「新型コロナ」で不安そうな人たちを観ていて気になったことがあった。自分の命を自分で守ろうとしていない人がいる。生きる上でとても基本的なことを改めて確認したい。

たとえ今回のコロナウイルス騒動が終わったとしても、この先困難がまだまだやってくると思っている。わたしは現代を終末と捉えているので。だから今回のことは予行練習みたいなもの。

支配されることは守られること

国は国民を守っている

制度のうえで生活している私達

人間は社会を創り出し、それぞれの国で生きている。国というのは多くの制度を作り、国民を守っている。国が無ければ、生きることに必要な全てを1から用意せねばならない。もはやそんな時代に戻ることはできない。

豊かな国、日本

日本は豊かな国であると私は思っている。食べ物は何でもあるし、清潔だし、安くていいものが沢山ある。医療制度も整っていて病気をしたらすぐに病院へ行ける。その当たり前を再確認してほしい。

生きられることは当たり前

国が国民を守るという私たちにとって当たり前の事実。人間はこの豊かさに慣れすぎてしまった。豊かさによって「生きる」という行為がいとも簡単になった。寒さに凍えることはないし、飢えや渇きで苦しむこともない。

究極の「悩み」

「生き方」を考え始める

現代では、自分の「生き方」について悩んでいる人は多いのかと思う。労働が義務化していることに疑問を感じ、どこか虚しさを覚える。そんな時人間は内省をはじめる。

生きづらい世の中

「生きづらい世の中」というワードで、社会のあり方を問題視することがあるけれど、人間が「生き方」について真剣に考え始めてしまったからこそ起きている問題。

人間はその悩みを見ないようにしてなんとなく生きている。しかし、解消しきれない「生き方についての悩み」はこころの中で大きくなっていく。

国は「生き方」を教えてくれない

「生き方についての悩み」を解消できず虚無感を大きくしていく人間は、そのはけ口を探す。娯楽へ逃避したり、何かに批判をぶつけたり、引きこもったり、その表現は様々。

国は「生き方についての悩み」を解消するすべを持っていない。「生き方」を見つけることができるのは、自分のことを一番知っている自分だけである。自らが解決方法を見つけなければいけない。

支配されない自由な世界

自由を求めはじめた人間

支配されることは「生き方」を考えなくていいから楽なのである。つくられた社会のルールに則って生きていけばいい。現代でいえば「労働をこなし、お金をもらい、家族を養い、税金を払う」というもの。しかし、今の世の中をみると人間は支配されない世界に移行しようとしている。何にも縛られない「自分だけの生き方」を探しはじめている。

自由な世界には責任が伴う

自由な世界で平和を保つのはとても難しいこと。自由の中では悪いこともできてしまうから。人間が自由を求め、自分勝手に生きようとするほど、制度にも限界が生じる。勘違いしてほしくないのは「生きづらい世の中」を作っているのは国ではなく、自由を求め始めた人間のせいである。

頼らない生き方をはじめよう

自由であるということはそれぞれの人間に責任がのしかかっている。支配されない世界に向かうのならば、国に頼ることは間違いである。自分の命は自分で守るべきで、その準備を始めないといけない。

危機感を持って生きる

何かを批判する前にやること

準備はできていたはず

今回のことで買い占め騒動や、マスクやトイレットペーパー不足が起きている。今までに私たちは様々な災害を目の当たりにしてきた。3.11で感じた自然と放射能の脅威。近年は台風の災害も相次いでいたのに、いざという時の為に生活必需品を備蓄していないのはおかしい。ここ数年起きているものを見ていたとしたら、自分が準備できていないことで何かを批判するのは間違いである。

ちなみに我が家はトイレットペーパーもテッシュペーパーも備蓄用があった。3.11の時、放射能を恐れたわたしは、それ以降マスクを多めに買うようになっていたので困ることはなかった。その他、水・食料・ガスコンロ・簡易トイレなども用意している。自分が多く用意しておけば困った人を助けることもできる。

生き方の見直し

国からの現金支給についての議論も交わされている。補償をもらわないと生きていけないという状況にあることも、これからの時代生きていくのは難しいと思う。それさえも気がつかず、生き方を変えないのならば今後もっと厳しい状況になった時にどうなるかは想像できる。お金がなくたって家族や友人がいる。困った時に本当に助けてくれる隣人もいないのなら、生き方を変えるべきである。

世の中の動きを感じること

全体をみること

ここ最近の世の中の動きを感じとることができていれば、危機感を持って生きることができていたはず。人間は個々のことばかりに注目して全体を見ることを忘れている。

人間の行動は正しい

人間全体の意識が自由で縛られない世界を目指し始めているのは、人間の行動からわかること。地方創生、デュアルライフ、シェアリングエコノミーなどの言葉が生まれてきていることからもわかる。キャンプブームだって、自分の力で生きていく時代を感じ取っている人間の行動。

社会を変えようとしている人間

一つの場所に集まりそこを発展させることよりも、それぞれの場所、それぞれの生き方で自由に生きることを求めている。youtuberなどの新しい働き方も生まれている。今までの社会を壊そうとしているのは人間の意識である。

考える力と決断力

決められないことは危険

自主性を求められている

今回の新型コロナによって、日本は強制力のない要請を出した。行動がそれぞれの自主性に委ねられている。リモートワークすることができない会社勤めの人はそれを嘆くが、そんな時こそ自分で判断し、決断するべきであると思う。

ウイルスの拡散を恐れ、外に出ることに危険を感じるのなら自己判断で会社を休んだり、辞めることだってできる。自分を大切にしない人は自分を守るための行動が苦手だ。あらゆる言い訳を考えて、自分をどこまでも虐める。

今の状況は過去の決断の結果

人によって様々な状況があるのだろうけど、その現状は自分で選び取ってきた結果だから、他人に責任を押し付けることはできない。国や会社の決断を待っているようでは、いざという時に何もできない。必要以上に何かに頼る人というのは、困難を乗り越える力がない。この先一番必要なものは「自分で考えて決断する」という力。

考えられない人がどうなるか

国が機能しない最悪の状況に陥ったことを想像してみる。他人の指示を待つことに慣れてしまい、自分で考えて行動できない人はどうなるのだろう。

きっと分かりやすい指示を出す人の後についていくはずである。その指示を出す人が判断を間違えていたとしても、その時にはもう遅い。だから私は自分で判断して、自分が信じる道を行くべきであると思う。自分の判断だとしたら後悔もない。

自分で正しさをみつける

それから、他人の意見や様々な情報に翻弄されて行動ができなくなってしまうことも危険である。今はSNS上で、それぞれの人間がそれぞれの主観で情報を発信している。とある情報に主観を追加して発信するのが人間の癖である。わたしもよくやる。

本当の情報というのは、冷静さを持って、しっかりと自分で調べればおのずと見つかる。垂れ流されている情報だけを見るのはおすすめしない。ちゃんと自分で「正しさ」を見つけよう。その為のインターネットであるから上手に活用してほしい。

サバイバルの心得

自分で調べる、自分で考える、自分で決断する。この当たり前のことに慣れていれば困難を越えていくことができる。もちろん、その過程で失敗はあるけれど、めげないで続けること。この繰り返しが自分を助ける。これを実行できている人は今回の騒動にも動じていないはず。

あとは「こころ」の強さを身につけていれば完璧。危機感だけを持ち、自分を守るための行動しかできなくなると、人は人を攻撃するようになる。危機感と楽観性を同時に持つことがとても大切。「こころ」の強さの身につけ方については、逐一このブログで語っているのでその他記事を読んでほしい。

関連記事:新型コロナウイルスと人類の滅亡

自分だけの生き方について

終末カテゴリもどうぞ

ということで、サバイバル時代に突入した現代。自分の命は自分で守る!という忘れがちなことを再確認してみた。何が起こるかわからない時代だけど、それを楽しみながら生きていきたい。

サバイバル時代についての記事はこちら:人類の未来カテゴリ

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本当はある記事を読んでほしいから、導入としてこの記事書きはじめたのについつい長くなってしまった。人間が自由を求め「自分だけの生き方」を切望するのは本能である。そんなことについて書いた過去記事を修正し再公開しました。読んでください。