悪について考えたこと

今年の5月はずっと「悪」について考えていた。下書きしといたらあっというまに11月になっちゃった、ということでやっとアップ。

悪の本質とはなにか

今の世界に必要なことは人間が「悪」の本質を理解することだと思っている。世界中で起きている様々な悲しい事件。その裏に隠れているものを考えるべくして起きているのだと感じる。事件の原因となったものを「絶対悪」と見なして批判することに徹する人たちがいる。そういうのはもうそろそろ終わりにしたい。私は悟りによって今まで自分が考えていた「悪」の印象が全く変わってしまった。「悪」が存在する意味。その理解の先には人間がなぜ存在するのかの答えもあった。

コインの表と裏

悪という言葉の対比に善がある。私が理解したことを簡単に説明すると、悪と善は決して別々のものではなく、表裏一体だということ。それをコントロールするのは人間であるということ。悪の本質を知ったとき、世界が変わった。悪が存在するのは必然であり、悪なくして人間やこの世界や宇宙が成長することは絶対に無い。人間が感情に縛られる限りこのことは理解できないとも思う。極悪非道な悪人だって、生まれたときは無垢な赤ちゃん。誰だって最初は悪ではない。生まれた環境は選べないけど自分がどう生きるかは自分で決めてる。全ての人間は自分の中に悪と善を持っている。同じ出来事も見方によって捉え方は変わる。悪いことをポジティブにも、良いことをネガティブにも。悪を経験しないと私たちは学ぶことができない。悪い出来事は人間に衝撃を与え、考えるきっかけになる。9.11や3.11を経験した私たちは自分の中に変化を感じているはずだ。わたしは9.11によって悪を強く意識し始めた。

悪魔の所業

悪は注目すればするほど喜び、さらに悪へと誘う。悪魔が昔から恐れられているのはそういうところ。人間は悪を意識したとき、悪の対象となるものを決定し戦う。悪が自分の中から生まれていることに気がつかずに…。9.11について私は自分なりに真剣に原因を調べ、やはり三角形の上の方にいる人達がやったんだと結論を出した。イルミナティと呼ばれたりするこの世界の支配層にとにかく怒りが湧いてた。イルミナティを憎む人たちはオカルトを極めた人に多く、そういうサイトも沢山ある。彼らは悪を憎むあまり悪魔に取り込まれてしまっている例だ。その為ネガティブな情報を発信し続け、その情報を見た人にも恐怖を感染させる。つまり、私自身も悪魔に取り憑かれていた。悪魔はとことん人間を魅了する。悪魔は本当に居るんじゃないかと思う。最近の気になるニュース。イタリアのバチカン大使館で行方不明の少女の骨が見つかった。またかという感じ。バチカンは悪魔崇拝をしているという噂があるけど、信じるか信じないかはお任せします。

堕天使ルシファー

歴史上には悲惨で直視するのも嫌になる程の、数々の事件がある。しかし今では戦争でさえも必然なのだと感じている。悪魔の実態とは、人間が光を見つけることができるかどうかを試しているのである。聖書に登場する悪魔「ルシファー」。ルシファーってラテン語で「光をもたらす者」という意味。ルシファーは堕天使で、光から闇に堕ちてしまった存在。私が悪だと決めつけていたものは、光を見つける為に必要なものだった。9.11をきっかけに私の中に生まれた憎しみが、その後の悟りへと繋がった。神と呼ばれている者は光の存在を確認させるため同時に闇も作った。暗闇にいると光を見つけることが難しい。光を見つけることが出来る人は救われる。ルシファーは、まさに私に光をもたらしてくれた存在だった。今の私は悲しい出来事も感情的にならず認めることができるようになった。全ての悲しい出来事は、どこかで誰かの変化を促しているはずだ。

平和な世界にする方法

真実に気がついたってなかなか良くならないこの世の中。疲れてきている人も多いはず。手っ取り早く平和な世界にするための方法は次回につづく。

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