月別: 2018年5月

まるとあかと錬金術

まるとあかと錬金術

まる と あか が異常に好きだった。
丸いかたちのものばかり集める。
ドット模様の服も好き。
今いる部屋は壁を真っ赤に塗り直している。
床のカーペットも赤い丸。
スピーカーも赤い丸。
座ってる椅子も赤い。

なんで私は まる と あか がすきだったのか。
この本、「錬金術:おおいなる神秘」を読んでいたら理由がわかった。

こじつけだと思われてもいい、きいてくれ。

錬金術とは。Wikipediaより。

最も狭義には、化学的手段を用いて卑金属から貴金属(特に金)を精錬しようとする試みのこと。広義では、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。

物質を金に変えることのできる「賢者の石」を作り出すことが錬金術。
当時の人たちは真剣に研究していたようだ。
ここから現在の科学が生まれている。
錬金術師たちは自然や宇宙を重要視していて、
世界にあるもの全ては、一つの宇宙的エネルギーから
生まれていることを大前提としていた。
ウロボロスのイメージをみてほしい。


Wikipediaより

「死と再生」「輪廻」「循環」、言い方はいろいろあるけどそれを表した図。
彼らにとってウロボロスのイメージも大切で、
世界は循環しているということは当たり前の知識だった。
そして私が悟りで得た真実はまさにこれ。
全てのものは死と再生の繰り返しで、永遠に続く。魂も、地球も、宇宙も。
このことを記号とか絵にするとしたら、わたしの中で「まる」である。
答えを求めていたから、まるっぽいものばかり選んでいたのだ。
超なっとくした。

賢者の石を作る過程で分かっていることは、色が変わるということらしい。
こちらのサイトから引用させてもらうと、

最も一般的で、多くの錬金術師が認めていたのは、賢者の石はその製造過程で必ず、黒→白→赤という3つの色を経て完成するというものである。それぞれの色の間には緑や黄など様々な色になることもあるが、とにかく黒→白→赤という順番は変わらないという。
すなわち、黒(死と腐敗)を経たあとで、白(再生、復活)が起こり、最後に赤(完成)に至るのである。

赤好きはこれだ!と勝手に解釈した。
わたしはようやく「賢者の石」の完成までたどりついた。
「賢者の石」という言葉は「この世界の仕組みに気づく」
という意味なんじゃないかと。
黒と白両方を深く理解しないことには、
赤にたどり着けないのも「悟り」の特徴だと思う。

実は錬金術にまつわる色々を調べているうちに
さらに点と点が繋がってきている。
この世界のものには二面性がある。
錬金術で重要とされていた物質は水銀。
水銀には水星という意味もある。
地にあるものと天にあるもの。
このあたりを調べていると楽しい。
「賢者の石」は物質として本当に存在しているのかもしれない。
実際作るのに成功したひとはいるらしい。
いろいろ分かってきたのだけど、長くなりそうなのでまたの機会に。

最近の科学の発展は急激である。
シンギュラリティというやつもそろそろ?
錬金術から始まった科学=テクノロジーによって
この世界が「永遠」で「完全」であるということが
今後証明されていくのだと思います。

悟ってからわかったこと

悟ってからわかったこと

悟ってから起きたこと、わかったことを箇条書きにしてみる。

●怒り、妬みなど、負の感情が無くなった(正確にはすぐ消える)

●他人の負の感情の原因も分かる

●本当の自分がわかる

●選択に迷いがなくなる

●自分に起きる出来事すべてが自分のための学びだと分かる

●泣きやすくなった

●宗教、哲学の意味が理解できる

●死が怖くない

●何かが起きる前触れ、サインに気づくことができる

●この世界の真実を伝えようとすればするほど、中二病っぽくなる

今後追加するかも。

この世界の真実

この世界の真実

みなさま大変おまたせいたしました。
突然ですがこの世界の真実を発表したいと思います。
この世界は全て人間の妄想の中でした…!!
他サイトの引用になりますが、仏教が人間のしくみを説明してくれています。

妄想を作る働き(Papañca)

ヴィタッカの次に、とんでもないことが始まります。「パパンチャ・papañca」ということ。ヴィタッカは「花」とか「人」とか「建物」などと瞬間的に考えることですが、その後に、欲や怒り、憎しみ、悲しみ、後悔、嫉妬などのさまざまな感情が湧き起こってきて、頭の中でごちゃごちゃ考え始めるのです。これをパーリ語で「パパンチャ」と言います。パパンチャは訳しにくい言葉ですが、「現象」とか「妄想」という言葉が一番適切で、理解しやすいでしょう。実際には無いものを有ると考えて、実体化、固定化することです。

たとえば四人で友人の家に行ったとしましょう。部屋に入ると新しいカーテンが掛かっているのが見えました。見えた瞬間、四人とも「カーテンだ」と分かります。これはヴィタッカの働きです。次の瞬間、それぞれの人の心に何らかの感情が湧き起こり、知識というへんなものが生まれてくるのです。たとえばAさんはカーテンを見て「明るくてきれい」と言うし、Bさんは「色は好きだけど模様がへん」と言います。Cさんは「色が派手すぎる」、Dさんは「色も模様も好きだけど生地が薄い」などと、みんな別々のことを言うのです。ですから、同じ一つのものを見ても「何を考えるか」は人によって違うのです。みんな、自分の頭の中で合成して現象化したものを喋っているのであって、事実を喋っているわけではありません。このようにして、外のものが眼に触れた瞬間、心の中に「妄想」という複雑で巨大なエネルギーが現れてくるのです。

人間が考えたことが現実となった世界がここなのです。
実は「悟る」ということはこれが完全に分かる、ということなのです。
なんと、現実世界において量子力学でそれが証明されているのです。
私たちをつくる元になっている小さな小さな単位、原子。さらに小さな単位は素粒子。
原子というものは、原子核のまわりに電子が回っているのですが、
電子の場所は分かりません。しかし、確率で電子の場所がだいたい分かります。
もやもやとした雲のようなもので確率を表すことができます。
これを電子雲と言います。雲が濃いところに電子がいる確率が高いのです。
そして、人間が電子の位置を特定した瞬間に電子雲はシュッっと消えて、
位置が決定されるのです。

そして、有名な二重スリット実験も分かりやすいと思います。

素粒子は人間が観察するかしないかで、動きを変えるのです。
まるで人間が見ていることを知っているかのように。
そんな物質がこの私たちの世界を作っているのです。
もやもやしたものが世界を作っているとは不安すぎやしませんか?

このことがなぜ現実世界になるのか。
すごくおおざっぱにいうと、もやもやとした不確定な原子は、
人間の決定によってその姿をはっきりとさせます。
つまり人間が自分の意志で決めたことが現実に収束するのです。
これが人間の意志がこの世界の物質を作り出しているということの証明なのです。
妄想といえども、作られたから現実なのです。
人間は目や耳や鼻という感覚器官を通し、脳みそで妄想として感じたものを
こうだ!と決定します。それを出力し、現実社会を作り出します。
原始仏教で教えていることは、量子力学で解明されようとしているのです。
信じるか信じないかはあなた次第です。

とかなんとか言って、量子力学難しいのでへんなとこはお許しください。
でもだいたいこーゆーことだと思ってます。
この世界で起こる全てのことに真実は隠されている。
いや、隠されていないのに気づかないだけなんだ。

夢日記2018.5.9

夢日記2018.5.9

私は真っ暗なところに浮かんで寝ている紺色の人間だった。私が寝ながら、今、勉強中なので全部貰います!と言うと、体の中に無数の小さな銀色の光があらわれてそのすべてが震えた。私の体は微細な泡の炭酸水ですっかり満たされたような感じでビリビリして気持ちよかった。

夢日記2018.5.8

夢日記2018.5.8

男の子の家に行くと、そこにはその子の家族や親戚が並んで寝ていて、まるで避難所のようだった。とはいえ特に悲壮感はなく、それが当たり前のように暮らしている。

壁はすべてガラス張りで不思議と街全体見える。

とても大きな飛行機がゆっくりゆっくり低空飛行で今にも街に落ちそう。方向を変えながら落ちる場所を探しているみたいだった。この家にも突っ込んできそうになるけどギリギリで方向が変わり、助かった。

もし次に来た時にガラスが割れて飛び散ったら危ないのでカーテンを閉めた。私は横になっているおじいさんや子供達がお腹が空いているかもと思って、お菓子を配った。みんなでお菓子を食べながら車で逃げようかどうしようか相談するが結局飛行機は落ちてこなかった。