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投稿日:2021-01-21 | 最終更新日:2022-08-21

前に書いたこれから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をするという記事。2ちゃんねる発祥の「よーさんの予言」を解説したものなんだけれど、コメントをいくつか頂いた。そのコメントにわたしは熱くなり、うざい感じで返信した。

そのやりとりが自分の中で結構面白いものになったと思っている。議論をしながら、よーさんが言う「三つ巴の世界」の内容をさらに深く考えることになった。「三つ巴の世界」がどういったものなのか、もうすこし考察していくことにする。

再び、三つの世界について考える

前回のおさらい

今回の記事は、主に3つの世界について解説していく。前回の記事を読んでもらっていたらわかるけれど、よーさんが言う「三つ巴の世界」をわたしは「三つの世界」としてそれぞれ簡単に説明した。まずはその「三つの世界」についておさらい。

1の世界について

この世界に行く人々は「悪」を憎む人々。陰謀論者はそのわかりやすい例とも言える。陰謀論者ではなくとも、「嫌いな人間」を絶対に許さない人々も含まれる。国というシステムに反感を持っている人たち、平等を求める人たちはこの世界へ行きそう。とても現実的な人々。

2の世界について

この世界に行く人々は「平和」が大好きな人々。「悪」を完全に無視することができて、幻想の中で生きるのが得意な人々でもある。スピリチュアルに傾倒している人たちがわかりやすい例。宇宙にある地球以外の惑星が好きな人たち、神様の声が聞こえてしまう人もこちらの世界へ行きそう。とても空想的な人々。

3の世界について

この世界に行く人は「悪」も憎まず「平和」も求めない、運命を知る人々。はっきり言ってしまうと輪廻から解脱した人々。現実的で空想的な人々。この世界に行くのはとても難しい。

前回はこのように思想で三つの世界のイメージを分けた。このイメージについてまずは軽く頭に入れておいてほしい。

世界は滅亡するのか?

今回はとある匿名さんから頂いたコメントを引用しながら進めていく。前回の記事のコメント欄を簡単に読んでから、この記事を読むといいかもしれない。おそらく、読んでも意味がわからないとおもうけれど、この後しっかりと解説してゆく。

なるほど
やっぱり一個人ではどうしようもない流れがあるわけか
あなたはここからどうなっていくと思う?

自分は飲み込まれたから、負の世界にいるけど、
そこから感じた事は、もう誰にも止められない救ってあげられない状態だと感じたよ
果てにあるのは滅亡じゃない?
あなたはここからどうなっていくと思う?

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いていくよー」の解説をする コメント欄より

匿名さんは個人ではどうにもできない流れを認めつつ、その流れに『飲み込まれたから負の世界に居る』と感じている。そして『世界は滅亡する』とも感じている。

「よーさん予言」に惹かれる人々は「世界の滅亡」に対する興味を持っている。今後世界がどうなっていくのかを案じているはずである。世界がどうなって行くのか、今回の記事で答えを出していきたいと思う。

運命と恐怖の関係性

運命の捉え方で分かれる世界

やっぱり一個人ではどうしようもない流れがあるわけか

匿名さんのこの言葉から、さっそく「1・2・3の世界」を別の視点から考えていくことにする。流れというのは私たち人間全体の「運命」のことである。「運命」をどう感じているかの違いによっても「1・2・3の世界」へ分かれていくのである。

私たちは同じ「運命」の中に居るけれど「運命」の捉え方にも三種類ある。その違いが「三つの世界」になっていく。

ところで、オカルト好きなら「世界線」という概念を知っているかと思う。オカルト的な「世界線」の定義といえば、ある時点で別の選択を行っていれば今とは違う「別の世界」に存在したのではないか?という考え方。多くの人は「世界線」を『存在するはずの多くの可能性』として考えているのかと思う。

自分の現状が「現実」であることを認めないとき、人は「別の可能性」に逃げてしまう。自分の行いを後悔しているとき、現実が辛くて耐えられないとき「幸せなはずだった別の人生」を想像してしまう。「世界線」という言葉は逃げるための言葉でもある。

わたしの考える「世界線」の定義。「世界線(別の可能性)」とは「他者が体験している人生」のこと。人間の数だけ人生があるけれど、「別の可能性」は既に他者が体験しているもの。「世界線」とは「自分の別の可能性」なのではなく「他者が体験している人生」のことなのである。

三つの運命

「運命」とは自分として生まれてきて、人生の選択を続けてきた結果としての「現状」と自分を取り巻く「環境」のことである。与えられた「自分の人生」を生きることが「運命」を受け入れること。そんな「運命」の捉え方がそのまま「1・2・3の世界」に対応することになる。

1の世界の人々は運命に抗う(否定すること)・2の世界の人々は運命に従う(諦めること)・3の世界の人々は運命を変える(受け入れること)

ということで、先ほどコメントを引用した匿名さんは、運命(流れ)のことを理解しつつも『もう誰にも止められない救ってあげられない状態だと』感じているので、運命に従いつつも諦めている。

そして、わたしは運命を受け入れつつも運命を変えたいと思っているので「3の世界」を目指していると言える。ここからは、匿名さんへのわたしの返信を引用しながら、運命に対する意識の違いが生まれる原因について説明していく。

意識が全てを決める

>果てにあるのは滅亡じゃない?
>あなたはここからどうなっていくと思う?

滅亡する人としない人がいます。それを決めるのが「個の意識」です。
「自分は飲み込まれたから、負の世界にいるけど、そこから感じた事は、もう誰にも止められない救ってあげられない状態だと感じたよ」
あなたの「個の意識」は救ってあげられない、と感じているのですね。つまり「自分が救われないこと」を信じているということです。そのままの意識ですと、あなたの世界は滅亡するでしょう。
滅亡を選ぶ人は、いずれこの記事で書いている「1の世界」か「2の世界」に移行し、進化してゆきます。
もしくは、滅亡が起きる前(進化する前)の困難に耐える事ができず、死んでしまいます。

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

意識を支配するもの

滅亡する人としない人がいます。それを決めるのが「個の意識」です。

わたしは「1・2の世界」に居る人は滅亡し「3の世界」に居る人は滅亡しないと言っているが、滅亡するかしないかは「個の意識」が決めることなのである。『自分は滅亡する』と思っていれば滅亡するし、『自分は滅亡しない』と思っていれば滅亡しないだけのこと。

簡単なはなしに思えるけれど、これが実にややこしい。「個の意識」というのは「自分の思考」のことである。自分がコントロールしていると思っている思考は支配されてしまう時がある。

人間の意識(思考)を裏でこっそりと支配しているものは「恐怖」である。「恐怖」は人間の内側に存在するもの。

「恐怖」は人間が危機を感じる時に思考の邪魔をする。平常時の「意識(思考)」の中で『自分は絶対に滅亡しない』と思っていたとしても、「恐怖」に支配されている時は否応なく『自分は滅亡する』という思考に陥ってしまう。

人間が「恐怖」に支配されている限り『自分は滅亡する』という意識から抜け出すことはできない。「恐怖」を克服できていない人々は「1か2の世界」に留まることになる。

恐怖に対する表現方法

「恐怖」に対するふるまい方が、運命をどう捉えるかの違いを生む。つまりは「自分の人生」に対する捉え方で世界が変わるのである。「1・2・3の世界」を「恐怖」への対応方法の違いで解説する。

1の世界に居る人は「悪」を憎む人々。彼らは「恐怖」に抗い戦っている。「恐怖」が外から来るものだと信じているために、自分以外の何かを「悪」と仕立て上げる。外側に存在する「恐怖のようなもの」と戦っているから、いつまでたっても内側に存在する「恐怖」の支配から抜け出すことが出来ない。

2の世界に居る人は「平和」で幻想的な人々。彼らは「恐怖」に惑わされないように、ポジティブな意識を保とうとしている。つまり「恐怖」を内側に閉じ込めて見ないようにしている。『滅亡すること』を恐れているからこその行動である。「恐怖」と向き合うことを諦めているから支配から抜け出すことは出来ない。

3の世界に居る人は「悪と平和」を求める人々。彼らは「恐怖」が自分の内側に存在することを知っている。内なる「恐怖」と戦いながら、「恐怖」の実体を学び、「恐怖」から自分という存在を理解していく。「恐怖」の支配から抜け出すことが約束されている。

滅亡の意味するところ

滅亡を選ぶ人は、いずれこの記事で書いている「1の世界」か「2の世界」に移行し、進化してゆきます。もしくは、滅亡が起きる前(進化する前)の困難に耐える事ができず、死んでしまいます。

滅亡と進化について

意識で「滅亡すること」を選んでいる人は「1・2の世界」に移行していく。そこは『滅亡する世界でもあるけれど進化する世界』でもある。

新型コロナによって「自殺者」が増えているらしいが、自分の命を捨てることが「滅亡」の1つの形である。それから、不慮の事故にあったり病気にかかり死んでいくのも「滅亡」のこと。

人間には当たり前のように「死」が存在する。「死」が何故存在しているのか理解することは困難であるが、「死」の意味を知らないまま死んでいくのならば、寿命で死んだとしても「滅亡」したということになる。

人間はかなりしぶとい生き物であるから「死という滅亡」に耐えた人々は新たな進化の道をゆく。科学技術で病気を予防したり、寿命を伸ばしたりすることが可能になりつつある現代。人間がこのまま科学技術を発展させれば、寿命がどんどん伸びて「死」を遠ざけることができるようになる。

新型コロナのワクチンが短期間で開発されさっそく接種も始まっている。このように人間は「死」への対抗手段を次々に用意している。ある程度「死」をコントロールできるようになっているのであるが、これが進化というもの。

進化したとしても「死」の意味を知らないまま、いずれ「死」を迎えることになる。いくら寿命が延びたとしても最後に必ず「死」は訪れる。この世界に於いて「死」は絶対的なもので避けることはできない。だから、進化したとしても必ず「滅亡する」。

死と同時に世界も消滅する

つまり「世界の滅亡」というのは「自分の死」のこと。死んだら自分の人生は終了する。同時に自分が存在していた世界そのものも終了する。だから世界は滅亡する。

しかし「意識」はまた別の人物となって続く。別の人物であろうと、それがまた「自分」になり、新しい「自分」とそれを取り巻く世界が始まっていく。

1・2の世界に移行して「滅亡」したとしてもまた、別の物語の主人公として「自分」が始まっていくから安心してほしい。けれど「自分は滅亡しない」と意識が固定されるまでは「滅亡」の繰り返しが続いていく。これが輪廻転生である

救われることは滅亡しないこと

復活する人

重要なのは、3の世界に行く人だけが滅亡しないということです。
というか、一旦全ての世界は滅亡しますが、そのあと復活するのが3の世界に居る人です。
復活する人だけが輪廻を抜け出します。
3の世界に居る人は、自分が救われた未来を見ます。
だから自分が救われることを信じています。滅亡する前にそれを見ているかどうかです。

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

こちらもわたしの返信コメントである。「3の世界」に行く人はなぜ「滅亡しない」のか。それは先ほど言及したように、意識で「自分は滅亡しない」と思っているから。死を迎える瞬間まで「自分は滅亡しない」という意識を保つことができれば「3の世界」に行ける。

思考が「恐怖」に支配されないように「滅亡しない」と思い続けるのはとても難しい。その意識(思考)を保つには支配から抜け出す必要がある。

わたしは「自分が救われた瞬間」を意識の中で体験したことがある。それは「恐怖」を克服する瞬間でもあった。その瞬間に自分が「生まれ変わった」。わたしはそれを「復活すること」と表現している。

復活する瞬間を体験すること。それが「3の世界」へ行く為の条件である。自分が「救われた」と確信を持った時『自分は絶対に滅亡しない』という意識に変化するのである。

その時わたしは意識の中で「救われた」けれど、今現在まだ「救われていない」。わたしが体験したものは、未来の自分の意識を覗いたようなもの。『自分が救われた未来』を見たのである。それがなぜ未来と言えるのかを説明すると長くなってしまうから今回は割愛する。

恐怖を克服すると死の意味を知る

わたしは意識の中で救われてから「恐怖」の実体を少しずつ理解できるようになってきた。そして、このブログに「恐怖を克服する為の方法」を記録している。わたしはそれを「解脱する方法」と呼んで記録しているのだけど、その方法を理解し実践していくと「恐怖」に支配されない強さが身につく。

「復活する瞬間」がいつどのように訪れるのかはわたしもまだ理解できない。けれど「解脱する方法」は誰にでも理解できるものだし、挑戦することで少しづつ「恐怖」への耐性がつくことは確かだ。でもそれは恐ろしいものだから、誰もやらない。

「恐怖」の支配から抜け出すことができると、この世界に「死」が存在する意味が理解できるようになる。それは曖昧なものではなくて、はっきりと答えがわかるようなもの。その件についても、既に別の記事で書いていたりするのでここでは割愛。

恐怖を克服するために

3の世界に行くためには1の世界と2の世界を強く否定する必要があります。

矛盾していることを言いましたが、これが3の世界に行く方法です。このブログの中でわたしが断定している言葉には、実は必ず、後ろに見えない(かっこ)がついています。
『1と2の世界は滅亡する世界です。(滅亡しない世界です。)』
こういう感じです。この前後2つの言葉は矛盾していますが、わたしの中では矛盾していません。しかし、全ての言葉の後ろに(かっこ)をつけるのはめんどくさいしわかりにくいものになってしまうのでつけていません。そして人間であるならば(かっこ)をつけないで表現していくべきなのです。

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

こちらもわたしの返信コメントである。1の世界と2の世界を否定することは「恐怖」を克服することを望むこと。どちらの世界も「恐怖」に支配されたままの世界であるから。

けれど、ただ否定するだけでは「恐怖」を克服することはできない。「1・2の世界」に居る人のことを理解することが大前提となる。

1と2の世界は滅亡する世界です。(滅亡しない世界です。)

こちらの言葉も、今まで説明したことを理解してもらえば意味がわかるだろう。滅亡というのは「自分の死」のことであるが、輪廻転生したら「新しい自分」と共に新しい世界も構築されるのだから「滅亡していない」とも言える。

しかし「恐怖」を克服しない限りは、次の人生も「恐怖」に囚われたままだから「滅亡する」という思考のまま死んでしまう。

「3の世界」は永遠に命が続く世界のこと。そのあたりの詳細はこの後で。「3の世界」を選んだ人だけが行ける世界だから、わたしはその世界を目指す為にも『1と2の世界は滅亡する』と強く主張していく。

1の世界と2の世界の矛盾

本当の3の世界を知るために

探求者の方々はかなりこの世界の真実に気がついているようで、もちろんコメントをくれた匿名さんも気がついている人だった。だからこそ「よーさん予言」のことについて深く考えていて、わたしの記事にコメントをくれたのだと思う。

けれど、やはり「恐怖」の克服が完了していないと感じた。わたしと匿名さんの議論が噛み合わないのもそれが原因である。内側にある「恐怖」のことを理解しているかどうかで「3の世界」への解釈も変わってしまう。

わたしは探求を極めている人たちが「3の世界」の本当の姿に気がついていないのがとても残念だと思っていて、だからこの記事を書いていたりもする。引き続き匿名さんのコメントを引用させていただき、わたしと匿名さんの「3の世界」の解釈の違いについて解説していきたいと思う。

矛盾する感情と矛盾する世界

1と2は矛盾してる、これが基本
それを両方自分にしちゃってるのは、貴方がまだ我慢してるから
だけどそんな事できるはずがないんだわ
基本が違う存在なんだから、それを自分としてると、いつか限界がくる
そこでね、1である自分の本音が出てくるんだ
いい加減うんざりだってね

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

1と2の世界は矛盾していると言っているが、匿名さんは悪(1の世界)と善(2の世界)の組分けと考えている。

それを両方自分にしちゃってるのは、貴方がまだ我慢してるから
だけどそんな事できるはずがないんだわ
基本が違う存在なんだから、それを自分としてると、いつか限界がくる

こちらのコメントから推測できることは、匿名さんは、きっと1の世界を「悪の意識(否定すること)」2の世界を「善の意識(受け入れること)」と感じているのだと思う。

匿名さんは、わたしが考えている「3の世界」は善と悪を統合したものなのではないか?と思っているのかもしれない。だから『善と悪は基本が違う存在なんだから、統合できるはずがない、いつか限界がくる』というふうにわたしを諭してくれているのかもしれない。

探求者の多くが思い描いている「善と悪の統合」とはこんな感じではないだろうか。「1の世界の人々」と「2の世界の人々」が争うことなく永遠に仲良く幸せに暮らす世界。匿名さんもそれが統合の世界(3の世界)であると思っているのだろう。

そこで1と2の矛盾に出くわすわけ
自分自身と言っていた他者が荷物に感じられてくる
持っていたいけど、持っていられない、手放したいけど、手放す事が許せない
それは同時に1である自分さえも手放してしまいそうだから

あなたなりに説明するなら、こんな感じじゃないかな?
3はね、1が2を受け入れられないから出てくるんだよ

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

しかし、匿名さんはそんな統合の世界(3の世界)に否定的である。『3はね、1が2を受け入れられないから出てくるんだよ』というコメントからそれがわかる。

わたしが「悪の意識(否定すること)」を持っているからこそ「善の意識(受け入れること)」を持つことは無理だよ、と教えてくれているのだろう。だからこそ「3の世界」を目指してしまうんだよ、とも教えてくれている。

匿名さんがそう思うのはある意味正しい。何故なら『否定しながらも受け入れる』という、この相反する2つの意識を同時に持つことは、人間にとって難しいこと。しかし『否定しながらも受け入れる』ことは「恐怖」を克服すれば可能になる。

わたしの考える「3の世界」は『1が2を受け入れられないから出てくる』のではなくて『1と2の世界を受け入れられないから出てくる』もの。それは先ほど説明した通り「恐怖」を克服する表明として「1と2の世界」を否定することと同じ。

ところで、ここまで説明してきたことは『現実世界の統合のはなし』と『精神世界(意識の中)の統合のはなし』がごちゃまぜになっていることに気がついているだろうか?だから、何を言っているのかわかりにくいとは思う。

おそらく、匿名さんは現実世界と精神世界が曖昧になっている。だから「3の世界」を現実世界の中に実現しようとして苦しんでいる。

意識を組分けしてはいけない

現実を統合したくなる人間

匿名さんの考える「3の世界」は現実世界で「1の世界の人々」と「2の世界の人々」を無理やり統合するようなもの。匿名さんは、統合は無理だと正しく理解しているから「3の世界」を否定的に見ていた。

つまり、匿名さんが考えている「3の世界」は『現実世界における統合の世界』のこと。しかし、わたしの考える「3の世界」は『精神世界における統合の世界』である。だからコメント欄で、わたしと匿名さんのはなしは噛み合わなかったのだ。

匿名さんや多くの探求者の共通点がある。彼らは深く考えれば考えるほど『現実世界において善と悪を統合した3の世界』を求めてしまう。そうすると、わたしの考える「本当の3の世界」のことが見えなくなってしまうのである。そうなってしまうのは、人間の思考の限界でもあるし、人間の根源的な欲求に誘導されてしまうからでもある。

現実世界と精神世界を分けて考えること

うーん、俺はただの組分けだと思うけど…

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

よーさん予言の「1・2・3の世界」を「組分け・住み分け」と考えてしまうことが混乱の原因なのである。前回の記事だけでは、それぞれの世界への「組分け」に思われてしまうのも仕方ないので、反省している。今回の記事はそこを訂正してゆきたい。

匿名さんも(きっと記事を読んでくれている人々も)現実世界と精神世界を曖昧にしてしまっているはずである。よーさんの言う「三つ巴の世界」とは精神世界のこと。つまり人間の意識の中のおはなしなのである。現実世界のおはなしではない。だからよーさんは「妄想」と言うのだ。

つまり「1・2・3の世界」を「組分け・住み分け」で考えず「意識の違い」で考えていくということ。現実世界と精神世界(意識)をしっかり分けていくことが大切なのである。

現実にある世界を統合するのではなくて自分の意識だけを統合することが大切。だからわたしは「3の世界」は統合された世界ではない、とも考えているのだ。現実世界に存在する「1の世界の人々」と「2の世界の人々」は、どうしたって争ってしまうものなのだから、別に統合しなくても良いのである。

匿名さんはそれを統合しようとしているから『救ってあげられない状態だと感じたよ』と言うのである。統合などしてしまったら争いが大きくなるだけで救われることなどない。だから現実はそのままにしておくのが一番なのだ。

現実世界と精神世界についての関連カテゴリ:日本神話を紐解く

争いたくはないがひとつになりたい

世界の悪の側面は本当に「悪」なのか?善の側面は本当に「善」なのか?その見極めは、それぞれの心のあり方で変わる。精神がしっかりと成長していないと、見極めを誤ってしまうもの。

精神の成長とは「恐怖」の実体を理解していくこと。探求者の多くが、知識は豊富なのに精神の成長を怠っているからこそ見極めを誤っているし、善と悪の「組分け・住み分け」で考えてしまうのだろう。

そもそも善と悪は人によって解釈が違う。だからこそ『自分の考える善と悪』の主張で争うのが人間である。人間は善と悪をどうしても分けたくなってしまうのであるが「組分け・住み分け」することで争いを避けようと思っているのである。

世界はひとつ・人類はひとつ、というスローガンが大好きな人間。二つをひとつにしたがるのが人間という生き物。争いが起きることを理解しているからこそ「組分け・住み分け」するのに、ひとつであることを望んでしまう。このジレンマが人間の「苦しみ」の大元である。

人間は分離の世界がどうしても許せない。何故許せないのか?それは私たちの意識の根底に全てのものは一つであってほしい、という強い強い願いが存在しているから。

『全てのものはひとつであってほしい。』その意識は絶対に消えることがないから、人間は現実世界で分離・分断が起きているのを目の前にすると、とても「苦しい」のだ。

本来の善と悪について

この世界には善と悪が存在するように思える。悪いことをする人はいつまでたっても減らないし、世界はどんどん悪い方へ向かっていると感じている人々が居る。それとは反対に、人々に寄り添いながら世界の全ては愛で作られている、と感じている人々もいるはずだ。

残念ながら、世界は悪が支配していると感じている人々・世界の全ては愛であると感じている人々、どちらも「悪」なのである。つまりは「1の世界」も「2の世界」も「悪の側面」であるということ。唯一の「善の側面」は「3の世界」に居る自分自身なのである。

匿名さんや多くの探求者は1の世界を「悪の意識(否定すること)」2の世界を「善の意識(受け入れること)」と感じているのかもしれないが、わたしの考える2の世界は「善の意識(諦めること)」である。

運命についての章で説明してきたように、「1の世界」は悪を憎み・運命に抗う(運命を否定する)人々の世界。「2の世界」は平和を求め・運命に従う(運命を諦める)人々の世界。「2の世界」は運命を『受け入れる人々』ではなくて『運命を諦めてしまう人々』の世界。

「受け入れること(聖杯)」は意識の中で「3の世界」が生まれるときに初めて現れるものである。それは現実世界には存在しないもので、目には見えないもの。

先ほども説明したように「恐怖を克服するための方法」を実践していけば『否定しながらも受け入れる』ことができるようになる。わたしは「受け入れる心(聖杯)」を手に入れたから、そのコツをつかみ始めたところ。

諦めることを「受け入れること」だと思ってしまうことが多くの探求者の問題点である。そして、探求者の最後の関門が『世界を諦めてしまうこと』をどう乗り越えるか?ということ。この世界の真実を追求していくと誰もが陥る問題である。

3の世界の真実

だから3の世界は難しい

そっか、じゃぁハッキリ言うわ
他者を含めてる内は3は理解できないよ

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

匿名さんは「3の世界」を理解していると感じている。きっと「1の世界」にも「2の世界」にもうんざりしているから『どちらの世界にも身を置かず、どっちつかずの状態』なのだろう。匿名さんはそんな状態の自分が真ん中だから「3の世界」に居ると思っている。

どっちつかずの状態の人々は真ん中にいるようで、結局「1か2の世界」のどちらかに存在しているのだ。先ほど説明したように「1の世界」も「2の世界」も「悪の側面」であるから、匿名さんは『自分は飲み込まれたから、負の世界にいるけど』とコメントしている。自分が「悪の側面(1・2の世界)」に生きていることを実は知っているのだ。

「1の世界」「2の世界」が目の前に広がっている昨今であるけれど、その目に見えているものどちらも自分の中にあるもの。どちらも「悪の側面」なのに、どちらかの世界を選択するしかない、と思ってしまう。「恐怖」に支配されているからその選択しかできないのだ。

3の世界に行く方法

1の世界と2の世界は鏡写し

探求者は「1と2の世界」のことを深く考えているから「1と2の世界」の矛盾、その二つが相容れない世界であることについて苦しくなってしまうのだろう。

そして「運命を変えること」を諦めてしまう。匿名さんもきっと探求者であるから、矛盾に苦しみ、世界を諦めてしまった人なのだろう。

1も2も自分、これは上で書かれている通り、鏡像関係だからそう思う

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

けれど「1の世界」も「2の世界」も同じ「悪の側面」だから矛盾はしていない。匿名さんは 『鏡像関係』と自分で発言しているのに、意識が気がついていないのだ。鏡像関係とは、同じものが反対に見えているだけ。元は同じものだけど表現方法が違うということ。

人間は誰しも「無意識」でこの世界の真実を理解している。だから人間の発言には「真理」が溢れ出てしまう。しかし当の本人が「意識」で「真理」を理解できていないのである。

現実世界を見つめて意識だけを統合する

「1の世界の人々」と「2の世界の人々」のように、考え方が違う人が存在するのは当たり前なのだから、現実世界で統合しようとしなくても大丈夫。自分の意識の中だけで「統合」を行えば良いのである。

しかし意識の統合をすることが「2の世界の人々」のように幻想ばかりを見てしまうことだと勘違いしてはいけない。「2の世界の人々」は「統合」という言葉を多用しがちであるが、それはわたしの言う「統合」ではないから気をつけてほしい。

意識の統合(精神世界の統合)の方法とは、現実世界にある、分離や分断や争いをしっかりと目で確かめること。そして分離の世界に対して「苦しく」なってしまう自分のことを見つめること。

現実をしっかりと見つめて、自分自身に「苦しみ」を起こして、「苦しみ」が起きる原因を解明することで「苦しみ」は消える。そうやって精神を鍛えていけば誰でも「3の世界(統合の世界)」に行ける。

自分の内側に存在する「善」

現実を見つめながら、この世界のそのものが「悪」であることを認めること。それが大事。大切なことなので、先ほどの言葉を以下に再掲する。

残念ながら、世界は悪が支配していると感じている人々・世界の全ては愛であると感じている人々、どちらも「悪の意識」なのである。つまりは「1の世界」も「2の世界」も「悪の側面」であるということ。唯一の「善の側面」は「3の世界」に居る自分自身なのである。

唯一の善である「自分自身の内側に在るもの」を引き出すには、「より良い世界が訪れることを諦めない」ことが重要である。そして何よりも、争いを起こす人間を目の前にしても、人間という存在を信じることが大切である。

「自分」を含めた人間社会こそが「悪」を創り出しているが、存在する人間全てを最期まで信じることができた人だけが「3の世界」に行けるのである。

関連記事:人間を信じることについて

3の世界は自分の世界

だけど、受け入れられない弱さがあった
2が帰ってきても、強い1であり続けられなかった
それが人間の自分、現在の自分
だから3人目として存在できるのに、何でまた元に戻ろうとするの?
今を生きろよ

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

「1の世界の人々」と「2の世界の人々」が一緒に仲良く暮らす天国のような世界を諦めた「自分」が存在する世界が「3の世界」だと考えているのが匿名さんなのであろう。つまり匿名さんが考える「3の世界」とは「今現在の自分」のこと。

「3の世界」を「自分のこと」だと気がついているのがこの匿名さんのすごいところである。もちろん「1・2の世界」も自分のことだと気がついている。だからこそ『何でまた元に戻ろうとするの?』という疑問をわたしにぶつけている。

匿名さんの考える「3の世界」は「辛くて苦しい自分」のこと。だから戻りたくないのだろう。けれどわたしの考える「3の世界」は「楽しく生きている自分」のこと。だからわたしはまた戻りたいと思っている。

3の世界は人間の世界

>俺にとっての3は分離の概念だよ、そして人間の世界

そうです、3の世界も人間の世界です。
もしかして、私の考える3の世界が「神の世界」だと思っていましたか?
3の世界は終わりではありません。
3の世界もまた続いていきます。
そこからまた1と2の世界が生まれ、またいつか3の世界が生まれます。
1と2と3しかありません。この繰り返しです。
繰り返しに疲れても、嫌気がさしても、また続けるのです。
それが「今」を生きることです。

これから現実となる3つの世界 よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする コメント欄より

さいごに、匿名さんに対するわたしのこちらの返信を解説していきたいと思う。実は、今回の記事で引用させてもらった匿名さんの考え方があまりにも「真理」なので、私は今回の記事を書こうと思った。匿名さんの言っていることは全てが正しいのである。

わたしは匿名さんの言う「3は人間の世界である」という言葉に同意している。匿名さんは「3の世界」に行くことはまた「1・2の世界」に戻ることだという考え方を持っている。それはあまりにも正しい。わたしの考えている「3の世界」も実は「1・2の世界」そのものなのである。

「1・2の世界」に行ってしまう人々のことを理解し本当に受け入れた末に(恐怖の克服の末に)新たな「3の世界」に行ける、というのがわたしの考え方である。これが意味することは「1・2の世界」は見方を変えると「3の世界」に変わるということなのだ。

匿名さんは「1・2の世界」に戻りたくないと思っているようなのだけれど、それは同じことの繰り返しになるから。つまり「苦しみ」の存在する輪廻の中に囚われたままの世界が「3の世界」だと感じている。

しかしわたしは「1・2の世界」を好意的に見ている。悪が存在するこの世界は辛くて苦しいものだけど、それがあるからこそ、楽しい世界だと感じている。そういう意識を死ぬまで保つことで新しい世界(3の世界)へ行けると信じている。

新しい世界(3の世界)とは苦しみを生む「恐怖」の支配から抜け出した世界。結局その新しい世界(3の世界)は「1・2の世界」なのだけど、意識が「自分は滅亡しない」と固定されれば「1・2の世界」に存在していても永遠の命が存在する「3の世界」に変わるのである。

「自分」という存在を100パーセント信じることで、転生して別の人物になったとしても「自分」になる。輪廻転生することこそが「永遠の命」を創り出している、と理解できるようになるのである。意識が「唯一の自分が存在している」と固定されたときに、初めて永遠の命を得ることができる。

君の名は?

ということで「1・2・3の世界」をさらに詳細に説明できたかと思う。それもこれも匿名さんがコメントをくれたおかげである。今回の記事を理解するためにも前回記事のコメント欄をじっくりと読んでいただきたい。

匿名さんは2名居たようなのだけど、わたしは途中でどっちがどっちなのかわからなくなって混乱してしまった。長い議論になってしまうとややこしいので、何でもいいから名前をつけてもらえると嬉しい。

もちろん匿名でのコメントも大歓迎だけれど、自分に名前をつけることは重要で、それが「3の世界(意識の統合)」にも繋がること。自己表現をしないと「3の世界」には行けないのである。

関連記事:私たちは在りて在りし者

今後の世界について

具体的に世界はどうなっていくのか?

さて、結局今後の世界はどうなるのか?今回の記事のまとめとして言えることは、それぞれの意識次第で世界は決まっていく。新型コロナによって、「1の世界の人々」「2の世界の人々」の姿がはっきりとしてきているのを目にしているはずだ。

前回の記事にこんなことを書いた。『実は1・2・3それぞれの世界の人々が考える一つの意志はそれぞれ違うもの。自分たちの世界を導いているものについての考え方が、世界を分けていくとも言える。』一つの意志が導くそれぞれの世界を、またまた前回の記事よりおさらいする。

1の世界の神

1の世界の人たちが考える一つの意志。彼らはそれを「目に見えるもの」から見出す。テクノロジーの集大成である、AIという神が導く。SF作品で描かれるディストピアな世界の数々はこの神が導く世界のイメージである。

2の世界の神

2の世界の人たちが考える一つの意志。彼らはそれを「目に見えないもの」から見出す。「目に見えないもの」を感じ取れる人々はそれぞれが崇拝する偶像を作り上げ、それを神とするのだろう。この世界がどう一つにまとまるのかは、詳細不明。

3の世界の神

3の世界の人たちが考える一つの意志。彼らはそれを「目に見えるもの」と「目に見えないもの」から見出す。つまり、三つの世界を作り出す「大いなる流れ」が導いていると知っている。ちなみに私は3の神様について、このブログの中で「こわい神様」や「原始の神」と呼んでいる。

わたしはこのようにそれぞれの世界を導く神の姿について書いたけれど、それは「妄想」のはなし。わたしの意識にあるイメージであるから、こんな世界がくるかもしれない、ということ。

それぞれの世界に居る人たちが、それぞれの世界の具体的な内容を決めていくのだから、とりあえずどんな世界に生きたいのか決めよう。どんな世界に存在したいのか、意志表明することで世界は変更できる。

人間の思考は多様性があるようでないものなので、俯瞰してみれば三つに分かれている。一つの世界のなかにも色々なかたちがあるのかもしれないが。

今後の世界についての妄想

「1の世界にいる人々」の今後の世界。彼らは「目に見えるもの」を神とするから、人間が創り出した人工知能という神に全てを委ね、テクノロジーを最大限に利用していく、とても便利な世界になるのかもしれない。という妄想。

「2の世界にいる人々」の今後の世界。彼らは「目に見えないもの」を神とするから、それぞれの偶像を創り出し、それぞれの神を中心とした小さなコミュニティの中で、それぞれが自然と共に生きていくのかもしれない。という妄想。

「3の世界にいる人々」の今後の世界。「目に見えるけど、目には見えない」本物の神を知ることになるだろう。

「1・2・3の世界」はどの世界も辛いもの。「苦しみ」は誰にでも平等に訪れるから。残念ながら、現代は「苦しみ」が大きくなっていく世界に突入している。

死なないで生きる

これからさらに辛い時代が続くかと思う。分離・分断・争いが起きている世界を目の前にすると、私たちはイライラしたり悲しくなったり目を背けたくなったりする。

そんな世界に飲み込まれないように、心を強くもってとにかく「死なない」ようにしてほしい。どの世界に居たとしても最後まで「生きて」さえいれば、最後にはご褒美がある。できればこのブログでお伝えする「解脱する方法」を実践して「3の世界(意識の統合)」を目指してほしい。

現実世界には「1の世界」と「2の世界」しか存在できない。だから「3の世界」の具体的なイメージも存在しない。でも「3の世界(意識の統合)」の意味がわかる人が増えていけば、現実世界でもちょっとした奇跡が起きるかもしれない…。

ちなみに大地震が起きたり、空から隕石が落ちてきたり、UFOが空から迎えに来たりして「世界が終わる」ことはない。今のところは。人間がそんな世界を強く求めない限りは。

お守りをどうぞ

今回のトップ画像はアーティストveloさんの作品のおまもり。3つの世界っぽいので使ってみた。3つ買って、わたしは大和魂おまもりを持っている。あと2つは友達にあげた。3つのせかいはどれも強い。でも「3の世界」は大和魂だから一番つよいよ。

匿名さんからの反論について

この記事へのアンサーをどうぞ

今回のわたしの記事は「匿名さん」の言葉を引用させてもらって「3つの世界」について解説しました。今回の記事のコメント欄(下の方にあります)を見てもらったらわかるのですが、わたしの解説は間違っているみたいです。そんな匿名さんからのアンサーをリンクしておきます。ぜひ読んでみてください。

匿名さんのアンサーnote

2021/05/20追記
匿名さんのアンサーnoteは消えてしまったようです。残念ですがわたしの返信は残しておきます。

さらにアンサー返し

そして、匿名さんのnoteを読んだので、こちらに返信を書きます。

匿名さんへ

しっかりと読みました。

>ここについては今取り込んでる問題だから、はっきりとした事は言えないので話半分でよろしく

匿名さんは滅亡について取り組んでる最中みたいですが、私は滅亡がどういうものかはっきりと説明できるから、それを今回の記事に書いたのです。あなたは「滅亡についてはっきりとした事が言えない」ようですが、それだと反論にも説得力がありません。

>ちなみに、自分はどんな人がどこに行く人なのか分からないし、自分もどこに所属してるのか分からないです

この言葉は「3つの世界を知らない」と言っているようなものなのです。

>変に善悪で分けないで、1は1のやり方、唯我独尊タイプの人、2はみんなと仲良くできるタイプの人、みたいな感じでいいんじゃない?

この言葉も曖昧すぎます。変に善悪で分けているわけではなく、意味があって分けてます。わたしは使う言葉にこだわりを持っています。わたしの言葉ひとつひとつには全て意味があるのです。わたしは全てを明確にしていきたいと思っています。

「3つの世界」について、わたしは自分の経験から、自分で考えて明確な答えを出しています。けれど、匿名さんの頭の中を覗くことは不可能なので、今回の記事では匿名さんの考え方を「わたしの視点」から解説しただけです。

つまり、匿名さんの考え方をそのまま表現し、解説するのはそもそも無理なのです。何故なら匿名さんのことを何も知らないし、赤の他人だからです。コメントのやりとりだけでそれを知るのは無理です。

だから、あなたもわたしの頭の中にどんな情報があって、本当は何を考えているのかは知るはずがありません。だからこの反論もほとんどが的外れです。あなたが「間違いだらけの答案」と言うように、そのままお返しします。

わたしのスタンスについて

あなたの信じる世界とわたしの信じる世界は違うので、議論は必ず平行線になり、混じり合うことはありません。これが「3つの世界」そのものです。

平行線になる議論ってもう時代遅れなのです。今はそれぞれの意志を固めていく時代で、考える時代はもう終わりました。現代の若者って「深く考えること」をやめているし、自分の中に「明確な答えを持っている」大人のような子供達も誕生しています。そういう時代だからです。

わたしはもう「真実」に対する答えを出しているし、各個人が答え合わせし、意志を強くもつ時代に生きたいのです。全てを具体的にしていきたいし、答えを提示していきたいのでこのブログやってます。

「今を生きること」とか「現在から全てが始まる世界」とかいう言葉って使い古されたもので、そんな言葉で物事を曖昧にするのはやめたいのです。匿名さんとの議論は抽象的になってしまうから、結論がいつまでたっても出ません。

わたしがそういったスタンスなだけで、結論を出す必要があるわけでもないです。どの世界でもかまわないし、どの世界にどんな人が居たっていい、という考え方が自由だと思うのならばそれでいいと思います。

そもそもわたしが「よーさんの予言」を解説したのは、それぞれの世界の具体的なところを伝えたいからでした。そして、この記事でも答えを出しました。匿名さんは「3つの世界」の具体的なところを決めたくないようですね。

>1の世界にも、2の世界にも、恐怖を克服した人がいても不思議じゃない
恐怖を克服した人=3の世界の住人ではなくて、単なる考え方や見え方の問題だと思う

「3つの世界」が考え方や見え方の違いだと、わたしは何度も言ってます。匿名さんのコメントはいつも、わたしと同じことを言っているので「その通りです」としか返答できません。わたしは『見え方の違いや考え方の違いがどのようにして起こるのか』を説明しているんです。それをご理解ください。

わたしがしたいことは「答えを出すこと」で、匿名さんの考え方を否定することではないのです。

今はそれぞれが答え合わせしながら「個人」を表現していく時代です。だからこそ争いが大きくなっていくし、自分の中に「正しさ(意志)」が無い人は表現することもできないから、とても苦しいのです。あなたはそんな人の気持ちが理解できますか?

このブログを読むみなさんにも知ってほしいこと

よーさん予言についての記事ってわたしが知っていることの一部でしかないのです。それだけを読んで「間違っている」と言われると、少し困ってしまいます。あなたの指摘することは他の記事で既に書いてたりします。

そのことを説明すると長くなるし、説明したところで匿名さんの考え方を変えることはできないので、返答することに迷いが生じます。もちろん頂いたご意見には積極的に答えていきたいのですが、決着のつかない議論が続くと面倒になってしまうのが正直なところです。

けれど、こうやってお返事を書くのは、匿名さんみたいな人を無視できないからです。意見をくれる人はわたしに興味を持ってくれているので、純粋に嬉しいし、できるだけ対応したいのです。だからご意見ご感想は引き続き大歓迎です。

>平和だけならその対極にある戦争が消えてしまうじゃない
それが出来るなら自分だけの世界で神やゲームマスターになって争いのない天国でも作ればいいし、飽きたら戦争ばかりしてる地獄でも作ってる

わたしが目指しているのは各個人がゲームマスターになることです。それが解脱というものです。わたしは無謀なことを自分のブログで始めたのです。匿名さんの理解できない範疇にいるのかもしれません。

『単純にそれぞれやり方が違うから、別にこの先もみんな同じ道を進んでいく必要はないでしょ?』そう言うのならば、わたしの無謀なチャレンジを見守っていてください。

よーさんの「妄想書いてくよー」の解説をする その3を書きました。