今日の気になるオカルトワードは「地神」。誕生日(2020.02.20)旅行として、岡山県に行ってきました。岡山県で「地神」と記されている石碑に出会い、気になったのでさっそく調べてみたんです。去年徳島を訪れた際「多祁御奈刀弥神社」で出会ったとある塔がなんだか気になっていたのですが、なんと「地神」と繋がっていましたよ。知りたかったことがまたまたインターネットを通じてやってきた。

北の吉備路で出会った「地神」と書かれた石

今回の岡山旅行の目的は「鬼」。桃太郎伝説の発祥地とも言われる岡山県。そんなわけで、謎の古代遺跡「鬼ノ城跡」をコースに入れていたのです。特に「鬼の差上げ岩」という巨石が積み上がっているところに行きたかったので、鬼城山ビジターセンターで手に入れた地図を片手に「鬼の差上げ岩」を目指しました。鬼の差上げ岩はすごかった…。今回は「地神」についてなので、鬼関連のことは別の記事に書く予定。で、この巨石を見たあと、山を下った先に「地神」の石碑がありました。

鬼の差上げ岩

「地神」とはなにか

「地神」とはなんなのか。便利なwikipediaからの情報によると「地神信仰」というものに基づく石塔であったのでした。いつもありがとうwikipedia。ここでわたくしハッとしました。

地神塔(じじんとう)は、地神信仰に基づいて地神講あるいは社日講によって造立された石塔であり、社日塔(しゃにちとう)ともいう。東日本では神奈川県に、西日本では岡山県と香川県に多く分布する。その他の県と北海道にも存在するが、地神講・社日講が広く分布しているのに対して地神塔の分布は限定的である。「地神」や「堅牢地神」などと刻まれた文字塔と、地神像または地天像の刻まれた刻像塔がある。

五角柱や六角柱に「埴安媛命 倉稲魂命 大己貴命 天照大神 少彦名命」の五神名を刻む塔があり、五神名地神塔 、五角柱地神碑、五角柱=五神号型などと呼ばれる。陰陽道系統の「土公神」や、神奈川県に見られる「天社神」や「后土神」と刻まれた塔も地神塔に含められる。

wikipedia
徳島県「多祁御奈刀弥神社」の五神名地神塔

去年、徳島県「多祁御奈刀弥神社」に行った時出会ってなんだか気になっていたこの塔。なんと地神塔の一種でありました。実は今月のはじめ、ラジウム温泉行こうと思って山梨県須玉町に行きました。その途中にあった「神部神社」というところにふらりと立ち寄った際にも、この五神名地神塔を見つけたんです。多祁御奈刀弥神社と同じやつだ!と思ってすかさず撮影。なんでこの5人の神様の名前が書いてあるのだろう…とここ最近悩んでおりました。「地の神」との関係があるということは、よいヒントになりました。

山梨県「神部神社」の五神名地神塔

五神名地神塔の謎

「地神」と「五人の神様」

五神名地神塔に刻まれている5人の神様の名前。埴安媛命(はにやすひめのみこと)・倉稲魂命(うかのみたまのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)・天照大神(あまてらすおおかみ)・少彦名命(すくなひこなのみこと)。田畑の元となる土の神「埴安媛命」、稲荷神社の神で食物の神「倉稲魂命」、別名大国主で国津神のトップ「大己貴命」、天皇家の祖先「天照大神」、「大己貴命」と共に国土を造った天津神「少彦名命」。なるほど、なんとなく「地神」というのも頷ける。この日本という国を初めに造った重要人物たちという感じ。

わたしの想像ではありますが、この5人の神様が表していることはこの世界の成り立ちにとって重要な要素ではないかと思うのです。この神様方は「原始の神様」から最初に細分化した重要な神様ではないかと。原始の神様は大きな流れを司っていて、それを感じ取っている人間が無意識に目指しているものは進化だということは度々このブログで言及してきたつもり。人間の進化に於いて重要な3つの要素のこと。つまり、大地(根源)・陰と陽・それを統合するもの。

  • 大地であり土であり食物である埴安媛命」「倉稲魂命」
  • そして国津神「大己貴命」と天津神「少彦名命」の協力体制
  • 集団をまとめ希望を指し示す「天照大神」の力

関連記事:アニミズムと生贄と原始の神様

天照大神は北を向いているらしい

そして、「天照大神」の面が必ず北を向く。神社境内の配置上、北に向くと参拝に不自然な時もキチンと北を向いている。

http://kangawa.life.coocan.jp/is2/newpage43.html

これはなんだか気になる重要情報ですね。神部神社の五神名地神塔の写真を確認すると、たしかに天照大神の面は北の方を向いていました。多祁御奈刀弥神社も同じく。天照大神の秘密かもしれない。最近わたしは原始の神様=こわい神様のことばかり考えているけれど、こわい神様と北にはどうやら深い関係性があるようなのです。これについては思うところあるので今後語っていきたいと思っています。

「地神」の分布について

東京都の多摩地方では、神奈川県に隣接する町田市に集中して分布し、北多摩と西多摩ではほとんど見られない。

wikipedia

わたくし町田市在住なので驚きました。「地神」の形態には文字塔・刻像塔・五神名地神塔が存在するらしく。文字塔の多摩地方の分布については町田市に多いとのこと。ちなみに徳島県には五神名地神塔が多いみたい。町田市にある地神塔についてこんな記事も見つけました。

多摩地区で地神塔は五十九基を数えるが、その分布は、町田市の四十八基、八王子市の六基、府中と多摩市が各二基、檜原村に一基となっている。つまり八割以上が町田市内にあるのでから、多摩の地神塔は、町田市を中心に建ったと言っても過言ではない。
このことを裏付ける貴重な資料が町田市金井西田にあったからである。今日では風化破損して判読さえ不可能であるが、60数年前以前にはわずかながら窮知しえた。それは西田にあった地神塔の側面に、地神信仰について延命院の修験者が碑文を書いて残したとみられる。この修験者がこの地域で、地神信仰を布教して、信者を集め各所に碑を造立したものと推定できる

http://ooto-info.jp/spot/ooto-commentary/index1.html

「地神」と「こわい神様」

これもわたしの想像に過ぎないのですが、地神信仰が残っている地域は原始の神様の存在が未だに残っている地域なのではないかと感じました。その地域には争いが少なかったとか、神様への信仰心が強い地域性だったりとか?もうすこし深く調べていけばそんな証拠も見つかるかもしれないので調査を続行したいと思います。岡山の旅からの気づきで、またひとつ「こわい神様」に近づいたのかもしれないな。