わたしの好きな人

わたしの好きな人

私が好きになる人って共通点があることに気づいた。
それは、自分の気持ちを隠さない人。

たとえば中学高校の同級生たち。
大学卒業後から急に仲良くなって今は毎月のように集まっている。
この人たちは本当に自分勝手でわがままなんだけど、それをお互いが認めている。
間違っていることに対しては本気で怒る。とにかく自由。そしてとにかくうるさい。
でも一緒にいて楽だし、私ものびのびできる。

忘れられないエピソードがある。
友人の結婚式にこのグループの何人かで呼ばれて、同じテーブルについた。
披露宴も中盤、新郎友人側の出し物が始まった。
会場の人からお金を集めて、それを新郎新婦へご祝儀としてプレゼントし
さらに会場の1名に抽選でディズニーランドチケットをプレゼント、というものだった。
集金係の男性が回ってきたんだけど、なんと私たちのテーブルのみ参加しませんと
宣言して誰一人払わなかった!!男性は困惑してた。あの時のひとごめん。
私達はご祝儀も払っているのになんでまたお金を払うのかと。
この出し物はないわー!!と。強い。
この行動は常識がないと言われるのかもしれない。
心からお祝いしたくてお金を払う人もいるだろうし、
お祝いの場であるということを考慮して
もしくは周りに合わせてお金を払った人もいると思う。
でもわたしは払わない選択肢はありだと思った。
いまの結婚式って参加だけでもすごくお金がかかるから、、、

自由人な私でさえこの友人たちと行動する時ちょっとヒヤヒヤする。
だけど自分の心を一番大切にして、
行動に移すことのできるこの人たちが最高に大好きである。
もちろん世間に合わせなきゃいけない場面だってある。
自由な友人達もちゃんと会社員やってるし、それなりに仕事ができるみたい。
いまの社会においてはそのバランス感覚も大切なんだろうな。

自分の心を大切にした結果、相手を困らせるのはどうなの!?
と言いたい人がいると思う。現に集金係りの男性はあのとき困ってた。
その気持ちも分かるけど、自分の心を大切にしないと
相手に配慮するとか、常識に合わせるということがどんどん過剰になっていく。
過剰になると、それを周りにも強要するということが起きる。
その先には争いがある。
最近日本でも過剰ゆえに起きた事件がいくつかあった。
コロコロコミックス回収とか、マルイの太もも展中止とかとか、、、
可視化されてきているのは、みんなが向き合うべき時期なのではないかな。

とにかく私は常識にしばられないひとたちを愛している。
だけど本来全ての人間はこれが出来ることも知っている。

4 Replies to “わたしの好きな人”

  1. 自由は大切なことだね。
    たぶん今はお互いに自由になる練習をしている時間なんだと思うよ。今までずっと傷ついてるってことについて、自分自身でさえ認めたくない時代だったけど、やっと差別とか価値観とかの問題でこう言うのはやめようって言えるようになったんじゃないのかな。
    言われる方は言われる方で慣れてないから過剰に防衛したり謝りすぎたり変な感じだけど、未来ではもっとたくさんの人がそれについて冷静に建設的に話し合ったり許したりできると思う。

    1. ほんとうにそうだね。
      差別問題とかによって、みんな感じてるんだよね。
      自由になる未来きてると思うよ。

  2. 高次元の魂は、つたえるということがもっとスムーズらしい。まどろっこしい形式がなく、思ったことや感情がダイレクトに伝達するらしい。形式的なコミニュケーションを取るのは物質的な個体を持って生まれた3次元特有のコミュニケーションの方法な気がする。今までの物質的な社会では、それが適したもの必要なものだったのかもしれない。
    今後時代が変わることで、それも変わって行くかもしれないね。個人の意思がもっと自由に行き来することが当たり前の時代が来るかもしれないよね。

    1. なるほど。私の周りは高次元な魂をもった人がけっこういるんだな。
      物質的な社会を脱出だ!!!

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