知るのである。

    関連カテゴリ:輪廻からの解脱

    私たちの世界との比較

    つまり「TENET」の物語は「私たちの世界」をそのまま丸写しにしたものである。そのことをわかりやすくまとめてみる。「TENETの世界」と「私たちの世界」の比較で説明する。

    1.「TENET」の世界は「名もなき男/神」が創造した

    私たちの世界では、私たち個人が「名もなき男」である。つまり私たち一人一人が「自分の目に見えている世界」を創造している。人間一人一人が「神」である。

    2.「始まり」と「終わり」が重なっている

    私たちの世界は『原因と結果がたった1つ』という絶対的真理で構築されている。その原因と結果が「自分」である。

    3.時間の流れには「順行」と「逆行」がある

    私たちの世界は、時間が未来へ流れているのが原則である。しかし私たちが気がついていないだけで、時間は逆行している時がある。このことは次回考察で詳しく。

    世界は「終わり」に向かっている

    自分を救おう

    私たちは早いところ「神」であることを思い出したほうがいい。もうすぐエントロピー最大値になる時期が近づいているから。世界(自分)を救う準備を始めた方が良い。

    私たちは携帯端末を毎日のように操作して「情報」を増やしている。写真をとったり動画をとったり、毎日膨大な「記録」を残している。

    毎日ツイッターで呟いているそこのあなた。エントロピー増やしてます。世界が終っちゃいます。

    関連タグ:終末

    世界の真実は「TENET」という言葉

    ということで「TENET」は世界の秘密を暴くとんでもない作品であった。私はこの考察をしながら驚愕してしまった。なんて説明しやすいのだ!と。

    私は「解脱」してこの世界の秘密を知ったから、その世界の秘密をなんとか説明したく、このブログを開設した。けれどそれはとても難しい作業。

    この作品の考察をしながら、「解脱」によって私が理解したことがスッキリと頭の中でまとまっていった。

    言葉では説明できるはずもないこの世界の真実が「TENET」のストーリーによって、すごくシンプルに説明できるようになった気がする。

    つまりノーランは「神」である!まだまだ「TENET」には細かく考察したいところがあるので、考察その2に続く。

  • 2つの時間の重なりが因果を生む

    2つの時間の重なりが因果を生む

    今回は「解脱」するために理解すべきこと「因果と時間の関係性」について。仏教用語である、同類因と等流果、異熟因と異熟果という2種類の因果関係の解説と、それら因果が現実に現れる仕組みについて。「解脱」したい人は必読です。

    初めてこのブログに辿り着いた方へ
    このブログの「読み方マニュアル」
    つぎに「このブログについて」を読んでもらうとこの記事への理解が深まると思います。

    因果とは、原因と結果のこと

    輪廻転生と因果の関係

    この世界は「因果」という絶対的なものに支配されている。そして、この「因果」こそが人間を苦しめる輪廻を創り出している。輪廻転生については関連記事で少し書いているので、先に読んでおいてもいいかも。

    関連記事:輪廻から解脱する方法

    関連記事:輪廻転生と自己責任 前半

    一切合切は因果により生じている

    はじめに言っておきたいこと。今回の記事に出てくる仏教用語については、元ある意味を大切に、わたしの考え方を織り交ぜつつ解説していく。まずは「因果」について。

    仏教における因果(いんが)は、因と果 による熟語。仏教では、一切の存在は本来は善悪無記であると捉え、業に基づく輪廻の世界では、苦楽が応報すると説かれている。一切は、直接的要因(因)と間接的要因(縁)により生じるとされ、「無因論」「神による創造」などは否定される。

    因果(wikipedia)

    『一切は、直接的要因(因)と間接的要因(縁)により生じるとされ…』というのは、全てのものは因と縁により生じるということ。全てのものというのは、この世に存在する物質や現象全て。それらが生じているのは、因と縁の作用による。

    直接的要因(因)というのは、生じていることの原因は自分自身にあるということ。間接的要因(縁)というのは、自分をとりまく世界(生活環境、人間関係など)を通して結果がもたらされる、ということである。

    一切合切は必ず関係性を持っている

    縁起(えんぎ)とは、他との関係が縁となって生起するということ。全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立しているものであって独立自存のものではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す。仏教の根本的教理・基本的教説の1つであり、釈迦の悟りの内容を表明するものとされる。

    縁起(wikipedia)

    続いて「縁起」についての説明をwikipediaから引用。先ほど間接的要因について説明したように、結果は必ず「他との関係」を伴っている。全ての現象は、必ず「自分をとりまく世界(生活環境、人間関係など)」と関係を持ちながら起きるということ。

    『条件や原因が無くなると結果も自ずからなくなること』というのは、輪廻が生成されなくなるということを指す。条件というのは「自分をとりまく世界」そのもの。解脱というのは、原因が無くなり、世界も無くなること。結果(事象の全て)が消滅するのである。

    原因と結果=自分と世界

    ここまでの説明をまとめると、現れる結果(現象)の原因を自分自身が作っているということ。そして、結果とは自分をとりまく世界のこと。

    因(原因)を滅すれば果(結果)も作られなくなるので輪廻は終わる。原因を解明し、原因となるものを作らず、結果も作らないようにすることが解脱というもの。とある原因からどのように結果が現れるのかを知ると、原因解明の手助けになる。ということで次の章からは因果の法則について。

    2種類の因果関係について

    同類因・等流果と異熟因・異熟果

    原因と結果について説明するのに、いい仏教用語を見つけた。原因になるものとして、同類因(どうるいいん)と異熟因(いじゅくいん)という言葉。結果になるものとして、等流果(とうるか)と異熟果(いじゅくか)という言葉。

    ゴータマ・ブッダさんが亡くなってから彼の教えを元に、様々な仏僧集団にまとめられた思想・論書をまとめて「阿毘達磨(あびだつま)」という。アビダルマとも呼ばれていて、一部仏教者の間で研究されている。4つの言葉はその中に出てくるもの。

    「同類因(原因)等流果(結果)」と「異熟因(原因)異熟果(結果)」。因果関係についてはこの「2種類ある」と覚えておくといい。

    1.同類因・等流果という因果の法則

    原因その1 同類因(どうるいいん)

    現在の瞬間と同類の現象が後に果として生じる時の原因のこと。因が善ならば果も善、悪ならば悪、無記ならば無記と、その性質をともにしなくてはならない。例えば、忍耐をしているある瞬間は、忍耐をしている次の瞬間の同類因となる。

    阿毘達磨倶舎論(wikipedia)

    原因の性質と結果の性質とが同様・相似である場合の原因。この結果を等流果という。同類因と等流果には因果同時はありえず、必ず時間的先後関係にある。

    真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

    同類因についてwikipediaから引用。同類因とは、この後説明する等流果(とうるか)の原因になるものである。等流果の説明と同じになってしまうのでこちらは簡単に。

    結果その1 等流果(とうるか)

    六因のうち同類因・遍行因に対応する果。等流果は多くの場合自らまた同類因となって次の等流果を生ぜしめ、そこに因果の連鎖が続く。等流とは、因から「流れ出る」の意。

    阿毘達磨倶舎論(wikipedia)

    原因と同性同質の結果。同類因または遍行因によって生じる。

    真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

    等流果(とうるか)は、原因になるものと同じ結果のこと。善行をしたら(原因)→善行が起き(結果)、悪行をしたら(原因)→悪行が起きる(結果)。同類因と等流果は原因と結果が同じ性質のものになるので原因がわかりやすい因果関係と言える。その結果はまた原因になってしまうので、悪行をしてしまったとしたら、負の連鎖が続くことになる。

    『因が善ならば果も善、悪ならば悪、無記ならば無記と、その性質をともにしなくてはならない。ここで出てきた「無記」というのは、善でも悪でもないものを指す。そして「無記」とは煩悩に支配されていない行為のことでもある。無記という行為をしたら(原因)→無記という行為が起きる(結果)。

    では、善行と悪行は煩悩に支配されている行為と言えるのであろうか?厳密に言うと、煩悩に支配されていない。とある行為について「善行である・悪行である」と判断する意識を「煩悩」と言うのである。だから、同類因と等流果は全て「無記」と言える。

    自分のとある行為が、その後再び同じ性質の行為を引き起こす。この因果関係が存在するから、この世界そのものも継続していると言える。途切れることなく続く輪廻というものは、この因果関係によるところが大きい。

    時間差について

    『同類因と等流果には因果同時はありえず、必ず時間的先後関係にある。』とあるように、同類因と等流果は原因が作られ結果が現れるのに時間差がある。原因の後に結果が現れる、という当たり前といえば当たり前な時間差。

    2.異熟因・異熟果という因果の法則

    原因その2 異熟因(いじゅくいん)

    楽あるいは苦たる結果を引き起こす原因、有漏(煩悩)に基づいた善あるいは不善の行為。無記または無漏に基づく行為は異熟因とは決してならない。善なる行為をなしたとき、それは同類の善ではなく楽なる結果を生じるが、このように原因と結果との性質が異なることを異熟という。同類因に同じく、異熟因について因果同時はありえない。

    阿毘達磨倶舎論(wikipedia)

    異熟因(いじゅくいん)とは、原因になる善行または悪行のこと。先程の同類因と似ているけれど、こちらの善行や悪行は煩悩から起こるものに限定される。同類因の原因や結果には「無記」という「善でも悪でもないもの」も含まれていた。

    しかし異熟因には「無記」に基づく行為は含まれない。異熟因は、この後説明する異熟果(いじゅくか)の原因になるものである。

    結果その2 異熟果(いじゅくか)

    六因のうち異熟因に対応する果。異熟果は善でも悪でもない「無記」であり、異熟果自体が自ら異熟因となって再び異熟果を生じそこに因果の連鎖をなすことはない。

    阿毘達磨倶舎論(wikipedia)

    善・悪の行為を原因として生じる楽・苦の結果。総じて無記(善悪の差別がない)であり、有情においてのみ生じる。異熟因による。

    真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

    異熟果(いじゅくか)とは、楽か苦という結果のこと。原因が「異熟因」という善行や悪行である場合、結果は楽や苦であるということ。楽や苦は「無記」である。つまりそれらは善でも悪でもないのである。

    こちらの因果関係は原因と結果が異なる性質になっている。原因になる善と悪とは違い、結果の楽と苦というのは感情である。喜び、楽しみ、苦しみ、悩みなど心の状態として結果に現れるということである。

    楽と苦という感情について

    仏教における(らく)とは、パーリ語、サンスクリット語のSukha (スカ)に由来し、幸福、喜び、容易さ、楽しみ、至福を意味する。対義語は(ドゥッカ)。

    楽(wikipedia)

    仏教における(く)とは、苦しみや悩み、精神や肉体を悩ませる状態を指す。対義語は

    苦(wikipedia)

    仏教における楽と苦の定義を引用してみる。楽や苦というのは、自分に生じる感情のことである。通常人間は楽という感情を善、苦という感情を悪と判断する。

    けれど、楽や苦は「無記」であるから、善や悪として区別できないものであるということ。感情には善も悪もない。ただそういった心の状態が存在するだけなのである。

    時間差について

    調べたところ、異熟因と異熟果の時間差には特徴がある。原因を現世に作ったとして、結果が現世に現れることはない。結果は、輪廻転生した後に結果として現れる。結果は未来のどこかで現れるということ。原因(現世)→結果(来世)、原因(過去世)→結果(現世)のような時間差である。

    この法則は人間にとって理不尽なものである。現世では原因を知る術がない。異熟果という結果の原因を見つけるのはとても難しい。等流果とは違い、異熟果自体が原因になることはなく結果のまま完結するので、そこから連鎖が続くことはない。それもこの原因を見出すことが難しいことの理由の1つになるだろう。

    わかりやすい因果とわかりにくい因果

    ここまで説明してきた、2種類の因果関係についてまとめてみる。

    同類因(原因)と等流果(結果)
    原因:善行 → 結果:善行
    原因:悪行 → 結果:悪行
    原因:無記 → 結果:無記
    異熟因(原因)と異熟果(結果)
    原因:善行 → 結果:楽という感情
    原因:悪行 → 結果:苦という感情

    わかりやすい因果関係

    わかりやすい因果関係として「同類因と等流果」という法則がある。こちらは、原因と結果が同じ性質のものである。悪いことをしたら悪いことが続く、善いことをしたら善いことが続く、というもの。この因果関係を意識できると、同じ行為が繰り返されることを防ぐことができる。

    わかりにくい因果関係

    わかりにくい因果関係として「異熟因と異熟果」という法則がある。原因は煩悩から起こる悪行や善行であるが、結果として現れるものは「心の状態」である。

    たとえば誰かに何かを言われて『とても傷ついた』という心の状態は「苦しみや悲しみ」である。つまり異熟果という結果になる。その結果の原因(異熟因)は、現世には存在しない。つまり「苦という心の状態」をもたらす原因は、傷つくようなことを言って来た人ではないのである。

    その「苦しみの心」を作る原因は前世における自分自身の悪行にある。しかし、私たちは傷つくようなことを言ってきた人を原因にしてしまうだろう。そうすることで、原因を考えることをやめてしまうから、解脱ができないとも言える。

    無記について

    ここで「無記」についてもう一度説明したい。同類因と等流果では「原因が無記であれば、結果も無記である」という法則があった。仏教用語である「無記」にはいくつかの定義があるが、今回の記事で使用する「無記」は善と悪を区別しないことを意味するもの。

    善でも悪でもないもの・善でも悪でもあるもの、どちらも「無記」である。原因や結果となるその行為の善悪を区別しないことが「無記」である。人間の全ての行為の本質は「無記」なのである。しかし、人間は必ず善・悪のどちらかで区別するからこそ、善行・悪行という概念がある。

    人間はある行為において「善か悪か」を明確に区別するのであるが、解脱した視点では、ある行為に「善と悪」両方適応されることを理解している。それが「無記」という判断である。解脱した視点では「善と悪」を区別しつつ、区別しないことができる。

    「無記」を理解できたとき、苦や楽という感情には善も悪もない、ということが理解できるのである。

    解脱するためには異熟を理解すること

    苦しみは異熟にあり

    解脱の最終局面の試練は「異熟因と異熟果」を理解することである。「同類因と等流果」という因果関係よりも、自分自身に起きている結果(感情が動くこと)の原因が何であるのかを見つけるのが難しい。

    わかりやすい「同類因と等流果」より、わかりにくい「異熟因と異熟果」に心を振り回される人間。これが輪廻を生きる人間に与えられる、大きな苦しみである。

    自分自身に様々な感情が湧き上がる原因は、自分自身の前世の行為に存在する。解脱するためには、苦や楽という感情がどうして起こるのか?を追求することが必要なのだ。

    苦という感情の原因(異熟果の原因)

    異熟因を知ることができれば、苦や楽という感情が起こる原因を知ることができる。異熟因というのは、自分自身が前世で行った「とある行為」である。

    前世が視えるという人に全ての前世を確認してもらって「異熟因らしき行為」を探す、という方法もあるかもしれない。が、それらを検証することあまりにも困難。現実的ではない。

    しかし、前世から現世までの全行為が自分の意識に記録されているからこそ、前世が視える人が存在するのである。その「たった一つのとある行為(異熟因)」も、忘れているだけで自分の意識には確実に残っている。

    その記憶を引き出す方法として、六道輪廻の地獄を体験するというものがある。わたしはその方法をこのブログの「輪廻からの解脱」カテゴリで少しづつ紹介している。

    けれど、私たちは「とある行為(異熟因)」を思い出すことを心から恐れているのでその記憶を固く封じ込めている。その記憶を引き出すことが難しいから、解脱も難しいのである。

    ちなみに。今回は「苦という感情」に注目しているけれど、もちろん楽という感情が生まれる原因も異熟因にある。

    複雑怪奇なこの世界

    大元になるたった一つの原因から枝分かれしていき、複雑怪奇な因果関係が生まれている。wikiの縁起の説明にあった通り、全ての現象は原因や条件が相互に関係しあって成立しているものである。自分自身が元の原因を作り出したあと、生活環境や人間関係などが複雑怪奇に入り乱れた現状が結果として現れたもの。

    「因果の法則」は絶対である。この世界の事象と、自分に起きる感情には、必ず自分自身に原因がある。そして、人間の苦は「異熟果」として現れる。悲しみ、怒り、やるせなさ、これら苦しみの心に振り回され、疲弊した人間はこの世界を「意味のないもの」にしたがる。それは原因解明を諦めることである。結果には原因があるのだから「意味がある」のである。

    人間はこの「因果の法則」を信じず、原因を解明できないまま死んでいく。原因解明を達成したものには輪廻からの解脱が約束されているのに諦めるのである。生きとし生けるものに平等に訪れる「死」は原因解明を遂行できない結果である。

    時間が存在する理由

    初期仏教のとある宗派

    グーグル検索していて、たまたま佛教大学の方のこちらの論文(種子説の研究)を見つけたので、読ませて頂いた。仏僧集団ごとの「異熟」に対する考え方の違いを比較するとても面白いものだった。

    こちらの論文を読ませていただいて、このブログでわたしが一番訴えたいことは、既に「説一切有部(せついっさいうぶ)」が説明しているということを知った。というか、現代まで残っているアビダルマ(阿毘達磨)のほとんどは「説一切有部」という集団がまとめたものであった。

    ゴータマさんの生きている時代の弟子たちである「原始仏教の集団」から、ゴータマさん亡き後「上座部と大衆部」という2つに集団は分裂。さらに「上座部」から分裂した集団のひとつが「説一切有部(せついっさいうぶ)」。

    三世実有説と時間

    説一切有部の基本的立場は三世実有・法体恒有と古来いわれている。森羅万象を構成する恒常不滅の基本要素として70ほどの有法、法体を想定し、これらの有法は過去・未来・現在の三世にわたって変化することなく実在し続けるが、我々がそれらを経験・認識できるのは現在の一瞬間である、という。未来世の法が現在にあらわれて、一瞬間我々に認識され、すぐに過去に去っていくという。このように我々は映画のフィルムのコマを見るように、瞬間ごとに異なった法を経験しているのだと、諸行無常を説明する。

    説一切有部(wikipedia)

    説一切有部(せついっさいうぶ)の主な教義に「三世実有説」というものがある。『法(ダルマ)は過去・未来・現在の三世にわたって変化することなく実在し続ける』というもの。法(ダルマ)というのは、この世界を成り立たせているシステム全体のこと。

    人間はシステムに忠実にこの世界を生きている。今回説明した「因果の法則」もシステムのひとつ。システムがないと、人間は人間で在ることはできない。自分(人間)という存在はシステムありき。

    三世実有説というのは「システムは三世(過去・現在・未来)の間変わることがないから、自分という実体も三世にわたって変わりなく存在する」ということを説明している。けれど、私たちが認識できるのは「現在」という一瞬だけで、その過ぎ去っていく「現在」という瞬間が諸行無常であるとも説明している。

    変化すること・変化しないこと

    仏教用語である、諸行無常の意味するところ。それは「一切は常に移り変わり、常に変化しているから、同じものなどない」ということ。だからこそ、自分という存在も変化するものであり確かな自分など無い、という考え方を多くの仏教者が持っている。

    しかし、説一切有部は「システムは変化しないまま実在しているから、自分も世界も変化することなく、確かに実在している」と説いている。

    諸行無常と三世実有説は矛盾しているけれど、実はどちらも真実なのである。変化しているし・変化していない。この2つが重なっていることを理解することが解脱でもある。

    今という瞬間

    ところで、スピリチュアル界隈では『過去・未来・現在は同時に存在していて、今という瞬間だけがある』という言葉や『時間には過去も未来も現在も存在しない』という言葉をよくみかける。諸行無常を強く意識しているからこそ「今という瞬間」を大切にしていこう、という考え方である。

    けれど、そもそも時間とは「過去→現在→未来という流れ」のこと。だから三世を同時に感じたり、三世が存在しないと考えてしまうことは、時間という概念を無くしてしまうことにもなる。『今を生きる』という言葉を安易に使用しているのだとしたら、時間が存在する意味から目を背けていることになる。

    「今」は儚い。認識したとたんに過ぎ去っていくもの。実際「今」という概念を理解するのはかなり難しい。

    解脱で時間の謎を解く

    時間の概念を作り出したのは人間であるけれど、太陽が昇り沈むというサイクルが存在するからこそ時間も必然的に生まれた。因果の法則と同じく、時間の流れも絶対的なものなのだ。「今」という瞬間は儚いものであるが、時間の流れ(法則、システム)は変化することがない存在なのだ。

    変化することがないシステム(時間の法則、因果の法則)を完璧に理解することが、解脱というもの。「今」を生きるだけでは解脱などできない。因果と時間の関係性を解き明かすことで、この世界の基盤をなす大きなシステムを知ることが今回の記事の主題である。

    時間の捉え方の違い

    先程リンクさせてもらった論文を読み、「瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは)」という集団を知ることができた。仏僧集団ごとに、因果と時間に対する考え方の違いが表れているのは興味深かった。

    今回わたしが説明してきた、2種類の因果の法則において、因(過去)→果(未来)という時間差について教えてくれているのが「説一切有部」という宗派である。因果と時間の関係に注目している。

    しかし「瑜伽行唯識学派」という集団は、因と果は同時に起きていると説く。つまり『過去・未来・現在は同時に存在している』ということを言っている。「時間は無い」ということに注目している。スピリチュアル界隈は、現代の瑜伽行唯識学派みたいなものかも。

    このように、因果と時間の関係性について宗派で言い分が違うのである。この世界には様々な主張の違いはあるけれど、結局全ては正しい。つまり、時間は有るし・時間は無いということ。人間は0か1かのように、どちらかを選択することで生命活動を保っているから、主張が違ってしまう。

    「有ること」を知ることについて

    「説一切有部」は名前からも分かる通り、有ることの方を重要視している。わたしのブログでは「有ること」が持つ意味を解説していることが多い。

    すべてのものは有ると無いが重なっている。しかし、無いことを理解するよりも、有ることを理解する方が困難なのである。「有ること」を知ることは、システムを理解すること。この世界の真実を知ってしまうことになる。

    システムを理解したとき正常な思考を保つことは難しい。真実を知ることは、絶対的なシステムの上にしか人間が存在できないことを知ることである。そうなると、システムの一部でしかない自分の存在に意味を見出すことが難しくなる。

    だから、人間は本能的に「有ること」を理解するのを避ける。「無いこと」に注目することは、本能的に安全な方を選んでいるのだ。話が少し脱線してしまったけれど、ここからは因果と時間の関係性について考えていきたいと思う。

    因果と時間の関係性について詳しく解説

    精神世界・現実世界それぞれのピラミッド

    「瑜伽行唯識学派」という集団は、因果関係を階層にして考えている。だから因果が同時に起きていると説く。しかし、「説一切有部」は時間の流れと因果を関連付けている。因果に対する時間の捉え方の違いが何故起きるのか、図解と共に説明できたらと思う。

    まずはこの図を見て欲しい。因果関係・意識の階層・時間の流れなどを、「現実世界」と「精神世界」に分けてそれぞれピラミッド型で表現してみた。

    現実世界のヒエラルキー
    精神世界のヒエラルキー

    現実世界と精神世界の繋がりについて

    現実世界と精神世界それぞれ図があるのは、意識の世界(精神世界)と目に見えている私たちの世界(現実世界)は切っても切り離せない関係で、どちらも理解していないと因果の仕組みについてもわからないようになっているから。

    現実世界とは、私たちが生きている世界のこと。精神世界とは一人の人間の意識のこと。現実世界には必ず階層がある。人間は物事を分別する意識を持っているから現実もそうなる。

    人間の意識も現実世界と同じく階層になっている。現実世界とは真逆のピラミッドになっていて、現実世界のピラミッドに重なっているのである。

    上の2つの図をそのまま重ねたものがこの世界の本当の姿であるけれど、私たちは現実世界のピラミッドばかりを感じている。意識の階層については、あまり理解していないのではないだろうか。

    意識の階層について「瑜伽行唯識学派」では、階層ごとに名前をつけて考えている。そして、こんな思想を持っている。

    唯識思想は、この世界はただ識、表象もしくは心のもつイメージにすぎないと主張する。外界の存在は実は存在しておらず、存在しているかのごとく現われ出ているにすぎない。

    唯識(wikipedia)

    外界の存在を「現実世界」、心のもつイメージを「精神世界」と置き換えて読むことができる。『現実世界は実在しておらず、この世は心のもつイメージだけの世界である』と言うのである。精神世界だけに注目し、現実世界は実在していないという主張なのだ。

    けれども、精神世界と現実世界どちらにも注目し考えることが重要なのである。それぞれを見比べ、関連の仕方や、心のイメージがどのように現実に現れるのかを知ることが「有ること」を知ること。

    ピラミッドというかたち

    この図は何故ピラミッドのかたちになっているのか。今回の図は、階層を表すものであるけれど、階級を表すこともできる。階級についても言及したいけれど、ややこしくなるので今回の図には書き込んでいない。現実世界の一番上の階層、精神世界の一番下の階層を理解する人はほんの少数である。

    現実世界のピラミッドについて

    まずは「現実世界」のピラミッドについて。目に見えている因果と時間の関係性を解説してゆく。ややこしいかと思うけれど、ついてきてください。

    現実世界のヒエラルキー

    現実世界の時間について

    「現在」に存在する自分

    今回の記事で説明してきた因果の法則は、私たちが生きている「目に見える世界」にしっかりと現れている。目に見えている世界が因果そのもので、時間とも関係している。現実世界の時間は過去から未来へ流れている。

    人間なら誰しもが「現在」という時間を認識して生きている。ピラミッドは3層に分かれているが、常に「現在」という真ん中の場所に居るのが自分である。人間は「未来」に生きたり、「過去」に生きたりすることは決してできない。それが現実世界。

    システムを理解し、現在に固定する

    2種類の因果関係の章で説明してきた、2種類の因果に関する「時間差」についての説明は、過去から未来に流れる時間だけを感じているもの。当たり前だけれど、一方向の時間の流れの中で起こる因果の時間差を説明しているのである。

    これから説明していく因果と時間の関係は、自分という存在を「現在」に固定したまま、この世界のシステムを理解した上で、説明するもの自分を「現在」に固定することが重要であるから、ここからの記事はそのことを意識しながら読んでほしい。

    現実世界の階層について

    現実世界のピラミッドに書かれている、3つの階層を文章にしてみた。この世界のシステムを理解しつつ、自分という存在を「現在」に置いたとき、未来に「異熟因」現在に「異熟果」過去に「同類因・等流果」という因果が現れている。

    未来 異熟因(因果を生む場所)
    現在 異熟果(苦や楽が現れる場所)
    過去 同類因・等流果(善行や悪行が永遠に続く場所)

    過去「同類因・等流果」

    わかりやすい因果として説明してきた「同類因・等流果」という因果関係。こちらはピラミッドの最下層に存在している。この因果は「過去」に作られたものなのである。「過去」に起きたことは「現在」の私たちが認識できること。

    「現在」という瞬間はすぐさま「過去」になる。だから「同類因・等流果」という原因と結果は「過去」に蓄積していき、それがこの目に見える世界のベースとなるものを作っている。そして私たちは「現在」という視点からその蓄積した世界を見ている。

    「過去」から「現在」まで途切れることなく続いている世界は「同類因・等流果」という法則で成り立っている。その法則は「現在」まで含まれるから、自分のとある行為も過去にどんどん積み重なることになるのである。

    自分自身の行いと結果が「同類因・等流果」として過去に蓄積され、それを「現在」から見ているのが私たち人間なのである。

    現在「異熟果」

    「現在」という瞬間に「異熟果」という結果が起きている。過去や未来とは違って「現在」は一瞬で過ぎてしまうもの。その瞬間だけに現れるのが「異熟果」なのである。私たちが感じる心の状態は瞬間のものであるということ。例えば「苦しみ」という心の状態が続くときは、「苦しみ」が連続しているだけ。

    重要なことは「苦しみ」は感情であるから過去に蓄積することはない、ということ。過去には「同類因・等流果」だけが蓄積している。「心の状態」は現在に存在する自分自身だけが感じているもの。

    現在とは「心の状態」を表すものであると言える。過去と未来には、生きている人間が存在しないのだから「心の状態」もまた存在しない。

    未来「異熟因」

    そして「未来」に異熟果の原因となる「異熟因」がある。「現在」に起きる心の状態は「未来」に原因があるのだ。しかし、2種類の因果関係の章では『異熟因は前世(過去)にある』とお伝えしているので、混乱するかと思う。

    解脱して、この世界のシステムを理解するとわかることがある。時間の流れはループしながら、逆行もしていることを知る。それが今回の2つのピラミッドの図で表されている。

    「現在→未来(過去)→現在→未来(過去)…」とループしているのがこの世界のシステムである。ピラミッドの図片方だけを見ると、未来と過去が繋がることはないのであるが。

    時間がループしていることを理解すると、未来は過去そのもの。だから、異熟因(過去・未来)→異熟果(現在)という言い方もできる。私たちの心の状態を創り出す原因となるもの(異熟因)は未来にもあるし、過去にもあるということ。

    私たちの未来にどんな原因があるのか。未来に訪れる「とある出来事」がわたしたちの心の状態である「苦や楽」を感じてしまうきっかけになるのだ。今回は現実世界の未来に「異熟因」が存在するということを覚えておいてほしい。

    精神世界のピラミッドについて

    続いては、精神世界のピラミッドについて。こちらは意識の世界である。目には見えないのであるが、人間ひとりひとりがこの意識の世界の中を生きている。

    精神世界のヒエラルキー

    精神世界の時間について

    逆行している時間

    精神世界は意識だけの世界。実際、人間はこの世界にも生きているのであるが、現実世界とは勝手が違う。実体が無い世界であり、現実世界の法則が適応されない。

    現実世界とは違い、精神世界の時間は未来から過去に流れている。しかしながら精神世界は目に見えないので、私たちがそれをリアルに感じ取るのは難しい。

    「瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは)」は、因と果は同時に起きていると説いていた。それは精神世界視点からの考え方だから。意識というものは、時間の流れの中を自由に移動することができる。だから過去・現在・未来が同時に存在している感覚がある。

    意識の世界は、重い肉体が存在しない世界。重力が無い世界であるから、自分の意識はとても自由なのだ。とは言っても意識の中を自由に行き来するのはとても難しい。瞑想が得意な人はできるかも。

    つかみどころの無い曖昧な世界

    とか、聖霊とかいう言葉は精神世界に存在する自分自身を表している。重力のない世界であるから、誰もがこの世界の中を、魂や聖霊というかたちでフラフラとしている。(「かたち」というのは現実世界の概念であるから言葉としてはふさわしくないが…。)

    精神世界はふわふわとしたイメージ。実体が無いから曖昧な世界である。例えば人間が見る夢は、精神世界を現実世界に存在するもので表したもの。夢のようにふわふわとした世界はつかみどころが無いから、理解するのが難しい。だけれど、解脱したら理解できるようになるのである。

    解脱によってフラフラとしていた自分の位置を「現在」に固定するこで、精神世界をはっきりと見渡すことができるようになる。だから、未来から過去に流れる時間についても理解できる。

    精神世界の階層について

    精神世界にもやはり3つの階層があり、図を文章にしたものが以下である。瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは)が考えた「六識・末那識・阿頼耶識」という言葉を使用して、階層を表現している。

    未来 六識(弱い力の意識)
    現在 末那識(強い力の意識)
    過去 阿頼耶識(意識を生むもの)

    未来「六識(ろくしき)」

    認識(入力)器官

    精神世界のピラミッドの一番上に存在するものは「六識」である。目・耳・鼻・舌・体という器官で現実世界から取り入れる情報から感じること。一瞬間前の意識から感じること。これらを合わせて六識という。自分が認識したものの総称が「六識」である。

    眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識の6種の認識をいう。色形と目とによって視覚(眼識)が生じるように、色(いろかたち)、声、香、味、触(可触物)、法(考えられるもの)という六境(6種の対象)と、目、耳、鼻、舌、身(皮膚)、意(一瞬間前の識)という六根(6種の認識器官)とによって視覚、聴覚、嗅覚(きゅうかく)、味覚、触覚、思惟(しゆい)が生じる。この6種の認識を六識という。

    六識(コトバンク)

    「六識」は受動的なものである。情報をそのまま受け取るイメージ。「六識」には個人差があり、同じものを見たり聞いたり嗅いだり食べたりしても、他者と感じ方が違ったりする。

    現実世界とのつながりについて

    これらは現実世界の話に思えるけれど「六識」というのは精神世界においての認識器官である。現実世界では目に見えるものとして表現されているだけ。現実世界では、実体としての入力器官であるが。そこから入力されたものが精神世界で「認識」されるという仕組み。

    つまり、精神世界の「六識」によって情報の認識が行われていて、現実世界にそれが出力される、というイメージである。現実世界の情報を参照し、精神世界で認識が行われ、それが現実世界に出力され、その情報をまた参照し精神世界で認識…という感じでループしているのである。

    この仕組みが現実世界と精神世界のピラミッドが重なっているということ。自分というのは入力と出力が同時に行われている存在。

    「六識」が精神世界の未来に存在する意味

    なぜ「六識」は未来に位置するのか。精神世界に存在する自分の意識は、現実世界では知ることのない「未来」を理解している。精神世界では未来から過去へ時間が流れているから、未来の情報が先に降りてくるのである。つまり、既に「未来」は決まっていて、それを過去に戻るのが精神世界の法則。

    現実世界に現れる「同類因・等流果」という因果は、「精神世界の未来」で創り出されている。「現実世界の現在」から見た「現実世界の過去」は自分自身の行いが蓄積された場所であるが、既に決まっている「精神世界の未来」を参照しながら蓄積しているということ。

    「六識」は決まった「未来」を創り出すために存在しているから、機械のように同じ事を繰り返すのである。「六識」というのは受動的で、力がない。力というのは意識の持つ力である。力が弱い意識はただ同じ事を繰り返すために存在している。

    5つの器官を使って現実世界から情報を受け取り認識すること、一瞬前の意識から何かを認識すること、それらはとても機械的なはたらきである。「六識」は生きている限り働き続けるし、自らの意思で止める事はできない。そうやって精神世界で感じたことから、現実世界で行動に移す私たち。行動に移した結果、現実世界の過去に蓄積されていく。

    現在「末那識(まなしき)」

    末那識(まなしき)とは、阿頼耶識を所縁(=対象)とする識である。また、眼、耳、鼻、舌、身、意という六つの識の背後で働く自我意識のこと。

    末那識(wikipedia)

    精神世界の現在に存在するものは「末那識」である。末那識は「六識」の背後で働いている、自我意識のことであるということ。自我とは何か?簡単に言えば「自分自身がこの世界に存在するもの一切合切を創り出している」という意識である。

    精神世界の「六識」は現実世界の「同類因・等流果」に対応していることは先ほど説明した通り。精神世界の「末那識」はというと、現実世界の「異熟果」に対応している。階層の中心は現実世界でも精神世界でも中心なのである。

    精神世界に存在する「末那識」は現実世界に存在する「異熟果」という感情を創り出している。そして、現実世界の「異熟果」という感情そのものが「末那識」を存在させている。感情が存在しなければ、自分も存在しない。

    「六識」は受動的で弱い意識であったが、こちらは強い力を持った意識である。機械的な意識である「六識」とは対照的な能動的意識が「末那識」。「末那識」は感情に強く入り込むことができるということ。そしてその行動がまた感情を創り出しているということ。「末那識」と「異熟果」もまたループしている。

    『末那識は阿頼耶識を対象とする意識である』の意味については次の阿頼耶識の説明にて。

    過去「阿頼耶識(あらやしき)」

    最後に、精神世界の過去に存在する「阿頼耶識」という意識について。「六識」と「末那識」はそれぞれ弱い意識と強い意識であった。「阿頼耶識」はそれら意識を生むものである。意識の始まりが、精神世界の過去に存在するのだ。

    阿頼耶識(あらやしき)は、大乗仏教の瑜伽行派独自の概念であり、個人存在の根本にある、通常は意識されることのない識のこと。

    阿頼耶識(wikipedia)

    現実世界の「異熟因」が目に見える世界全体(同類因・等流果、異熟果)を創り出していて、精神世界の「阿頼耶識」が意識全体(六識、末那識)を創り出している。精神世界の「阿頼耶識」は現実世界の「異熟因」に対応している。

    この関係性もまたループしている。つまり、現実世界の未来に起こる出来事(異熟因)によって「阿頼耶識」という意識が作られていて、「阿頼耶識」が現実世界の未来(異熟因)を創り出している。

    阿頼耶識は意識の奥底にあるもので、精神世界を生きている私たちが足を踏み入れることは難しい場所である。それと同じく、現実世界に生きている私たちが正確に未来を予測するのも難しいことである。

    ピラミッドの頂点、ピラミッドの最下層には人間誕生と意識誕生の大きな秘密が隠されていて、その秘密を知ったとき、精神世界と現実世界の中心である「現在」に意識が固定される。その時初めて、この世界の基盤をなすシステムのことが理解できるようになる。

    『末那識は阿頼耶識を対象とする意識である』この言葉の意味としては、阿頼耶識が意識の大元であるのだから、阿頼耶識なくては末那識も存在しないということ。阿頼耶識が創り出したものが自我(末那識)である。阿頼耶識が過去にあるから、現在の末那識が存在している。もちろん六識も阿頼耶識なくては存在しないのである。

    2つの時間の重なり

    現実世界と精神世界は表裏一体

    現実世界という上向きのピラミッド、精神世界という下向きのピラミッドについて説明してきた。2つの世界は常に情報交換をしているようなもの。簡単におさらい。

    六識(未来) ⇆ 同類因・等流果(過去)
    末那識(現在) ⇆ 異熟果(現在)
    阿頼耶識(過去) ⇆ 異熟因(未来)

    時間が有るから自分が在る

    瑜伽行唯識学派の『因と果は同時に起きている』という説に関して、再び触れたい。『因と果は同時に起きている』というのは「時間は存在しない」という解釈でもある。それは精神世界視点の考え方である、と先ほど説明したけれど、解脱した視点からの考え方とも言えるのだ。

    解脱すると、意識は「現実世界の現在」と「精神世界の現在」をまたいだ場所に固定される。2つの世界の中心に自分が存在すること、そして2つの時間の流れの中心に自分が存在することを知る。同時に「時間は存在しない」という概念の本当の意味を理解することになる。

    本当の意味とは「過去も現在も未来も自分の中に含まれている」ということ。有るも無いも「自分」に含まれている。時間をコントロールしているのが「自分」であり、時間を止めたり時間を進めたりしているのが「自分」。

    時間が止まり時間が進むのを繰り返しているから、森羅万象も滅しては生じるの繰り返しをしている。無いと有るを繰り返すから「自分」が生きていると感じるのである。

    精神世界と現実世界の時間差

    わたしは2017年、一度目の「悟り」が来て「全ては生じては滅しての繰り返しだ!」と精神世界の中で気がついたのだけど、その時点ではそれが具体的にどういったことなのか理解できていなかった。

    5年たってようやく、今回の記事のように現実世界で理解できるようになっている。精神世界と現実世界の理解の「時間差」についてはいずれ別の記事にしたいと思う。

    全ての因は過去と未来にある

    この世界の因果、このシステムを創り出す大元になるものは、阿頼耶識(過去)と異熟因(未来)である。先ほど触れたこちらの論文の中で「婆沙論」に書かれている異熟の定義がこのように紹介されていた。『異熟因が過去・現在・未来の三世に通じて異熟果を有する』

    これは、説一切有部の「三世実有説」のことであるが、つまり異熟因(阿頼耶識)は過去・現在・未来全ての時間に関係しているということである。

    今回、前半で「同類因・等流果」と「異熟因・異熟果」を別々の因果として紹介した。けれども、全ての果(等流果、異熟果)の因は異熟因なのである。それが『異熟因が過去・現在・未来の三世に通じて異熟果を有する』ということ。

    「同類因・等流果」と「異熟因・異熟果」を別々に観ることも大事だし「全ての果が異熟果」であることを理解することも大事なのである。精神世界と現実世界を別々に観察すること、2つの世界をまとめて観察することが大事。

    今回の記事についての余談

    鶏が先か、卵が先か の答え

    鶏が先か、卵が先か』という哲学的な問題があるけれど、この答えになるものを今回の記事でお伝えできたかと思う。鶏も卵どちらも同時に存在しているから、先も後もないのである。現実世界の法則だけで考えてしまうと『鶏が先か、卵が先か』の答えは出ない。

    絶望とサプライズ

    ここまで読んでいただき、もしかしたら薄々お気づきの方もいるかもしれないが、今回説明してきたシステムには人間にとって「不都合な真実」が含まれている。

    それは、過去も未来も既に決まっているということである。この世界のありとあらゆる現象は全て詳細に決まっていて、計画書通りに事が運んでいる。既に決定しているありとあらゆる現象が、再生と逆再生で流れているのがこの世界。だからこそ、入力と出力が同時に行える。双方向の時間が交差した瞬間を、私たちは「現在」として認識しているだけなのである。

    「運命」は既に決まっている。人間には自由意志など存在しないのである。この真実を知った時、人間は絶望するかもしれない。自分自身の存在に意味を見出せなくなるかもしれない。だから「有ること(この世界のシステム)」を中途半端に理解してしまうことは危険なことなのである。

    しかし、このシステムを完璧に理解することができるのが「解脱した瞬間」である。その瞬間は「精神世界」において、現実世界より先に意識の中で体験するもの。わたしはこのブログで「解脱した」と宣言しているけれど、それは意識の中の話なので現実世界ではまだ解脱していないのである。その件についてはこちらでも書いていること。

    精神世界で(意識の中で)解脱した瞬間というのは、このシステムの抜け穴を知る瞬間でもある。「変えることのできない運命」から抜け出す瞬間を体験するのである。それは解脱した人だけが受け取ることができるサプライズなのかもしれない。

    創作物は未来からの情報

    わたしが「時間が逆に流れている」ということにはっきりと気がついたのが、映画「TENET」を観たとき。「TENET」考察を書きながら、全てが繋がった感覚がある。ふんわりと理解していたものが、頭の中で理路整然とまとまったのである。

    「TENET」のストーリーは、まさに今回説明してきたことをそのまま映像化しているから、ぜひ見て欲しい創作物。私たちは「未来から過去に時間が流れている世界(精神世界)」をも生きているのだから、現実世界に存在する創作物には、未来の情報がふんだんに詰め込まれているのである。

    過去に蓄積されていく「創作物」は精神世界の未来を参照している。人間が創りだすものには、未来へのヒントが詰め込まれている。そして人間は、設計図通りの未来を創り上げていく。それがこの世界の真実です。

    始まりと終わり・右回りと左回り

    自分から始まり、自分で終わる世界

    さてさて、ここまで因果と時間に関する様々な説明をしてきた。しつこいようだが、最後に改めてまとめる。

    現実世界の時間の流れは過去から未来へ。精神世界の時間の流れは未来から過去へ。その時間の流れが交差する瞬間が「今という瞬間(異熟果)」である。そして、この世に現れる森羅万象を創造している(入力と出力を同時に行う)のが、現在の「自分(自我)」である。

    自分自身が原因となるものを作り、自分をとりまく世界を通して自分自身に結果が現れる。今回紹介した2つのピラミッドが相互に作用して因果が現れている。右回り・左回りの時間の流れの中心人物が「自分」という存在で、入力と出力を同時に行うからこそ、因果(この世界)が創られている。

    目に見えている世界は自分だけで完結している。この世界には本質的には自分一人しか存在していない。自分という存在は永遠に続く「永久機関」なのである。自分一人しか存在していないことについては、関連記事もどうぞ。

    関連記事:この世界の真実(最終解答編)

    因果からは逃げられない

    今回の記事の内容を理解してもらえたとしても、理解してもらえなかったとしても、伝えたいこと。自分に起きる結果が『自分が原因ではない』と思えるようなことであっても、原因は必ず自分自身にあるということ。この世界のシステムを理解しておけば、自分に現れる「苦という感情」についても向き合える、はず。

    「苦という感情」が生まれるシステム自体を、自分が生み出したのであるから、逃げることはできないのである。その謎を自力で解くために「自分」という存在がある。謎を解くまで永遠に「自分」を体験する輪廻というシステムの中に閉じ込められる。

    シンギュラポイント

    ちょうど今「ゴジラS.P(シンギュラポイント)」というアニメを見終えたところ。このアニメに登場する「オーソゴナル・ダイアゴナライザー」というちょっと厨二病な言葉。この「オーソゴナル・ダイアゴナライザー」は人類の破局を防ぐシステムとして作中に存在する。

    空間と時間に干渉する高次元的な物質「アーキタイプ」の13番目のフェーズで、アーキタイプ研究の第一人者である葦原道幸が過去に存在を提唱していた。名称を和訳すると「直行対角化」となる。
    怪獣の生存に必要な他のフェーズのアーキタイプを変質させる効果、すなわち怪獣を倒す力があるとされる。

    オーソゴナル・ダイアゴナライザー(ピクシブ百科事典

    人間は13番目のフェーズで苦しみの輪廻から「自分」を救済することが決定している。システムの謎を解き、輪廻から脱出する瞬間である。先ほど言及した「解脱した人だけが知ることができるサプライズ」がこれ。「オーソゴナル・ダイアゴナライザー」である。

    シンギュラポイントとは、今回の記事では「異熟因」であるし「阿頼耶識」である。全てはそこから始まっているのであるし、全てはそこで終わる。「オーソゴナル・ダイアゴナライザー」はシンギュラポイントにある。

    13番目のフェーズとは何なのか?そもそも1から12とは?そのあたりは以下の関連記事を読んでもらえるとわかるかもしれない。13日の金曜日を私たちが恐れるのは、終わりの前だから。でも金曜日が終わると、楽しい楽しい土日が待っているのだ。

    「蛇とメビウスの輪」がこの世界そのもの(ゴジラSP13話参照)。ピラミッドの頂点(異熟因)と逆ピラミッドの最下層(阿頼耶識)に存在する蛇の正体(ゴジラ)を知るのが怖い私たちであるけれど、ひとまず今回の記事で、メビウスの輪であるこの世界のシステムを理解してもらえたらいいな。

    人間の6(12)形態:地獄とは何か

    1から12について:ひとりかくれんぼ

    北欧神話では12人の神が祝宴を催していた時に、13人目となる招かれざる客ロキが乱入して人気者のバルドルを殺してしまったとされ、キリスト教以前から13を不吉な数としており、13日の金曜日についても伝説を持つ。

    13日の金曜日(wikipedia)

    そういえば、ディズニープラスで現在配信中のマーベルドラマ「ロキ」も時間のお話。毎週楽しく観ている。

  • 今日のオカルト「ひとりかくれんぼ」

    今日のオカルト「ひとりかくれんぼ」

    都市伝説のひとつ「ひとりかくれんぼ」。今回は「ひとりかくれんぼ」に隠された秘密を解き明かしていくことにする。

    初めてこのブログに辿り着いた方へ
    このブログの「読み方マニュアル」
    つぎに「このブログについて」を読んでもらうとこの記事への理解が深まると思います。

    ひとりかくれんぼとは?

    ひとりかくれんぼの始まり

    2006年4月頃、大型電子掲示板「2ちゃんねる」のオカルト超常現象板に詳細な方法が紹介され、さらにこれを実行したことで様々な怪奇現象に遭遇したといった体験談が書き込まれ、それを見た読者が次々に検証を試み、その結果をネットで紹介したことによって、一般にも広く知られることとなった。

    wikipedia

    「ひとりかくれんぼ」とは2006年頃から2ちゃんねるで広まった、ちょっと怖いあそび。実際に試す人々も現れ、怪奇現象が起きた人もいるらしい。wikipediaを読む限りこのあそびの発祥ははっきりとしない。

    「ひとりかくれんぼ」は単なる都市伝説ではない、とわたしは気がついてしまった。この遊びには大きな大きな呪いがかけられている。そんな「ひとりかくれんぼ」の具体的な内容をwikiからコピペ。

    ひとりかくれんぼの手順

    用意するもの

    • 手足があるぬいぐるみ
    • ぬいぐるみに詰めることができる程度の米
    • 爪切り
    • 縫い針と赤い糸
    • 刃物(包丁、カッターナイフ)、錐など、鋭利なもの
    • コップ一杯程度の塩水(天然塩が良いとされる)

    下準備と手順

    下準備としてぬいぐるみに名前をつけ、詰め物を全て出して代わりに米と、切った自分の爪を入れて縫い合わせる。余った糸は、ある程度ぬいぐるみに巻きつけて結ぶ。中に入れる米はぬいぐるみの内臓を、赤い糸は血管を表しているともいう。隠れ場所を決めておき、そこに塩水を用意しておく。

    午前3時になったら以下の順に行動する(以下、自分の名前:○○、ぬいぐるみの名前:△△とする)。

    1. ぬいぐるみに対して「最初の鬼は○○だから」と3回言い、浴室に行き、水を張った風呂桶にぬいぐるみを入れる。
    2. 家中の照明を全て消してテレビだけつけ(砂嵐の画面だが、アナログ停波により実施不可能)、目を瞑って10秒数える。
    3. 刃物を持って風呂場に行き「△△見つけた」と言ってぬいぐるみを刺す。
    4. 「次は△△が鬼だから」または「次は△△が鬼」と言い、自分は塩水のある隠れ場所に隠れる。

    終了方法

    塩水を少し口に含んでから出て、ぬいぐるみを探して、コップの残りの塩水、口に含んだ塩水の順にかけ、「私の勝ち」と3回宣言して終了となる。必ずこの手順によって、1~2時間、または2時間以内に終了させなければならない。なお、ひとりかくれんぼに使用したぬいぐるみは、最終的に燃える方法で処理する必要があるとされている 。

    強い呪い

    「ひとりかくれんぼ」の呪いは「こっくりさん」よりはるかに強烈なのである。人間で在ることを否定している人ほどこの「呪い」は発動しやすい。ということで、「ひとりかくれんぼの呪い」について紐解いていくことにする。

    使用するものが意味するところ

    下準備としてぬいぐるみに名前をつけ、詰め物を全て出して代わりに米と自分の爪(切って入れる)を入れて縫い合わせる。余った糸は、ある程度ぬいぐるみに巻きつけて結ぶ。中に入れる米はぬいぐるみの内臓を、赤い糸は血管を表しているともいう。

    ぬいぐるみが意味するもの

    「ひとりかくれんぼ」で使用する物について、それぞれが意味するものを解説していく。まずは「手足のあるぬいぐるみ」について。このぬいぐるみには名前をつけるのであるが、それはぬいぐるみを「人間」と見立てているということ。

    ぬいぐるみの詰め物を出して米を詰める。そして赤い糸でぬう。説明にもある通り米は「人間の内臓」であり、赤い糸は「人間の血管」である。ぬいぐるみに「内臓」と「血管」を追加するのであるから、魂の無かったぬいぐるみに命を吹き込むのである。

    しかし、何故内臓が米なのか?この都市伝説が生まれたのは日本である。米は古来から主食として、日本人の命を繋いできた大切なもの。

    生きることは食べること。食物は人間の血肉となっていくもの。命を与えてくれるものの象徴として「米」を「内臓」に見立てるのである。米が血肉を作っている、ということ。

    爪が意味するもの

    ここで気になるのは、ぬいぐるみの中に米と一緒に「爪」も入れるというところ。「爪」が意味することは「永遠」である。人間の身体の中で、切らない限り伸び続けるものは「髪や爪」。例えば、皮膚は新陳代謝で自然に剥がれ落ちてしまうもの。

    「髪や爪」はほっておけば伸び続けるのであるから、途切れないものを表している。呪いやおまじないに「髪」が使われることが多いのも同じ理由である。「永遠」に相手を呪うために入れるもの。

    ぬいぐるみのお腹に「爪」を入れるのは、人間が「永遠」を持ち合わせていることを表現するためでもある。米で「生きていること」を表現し、「爪」で「永遠の命」を表現している。人間(ぬいぐるみ)の内側(内臓)にはこの2つの意味が込められているのである。

    刃物を持って風呂場に行き、「△△見つけた」と言って刺す。

    刃物が意味するもの

    刃物は手順の最後に使うもの。包丁やキリなど尖ったものを使ってぬいぐるみを刺す。刃物は人間(ぬいぐるみ)を「殺す」ものとして使用されるのであるが、つまりは「人間の死」を表現するものである。最後に「ひとりかくれんぼ」で使用する物が表現しているものをおさらい。

    人間→ぬいぐるみ
    生きていること→米/赤い糸
    永遠→爪
    死ぬこと→刃物

    これらが「強い呪い」にどんな関係があるのか。ここからは手順を追いながら、詳しく説明してゆく。

    ひとりかくれんぼと鬼

    午前3時になったら以下の順に行動する(以下、自分の名前:○○、ぬいぐるみの名前:△△とする)。

    午前3時という時間

    十二時辰の四刻

    「ひとりかくれんぼ」は午前3時から始める。この時間が何を意味するのか、「十二時辰」という時刻の表し方から紐解いていく。「十二時辰」は昔の中国や日本で使用されていたもので、十二支で時刻を表したもの。十二時辰について詳しくはリンク先のサイトでどうぞ。

    十二時辰のうちの1時辰をさらに30分ごと4つの時間に分けた「四刻」というものがある。つまり1日の時間を48に分けて表現したもの。午前3時は十二時辰の四刻で表すと「丑四つ時(午前2時30分〜午前3時)」または「寅一つ時(午前3時〜午前3時30分)」にあたる。

    草木も眠る「丑三つ時(午前2時〜午前2時30分)」といえば、物の怪があらわれる恐ろしい時間帯としてなじみ深いのであるが、「丑四つ時」はその後にあたる。午前3時という時間は、恐ろしい時間帯のその後である。

    鬼の方角は艮(ごん)

    さて、方角にも古くから恐れられている「鬼門」というものがある。「鬼」が出入りする方角と言われている。十二時辰のように、方角を表すのにも十二支を使用することがあるのだが、鬼門を十二支に当てはめたもの(12の方位)で見ると、「丑」と「寅」になる。

    方角をさらに細かく24方位に分けるものがある。風水などで使われているもので、八卦十二支十干を組み合わせたもの。その二十四方で見ると鬼門は「艮(うしとら)」という方角で表すことができる。次の話に進む前に、以下に「二十四方(方角)」と「十二時辰(四刻)」を一覧表にまとめてみた。

    二十四方一覧表(方角と時刻)

    黄色く色をつけたところを見て欲しい。艮(北東)は丑と寅の真ん中になる。艮という方角がどの時刻に対応しているかというと、恐ろしい時間帯である「丑三つ時」と「丑四つ時」にあたる。「丑三つ時」が古くから恐れられるのは「鬼門」の方角と同じだから。

    鬼とは何か

    悪いものが訪れる方角として「鬼門」は人々に忌み嫌われているのであるが、人間の精神状態にも「鬼門」は存在する。人間の精神状態は常に変化していて、時間と同じように流れがあるもの。人間の精神状態には陰と陽の状態があり、陰が極まった時が「艮」にあたる。

    「艮」という精神状態の時、人間は「鬼」に変容する。「鬼」とは人間の心の奥底に潜む「悪い心」のことである。「鬼門」は災いをもたらす方角であるが、その災いは人間の内に存在するものが引き起こしているとも言えるのだ。

    鬼が現れる時間

    「鬼門」は丑→艮→寅という流れであるけれど、艮でもっとも大きな力となり、寅の終わりに近づくにつれて力は弱くなっていく。

    「鬼(悪い心)」の力が最強になるのが「丑三つ時の終わり」であり「丑四つ時の始まり」である。時刻でいうと午前2時30分で、その瞬間に「鬼」となって表に現れるのである。

    「丑四つ時」は「丑の刻」を、さらに4つに分けた最後の時間(午前2時30分〜午前3時)。つまり「艮の真ん中から終わり」にあたる。

    午前3時に始める理由

    午前3時(丑四つ時、寅一つ時)という時刻は人間が「鬼」へと変貌した直後の時間帯であり、鬼の正体が暴かれる時間帯である。人間の内に隠されていたものが暴かれる時間帯ともいえる。

    この後に解説していくのであるが、「ひとりかくれんぼ」は人間の真実を暴く呪いである。これが午前3時から始める理由になる。「丑三つ時」よりはるかに恐ろしいのは「丑四つ時」という時刻なのかもしれない。

    ひとりかくれんぼの手順について

    ここからは4つの手順について、順を追って、それぞれ詳しく解説していく。使用するものが象徴することについておさらい。

    人間→ぬいぐるみ
    生きていること→米/赤い糸
    永遠→爪
    死ぬこと→刃物

    1.水と人間の始まり

    1.ぬいぐるみに対して「最初の鬼は○○だから」と3回言い、浴室に行き、水を張った風呂桶にぬいぐるみを入れる。

    鬼であることを宣言する

    〇〇には「ひとりかくれんぼ」を実行している本人の名前が入る。最初の行動は、ぬいぐるみに向かって「自分が鬼である」と3回宣言すること。この行為は、自分に「悪い心」があると宣言しているようなもの。つまり午前3時(艮)に鬼になったことを自覚したのである。

    そしてぬいぐるみを浴室に運び、水を張った風呂桶に入れる。ぬいぐるみは自分ではない「人間」のこと。つまりは「他者」である。「他者」を水の中につけるこの行為が何を表すのか?

    水が表すもの

    ずばり「水を張った風呂桶」が表しているものは海のことである。全ての生命の源は海。人間が産まれてくる前には母親の胎内の羊水の中に居るが、これも生命が海から生まれたことの名残である。

    ところで、先程の二十四方一覧表を再び確認してほしい。癸(みずのと)という列を右に追っていくと、「水の陰」という言葉が出てくる。

    陰陽五行思想である、水・火・木・金・土という五つの要素のうちの、癸(みずのと)は水の性質の陰側であることを表している。性質には二面性がある。5つの性質の陰と陽を表しているのが十干(じっかん)というもの。

    終わりと始まり

    二十四方一覧表に再び戻り、癸(みずのと)を時刻に置き換えてみると午後12時〜午前1時にあたる。ちょうど午後と午前が切り替わる時間帯になる。

    つまりは、水の陰の性質である癸(みずのと)は「1日の終わりと始まり」を表している。ぬいぐるみ(人間)を水の中(海の中)に入れる行為は「人間の終わりと始まり」を意味する。

    繰り返す世界

    人間は「輪廻」という仕組みに囚われている。「人間の終わりと始まり」というのは「輪廻が終わり始まる」こと。輪廻は永遠に終わらないものなので、仏教では輪廻から解脱する方法を教えていたりする。「水を張った風呂桶」は生命の始まりと同時に、生命の終わりも意味していて、生と死が繰り返し続くのが輪廻でもある。

    「悪い心」を持っている自分が、ぬいぐるみである「他者」を水につける行為。これは「他者」を終わりのない輪廻へと導く行為。つまり、この「ひとりかくれんぼ」は「ぬいぐるみ」という他者に呪いをかける方法なのである。

    ぬいぐるみに米と爪を詰めて命を吹き込み、水につけることで輪廻のある世界へ送り込むこと。「ひとりかくれんぼ」の実行者が、ぬいぐるみという現実を生きることがない無機質な生物を、終わりのない苦しみの世界(現実)へと送り込む呪いでもある。

    水の陽について

    ところで、ひとりかくれんぼにおいての水が何故「水の陰の側面(癸)」であると言えるのか。二十四方一覧表をみてもらえればわかるけれど、十干には「水の陽の側面(壬)」もある。その理由については最後に説明したい。

    2.アナログ時代の後にやってくるもの

    2.家中の照明を全て消してテレビだけつけ(砂嵐の画面だが、アナログ停波により実施不可能)、目を瞑って10秒数える。

    アナログとデジタルの違い

    家中の照明を消して家を真っ暗にすること。さらに目をつぶることは、何も見えない暗闇の状態。そんな中で、アナログ放送の砂嵐の画面をつけることが何を意味するのか?

    その話をする前に、アナログとデジタルの違いを勉強しておく必要がある。wikipediaや様々なサイトを参考にして違いを書き出してみる。

    アナログ

    連続した量(例えば時間)を物理量(例えば角度・電流など)で表示すること/グラフにするとなめらかな曲線(正弦波)/途切れることなく変化し続けているもの/波の形で記録する(アナログレコード・カセットテープなど)/保存・複製・転送によって劣化する/一旦誤差が生じると完全な復元はできない

    デジタル

    連続した量(例えば時間)を数値で区切って(飛び飛びの値)で表現すること/グラフにするとカクカクな直線(矩形波)/波を数値に置き換えて記録する(CD・DVDなど)/正確で再現性があるから保存・複製・転送に向いている/エラー訂正等で(程度にもよるが)修復が可能

    このように違いをまとめてみたけれど、アナログの特性は現実をそのままに記録すること。細かいニュアンスやノイズなども入りこむから、生っぽいかんじ。劣化しやすく、復元も難しい。

    反対にデジタルの特性は、区切りをはっきりとさせて、数字で記録すること。区切りの間に存在する曖昧なものは記録できないけれど、その記録は保存しやすく複製もしやすい。しかも劣化せず、永く残る。

    砂嵐の画面が意味するもの

    砂嵐の画面はアナログ放送でしか見ることができない。現在はアナログ放送は終了しているので、残念ながらこの手順は実行することができない。テレビが砂嵐になるのはどんな状態なのか、wikiから引用。

    スノーノイズ(snow noise)とはアナログテレビ放送を受信する際のノイズの一種で、画面に白い点が多数ランダムにポツポツと現れる障害をいう。

    放送局(中継局含む)サービスエリア内であれば停波(放送休止)中や送信所方向に障害物がある場合でない限りアンテナ、ケーブル(フィーダー)、テレビ受像機、ブースターのどれかに原因がある場合が多い。

    wikipedia

    砂嵐は放送を受信できなかったり、放送局が停波中であったりするときに現れるもの。つまり砂嵐の状態で10秒間目をつぶることは、人間が「とある電波のようなもの」を10秒間受信できていない状態を表している。

    10秒間が意味するもの

    そして10秒という時間の意味について。アナログ時計でいう12時〜10時までの時間帯がこの10秒間にあたる。わかり易いように図にしてみた。以下の図はアナログ時計と仏教思想の「六道輪廻」を組み合わせたものである。こちらの記事で使用したものを手直ししている。

    六道時計
    六道時計の図

    輪廻転生で六道を廻る

    人間が死んだら、また別の人物となり生まれ変わるのが輪廻転生である。そして、人間が犯した罪によって6つの道の内のどこかに生まれ変わる、という考え方が六道輪廻。こちらの記事で、このブログにおける六道輪廻が意味すること、について書いている。以下に引用する。

    六道輪廻は「時代」と「意識」の両方を表現しているのである。人間の「意識状態」で「道」は変わるし、『今、生きている時代そのもの』が六つのうちのどこかの「道」であるということ。

    ややこしくなるので、今回の記事では六道輪廻を『今生きている時代』だけで考えていく。図を見てもらうとわかる通り、六道は6つの時代を表している。6つの道は、全て人間中心の世界(時代)のこと。厳密にいうと畜生道だけは動物中心の時代であるけれど、私たちは人間になる前は動物だった。

    つまり人間はこの6つの時代のうちどこかに生きている、ということになる。私たちは六道輪廻が人間には関係ない未知の世界であると思っているようだが、全ての道が人間の生活している普通の世界である。

    六道時計が意味するもの

    11時から1時という時間帯(地獄道)は終わりと始まりが重なる時代である。時計の針が12を指した時に輪廻は一旦の終わりを迎え、また始まり、進む。輪廻転生を繰り返しながら、数字の順番に進化を進めていくのが人間なのである。

    人間は寿命が短いから、それぞれの道に生まれてもすぐに死んでしまう。だからこそ転生を繰り返しながらこの時計のように時間の流れを少しずつ進める。何度も輪廻を繰り返すと、終わりと始まりが重なる時代に近づいていく。

    現代は「餓鬼道」に入り込んでいるのかと思われる。余談ではあるけれど、以前の記事では現代を「修羅道」として記事を書き進めているが、実際はもう過ぎてしまったかも…。

    目が開けていないアナログな時代

    話を10秒の意味に戻す。10秒間は六道輪廻でいうと、地獄道の真ん中から、畜生道・人間道・天道・修羅道・餓鬼道の真ん中まで。先ほどの六道時計の図の中では黄色のゾーンになる。

    この10秒間で表される時代は「アナログな世界」なのである。だから「ひとりかくれんぼ」ではアナログテレビをつけて、砂嵐の画面にしておく。

    「アナログな世界」はとても曖昧で細かいところは記録されない時代。私たちが過去(アナログ時代)を知ろうとするとき、残された曖昧な情報の中から探るしかない。

    曖昧な情報から過去を探ることは難しいことだから、人間の起源(始まり)を解き明かすことはできない。10秒間「目が開けていない(目をつぶっている)」ということは、畜生道から餓鬼道の真ん中までに生きている人間たちは『人間の起源を理解することができない』ということを表している。

    目が開けていくデジタルな時代

    12という数字をもって一周するアナログ時計の針が10を指したとき、残りは11と12という数字である。つまり10秒間目をつぶっていたのなら、残り2秒となる。先ほどの六道時計の図の中では水色のゾーンになる。

    その残り2秒は「デジタルな世界」になる。つまり、現代のようにテクノロジーが発展して多くのものがデジタルに移り変わっていく時代。

    人間はコンピューターを使って高度な計算能力を手に入れ、様々な予測ができるようになった。ブラックホールの撮影だって出来てしまう時代なのだから、人間の起源(始まり)も徐々に明らかになっていくことは必然である。「目が開ける」時代といえる。

    とある電波

    アナログ放送が終了し、デジタル放送に移行した現代。人間はやっと「とある電波」を受信することができるようになる。とある電波により、人間の起源や輪廻の仕組みに気がつきはじめることになるのだ。

    10秒間の暗闇な時代(アナログな時代)では受け取ることが難しかった電波。現代では誰にでも受け取ることができるが、受け取るかどうかは個人の選択に委ねられる。また、その電波は受け取る人によって解釈が変わるものでもある。

    自分たちの起源を知らない人間は、自分が何故生まれ何故生きているのかも知ることはない。家中の照明を消して真っ暗にすることは、暗闇の中を生きる人間の心の状態を表している。

    3.罪を背負う人間が裁かれる時

    3.刃物を持って風呂場に行き「△△見つけた」と言ってぬいぐるみを刺す。

    終わりと始まりの直前

    ここまで10秒間の意味するところを説明してきたけれど、残りの2秒間が3.の手順を実行するための時間なのである。先ほどの図を再び確認してほしい。六道時計でいうと、餓鬼道の後半と地獄道の前半である青いゾーンがこの2秒間にあたる。

    最後の2秒間で行うこの作業は、地獄という時代の真ん中(12)に向かいながら行われるもの。つまり、輪廻が一旦の終了を迎える瞬間の直前の出来事になる。

    ぬいぐるみ(他者)を刺す(殺す)

    刃物を持って風呂場に行き、「△△見つけた」と言ってぬいぐるみである「他者」を殺す。これは、そのまま人間が「他者」を殺す行為を表している。他者を殺した瞬間に、鬼役である自分には罪が発生する。この大きな罪が人間に輪廻をもたらす原因になっている。

    六道は罪を犯した人間が行く場所である。前述した通り、六道は全て普通の人間が生きている世界。つまり、私たちは「大罪」を犯しているからこの人間世界に生まれてきている、ということである。

    「ひとりかくれんぼ」にかけられた呪いの原因は、この3.の手順に集約されている。人間は輪廻転生しているものであるが、その原因がこの2秒間にあるということ。「他者」を殺すことこそが、人間の起源そのものであり、六道輪廻に囚われている原因である。

    関連記事:地獄で「大きな過ち」の原因を知る

    残り2秒で起きる悲劇

    この世界に生きている人間ならば、残り2秒の時代に「他者」を殺している。もちろん、餓鬼道と地獄道以外の時代にも「他者」を殺す人間は存在するが。

    「他者を殺すこと」はそのままの意味だけではないのである。自分自身に不都合をもたらす人間を排除するような意識のことも意味している。何気なく行っている行動が「他者を排除する行動」であったとしたら、本人にそんなつもりがなくても、廻り廻って「他者を殺すこと」になる。

    前述した通り、この2秒間は「デジタルな世界」であり、人間の起源が明らかになる時代。「とある電波」を受信し、正しく解釈することができればこの起源の謎を解くことができる。しかし、その解釈を誤ることでまた「他者」を殺すのが人間である。

    4.再び海へと還っていく

    4.「次は△△が鬼だから」または「次は△△が鬼」と言い、自分は塩水のある隠れ場所に隠れる。

    始まりに戻る

    「次は△△が鬼だから」と宣言することは、輪廻の最初に戻ることを意味している。最初の手順を振り返ってみると、「最初の鬼は○○だから」と鬼役が自分であることを宣言している。

    鬼役を自分からぬいぐるみに移行した後、自分はコップ一杯の塩水が用意してある場所に隠れることで「ひとりかくれんぼ」は、ほぼ終了である。

    塩水の意味するところ

    ぬいぐるみ(人間)を水に入れる行為は「人間の終わりと始まり」を意味する。

    再掲したように、最初の手順で行ったぬいぐるみを水に入れる行為は人間の始まりと終わりを意味していた。「水」は生命の源である「海」を表現していたが、今回の「塩水」も同じく「海」を表現している。そして、塩水のある場所に隠れるという行為は、また自分も「海」に還っていくということを表している。

    海から始まり、海に還る。六道時計の図を見てもらえればわかる通り「終わり」と「始まり」は重なっている。最初の手順で「ぬいぐるみを水に入れる行為」と、最後の手順で「塩水のある場所に隠れる行為」は重なっているのである。時計が12を指し示す瞬間である。

    輪廻転生のしくみ

    輪廻転生というものは、記憶を消されて、また別の人物(他者)へと生まれ変わる現象。12という時間に輪廻は一旦の終わりを迎え、自分という存在は消滅する。六道時計は止まることがないので、またすぐに他者として再生が始まる。

    この世界で自分というものは唯一無二の存在である。けれど自分が消滅したら、別の人物(他者)に生まれ変わる。消滅する前の自分から見たら、生まれ変わった自分は他者とみえるもの。生まれ変わってしまえば他者を自分として受け入れていくのであるが。

    つまり「他者」というものは、そもそもが自分である。来世や前世の自分の姿が「他者」として見えているだけなのである。ということは、ぬいぐるみは自分自身を表していることになる。

    この世界には「自分」という一者しか存在していない。そのことについては、今回詳しく説明しないけれど、他の記事にも書いていることなのでお読みください。

    丑四つ時に暴かれたこと

    午前3時に「ひとりかくれんぼ」を始める理由は、鬼の正体を暴く時間であるから。取り返しのつかないことをした後「丑四つ時」という最も恐ろしい時間に、「ぬいぐるみ」が自分そのものであったことに気がつくことになるだろう。

    「ぬいぐるみ」から見た、ひとりかくれんぼを実行する自分は「鬼になった自分」なのである。これが「ひとりかくれんぼ」という遊びの恐ろしい真実。

    自分=他者

    自分と他者は同じ存在で、同じ魂である。他者の人生は自分の別の可能性。それなのに私たち人間は不都合を与えてくる「他者」を遠ざける。自分から自分(他者)を遠ざけていった結果、廻り廻って自分で自分を殺してしまう結果となる。

    輪廻が一旦終了し、次に生まれることになるのは「ぬいぐるみ(他者)」としての自分なのに、このカラクリを理解していない人間は、鬼になってわけもわからず「ぬいぐるみ(他者)」を「刺す(殺す)」ことになる。そしてまた苦しみの存在する六道輪廻の始まりに戻る。

    人間とは輪廻に囚われ苦しんでいる存在であるから、輪廻を恐れている人ほど、この「ひとりかくれんぼ」の呪いが強くかかることになるだろう。

    水とデジタル

    ここまでの説明で「ひとりかくれんぼ」の恐ろしさや、呪いの強さが理解してもらえたかと思うが、さらに補足していきたい。まだ答えを出していない疑問についても解説していく。

    水の陰の側面、癸(みずのと)

    ところで、ひとりかくれんぼにおいての水が何故「水の陰の側面(癸)」であると言えるのか。二十四方一覧表をみてもらえればわかるけれど、十干には「水の陽の側面(壬)」もある。その理由については最後に。

    まずはこちらの疑問。ひとりかくれんぼにおいての「水」がなぜ水の陰である「癸(みずのと)」と言えるのか、というところ。

    最初の手順でぬいぐるみを水に入れること。そして水は人間の生と死を表していること。そのことは十干(じっかん)から導き出したのであるが、おさらいとして、もう一度二十四方一覧表を見ながら説明していく。

    陰陽五行思想では、水の性質の陰側は癸(みずのと)、陽側は壬(みずのえ)と呼ばれる。癸を時刻で表すと午後12時から午前1時の間である。だから癸(みずのと)は生命の終わり(12)から始まり(1)を表している。

    さらに分かりやすいように、二十四方一覧表を図に起こしてみた。十干(黒字)、十二支(黄字)、八卦(青字)のそれぞれが表す時間帯を六道時計に書き込んだ。アナログ時計なので、午前と午後が重なっている。

    六道五行時計
    六道時計と陰陽五行思想

    癸(みずのと)は再び輪廻が始まる時間帯、つまり悲しみが再び始まる時間帯を表している。だからこそ「ひとりかくれんぼ」の手順で使用する水は、水の性質の陰側なのである。

    「ひとりかくれんぼ」は自分がぬいぐるみである他者を知らず知らずのうちに殺してしまうことで、また輪廻に囚われてしまう手順を表したもの。人間は他者を遠ざける(殺す)ことで、苦しみから逃れようとするのであるが、それは結局自分に苦しみをもたらすもの(六道輪廻)となる。

    「海」という場所から生まれ「海」に還っていくことは、実際はとても悲しいこと。生命のサイクルは神秘的ではあるけれど、輪廻から逃れられない人間が悲しみながら生まれてくる場所が「海」なのである。

    水の陽の側面、壬(みずのえ)

    輪廻から脱出するための時間帯

    一方で、水の陽の性質である壬(みずのえ)にはそんな輪廻から脱出するための知恵が隠されている。図を見てもらうとわかるように、壬は時間に置き換えると10時から11時の間にあたる。水色のゾーン、デジタルな時代に入ってすぐである。

    六道輪廻は12の場所で終わりを迎えるのであるが、10時から11時の間に「とある電波」を正確に受信し、この輪廻の仕組みを知ることで、海に還ることを防ぐことができる。

    とある電波とは

    ところで「とある電波」とは何か。それはインターネットから得られる様々な情報の中に潜む「真実」である。デジタルな世界では様々な情報がデジタルデータとなって誰にでも簡単に手に入る。世界の動向がほぼリアルタイムで手に入る時代でもあり、アナログな時代ではありえなかったこと。

    過去に起きたことの情報もインターネットからすぐに手に入る時代。ここ最近では過去の遺物(遺跡など)からの新発見も増えている。

    人間が鬼へと変貌した後、その力を制御出来ないために起きた悲劇は過去にも多く存在する。人間が罪を犯し、その結果何が起こるのかが検証しやすい時代でもある。

    情報を見極め、他者を殺さない

    人間が犯す大きな罪は「他者を排除する行動」。この意識をどうにかしないと、輪廻から脱出することはできない。情報を見極めることができれば「他者を殺す行動」に加担することがない。3.の手順で解説した「他者を殺すこと」について再掲する。

    「他者を殺すこと」はそのままの意味だけではない。自分自身に不都合をもたらす人間を排除するような意識のことも意味している。何気なく行っている行動が「他者を排除する行動」であったとしたら、本人にそんなつもりがなくても、廻り廻って「他者を殺すこと」になるのである。

    輪廻が終わる前のデジタルな時代に「とある電波」を受信し、正しく考えて、行動すること。そうすれば「ぬいぐるみ(他者)」を「刺す(殺す)」という行為を止められるのである。輪廻から脱出するための知恵を見つけられるのが、水の陽の側面である壬という時代であり時間帯なのだ。

    デジタルな時代が必要である意味

    記録を永遠に残すために

    「デジタルな時代」は人間の起源を理解すること以外にも大切な意味がある。2.の手順では、アナログとデジタルの違いを挙げたけれど、デジタルの最大の特徴は「記録が劣化せず永く残る」こと。

    六道時計の針が12を指し示した時に、輪廻する世界は一旦の終わりを迎える。生きているものたちは消滅してしまうのだけれど、これまでの出来事の全記録だけは残るのである。

    輪廻とは同じことが永遠に続くこと。六道時計が右回りで進むように、同じことが繰り返す仕組みである。だから、次の始まりは新しいものに見えるけれど、それは記録された場所から復元されているだけにすぎない。

    最後の2秒間(餓鬼道と地獄道)は全記録を永久に残すために、アナログデータからデジタルデータに置き換えられる必要がある。

    次の始まりはデータから復元されることであり、前回のデータを引き継ぐことである。「人間」になる原因(他者を殺した事実)が引き継がれ、また「人間」として生まれてくることになる。

    原因の詳細は記録されない

    しかし、デジタルでは曖昧なところは記録されない。肝心な「人間の起源(他者を殺したこと)」の詳細がわからないようになっているのである。

    デジタルデータは人間の細やかな感情を残すことが難しい。「不都合をもたらす他者を排除したい」という意識がどうして生まれるのか、どうしてそう思ってしまうのかの記録が残ることはない。人間の感情や記憶は消されるのであるから、仕方がないこと。

    デジタルデータの中にある神の意志

    水とデジタルと人間は切っても切り離せない関係。ネットサーフィンだとか、情報の海だとか、デジタル情報を水と関連付けるのは人間の無意識がさせることである。

    旧約聖書に記録されている「ノアの方舟」の物語の中で大洪水が起こるのは、輪廻が終わり始まる時代を描いているから。水が地球上に存在するもの全てを洗い流し、残された記録(ノアと家族、全ての動物のつがい)をもとに再び世界を創造する物語。

    ノアは箱舟から出て良いとの指示を受け、家族と動物たちと共に方舟を出た。そこに祭壇を築いて、焼き尽くす献げ物を主に捧げた。主はこれに対して、ノアとその息子たちを祝福し、ノアとその息子たちと後の子孫たち、そして地上の全ての肉なるものに対し、全ての生物を絶滅させてしまうような大洪水は、決して起こさない事を契約した。主はその契約の証として、空に虹をかけた。

    wikipedia

    神はノアとその家族を祝福し『全ての生物を絶滅させてしまうような大洪水は、二度と起こさない』と約束した。つまり、ノアが次に生きる世界では大洪水が起きることはない。ノアは輪廻から脱出したということになる。

    ノアは「とある電波」を正しく受信し、正しく行動した。他者を殺すことをしなかったのである。「とある電波」には神が人間に伝えたいことが含まれている。「ひとりかくれんぼ」は水の陰のお話であるけれど、「ノアの方舟」は水の陽のお話と言える。

    デジタル時代の必要性まとめ

    1. 輪廻が永続するよう記録を残すため
    2. 様々なデータを元に人間の起源の謎を解くため

    水は人間にとって死の象徴でもあり、生の象徴でもある。水の陰の側面(癸)で世界は全て破壊され、水の陽の側面(壬)では、過ちに気がつくことができる。死を繰り返すのか、それとも生の道を見出すのか。デジタルな時代に「とある電波」から人間の起源を知り、過ちを反省した人だけが本当の生を得るのである。

    終了の手順について

    塩水を少し口に含んでから出て、ぬいぐるみを探して、コップの残りの塩水、口に含んだ塩水の順にかけ、「私の勝ち」と3回宣言して終了となる。必ずこの手順によって、1~2時間、または2時間以内に終了させなければならない。なお、ひとりかくれんぼに使用したぬいぐるみは、最終的に燃える方法で処理する必要があるとされている 。

    2時間以内に終了させること

    「ひとりかくれんぼ」終了の手順について解説していなかったけれど、これまでのことを考えてみるとこの終了の手順にも納得できると思う。

    ひとりかくれんぼの全ての手順は「1~2時間、または2時間以内」に終了させなければならない。この時間は、言わずもがな輪廻の一旦の終了までの残り2時間(2秒間)を表している。

    情報を引き継ぐ方法

    塩水をかけること

    「ぬいぐるみにコップの残りの塩水、口に含んだ塩水の順番にかける」という行為は、情報を引き継ぐことを表している。人間の口に含まれた塩水は、人間の細胞データを含む。コップの残りの塩水は海を表しているから、細胞のデータを海に混ぜ込む行為。

    これでまた海から人間が生まれることになる。人間の歴史のはじまり、つまりは輪廻の始まりである。デジタルな時代が存在する意味、のところで述べたことであるけれど「ひとりかくれんぼ」で表されるこの手順の塩水(データ)には「自分が他者を殺した事実」が含まれている。

    無から在るへ

    手順の最初でぬいぐるみを水につける行為があったが、そこに塩は含まれていなかった。塩水を最後にかけることは、情報を追加すること。何もないところから永遠に続く輪廻が始まったことも意味している。人間の始まりと「塩」に関する記事もいずれ書きたいと思っている。

    永遠について

    塩は永遠をも表す

    塩というものは、人間が「永遠」を持つ生き物であることを教えてくれるもの。人間の遺伝情報を有するDNAは「塩基」というものの組み合わせで構成されている。DNAは人間から人間であることを繋ぐもの。塩基という言葉に「塩」が使用されていることには意味がある。「塩基」の簡単な意味をこちらから引用。

    一般には酸を中和して塩(えん)を生ずる物質,または水溶液中で水酸イオンOH(-/)を生ずる物質をいう。

    コトバンク

    塩基というものは、定義がいろいろあるので説明が難しいのだけど、重要なキーワードを抜き出すと「対になるもの・相対的なもの・中和するもの」。相対するものの違いをはっきりとさせて、中和させることが輪廻から抜け出し「永遠」を手に入れる方法でもある。

    永遠とは「生と死」が存在しない世界のことである。正しい行いをしたノアは「永遠の世界」を手にいれている。「ひとりかくれんぼ」では、永遠を表す「爪」をぬいぐるみに詰めているけれど、これは人間が永遠を持つ存在であることを表していた。

    悲しい輪廻が続くことも「永遠」であるし、生と死が存在しない楽園のような「永遠」もある。全てのものには陰と陽の二面性がある。

    勝ちを3回宣言すること

    「私の勝ち」と3回宣言して終了すること。こちらは間違った終了方法を如実に表している。輪廻から解脱するには「3回負け」を認めなければいけない。「3回負け」を認めることは「悪い心」を持っていることを認めること。

    1.の手順で、ぬいぐるみに向かって「自分が鬼である(悪い心を持つものである)」と3回宣言した。しかし「私の勝ち」と3回宣言することは、自分が「悪い心」を持っていることを3回否定する表現である。最初に鬼であることを自覚しているのに、終了の手順では鬼であることを認めていないことがわかる。

    4.の手順で「次は△△が鬼だから」と宣言したことは、やはり自分自身が鬼であることを認めていないことを意味している。鬼役をぬいぐるみに移行することは、鬼であった「自分」から、ぬいぐるみである「他者」に鬼役をなすりつけること。

    自分自身が鬼であること認めることができない場合、鬼の力をコントロールすることはできない。だから他者を殺すのである。負けを認めることや、3回という数字の意味については輪廻からの解脱カテゴリで書いていくので、そちらをどうぞ。

    関連カテゴリ:輪廻からの解脱

    ぬいぐるみを燃やすこと

    火と水

    「ひとりかくれんぼに使用したぬいぐるみは、最終的に燃える方法で処理する必要がある」とのこと。ぬいぐるみを燃やす意味について解説していく。

    六道五行時計
    六道時計と陰陽五行思想

    図をみてもらうとわかるように、輪廻が終わり始まる時間帯(12時から1時)は、水と火の性質を持っている。つまりは、ぬいぐるみに塩水をかけて終了するのなら、火で燃やす必要もあるのだ。

    輪廻が一旦の終了を迎えるとき、水と火で生きとし生けるもの全ては浄化され、物質は何も残らないようにする必要がある。そして輪廻は再び無からスタートする。

    火は怒りを表す

    「海」という場所から生まれ「海」に還っていくことは、実際はとても悲しいこと。生命のサイクルは神秘的ではあるけれど、輪廻から逃れられない人間が悲しみながら生まれてくる場所が「海」なのである。

    12という場所について前述したこと。水は悲しみを表しているのであるが、火というものは怒りを表している。「終わりと始まり」が重なる場所は「怒りと悲しみ」が重なり合う場所。火が怒りであることについての詳細はまた別の記事で詳しく書いていこうと思う。

    関連記事:エメラルドタブレットから学ぶ、火と怒り

    輪廻の中心にあるもの

    土には方角も時刻もない

    実は二十四方一覧表に書かれている十干(じっかん)は二つ足りない。それは戊(つちのえ)と己(つちのと)で、その二つは土の性質の陰と陽である。土は方角でも時刻でも表すことができない。図を見てもらうとわかるように、時刻にも方角にも当てはまらない土の性質は「中心」を表している。

    最後の2秒間、デジタルな時代の意味は「輪廻が永続するよう記録を残すため」と言ったけれど、その記録を納(おさ)める場所が中心である。

    陰と陽のバランスがとれた場所

    再び、六道時計に書かれている十干(じっかん)を見て欲しい。それぞれ癸・丁(陰・陰)、甲・庚(陽・陽)、乙・辛(陰・陰)、壬・丙(陽・陽)となっている。陰と陰、陽と陽で同じ極が重なっている。

    しかし、中心の戊(つちのえ)と己(つちのと)は陽と陰で極のバランスがとれている。中心にあるものは時間も空間も超越した、バランスの取れた完璧な場所なのである。そこには人間世界(輪廻)を解き明かす全ての情報が存在する。

    輪廻の一旦の終了時に物質世界は全て破壊されるけれど、情報だけは中心に残されている。その情報を取り出しやすくなるのがデジタルな時代(10時から12時の青いゾーン)。しかしどの時代であっても中心には必ず情報があるから、いつでもどこでも取り出すことは可能である。

    中心に移動すること

    10時から12時という輪廻が終わる前のデジタルな時代に、輪廻の仕組みを理解し人間の起源を理解すること。理解することができれば「ぬいぐるみ(他者)」を「刺す(殺す)」という行為を止められるのである。輪廻から脱出するための知恵を見つけられるのが、水の陽の側面である壬という時代であり時間帯なのだ。

    壬(みずのえ)という時代についてこう書いた。デジタルな時代に、人間の起源を解き明かすことで「輪廻から解脱」することができる。解脱するということは『悲しい輪廻が始まらない』ということ。

    「海」という場所から生まれ「海」に還っていくことは、実際はとても悲しいこと。生命のサイクルは神秘的ではあるけれど、輪廻から逃れられない人間が悲しみながら生まれてくる場所が「海」なのである。

    水とデジタルの章でこうも書いた。「海」から生まれ「海」に還っていくことは悲しみの輪廻。しかし人間は解脱することで中心に移動する。そこで、「土」から生まれ「土」に還っていく喜びの輪廻があることを知るのである。

    陰陽五行思想からは多くのことを学ぶことができる。今後、別の記事で解説していきたいと思う。中心に移動することは「永遠」という楽園を得ること。中心に移動することについては関連記事を参照あれ。

    関連記事:この世界の真実(最終解答編)その1

    関連記事:「TENET」オカルト考察 その1

    おわりに

    この記事を書くきっかけ

    この記事を書くきっかけとは。ふと、とある人の動画で「ひとりかくれんぼ」を実践していたのを見かけて、久しぶりにその内容をじっくりと確認したら、これは!となったから。集合的無意識と2chってすごい。この世界の真実は全てインターネットに落ちている。

    世界終末時計について

    今回の解説で使用した「六道時計の図」は世界終末時計と同じようなものである。グーグルで世界終末時計と検索すると、意味ないとか胡散臭いとかいう意見があるけれど、そう思いたくなるのは人間で在ることから逃げているから。

    wikipediaの世界終末時計の時間の推移を見てもらえるとわかるが、終末時計の針は進んだり戻ったりしている。人間は過去に戻っては進むことを繰り返して、最終的に終末(12)を迎えるのである。

    人間は無意識で中心にある情報にアクセスしながら、データを読み込んだり(過去に戻る)書き込んだり(未来に進む)して生きている。忙しい生き物だね。

  • シン・エヴァンゲリオン劇場版を考察 誰も知らないマリの正体について

    シン・エヴァンゲリオン劇場版を考察 誰も知らないマリの正体について

    シン・エヴァンゲリオン劇場版を初日に観てきましたよ。既にアメブロの方に考察を書いているのだけど、さらに手直しして、転載することにした。というか、この素晴らしい作品についてはもっと丁寧に語らねばならない。

    オカルトブログ的考察なので、エヴァ用語の詳しい解説とかはそんなにありません。けれど、エヴァンゲリオンという物語がいちばん伝えたいことを言葉にできる自信はある。当たり前だけど、ネタバレしています。まだ観ていない人は観に行ってから読んでくださいね。

    わたしとエヴァ

    エヴァとの出会い

    簡単にわたしとエヴァについてを書いておく。わたしが初めてエヴァに出会ったのは旦那さんに連れられて、映画館で見た「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」である。それまでエヴァには興味がなかったが、なんかよくわからんが面白い、という感想だったと思う。

    そこから、序、旧劇場版、テレビシリーズ、一通り観た。そして「Q」ももちろん劇場に観に行って、今に至る。エヴァにすごい思い入れがあるかというと、そうでもなく。けれどこれまでのエヴァを観てファンにはなっているし、シン・エヴァの完成を楽しみに待っていたのではある。

    ちなみにQのストーリーについては、「シンジくんはいつまでもダメなやつだな」という感想を持っていて、ミサトさんの態度には結構共感していた。

    序(1)破(2)Q(3)とシンエヴァ(123)

    シンエヴァの公開は何度か延期されているけど、2021年1月23日公開とのお知らせが出たとき「123」という数字にぶつけてくるのは意味があるな、と思った。またまたコロナで延期になってしまったけれど。

    序(1.11)破(2.22)Q(3.33)と、しつこいくらいの「123」という数字。この3つの数字については、前々から、このオカルトブログで説明しなければいけないものだと思っていた。

    今回シンエヴァを観て、とても感動した。感動を言葉にしてみたら、感想というより考察になってしまったけれど「123」についてシンエヴァを通して解説できるちょうどいい機会となった。公開は3月8日になったけれど、3月11日の前に公開できたことに意味があると思う。

    エヴァ用語に振り回されない考察

    わたしの考察はエヴァンゲリオンに登場する単語や用語がエヴァの物語中で具体的にどういった役割を持つのか、というところではなく、単語や用語などを「象徴」として考えた考察である。

    「象徴」というのは、私たちが生きているこの現実世界においてどんな意味をもっているか、ということ。エヴァンゲリオンという物語の世界の中の意味では無い。難解なエヴァ用語に縛られず、新劇場版が私たちに何を与えたかったのか、直球ど真ん中を解説できればと思っている。

    なので、この考察を単なるエヴァンゲリオンの考察として読むと、ちょっと変な気持ちになるかもしれない。わたしはたまに変なことを言うけれど、そのあたりについてはリンクしてある別の記事を読むと意味がわかるかもしれない。

    ということでシン・エヴァンゲリオンの考察をしていく。中でも「真希波・マリ・イラストリアス」というつかみどころのない人物について、しっかりと答えを出したい。そして「123」の数字の意味についても。

    父と子の対話から生まれるもの

    わたしが予想していたこと

    映画を観に行く前日、序・破・Qとおさらいしながらカヲルくんはシンジくんの側面であるなーと思い、けれどやっぱりシンジくんはお父さん(ゲンドウ)を超えることが必要だから、予告映像の初号機vs13号機のシーンは「シンジvsカヲル」なのか「シンジvsゲンドウ」なのか、と考えていたけど後者だった。

    よくよく考えれば、カヲルくんはシンジくんと一心同体だし、最後に戦うのはゲンドウってのは当たり前だった。つまり、シンエヴァンゲリオンではついにシンジくんがお父さんと向き合った。しかも、戦うことなく話し合ったのだ。

    マイナス宇宙は時間が逆行する場所

    父と向き合うため、シンジくんはたった一人でマイナス宇宙へ。そこはゲンドウの過去を知る場所であった。自分自身に真摯に向き合うとき、私たち人間はマイナス宇宙に行く。科学で解明されていないから、私たちはまだ気がついていないけれど。

    映画「TENET(テネット)」でも時間を逆行するシーンがあるのだが、そこはマイナス宇宙と同じところ。マイナス宇宙がどんな場所なのかはテネットの考察でも詳しく書いているので、そちらもぜひどうぞ。

    関連記事:「TENET」オカルト考察 その1

    親と子の繋がり

    マイナス宇宙は自分だけしか存在しない場所。自分以外誰もそこに入ることはできない。しかし、そこにはゲンドウとシンジくんで二人。シンジくんとゲンドウは元は同じ魂である。マイナス宇宙でゲンドウの過去を知ることになったシンジくん。過去に戻ること(生まれる前に戻ること)で魂も1つ(自分だけ)になる。

    親とは過去の自分自身を表す。血というものは、親と子を結びつける絆(きずな)であり枷(かせ)である。良いところも悪いところも同じだけ受け継ぐ。面白いくらいに。シンジくんはマイナス宇宙で、やっとお父さんの気持ちを知ることになった。

    全ての魂の父(ゲンドウ)と母(ユイ)

    ゲンドウは死・ユイは生を表す

    ゲンドウは「全ての魂の父」を表している。誰にでも平等に「死」を与える役割を持っていて、それがこの世界の掟だから役割を忠実にこなす。だからインパクトを起こそうとする。ゲンドウは現実世界で「死」を司っている。

    けれど「死」へのきっかけは「全ての魂の母」である。ユイは現実世界で「生」を司っている。ゲンドウは「生(ユイ)」への憧れがあり、「生(ユイ)」の復活を強く望んでいる。

    死の存在意義を知るシンジくん

    ゲンドウは自分の心の安らぎのためにユイと一体になれる世界を求めていたけれど、そこは全ての生き物が死滅する世界。「死」は無機質で残酷で血も涙もないように思えるけど、シンジくんは「死」の存在意義を父を通して理解した。

    シンジくんの中にあった他人を拒絶する心は、ゲンドウも同じく持っているものだった。シンジくんは、自分の行動がゲンドウの行動をそのまま再現していたことに気がついた。今までの父の行動が、自分も同じように感じていた「悲しみ」から起きていることを心から理解したのである。

    ユイを失ったゲンドウの悲しみが「インパクト」を起こすための初号機を創り出す。レイを失ったシンジの悲しみが「インパクト」を起こす。つまり、失うこと(死)への悲しみが「インパクト」を起こす。

    それを理解したシンジくんは、過去の自分自身であるゲンドウの悲しみを取り除く。「死(失うこと)」への恐怖を認めることで悲しみは消える、ということを父に伝えることができた。シンジくんにしっかりと受け継がれたユイの血による優しさがゲンドウを救った。

    自分の中にあるものを見つけた男たち

    シンジくん(子)の中にユイ(母)は生きていることを知ったゲンドウ。シンジくんを通してやっとユイに出会った。ついにシンジくんは「悲しい世界」を創り出す原因となるもの、つまり「死に恐怖し生を渇望するゲンドウ」を癒すことができた。

    シンジくんは自分を創り出した神(ゲンドウ)の子なのだから、ゲンドウの癒しは自分自身の癒しにもなる。ゲンドウと同じくシンジくんも、父(死)を理解し、母(生)をみつけた。

    私たちは死を通して生を知る。死(インパクト)を起こしていたゲンドウも、死(悲しみ)が起きる原因を誰かに押し付けていたシンジくんも、それら経験が「生(ユイ)」を知るために存在していたことに気がついたのである。

    ループを創る創造神(ゲンドウ・シンジ)たち

    電車を降りた(ループを創り出す仕事から引退した)ゲンドウに変わり、シンジくんは新しい創造神となった。ネオンジェネシス(新世紀)エヴァンゲリオンという「悲しい死(使徒)」が存在しない「新世界」を創造したのである。

    男であるシンジくんは父と同じく現実で「死」を司るものである。だからいつも、インパクトを起こすきっかけになっている。死はループの終わりを意味する。そして生はループの始まりを意味する。

    死は終わりであるけれど、目に見える世界(ループする世界)を創るのは男なのである。一方で、生は目に見えないものである。死(目に見えるもの)の中に生(目に見えないもの)は隠れている。私たちは「生」について考えたり、語ったりするけれど、意外とその実態を知らない。

    3つの槍の役割について

    人間に備わる3つの魂

    父が死を、母が生を教えてくれる。やっとシンジくんが二人の気持ちを理解し自分という存在が父と母からそれぞれ受け継いだ魂を持つ、新しい魂であることを理解し、しっかりと個人(自我)が確立された。シンジくんは自立したのである。

    ところで、1人の人間の中には3つの魂がある。父(死)の魂と、母(生)の魂と、子(自分)の魂である。キリスト教ではこれを「父と子と聖霊」と言う。

    「父」が現実を創造しているゲンドウ
    「子」は父と母から受け継いだもので新しい創造をするシンジ
    「聖霊」は目に見えないけど、心の中に永遠に存在するユイ

    ということである。そして、この3つの魂は、エヴァの世界ではそのまま槍に置き換えることができる。

    父・ゲンドウ=ロンギヌスの槍
    聖霊・ユイ=カシウスの槍
    子・シンジ=ガイウスの槍

    3つの名前を持つ古代ローマ人

    ガイウス・カッシウス・ロンギヌスはカエサルを暗殺したローマの軍人。ロンギヌスの槍の名前の由来となった、イエスの脇腹を刺して死を確認した人物とは違う人物である。ガイウス・カッシウス・ロンギヌスは確かに存在していたようだ。「ブルータスお前もか」のブルータスと共謀してカエサルを暗殺している人物である。

    調べてみると、古代ローマ人は3つの名前を持っているらしい。ガイウス(個人名)カッシウス(氏族)ロンギヌス(家族名)という感じ。

    共和政ローマの時代までと、ローマ帝国(帝政ローマ)の時代を通して、古代ローマの男性市民は3つの名前(tria nomina)を持っていた。

    wikipedia

    「ガイウス」というのは「個人名」である。自立し、個人(自我)が確立されたシンジくんの物語の最後を締めくくるのが「ガイウスの槍」だというのはすごく納得である。

    女性の役割について

    個がない女

    ところで古代ローマ人、女性には個人名がない。『女性は通常、個人名と添え名を持たず、氏族名(と家族名)の女性形で表された。』wikipediaより。

    綾波も式波も大量生産された身体だったけれど、それが女の性質を表している。女性は個である必要はない。コピーし、増やすことが「生(女)」の力。そして、子(個)を産むのは、女である。

    個(自我)はないけれど、生命の源なのだから、とても重要な役割。綾波は自分が何者であるのか、小さな村で学んでいた。式波は自分が何者かわからないから、エヴァに乗ることで自分を保っていた。この二人は女の性質(自分)がわからなくなってしまった現代の女そのものかもしれない。

    女の性質を忘れてしまった女たち

    現代は個が無いことに不安を感じている女性たちが増えている。女性であるだけで素晴らしいことであるのに、不安を感じるのは、生まれ持った性質を理解できなくなってしまったためである。

    不安から、女が「個(自我)」を主張するようになってしまったから未婚も増えている。女が男性化しているから、男性と上手くいくことはない。男性も女性化しているようだし、現代はすこしおかしい。

    おかしいけれど、それが地球の運命であったりする。女は男になりたい、男は女になりたい。それは「インパクト」を起こしたい人間の行動そのもの。ユイと一体になりたいゲンドウたちがあふれる現代は「インパクト」秒読みなのかもしれない。

    真希波・マリ・イラストリアスの正体

    人間には理解できない女

    実は創造神(ゲンドウ・シンジ)の上に、創造神すらも超えた謎の女がいる。それがマリという存在。マリだけが女の性質を完全に理解した存在。そして永遠の象徴である。

    女の性質を理解することはとても難しい。レイもアスカもミサトもリツコも、女であることに苦しむ存在であった。女でさえ理解できない、女の性質を完全に理解したマリは、私たちからみればなんだか謎の存在に映るのである。

    永遠の象徴

    マリは古さと新しさを併せ持ち、時間も自由自在にあやつる宇宙(虚構)の母と言える。時空を超えてずっと地球を守っている存在でもある。ちなみにユイは地球(現実)の母と言える。

    マリはシンジくん(新しい神)が生まれる前からシンジくんを導いている。だからこそ、ゲンドウやユイの友人であり、シンジくんにとっては親の世代だったマリがシンジくんの恋人になるのである。シンジくんは新しい世界を創造した神となったのだから、永遠(マリ)を手に入れている、ということでもある。

    永遠とは何か

    「永遠」とは何を意味するのか?人間(エヴァに乗ることを受け入れられないこと)と、神(エヴァに強い意志で乗ること)との違いを考えるとそれが見えてくる。

    人間=生と死に縛られている
    神=生と死に縛られていない、永遠

    「永遠」とは神の特権である。シンジくんは「神」になるために、エヴァに乗るか・乗らないかでもがき苦しんでいたが、最終的にマリ(永遠)を手に入れた。

    「神殺し(自分殺し)」を目指すゲンドウは最終的に「ネブカドネザルの鍵」を利用し、人間(神の仮の姿)を捨てて、本当の神となった。頭を撃ち抜かれて脳みそが飛び出しても生きていたのだから「永遠の命」を手に入れている。

    しかし、マリだけはエヴァ世界の中で既に永遠を手にしている「神」として活動していたのである。破から突然現れた、年齢不詳の女。見た目は若そうなのに、古い歌を歌う女。「永遠の命」を手に入れているからの表現である。

    運命を握り、救済する者

    Opfer「犠牲者・生贄」

    マリは8号機でエヴァのマーク9,10,11,12号機を吸収しシンジくんを助けに行った。吸収したマークシリーズはオップファータイプと呼ばれていたけれど、オップファーはドイツ語で「運命」という意味らしい。…と、アメブロの方で書いていたが、よくよく調べるとOpfer(オプファー)は「犠牲者・生贄」という意味であった。

    誰かの考察で「運命」と書いていたので、そのまま採用してしまったが「運命」というのもあながち間違っていないと思った。犠牲の上に成り立っている私たちの世界。戦争や自然災害を乗り越えて発展することは、地球の運命でもある。

    全ての魂を救済する

    マリは悲しい運命をつくるもの(アダムスの器4体?)を吸収して、シンジくんを真のアダム『全ての始まりの個体』に選んだということだろう。 アダムスの器たちは、悲しい運命を生きた生命たちを表す。それは「犠牲者」と言ってもいい。

    シンジくんが「神」になる道のりまでに犠牲になった生命の魂はマリが「救済」し、その魂たちもまとめて新しい始まりへと導いたのであろう。やはり、マリは全ての運命(時間)を司る存在であることがわかる。

    人間を愛するマリ

    漫画版でマリはユイのことが好きなのだが、それもそのはず、宇宙の母は男も女も平等に愛す。地球そのものを愛しているので。創造神(ゲンドウ・シンジ)の創り出した現実世界では男は女を愛し、女は男を愛すことが掟である。だからこそ、レイはシンジを好きになるようにプログラムされている。たぶんアスカも。

    マリがアスカを姫と呼び可愛がるのは、女であることを受け入れられず一番苦しんでいるのを理解しているからだと思われる。同姓だからわかるアスカの苦しみ。神であるマリは「苦しむ者」を一番に愛している。

    アダムとリリスについて

    月をルーツに持つ人間

    ややこしいものをシンプルに

    わたしはエヴァマニアでも考察勢でもないので、エヴァ世界の中で、アダムス・アダムスの器が何なのかしっかりと追っていない。調べようとしても、エヴァ用語の多さや難解さで、ややこしくてかなりめんどくさい。

    しかし、この物語の言いたいことがわかると、自然とアダムやリリスの意味も見えてくる。ひとまず、テレビシリーズや旧劇場版などからまとめてみたアダムとリリスについて。

    第1使徒アダム(白き月)とは何か

    最初に地球に落ちてきた生命の源。アダムの卵。ここから「生命の実」を持つ第1使徒アダムが生まれた。「生命の実」とは、神の特権「永遠の命」を表す。アダムは無限のエネルギーを産みだす「S2機関」を持っている。第1使徒アダムは第3〜第17の使徒のお父さん的存在

    アダムの持つ「生命の実」とは「永遠の命(S2機関)」という人間の手には届かないもの。人間(リリン)には必ず死があるから、アダムは神のような存在。

    第2使徒リリス(黒き月)とは何か

    白き月の次に地球に落ちてきた生命の源。リリスの卵。「知恵の実」を持つ第2使徒リリスが生まれた。第18使徒リリン(人類)を生んだ。

    リリスの持つ「知恵の実」とは人間の「考える力」のことである。「科学の力」と言ってもいいのかもしれない。人間社会の発展には科学の力が不可欠。人間は地球上において、知恵で生き残ってきたようなものである。

    アダムの子であり、リリスの子

    「エヴァにおけるリリス」の由来になっていそうなユダヤの伝承について、wikipediaより引用する。

    リリス(Lilith)は、ユダヤの伝承において男児を害すると信じられていた女性の悪霊である。

    しばしば最初の女とされるが、この伝説は中世に誕生した。アダムの最初の妻とされ、アダムとリリスの交わりから悪霊たちが生まれたと言われる。そのリリスの子どもたちはヘブライ語でリリンとも呼ばれる。

    wikipedia

    シンプルに考えてみると、アダムが男でリリスが女。アダムはゲンドウ(父)でリリスはユイ(母)ということである。私たちはその子どものリリン(シンジ)なのである。

    リリンのルーツは「白き月・黒き月」の両方にあるということ。人類が「アダムス」と呼ばれずに「リリン」というリリスをルーツとした名称を使用するのは、魂が「女」であるから。魂とは聖霊であり、目に見えないものである。

    人間という悪霊たち

    ユダヤの伝承ではリリンは「悪霊たち」と呼ばれている。これは人間が「悪魔性」を持っていることを表している。聖霊という目に見えない「善(ユイ)」を求めて、人間は様々な試みを行う。ゲンドウのように、意図的にインパクトを起こそうとしたり。

    人間が目に見えないものを必死に求めた結果「災い」が降りかかることがある。現実世界では、それは「男性原理」からの悪事と映るのであるが、「女性原理」を理解したいがために起こるものである。

    男性原理とは「強さ・与えること・区別すること」、女性原理とは「弱さ・受け取ること・区別しないこと」。こんな違いがあるが、全ての「災い」というのは『ゲンドウがユイと一体になりたい』という現象から起きるものなのである。

    原因は「女の存在」なのであるから、ユダヤの伝承でリリスが「女性の悪霊」と呼ばれてしまう。しかし、女は男を惑わせるものであり救うものでもあるから、二面性を持っている。

    現代人は「災い」の原因を男か女かどちらかにもたせたがるものであるが、人間は「魂(女)」と「肉体(男)」で出来上がっているので、災いは「人間」が起こすものである。自分の中にあるもの(聖霊)に気がついていないからそれが理解できていない。

    使徒とアダムスという災い

    エヴァの世界で「使徒」や「アダムス」と呼ばれるものは、男性原理から起こる「災い」そのもの。人間が「目に見えないもの」を求めるあまり苦しみ、本来の目的を忘れてしまうと、それは大きな「災い」となるのである。

    目的(目に見えないものを理解すること)を果たそうとしたけれど、どこかで道を外れ、悲しい運命を作ってしまった者たちが「使徒」や「アダムス」である。大きな「災い」は理不尽な犠牲者を生むもの。

    人間は過去多くの過ちを犯しているけれど、人間は初めから悪ではない。生まれた時は皆純粋な心を持っている。リリス(善)の魂を持った人間である。マリは人間を愛しているから、そのことを理解している。オップファータイプを捕食したのは「悲しい運命を背負った魂」を受け入れる行為。

    S2機関からマリへ

    シンジくんは目に見えないものを正しく見つけることができた人類(リリン)である。始まりとなるアダムに選ばれる資格がある。地球に最初に落ちてきたのは、永遠の命(S2機関)を持っているアダムだった。今回のお話では、永遠(マリ)を手に入れたシンジくん。最初に戻る物語になっているのである。

    新劇場版には「S2機関」という言葉が登場しないのであるが、その役割はマリが担っているから。「永遠」を象徴するものを、無機質なイメージから人間であるマリに置き換えたことが、新劇場版の素晴らしいところだと個人的に思っている。

    「永遠」が手に届かないものから、手に届くものに変わった。シンエヴァのエンディングにもそれが表されていると感じる。

    現実で夢を実現すること

    葛城博士と加持くんとシンジくんに共通するもの

    ところで破で印象的だったのが、ミサト父の回想シーン。父は夢の中で生きる人だった、というミサトのセリフ。けれど、そんな父に助けられたミサト。

    シンジくんも夢の中で生きる人だから、シンジくんと父を重ねていたミサト。シンエヴァで最後にシンジくんに託したのも父の存在があったからだろう。ミサト父と同じく、加持くんも命をかけてサードインパクトから助けてくれた。

    最後には命を捨てたミサトさん。現実の中で生きたかった加持くんの意思を継いでいる子供のために、加持くんにとっての夢の世界(安心して農業ができる世界)を現実にするために、ミサトは死んでいった。

    使徒がいる世界で農業をするのは、夢のような話。エヴァの世界では男の夢を実現するために、女が戦いの指揮をとっている。

    初号機の左腕が表すもの

    ニアサードインパクトの時の初号機

    そして、初号機の左腕について語りたい。破のエンディング、ニアサードインパクトの引き金になってしまったレイとシンジくんの融合。シンジくんは『綾波が助かれば世界はどうなったっていい』と思っていた。

    そして神へと進化をはじめた時、初号機の左腕は復活した。サードインパクトが起こりそうになったその時、それを食い止めたのはカヲルくんの投げた「カシウスの槍」だった。その瞬間、再生したはずの左腕はまた消えた。

    ゲンドウの左腕

    初号機の左腕はシンジくんを抱きしめることができなかったゲンドウの腕を表しているのだろう。シンジくんを抱きしめることができた時「新世紀」は創造される。破の段階では、まだその瞬間ではないから、母の意思である「カシウスの槍」が投げられた。だから再生した左腕は、また消えてしまった。

    マイナス世界でシンジくんとゲンドウが分かり合えたとき、やっとシンジくんを抱きしめてあげることができたゲンドウ。初号機の左腕が再生して、両手がそろったシンジくんは新世界を創造した。左腕が再生した場面があったと思うけれど、わたしは号泣していたのでよく覚えていない。

    左腕のバンダナ

    ヴィレメンバーの左腕には加持くんの思いが込められたバンダナが巻かれていたことにも繋がってくる。ゲンドウの思いと加持くんの思いは実は一緒。

    現実で生きる男性の思いとは、現実の中に夢(希望)を実現すること。ゲンドウの夢は「心安らぐ悲しみのない世界をつくること」であるし、加持くんの夢は「生物多様性のある世界をつくること」。男性というものは、やはり「生」を渇望している。

    全ての男の願いを受け取ったシンジくん

    シンジくんが男たちの意思を受け取ったとき、正しく世界が再生される。「綾波が助かれば世界がどうなったっていい」という、破壊的な、間違った再生を引き止めていたのが「カシウスの槍(母)」だったのは泣けてくる。

    「使徒のいない世界(悲しい死が存在しない世界)」を求め、全てのものたちの希望のために、自己犠牲を決意した時にだけ「ガイウスの槍」が与えられるのだ。ガイウスの槍もミサトさんという母が創って届けてくれたもの。

    目標をセンターに

    現実に「希望」を実現する、という強い意志を持ったときに初めて「個(自我)」が芽生える。シンジくんの名言『目標をセンターに入れてスイッチ』というやつも、目標がしっかりと定まり新世紀を創造するスイッチを押した未来のシンジくんを暗示していたのだろう。

    「強い意志」は心のど真ん中、人間の中心に存在して動かないものとなる。それを「自我」と言う。中心(自我)が重要であることは別の記事でも書いているので、ぜひ読んでください。

    関連記事:中心に存在する自我について

    目に見えないもの(愛)を知らない人間

    善の右腕・悪の左腕

    母の右腕、父の左腕に抱かれているのが正しく初号機にのっているシンジくん。右腕左腕どちらも欠けてはいけないもの。古代ローマ人は右が善・左が悪という意識を持っていたらしい。善も悪もどちらも必要なものなのに、人間は悪(左腕)を遠ざける。

    シンジくんの中にユイがいたように、「死(悪)」は目に見えるけれど「生(善)」は目に見えない。本物の「愛」は、目に見えるものの中にあるのに、私たちの目には見えていない。だからこそ悪(左腕)を遠ざける。

    目に見えるものと目に見えないもの

    初号機の欠けた左腕が表しているものは、悪の意識(罪の意識)に隠れている「愛」そのもの。「死(ゲンドウ)」の中に存在している「生(ユイ)」のことである。

    私たちの世界が「悲しい出来事」ばかりであると感じてしまうのは、悪(左腕)の中にも「愛(善)」があることを正しく理解できていないから。目に見えるものばかり見ていて、その中に含まれている「愛(善)」を見つけることができない。

    辛いことや悲しいことが存在する世界には、最初から「目に見えないもの(愛)」も存在しているのに、「愛が欠けている」と感じているのが現代人である。

    縄文人と現代人

    土偶が教えてくれるもの

    人間の創作物は、全てが「根源的意識」を思い出す為に作られている。エヴァンゲリオンという物語も、人間の集合的無意識から引き出されている「人間の本質の物語」である。そして、土偶という創作物も「人間の本質」を表している。

    縄文時代の土偶の多くが「女」をかたどったもので、片方の足が欠けて見つかっている。初号機が、ユイ(女)を元に作られ、左腕がなくなってしまったのと同じである。これは太古も、現代も、根源的意識は変わっていない証拠なのだ。人造人間であるエヴァンゲリオンも土偶も「人間」そのものである。

    「欠けていない者」なのに「欠けた者」が人間というもの。土偶を創る古代人は、自分たちが「欠けた者」であることを、とてもよく理解している。そして、「母(女)」が元になっていることも理解しているから「欠けていない者」であることも理解している。

    腕(現代)と脚(太古)の違い

    現代人が忘れているものは「目に見えないもの(善)」が自分の内側に存在していること。古代人は脚を欠けさせていて(土偶のこと)、現代人は腕を欠けさせている(初号機のこと)、という違いにもそれが現れている。

    腕を欠けさせることは、心(精神)が欠けていることの表現。脚が欠けているのは、身体(現実)が欠けていることの表現である。

    つまり、古代人は現実が「目に見えるもの(悪)」の世界であると知っているのである。「悲しい出来事」があるのは当たり前のことで、それを受け入れながら生きていた。けれど精神は欠けていないから、土偶のかたちを「女」にする。

    目に見えないもの(愛)が内側にあることを理解しているから満たされているのである。それは、神の意識であるから、古代人は永遠を知っているということにもなる。

    偶像崇拝する現代人

    現代人は現実が「目に見えないもの(善)」の世界であると信じたくてしょうがない。現実の中に「虚構」がある、と思っている。古代人は虚構の中に「現実」があることを理解している。

    現代人はみんな夢想家で、現実と虚構を曖昧にしている。だから「悲しい出来事」を受け入れることができていない。

    受け入れることができない為に、目に見えるものに善(救い)を見出し、すがる。偶像を創り出し崇拝するのである。それは宗教であったり、欲望の対象であったり、人によって様々である。

    欠けたものを取り戻す物語

    自分の中に欠けたものを取り戻す物語が、新劇場版のストーリーである。精神(左腕)が欠けていると、現実世界そのものに影響を与えてしまうことになる。シンジくんのように、悪(ゲンドウ)を否定したり、向き合わないように生きることは、インパクトを引き起こしてしまう原因となるのである。

    しかしシンジくんはゲンドウと向き合い、欠けたものを取り戻した。欠けたものは過去に存在する。欠けたものは親の世代に存在するから、時間を巻き戻した(マイナス宇宙へ行った)。最初に戻り、人間に欠けたものを取り戻すことが「人類補完計画」である。

    ゲンドウはシンジくんによって、シンジくんはゲンドウによって欠けたもの(ユイ)を取り戻した。最初に戻って(根源に戻って)やっと本物の「愛」を知ることができた。「悪(ゲンドウ)」の中に隠れたものを見つけ出すことができたのである。

    繰り返す世界

    繰り返すことで忘れていく

    エヴァンゲリオンは「繰り返す世界」を描いている。繰り返す世界とはループしているこの世界そのものである。私たちは実際に輪廻転生して、何度も生まれ変わっているのであるが、本気でそう思っている人は少ないのかもしれない。わたしは人間が輪廻転生している存在であることを信じている。

    エヴァの世界は繰り返しすぎた結果、自分が「欠けた者」であるということさえ忘れてしまった人間たちの世界。そんな世界では「インパクト」という絶対悪を起こす必要がある。悪の中にある「生」を思い出す為には、人類が半分死滅するくらいの悪が必要なのである。

    ループ(輪廻)のしくみについて

    繰り返す世界は「12」から始まって「12」で一周する。アナログ時計をイメージするとわかりやすい。一周したところで、ループ(輪廻)する世界は「インパクト」で終わる。一周したあとの次は「13(1)」である。

    なぜ「13号機」の搭乗者がゲンドウかというと、再び悲しい世界(13号機)のループが始まるということを表している。悲しい世界が始まるのは、ゲンドウとゼーレの仕業。テレビシリーズ、旧劇場版という悲しみのループである。

    関連記事:六道輪廻について

    ゼーレとネルフの違い

    ゼーレ(外国/西洋)は「ループすること(生と死があること)」を掟としていて、それだけが守られれば良い、と思っている。

    ネルフ(日本/東洋)は今までとは違う新しいループを密かに計画していた。ゼーレは「未知の新しいループ」について詳細をよくわかっていない。

    「未知のループ」を裏で計画していたのが、ゲンドウ・冬月・葛城博士(ミサト父)という三賢者なのであろう。現実世界は男の仕事場である。しかし、その3人を裏でまとめていたのはおそらくマリである。そして、今回の結末で新しいループが作られた。

    初号機と13号機の違い

    13号機…使徒のいる悲しい世界のループ
    初号機…使徒のいない新しい世界のループ

    ゼーレの創る世界は悲しい世界のループなのだけど、悲しい世界(13)ではない、新しい世界(1)を始めることができるのが息子であるシンジくんであると最初からわかっていたゲンドウ。ネルフは、シンジくんが初号機に「強い意志」を持って乗り込むまで待っていたのだ。

    ここでQのエンディングを思い出してみる。カヲルくんは『まさか第1使徒の僕が13番目の使徒に堕とされるとは』と言っている。カヲルくんの立ち位置がどんなものなのか理解するとこの言葉の意味がわかってくる。

    カヲルくんの正体

    シンジとカヲルは一人

    カヲルくんはシンジくんの「善の側面」なのである。一方でシンジくんは「悪の側面」である。つまり、カヲルくんとシンジくんは二人で一人。カヲルくんはシンジくんの心の中にいる「目に見えない善の部分」であるのだけれど、エヴァの世界では実体化している。

    カヲルくんが『まさか第一の使徒の僕が…』と言うのは、新しい世界を創るのは、善の側面である自分自身だと考えていたから。だからカヲルくんは、悲しいループを創る「13番目の使徒(13号機)」に落とされたことに驚いているのである。

    一人の人間の中に存在する善と悪

    新しい世界を創るのは「悪の側面」であるシンジくんであった。つまり、シンジくんが新しい世界の第一使徒(初号機)になるわけである。ゼーレは、善(カヲル)から始まる世界をつくろうとしていたのかもしれない。

    カヲルくんもゲンドウの子どもである。ピアノが上手なのも、ゲンドウの子どもであるから。しかし、ゲンドウの血を濃く受け継いでいるのは悪の側面であるシンジくんなのである。

    カヲルくんは、シンジくんの目に見えない側面(善)であるから、ユイの性質の方が濃い。だからこそ「シンジくんを守る」という気持ちを持っている。

    始まりと終わりが同じこと

    ゼーレ(善)とネルフ(悪)

    『始まりと終わりは同じというわけか。さすがリリンの王、シンジ君の父上だ。』とカヲルくんが言うのも、始まりと終わりを同じものにする野望を持っていたゲンドウのことを理解したから。ゲンドウ(始まり/悪)とシンジくん(終わり/悪)でループをつなげることがネルフの密かな計画であった。

    ゼーレが考えていたと思われる「カヲルくんを第一使徒とする世界」と、ネルフが考えていた「シンジくんを第一使徒とする世界」。この2つは全く違うものになる。

    始まりを違うもの(カヲルくん)にしてしまうのであれば、過去を全てなかったことにして、世界は完璧に変わってしまう。人間は生まれないかもしれない。しかしながら、ネルフの計画である「始まりと終わりを同じにすること」はまた今まで通りの世界を続けるという選択である。

    ATフィールドは人間の形を保つもの

    ゲンドウはユイと一体になるために、ATフィールドを持たない単一の個体(神)になることを望んでいたけれど、そもそも全てを一体化したところで個体(人間)になることはできない。

    全てを一体化したらドロドロの液体のようなものになる。個体(人間)を創るにはATフィールドが絶対に必要である。ATフィールドが存在する世界(人間の世界)がユイの願いであることを頭で理解しているのに、心が拒否していたのがゲンドウ。

    多数の個(人間たち)の世界でなければ、ユイも存在しないことを理屈ではわかってるのに、悲しすぎて人間を捨てたゲンドウ。けれど、シンジくんが新しい世界を創造してくれた。そこは使徒が存在しない、今まで通りの人間の世界である。

    ネオンジェネシス・エヴァンゲリオンとは

    同じだけど違うもの

    シンジくんが創造した世界、ネオンジェネシスエヴァンゲリオンとは。エンディングからもわかるように、そこは普通の現実。今までの世界と同じであるけれど、シンジくんの意識が変わっているから、違うもの。悲しみが続いていない新しいループに変わっている。

    その世界は「死」の中に「生」が存在することを理解する人だけが生きていくことができる、新人類のための世界である。

    新人類だけが生きる世界

    大人になれない子どもたち

    新人類とはエヴァに乗ることができる子ども達のことで、子どもの心を持ったまま正しく大人になった人類のこと。

    純粋な心(子どもの心)のままでで大人として生きることは難しい。純粋な心とは「自分で考え決めた強い願いを持つ心」のこと。大人として生きることとは「罪を背負いながら、自分だけの役割を見つけ全うする」こと。

    役割を全うしてから死ぬことは、人間に課せられた重い罪(DSSチョーカー)である。だからシンジくんは怖かった。役割を全うするということは、死に向かって歩き出す、ということ。大人になることは死に近づくこと。死を迎えないように、ずっと子どもでいたかったシンジくん。

    大人になることは死を認めること

    エヴァに乗る子ども達は歳をとらない。父と母に守られている乗り物であるから、いつまでも子どもなのである。けれども、子どものままで役割を全うしなければいけないのが、エヴァに乗る子どもたちの使命。子どものままで死の覚悟を強いられる。

    私たちも身体は大人なのに、心は子どものままという自覚があるのではないだろうか。私たちの認識では、大人になることは、社会の一員になって家族を作って真面目に働くこと、だと感じてしまったりする。

    けれど、大人になるということの本当の意味は「死(悪)を認めた上で、自分だけの役割を見つけ全うする」こと。それが「生きること」なのである。

    生きることの意味を知るものたち

    新人類というのは「生きること」の本当の意味がわかっちゃった人たちである。エンディングの駅にいたシンジ、マリ、カヲル、レイは「生きること」がわかっちゃた人たちだろう。アスカはまだ修行が必要なのかも。だからマリは愛情をかけていたのかも。

    「生きること」を頭だけで理解することは不可能で、「生きること」を知るには、死(悪)を経験することが必要である。

    私たちが新世界に行く方法

    誰にでも資格はある

    新人類になって新世界に行くことはとても難しい。『ムカつく他人はどうなったっていい、悪いことするやつは罰を受ければいい』とか思っている大人には絶対に行けないところ。「強い願い」を持っていない大人も行けないところ。

    けれど、人間は誰だって新世界に行く切符をもっている。マイナス宇宙に乗り込み、過去の自分(親や過去に生きた人全て)と真摯に向き合う人だけが行けるところ。自分と戦った人だけが行けるところ。今ここに、目の前にその新世界は存在している。

    大きな悲しみ(悪)を経験すること

    シンジくんと共に何度もループし、シンジくんの代わりに何度も死んでくれたカヲルくん。カヲルくんが代わりにチョーカーをつけて死んだこと。シンジくんにとって大切な人の死であり、シンジくん自身の擬似死体験でもあった。

    自分の心(カヲル)が死ぬことは、自分自身の死を意味する。強いトラウマは、新世界創造に必要なものである。ゲンドウにとってのユイの死と同じ体験をしなければ、ゲンドウの気持ちはわからないもの。

    どん底を経験した時、人は「生きたい」と心から願う。あの小さな村でその経験と向き合いシンジくんは初めてその「人間の根源的な願い」を知ったのである。これが世界を救う動機となっている。

    カヲルくんはシンジくんの幸せを願って死んでいたのだけど、新世界を創造するにはシンジくん自身が死ぬ必要があったのだ。最後にカヲルくん自身も気づいたこと。

    私たちを救済するもの

    私たちを絶対に守る母なる存在

    世界を救う為に死を選んだシンジくんであるけれど、身代わりになってくれたのはユイであった。女というものは、ピンチになったら必ず男を助けに来る。

    マイナス宇宙に入る前に「ずっと待っている」と言ったマリ、ガイウスの槍を届けてくれたミサト、レイが「碇くんがエヴァに乗らないようにする」と言うこと、ご飯を食べないシンジを陰で心配しているアスカ。これが、私たちが忘れてしまった、私たちの内に存在する、目に見えない善というもの。

    イエスとマリアの物語

    シン・エヴァンゲリオンは、結局はシンジくんとマリの物語である。実際の登場人物はこの二人だけと言っていいのかもしれない。「完全なる人間」の男性側と女性側であるということ。つまり、男性キャラクターは全てシンジくんの側面、女性キャラクターは全てマリの側面である。

    エヴァの世界はキリスト教の世界観が散りばめられている。自己犠牲により世界を救う救世主がシンジくんで、イエス・キリストのこと。イエスの母であり恋人、シンジくんの側にいつもいて見守っているマリが、マグダラのマリアである。

    使徒が死ぬときに現れる「十字架」が意味するものは、シンジくんの本当の願い「自分を救済すること」。シンジくんは自分の力で自分を救済した。側にはいつもマリが見守っていた。

    裏切り者は最後に本当の姿を表す

    ガイウス・カッシウス・ロンギヌスというカエサルを暗殺した裏切り者。シンジ・ユイ・ゲンドウという3人の役者は裏切り者である。イスカリオテのマリアと呼ばれた宇宙の母マリ。イスカリオテのユダとは、イエスを裏切った人物である。

    私たちの生きるこの世界は「裏切り者」が牛耳っている。ゲンドウとユイとシンジという家族が世界をめちゃくちゃにしていて、マリはなんでもできる神なのに、最後に登場して少し手を貸すだけ。

    世界に悪をもたらす家族と、ほぼ何もしない神は、人間からしたら「裏切り者(悪者)」と映るだろう。最悪な出来事が起きると、人間はいつだって『神はいなかった』と言う。

    けれど最後には裏切りが愛へと変わる物語が、エヴァンゲリオン。神が、愛で始まり愛で終わるように、この世界を作ったことを教えてくれる物語。始まりと終わりが重なる時(インパクトが起きるとき)だけに、その秘密が明らかになる。

    世界はループ(裏切り)しているけれど、終わりと始まりは愛で固定されている。人間が人間の力だけで立ち上がることを望んでいる、神の采配によるものである。

    神話と根源の意識

    根源を表す数字

    悪と善と自分

    この記事の冒頭で触れた「123」という数字について。この数字は「人間の根源」をシンプルに表す数字になっている。

    1. ゲンドウという「悪」であり、目に見えるもの
    2. ユイという「善」であり、目に見えないもの
    3. シンジという「完全なる人間」であり、新しい世界を創造するもの

    「3」になることができない人間は、1→2→1…という「悲しい世界」を繰り返している。けれど、1→2→3(1)→2…という繰り返す世界を見つけたのがシンジくんである。1(父)と3(子)が同じものであることに気がついたのである。

    「世界」というのは『自分自身が見ている世界』のこと。私たちは、一人一人が違う「世界」を見ている。そんな中で重要なのは「3」という数字。悲しい世界を終了させて、新しい世界を創るのが「3」。私たち個人が「3」になる必要がある。

    シンジくんは日本人

    エヴァンゲリオンの物語を庵野監督の「私小説」と言う人がいるけれど、この物語は誰にでも当てはまる。シンジくんは「日本人」そのものである。

    『和をもって貴しとなす』という言葉があるように、「日本人」には争わないようにものごとを進める性質がある。そんな性質が「目立たないように、周りの人間に溶け込むように、静かに生きていきたい」というシンジくんのような行動となって、いまの日本の状況が出来上がっているのかもしれない。

    個(自我)を表現すること

    シンジくんも「日本人」であるからエヴァに乗って使徒と戦うことを嫌がっていた。けれど、日本人にも秘めた「個」がある。「個(自我)」を表に出すことが「3」になること。

    個(自我)が希薄な日本人のための物語がエヴァンゲリオンでもある。個を主張しないからこそ、魂(2)に秘められているものの大切さに気がつきやすい、という利点がある。

    初めから個が強い性質を持っていると、内にあるものは覆い隠されてしまう。西洋(ゼーレ)が解きあかせなかったものを東洋(ネルフ)が解き明かすことになるだろう。

    三位一体を目指す

    「悪(1)」と「善(2)」と「自分(3)」がバラバラになっている現代。善も悪も含めて自分であることを知るには、経験からの理解が必要である。経験というのは「悪」の中に自ら飛び込むこと。

    現代人は「悪(1)」に同化している人か、「善(2)」に同化している人か、どちらかが多い。「自分(3)」になっている人がものすごく少ない。「自分(3)」だけが、1と2を含んでいる。

    1と2と3が一体となった時に、人間の仕組みやこの世界の仕組みが初めてわかるようになる。人間の根源を知るのである。これを「三位一体」と言ったりする。シンジくんはそれを体験している。

    エヴァンゲリオンの物語をしっかりと「自分自身」に当てはめることが「逃げないこと」である。シンジくんのようにエヴァに乗ることで、エヴァの物語と同じ体験ができる。シンジくんが「新世紀」を創造したことを、わたしはこのブログで「解脱」と呼んでいる。

    関連カテゴリ:輪廻からの解脱

    2011/03/01の予言

    なんと、シンエヴァの結末を10年前に予言していた人がいるらしい。

    10年前のエヴァ考察厨が凄すぎる、エヴァを超え庵野を理解してると話題にwww

    新劇場版エヴァンゲリヲン マリ=安野モヨコ説 エヴァンゲリオン
    2011/03/01 14:43

    「真希波・マリ・イラストリアス」とは、ずばり旧エヴァに欠けていた「庵野監督の周りの他者」なのです。そして、旧エヴァには登場せず、新エヴァにて登場する、決定的な「庵野監督の周りの他者」とは、結婚を経て登場した奥さん、つまり、庵野監督の奥さんである安野モヨコさんをおいて他にはいないでしょう。

    「真希波・マリ・イラストリアスというキャラクターは僕には監督の奥さんの安野モヨコに見えてしまう。綾波が庵野の内なる女性であり、母性であり、いわば永遠の女性として庵野の世界を完結させる存在だとするなら、マリはその完結した世界を外側から破壊しようとする生きた現実の女である。」

    …ということは、新エヴァのラストはマリとシンジがくっつくという可能生も大いに考えられます。というより、まず間違いなく、新エヴァではシンジとマリが結ばれるでしょう。

    10年前のエヴァ考察厨が凄すぎる、エヴァを超え庵野を理解してると話題にwww

    マリを「永遠の存在」と考え、マリ=安野モヨコ(現実の女)としているこの考察。神ですね。そして、この考察の日付を見ると1と2と3しかない。これが根源を知る人間に与えられた予知能力である。この世界の不思議。

    ところで。庵野監督が創るエヴァンゲリオンが「個人的体験」を元にするのは当たり前のこと。世界には「神話」が数多く存在するが、それらも全て人間の「個人的体験」から創作されているもの。だから「神話」は人間の真実を描いているのである。

    全ての神話は、「悪(1)」と「善(2)」と「自分(3)」という三つ巴で描かれている。「3」の自分というのは、物語の「主人公」のこと。物語の読み手である私たちが、物語の中の「主人公」へと意識が変わったとき、現実世界において物語と同じ体験が起きる。

    関連記事:これから現実となる3つの世界

    個人的体験から生まれる記録

    庵野監督は神話を創った。神話というものは「個人的体験」からしか生まれない。なぜならば、私たち一人一人が「神の子」だから。庵野監督のすごさは「個人的体験」を周りを巻き込みながらも映像として最後まで作りきったこと。並の精神力じゃできない。神の精神力だ。

    自分自身が何を感じ、何に感動したのか。自分を深く深く掘り下げたとき、知るものは「根源の意識」。「根源の意識」に辿り着いたものは、自分だけの表現で根源の物語を創り出すことができる。シンジくんと同じく。

    それは永遠に残る記録となって後世に引き継がれていく。「新世紀」を創るには死海文書外典(記録)の参照が絶対に必要なのです。

    私たちができることは庵野監督が私たちに与えてくれた、シンエヴァンゲリオン(死海文書外典)から「希望」を読み解くこと。新世紀を作ろう。そろそろ、エバーに乗ろう。